75話 ルキの過去[後編]
夕暮れに照らされ橙に染まる森の中。
「ルキ、ここにいたのか」
幼いルキは声のした方を振り向く。
そこには、ルキより遥かに背の高い、貴族の身なりをしたエルフの男性が立っていた。
「あっ……!」
冷静沈着で無表情の貴族エルフを一眼見たルキは驚いて目を見開いた、
「ヴィオリシア様……」
「久しぶりだな」
ルキは背の高い貴族エルフをヴィオリシアと呼び、その場から立ちあがろうと腰を浮かせる。
「そのままでいい。ルキ、隣いいか」
「はい、大丈夫です」
「ありがとう」
貴族エルフは礼を述べ、ルキの座る丸太の隣に腰掛けた。
「ルキ、元気がないようだが……大丈夫か」
緊張し畏まるルキに対し、ヴィオリシアは優しい声色でルキに声をかける。
「……あの、ヴィオリシア様……」
「ルキ。私とルキは見知った仲だ、そう畏まらなくていい」
「しかし……」
「それに、前に約束しただろう。誰もいない所では、私のことはヴィオと呼んでも構わないと」
「わ、分かりました……」
ヴィオリシアの言葉にルキは戸惑いつつも素直に従う。
「えっと……ヴィオさん、何故ここに……?」
「屋敷を尋ねたらルキの御両親がルキの不在に困惑していた。御両親は私にルキの迎えを依頼したので、私が代わりに迎えに来た」
「……アイツら、オレの居場所を把握してるくせに」
ルキは眉間にシワを寄せてボソリと呟く。
「ルキ」
ヴィオに呼ばれ、ルキはそっとヴィオのいる方を向く。
「ルキが良ければ、私に家を抜け出た理由を聞かせてほしい」
「……ヴィオさんになら、お話します」
「ありがとう」
そう一言言うとヴィオはルキをじっと見つめ、ルキの次の言葉を静かに待った。
「…………」
ルキはヴィオをしばらく見つめ返し、再び前方に視線を向ける。
やがてルキは、家を出た理由を静かに語り始めた。
「……ボクは大きくなったら、大人になるための改造手術を受けないといけないんです」
ルキは視線を落とし、力なく語る。
「トラペゾの後継者に相応しい力を得る為に、見た目も、考え方も、記憶も……何もかもを相応しい形に変えるって……」
「相応しい形……」
「お父様もお母様も、この手術を受けたそうです」
ルキの話に、ヴィオは表情を僅かに曇らせる。
「でも、オレがオレでなくなるのは嫌だから……改造されたくないって、家を出たいって言ったら、お父様とお母様はひとつ約束事を取り付けました」
「家を出ても生きていけるよう、習い事や勉強を精一杯頑張ること。自立できるくらい頑張ったら、家出を許可すると……」
「オレ、すごく頑張りました」
「改造されないよう、とにかく一生懸命とにかく頑張って……なのに……」
ルキは振り絞るように呟き、顔をより一層歪めさせた。
「ある日、両親の話を聞いてしまったんです……オレの家出の計画をことごとく潰し、家に縛りつける旨を話し合っていました……」
「それは……」
「アイツら、最初からオレを家から出すつもりは無かったんです……!」
ルキの言葉に、ヴィオは言葉を失う。
「オレがこのまま騙されたまま素直に勉強してくれれば、将来は立派な跡取りになるって……」
「でも、オレを跡取りにする計画に、すごく邪魔になる奴が……いるって……!」
ルキの話す声は次第に涙交じりになっていく。
「ヴォルフとカゲマル……! あの2人はオレを……家から出るようそそのかしたからって……! ヴォルフとカゲマルも改造するって……!」
「……!」
ルキの発言に、ヴィオの表情が険しくなる。非常にショックを受けている様子だ。
「無駄で余計なことを考えないようにして、上の言うことを素直に聞くいい子にするって……」
「酷いな……」
ここでヴィオはようやく言葉を発した。
「……オレだけでなく、友達も失ってしまうんです……あの家に何もかも奪われるなんて……」
「ルキが、元気をなくすわけだ」
ルキの話を一通り聞き終えたヴィオはしばし無言になり、やがてルキに向かって口を開いた。
「ルキ、私の元に来るといい」
「……えっ?」
ヴィオからの想定外の申し出に、ルキはやや遅れて反応する。
「銀河で有名な私の弟子になれば、あの御両親も手出しは出来ない筈だ。友達と3人で一緒に来れば、ルキはもう何も失わずに済む」
「ヴィオさん……」
「ルキが良ければ、すぐにでも……」
「ルキー!」
「聞こえたら返事して〜!」
ヴィオが話を続けようとしたところで、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。
2人分の足音が耳に入り、音は次第に大きくなっていく。
「あっ! いた!」
「ルキ〜!」
ルキとヴィオの前に現れたのは、荷物を背負ったヴォルフとカゲマル。
「ここにいたんだ……って、ヴィオリシア様!?」
「何故ここに……!?」
2人はルキを発見すると安堵し、隣にいたヴィオに驚いた。
「ヴォルフ、カゲマル……」
「ルキが無事で良かったよ。あのさ……」
「今から俺達3人で家出しよ!」
「えっ!? 今から!?」
ヴォルフの突拍子もない提案にルキは目を丸くして驚く。
「前々から2人で計画してたんだよ! 俺達の荷物まとめたり、お金貯めたり……そうそう、変装用の道具も買った!」
「ルキの背丈に合う服も買い揃えてあるよ」
「2人ともいつの間にそんなことしてたの!?」
2人の所業にルキは再び驚きの声を上げる。
「2人とも、準備してくれていたんだ……でも……」
「大丈夫。逃げたらルキの両親はすぐに気付くけど、そこも心配しないで」
「そうそう! そこもしっかり考えてあるから!」
ルキの心配を他所に、カゲマルとヴォルフは自身ありげに胸を張る。
「家にあった魔法道具も幾つかかっぱらってきたんだ! で、その道具のひとつを使ってルキの屋敷に超強力な魔法防壁貼ってきた!」
「えっ!?」
「これでしばらくはルキの動向は把握できなくなる筈だよ」
「でも、そんなことしたら……!」
「うん。これで俺達はもう後には引けなくなったんだよね〜」
「家戻ったら確実にアウトって感じ」
焦るルキを前に、カゲマルとヴォルフはあっけらかんと答える。
「ま、まさか……オレの為に……?」
「俺達の為だよ。俺達の両親は完全にトラペゾの言いなりだしさ。あの家がある限り、俺達に自由はないよ」
「3人で自由になろうよ。しばらくは見つからないよう潜伏しながらの生活になるだろうけど、いつかは……ね?」
「だからさ……ルキ、一緒に行こう!」
ヴォルフとカゲマルはルキへと手を差し伸べる。
「えっと……」
ルキはヴィオから視線を逸らし、ヴォルフとカゲマルをしばらくじっと見つめる。
やがてルキは決心したのか、改めてヴィオと向き合った。
「ヴィオさん。オレ、2人と一緒に家を出ます」
真剣な眼差しをヴィオに向け、ルキははっきりと告げた。
「できるだけ、3人の力で頑張ってみたいんです……!」
「……分かった」
ルキの言葉にヴィオは一言だけ返した。
「ならばせめて、ルキ達が星の外に出れるよう助太刀しよう」
「えっ!? ヴィオリシア様、いいんですか!?」
「でも、それがバレたら……」
「私なら大丈夫だ。ルキ」
ヴィオは改めてルキに顔を向ける。
「何かあったら、すぐに私に連絡してほしい。私がいつでも力になろう」
ヴィオの頼もしい言葉を最後に、ルキ視界は暗転した。




