74話 ルキの過去[前編]
転移魔法の不具合を引き起こしていた人工妖精を倒すべく、カイ達は冥界へと突入した。
冥界に入ると、ただでさえ薄暗かった景色は更に重く澱み、不気味な赤黒い空気が世界を覆った。
「なんか不気味……」
「冥界には人工妖精が数多く発生しているそうだ、気を抜くな」
全員が冥界の奥へと駆ける中、地上に向かって移動していたと思われる人工妖精が続々と目の前に姿を表す。
『ギャーッ!』
妖精はカイ達を一眼見るや否や、一目散に襲いかかってきた。
「ほいっ」
先頭を走る妖精メイドのフィオは、構えたデッキブラシを人工妖精の群れを目掛けて一振りした。
すると、目の前に大勢いた妖精の群れは一瞬にして姿を消し、遥か遠くに見える妖精の大群の上空に姿を現した。
妖精の雨が妖精の群れに降り注ぎ、遠くから凄まじい悲鳴の大合唱が鳴り響いた。
「すごい光景だ……」
カイが呆然とその光景を眺めている間も、フィオは残りの妖精もデッキブラシひとつで簡単に薙ぎ倒して消していく。
「道中の雑魚は私に任せろ。お前達は少しでも力を温存しておけ」
「分かりました!」
「……」
フィオの言葉にカイは元気よく返事をする。しかし、隣にいるマモルは口を固く閉ざして難しい表情を見せる。
「……マモル、ルキが心配か?」
「はい……冥界は現実と時の流れが違うと聞きました」
マモルは力のない返事をして、そのまま言葉を続ける。
「俺達が地上でほんの些細なやり取りをしてる間に、ルキのいる冥界では何日経過していたか……」
「マモル……」
「いや、ルキもそこまで馬鹿ではない。きっと、どこか浅い所で身を隠しているだろうとは思うが……」
「……マモルの心配する気持ち、分かるよ」
マモルの心配の声にカイは同調する。
「ルキは仲間想いみたいだから、少しでも早く薬を取り寄せる為に、1人で冥界の人工妖精を始末して回る可能性もあるよな……」
「カイまで心配するな」
カイも心配の声を上げるも、そこにフィオが口を挟む。
「ルキは見つからなかった。だが、きっと大丈夫だ」
「姉御、何を根拠に……」
「根拠ならある」
未だ心配の色が残るマモルに対し、フィオは表情ひとつ変えずに淡々と言い返した。
「確かにあの時、私は異空間の中でルキを見つけられなかった。だが、ルキ以外の奴を発見したんだ」
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魔法で満ち溢れた美しい森の中。月明かりに照らされた大きな屋敷は、多くの人で賑わっていた。
そんな屋敷の2階にある、一際大きな寝室にて。
寝室に置かれた豪勢なベッドに、金髪のエルフの少年がもたれかかっている。
「うぅ……」
見るからに高価そうな衣装を着こなす彼は、何かに怯えるかのように、静かに涙を流していた。
伝い落ちた涙はシーツに跡を作り、涙の跡はじわじわと広がっていく。
そんな静かな寝室の窓にひとつの影がよぎる。
窓から届く月明かりが一瞬だけ陰ったのを見た少年は不思議に思い、涙を拭いながらその場から立ち上がった。
窓をじっと見つめていると、窓から逆光を背負った2人組の青年が姿を現した。
高価そうな衣装を着崩しており、2人は少年に向かって片手を振る。
「ルキ!」
「やっほ〜、ルキ元気?」
ホウキに跨り空を飛ぶ2人はそっと寝室に着地し、静かに少年の名を呼んだ。
「ヴォルフ、カゲマル……!」
少年ルキは2人の名を呼び、慌てて2人の元へと駆け寄る。
「ルキ、今年の誕生日パーティーも参加したくない感じ?」
「うん……」
「だよね〜。だと思ってさ、僕らでルキのこと迎えに来ちゃった」
「迎え……?」
ホウキに跨ったままの2人は、ルキに向けて
「3人だけで誕生日パーティー開こうよ」
ヴォルフは周りに気付かれないよう声量を落としつつ、ルキに意気揚々と説明を始める。
「いつもの場所に集まってさ、3人だけで楽しくお祝いするんだ」
「いい案でしょ。まあ、ルキからしたら、歳を取りたくないからパーティー拒否ってんだと思うけど……」
「やりたい! ボク、3人だけのパーティーやってみたい!」
2人の提案を聞いたルキは途端に満面の笑みを浮かべると、きっちり着こなしていた衣類のネクタイを緩めながら元気よく頷いた。
「決まりだな! ほら、急いで俺のホウキに乗って!」
「うん!」
2人と同様に衣装を着崩したルキは、大急ぎでヴォルフの乗るホウキの後部座席に乗り込む。
ヴォルフとカゲマルはその場から浮上し、窓から外の様子を伺う。
外の安全を確認すると、2人は大急ぎで寝室から退出し、満月に照らされた夜空を力一杯飛び始めた。
満月に照らされた森の上を高速で駆け抜け、程なくして森の奥深くへと到達した。
「カゲ、鍵」
「はいはい」
3人で作成したツリーハウスの秘密基地に降り立つと、カゲマルはポケットを探りながら鍵のかかった扉に近付いた。
「……あ、鍵どっかいったかも」
「マジ? どっか落とした?」
「かも、ごめん」
「いいよいいよ」
基地の鍵を無くしたカゲマルに対し、ヴォルフは特に気にせず優しく宥める。
「鍵がない、ってわけで……ルキ、頼める?」
「うん! ボクに任せて!」
ヴォルフに頼まれたルキは扉に付けられている大きくて頑丈そうな錠を両手で掴むと、手に異様なまでの身体強化を施し、ドアの錠を真っ二つに引き千切ってしまった。
「開いたよ!
「流石ルキ! 助かった!」
「相変わらずパワフル〜」
「えへへ」
2人に褒められルキは嬉しそうに笑う。
「ルキ、どうぞ」
「ありがとう!」
ヴォルフは扉を開けて迎え入れ、ルキを先頭にして暗いツリーハウスの内部へと入った。
「よいしょ」
カゲマルは持ってきたランタンを天井に吊り下げた。真っ暗だった視界が明るくなり、室内を一望できるようになった。
「わぁ……!」
ツリーハウスの室内は、カラフルな手作りの飾りで彩られていた。
中央に置かれているテーブルの上には市販の大量の菓子と、そこそこ大きい白い箱が置かれていた。
「開けてみな」
「下からそっと持ち上げる感じでね」
ルキはヴォルフとカゲマルの指示に頷き、ひんやりと冷たい白箱を両端から掴み、上へと持ち上げた。
「あっ! アイスケーキだ!」
箱の中から現れたのは、可愛らしい飾りが沢山ついた小さなアイスケーキだった。
「ルキ、前にこのケーキたべたがってたじゃん?」
「だからさ、僕とヴォルで一緒にケーキや色んなお菓子買ってきたんだよね。まあ、あのパーティーと比べたらクオリティはお察しだけど……」
カゲマルは気まずそうに視線を落とす。
「もっといい物食べたいなら、パーティー会場から取ってくればいいっしょ」
「だよね〜。ルキ、向こうから料理持ってこようか?」
「ううん! ボク、これがいい!」
ルキの無邪気な返事に、ヴォルフとカゲマルは笑顔を浮かべる。
「ルキが気に入ってくれて良かった〜」
「よし、じゃあ早速パーティー始めようか! ルキの誕生日と、俺達の独立までのカウントダウンを兼ねたお祝いをね!」
「独立?」
カゲマルの言葉にルキは不思議そうに首を傾げる。
「今までの誕生日パーティーは、ルキが家を継ぐまでのカウントダウンみたいなものだったじゃん? ルキもそれが嫌でパーティー拒否ったんでしょ?」
「……うん」
「でもこのパーティーは、俺達の独立への思いを込めて祝うやつだから。将来、家を出て自由になれますように……ってね」
ヴォルフは楽しそうに説明を交えつつ、アイスケーキの上に細い蝋燭を立てていく。
「ヴォルフ、その蝋燭は何?」
「ゼウシリーアでは、ケーキの上に火のついた蝋燭を歳の数だけ並べて、願いを込めながら吹き消すんだってさ」
「元は地球の文化らしいけどね〜」
カゲマルはポケットから取り出したマッチに火をつけ、蝋燭に火を灯していく。
「ほらルキ。願い事を頭に思い浮かべながら、蝋燭の火を吹き消すんだよ」
「うん! 分かった!」
ルキは大きく頷くと、明かりの灯るアイスケーキに顔を近付け、頭の中に願いを浮かべた。
家を出て、ずっと3人で一緒にいられますように。
3人並んで笑い合う光景を思い浮かべたルキは、蝋燭の上で揺らめく火をそっと吹き飛ばした。
途端、ルキの視界は暗転。一瞬にして世界は静寂に包まれた。
「ルキ」
頭上から声をかけられ、ルキは再び目を開ける。
視界に広がるのは、夕暮れに照らされ橙に染まる森の中。
今の時刻は夕方らしい。ルキの姿は先程より少し大きくなり、髪も随分と伸びていた。
どうやら誕生日パーティーから場面が大きく変わったらしい。
「ルキ、ここにいたのか」
声のした方を振り向くとそこには、ルキより遥かに背の高い、貴族の身なりをした美しいエルフの男性が立っていた。
「あっ……!」
冷静沈着で無表情の貴族エルフを一眼見たルキは驚いて目を見開いた。
「ヴィオリシア様……」




