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とあるハイヤー乗務員の運命  作者: 三笠 大和
20/24

19 様々な愛情

松井らが病院に到着する数十分前、警察から光雄の両親が幼い姉妹を連れて、先に参じていた。

病院の入り口には、例によってマスコミのカメラマンが両親を待ち構えていた。

『中林光雄さんのご両親ですね。息子さんの誤認逮捕の件について、何か一言』

『警察のずさんな捜査に、どのように対応されますか?』

『新証拠の内容について、お聞かせくれませんか?』

それらの中には、光雄の自業自得というコメントをした番組の、局のマークが入ったカメラもあった。

逮捕はされてないっていうのに。何かを叩ければ、それでいいのか?光雄の父の健三は、苦笑した。

お前さん達、興味があるのは事件の内容だけかい。警察を叩ければそれで良いという事か?

「何もわかりませんし、まだ考えられません。孫も連れていますからね。」

感情を押し殺すように、母が答え、入り口へと足を進めた。

このようなコメント集めでの短いやり取りで、無視に近い対応をされる事は、彼らには慣れっこなのだろう。

二人から大したコメントが取れないと分かると、辺りを歩く人々に今回の事件について、とインタビューを始めていた。

入り口自動ドアに差し掛かったところで、健三は見覚えのある顔を見つけた。

「中林一佐、久しぶりだな。覚えてっか?俺を。」

経産新聞の記者、竹内であった。

「竹内くん、お前さん、引退したんじゃないのか?」

竹内は健三とそう年端が違わない。社会部の記者だった竹内は、10年前のあの惨事を徹底的に追っていた。

榴弾の直撃を受け、五体バラバラになって、無言の帰宅をした警察官の家族の取材をし、真実が知りたいというその涙を目にして、追おうと決意した現れであった。

当然デスクからは記事に出来ない仕事が許される訳も無く、普通の取材もしつつ、家族を顧みず昼夜無く動き回った。

その中で、偶然か必然か健三と知り合ったのてあった。

「経産新聞は、定年退職したさ。だけどな、ブン屋根性というか、定年しても誰もいない部屋じゃぁ、やることがねえもんでさ、」

「そうか……で、今回は何の取材を?」

ふっ、と竹内が息をつき、

「そうさなあ、親族にしかわからない勘っていうのかなぁ、巻き込まれた者にしかわからない何かを掴みたいんだよなぁ。」

そうか、この男もあの事件で……いや、余計な事を考えるのはやめよう。健三はしっかりと竹内を見つめた。

「わかった。知らん仲ではないしな。」


数時間前のひっそりとした雰囲気ではなく、入院患者の見舞客が既に訪れており、パタパタと人の歩く音が至る所で聞こえてくる。


控室に通された両親が最初に目にしたのは、初老の男女が智花と口論しているところであった。

その女性は、病院の中というのに携帯電話で弁護士と連絡を取り合っていた。

元来曲がった事が大嫌いな健三は、ここは病院であると老婦人を諌める。

しかし、その女性は電話をやめないばかりか、夫であろう男性に

「ちょっとあんた、そこの偽善者を黙らせて!」

という始末であった。

こういう馬鹿な奴は、権威に弱い。おまけに同じ土俵に立てば、こちらに徹底的に攻撃をしてくるだろう。

頭の中で計算をし、大きくため息を聞こえるようについて、智花に聞いた。

「光雄はどうだ?」

光雄、その名前を聞いた所、老夫婦は顔色が変わった。

老婦人は、電話をそこそこに切り、健三に詰め寄った。

「あんたあの男の関係者?あの男のせいで、うちの瑞穂はとんでもない事に巻き込まれたのよ?どうしてくれるのよ!え?え?」

健三は大体の察しはついていた。昨晩からの混乱で、正確な情報が伝わっていないのだろう。恐らく目の前の二人は、光雄に疑いがかけられている所で時の流れが止まっており、ショックで何も受け入れられない、即ち目の前にいる智花は、自分の娘をボロボロにした憎むべき男の妻なのである。

もちろん智花は光雄には一切の非がなく、その老夫婦が誤解している事を説明してはいたが、見た目の若い智花に対し、感情が先行し聞く耳を持たない状況であった。


そこに健三が到着した。いくら説明しても解ってもらえないもどかしさを感じながら、視線を健三に配る。

「光雄さんの容体は不安定です。体調は問題ないのですが、精神的に……」

「そうか。」

智花と健三の会話に老婦人が割って入ってきた。

「ちょっとあんた聞いているの?私はこの犯罪者の嫁と話をしていたの。

あんたもあの犯罪者の関係者なんでしょ?

瑞穂を返しなさいよ。なんとか言いなさいよ!」

すっかり興奮した様子でまくし立てる。

隣ではその夫であろう男が諌めようとするが、全く聞こうとはしていない様子だった。

達観したかのように、健三はその老婦人に語り始めた。

「確かに私は中林光雄の父親だ。しかしな、あなたは大きな間違いをしている。」

「はい?あんたの息子がいなければ、うちの瑞穂はあんな事件に巻き込まれなかった。犯罪でしょ?犯罪!

犯罪者に何も言われる筋合いはないわ!」

やれやれ、取り乱すということを絵に描いたようなご婦人だ。

「まあ落ち着きなさいって。きっとあなたは昨日警察から連絡があって、予想だにしない事に混乱しているんでしょう。」

健三は極力相手を激昂させない様に、優しい口調で話したつもりだった。

しかし、相手はどんどんエスカレートしてきて、およそそのいで立ちとは無縁そうな汚い言葉を浴びせて来る。

「混乱なんかしてねえよ。バカじゃねぇの?死んで詫び入れろよ!え、何か言えよ!」

きっと智花はこの女から、これより酷い言葉を叩きつけられたのだろう。そう思うと健三は胸が締め付けられるようだった。

大きく深呼吸し、あくまでも相手を落ち着かせる事に重点を置き、言葉を続けた。

「言いたい事はよく解りますが、先程の警察の発表はご存知ではないようですね。」

「……」

予想通り、警察発表という一種の権力機関をちらつかせただけで黙り込む。

「うちの光雄と、御宅のお嬢さんは、無関係。光雄は偶然そこに居合わせた……というより、ただそこで車に轢かれただけだったのですよ。」

「……」

怒りの矛先を失って、かつ、智花と健三に対しての非礼に気付いた様子で、老婦人は顔を真っ赤にしながら、口を真一文字にし、黙ってしまった。

……子を思う親の気持ちも、色々あるんだな……

そう思うと、健三は複雑な心境になった。


智花は先程の光雄とのやり取りをどうすべきか、ここで話すべきか悩んだ。

しかし、光雄の父親だ。恐らく話せばそれこそ鉄拳制裁をしてしまうだろう。敢えて話さず、健気に受け答えした。

「光雄さんは少し興奮状態で、外にだされてしまいました。でも、自分に何が起こったのか、理解しているようです。任せてください。これでも中林光雄の妻で、中林健三の娘です。」


長い沈黙の時間が過ぎた。


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