62話 ルキの本音
落ち込んだマモルを励ますため、ヴィオは珍しい菓子を買いに街に繰り出した。
ヴィオが向かう先は……
「アパート! いや、デパート……いや、アパート……?」
ヴィオは向かう先の名称を忘れ、街の真ん中で混乱していた。
(えーと、大きなお店だから……でっかいから、デパート……いや、安直すぎる……?)
名前がどちらだったか覚えておらず、さらに肝心のデパートがどこにあるかも分からない。結果ヴィオは立ち往生。
(急いで探そうにも、当てもなく走り回るわけには……そもそも、わたくしが下手に走り回ったら街に甚大な被害が出てしまう可能性が……)
手加減して街中を走り回ることは可能だが、それでも被害が一切出ないとは言い切れない。
(こうなったら、通行人の誰かに道を尋ねるしかありません!)
ヴィオは混乱のあまり、デパートの名前をまともに思い出せないことをすっかり忘れていた。
「すいません!」
無駄に意を決したヴィオは、サングラスを掛けた若い男性に声をかけた。
「あの、お時間よろしいでしょうか!? この近くに……」
数分後……
「しまった……!」
男性に道を尋ね、言われた通り道を進んだヴィオだったが、辿り着いた先はそこそこ大きなアパートの前だった。
「正解はデパートの方でしたか……!」
ヴィオはアパートの前で膝をつき、地面に両手をついて絶望する。
その光景を2人の親子が遠巻きに眺める。
「ママーあの人何してるのー?」
「デパートとアパートを間違えた人よ。時折いるのよ」
哀れみの目で見つめられる中、ヴィオはすぐさま顔を上げる。
「……しかし、これにてわたくしの行き先はデパートであることが確定しました」
ヴィオは立ち直ると、その場からゆっくり起き上がって軽く膝を払った。
「行き先はデパート! 出発進行! ……そうだ、そもそもデパートがどこにあるのかすら分からないんでした……!」
移動を再開しようとするも、再び立ち往生してしまった。
「えーと、再び誰かに道を尋ねなければ……」
「あれ? ヴィオさん……?」
そんなヴィオを、背後から声を掛ける人物が。
「えっ……」
「うわっ」
ヴィオは恐ろしい速度で即座に振り返る。ヴィオの背後にいた人物は、あまりにも早い振り返りに思わず声を漏らす。
「……ああっ!? ルキさん!?」
ヴィオの背後にいたのはなんと、今現在敵対していると思われる相手。
先端がオレンジに染まった黄髪が特徴的な若者ルキだった。
「ええと……」
ルキは花束片手に、非常に困惑した様子で目の前のヴィオを見つめている。
「ヴィオさん、こんな所で何してるんですか……」
「ええと……デパートに行こうとして……」
「ここアパートですよ」
「はい……究極の2択を失敗してしまいました……」
「宇宙の大英雄様がデパートとアパートの区別ついてないなんてことを世間に知られたら銀河中の笑い物ですよ」
「面目ない……」
ヴィオはルキの前で分かりやすく落ち込む。
「……あの、ヴィオさん」
ルキはどこか気まずそうにしながらも、目の前のヴィオにそっと声を掛ける。
「良かったら、俺の部屋来ます? このアパートにあるんですよ」
「えっ? よろしいんですか?」
「ヴィオさんが良ければ……久しぶりに話しませんか?」
ルキの想定外のお誘いにヴィオは驚きつつも、すぐに柔らかい笑顔を向ける。
「……ええ、是非。積もる話もありますから」
ヴィオはルキに連れられてアパートに入り、ルキの暮らす部屋に入室した。
「おぉ、随分と色んな物が置かれてますね」
「ここに3人で暮らしてるんですよ。ヴィオさん、こちらにどうぞ。麦茶でも飲みます?」
「ご丁寧にありがとうございます。ぜひいただきます」
ルキはテーブルの前に座布団を敷き、そこにヴィオを座らせてから冷蔵庫へと移動する。
「ところでヴィオさん、デパートに何のご用で?」
「ええと……落ち込む弟子に、なにかお菓子を買っていこうかと……」
「貴方の弟子はどちらも高校生でしたよね? 高校生相手に菓子って……」
「それしか思いつかなくて……」
「……ヴィオさんは昔から変わりませんね」
冷蔵庫から取り出したボトルを台所に置き、おぼんとコップを取り出しながらルキはどこか遠い目をする。
「戦いとなれば颯爽と戦地を駆け抜けて敵を一掃する貴方も、泣いてる子どもを前にすると何もできずにあたふたするだけで……」
「お恥ずかしい限りです……」
「ですがあのヴィオさんの行動って、相手を気遣おうとした結果出た仕草なんでしょう? オレは好きですよ、ヴィオさんのそういうところ」
ルキは麦茶の入った瓶とコップ2つをおぼんに乗せてテーブルへと移動し、おぼんをテーブルに置いてヴィオの前に座る。
「ルキさん、久しぶりですね。まさかこんな形で会うなんて……」
「いや、オレも想定外ですよ……まさかデパートと間違えてオレ達の家に来るなんて……」
「あはは……」
ルキに指摘され、ヴィオは苦笑いをこぼす。
「失礼します」
ルキはテーブルに置いたコップに麦茶を注ぎ、ひとつをヴィオの前に置いた。
ヴィオは麦茶の入ったコップを手に取り、フチに口をつけてコップを傾けて中身を飲む。
ヴィオがコップをテーブルに置いたところで、ルキはヴィオに向かって口を開いた。
「……ヴィオさん、相変わらず元気そうで良かった」
「これからもずっと元気で居続けるつもりですよ。ルキさんの調子はいかがですか?」
「オレは昔以上ってとこですかね。あの家かれ出られた上に、こうして自由を楽しむ余裕も生まれましたから」
「……素直に助けを求められない性格は、昔から変わらないようですね」
ヴィオは優しい目をルキに向ける。
「貴方は……小さい頃から見栄っ張りで、全部1人で何とかしなければ気が済まなくて……それでいて、人の痛みに寄り添える優しい子でしたね」
「優しくなんかないですよ。要らない見栄を張って、結果的に相手を傷つけて……」
ルキは寂しげな表情を浮かべ、麦茶の入ったコップに視線を落とす。
ベランダの外を風が通り過ぎ、吊り下げされていた洗濯物が揺れる。
「……あの時、あんなに優しくしてくれたヴィオさんの手ですら、自分の見栄のために振り払ってしまいました」
「……」
「家を継ぎたくないオレのために……赤の他人のオレに、ヴィオさんは最後まで尽力してくれて…… 最後には、俺を養子として迎え入れるなんて話もしてくれて……」
ルキは顔を伏せながら言葉を紡ぐ。
「あの時のオレは拒否しましたが、あの時のヴィオさんの言葉は、オレの中で強い支えになりました」
「どんな嫌なことがあっても、オレはいつでもヴィオさんの元に行けるから平気だと……」
「そのおかげで、変に腐らずに今日まで元気に生きてこれました。ひねくれた性格は変わりませんでしたが……」
ルキは顔を上げ、改めて目の前のヴィオを見つめる。
「ですが……本当に、ヴィオさんには感謝してますから」
「ルキさん……」
優しく微笑むルキに幼い頃の面影を見出したヴィオ。
「ところで……」
そんなヴィオに対し、ルキはひとつ話を振る。
「お弟子さんの為にお菓子を買いに行くんですよね? でしたら、オレのオススメのお店をお教えしましょうか?」
「いいのですか?」
「まあこれくらいなら……散々迷惑をかけましたし、これくらいはさせてください」
「ありがとうございます。あの……」
「ヴィオさん、どうしました?」
ヴィオはコップを手に持ち、ルキに語りかける。
「ルキさん。この麦茶に何か盛ったりしましたか?」
「ははは、そんなことしませんよ。そもそも貴方は、オレから悪い気配を感じ取れなかったから麦茶を飲んだのでしょう?」
ルキは自分側に置かれている麦茶の入ったコップを手に取る。
「貴方は前線から離脱し、今は一般市民として振る舞ってはいますが……銀河に影響を及ぼす宇宙兵器であることには変わりはありません」
「その通りです〜」
「そんな貴方に何か盛って、判断力を鈍らせたりなんてしたら…………あ?」
そう言いながらルキは中身の入ったコップを顔に寄せ、コップから漂う妙な香りに顔を顰めた。
「こ、これ……」
(明らかに麦茶じゃない……!)
ルキは慌ててボトルを確認。
(やばい! よりによって度数の強い酒開けちまった! ヴィオさんとの再会に浮かれてまともにボトルを確認してなかった……!)
麦茶だと思って勧めた飲み物は麦茶ではなく酒だった。
(麦茶と同じ色してたから碌に確認せず……いや、コップに顔を寄せた時点で麦茶ではないと気付けるよな……? まさかヴィオさん、麦茶がどんな飲み物なのか理解してなかった……!?)
「どーしたんですか〜?」
ヴィオの声掛けに我に返ったルキは、慌ててヴィオに顔を向けた。
「やばい……!」
「やばいって何ですか〜えへへ〜」
(ヴィオさんが酔ってる……!)
ヴィオは100を超えた大人なので、酒を飲んでも何の問題はない。
しかし先程ルキも述べた通り、ヴィオは宇宙兵器そのもの。
(というかよぉ! 口につけた時点で酒だって気づいてくれよ! そもそも敵から差し出された飲み物を素直に全部飲んでんじゃねーよ!)
まともな判断ができないヴィオを下手に野放しにしたら、ゼウシリーアどころか銀河そのものに影響を与えかねない。
(だけど、これはチャンスだ……!)
「あの、ヴィオさん」
「はい〜?」
ルキはポケットからブローチを取り出し、ブローチに付けられていたスイッチを押した。
ルキとヴィオの周囲が異空間と化した。
「あれれ〜ここ何処ですか〜?」
「菓子は他のやつに任せて、ここは映画でも見ませんか?」
「映画ですか?」
「そうです。ここならオレ達以外に誰も居ないので、外にスクリーンなどの機材を持ち出して開放的な映画鑑賞ができますよ」
「おぉ〜! 楽しそうですね〜!」
(よし、食いついた……! ヴィオさん、貴方はしばらく此処で足止めさせていただきますよ……!)
ルキは映画鑑賞用の機材が入った鞄を肩に掛けると、酔っ払ったヴィオを引き連れて部屋から飛び出し、アパートの外を目指して走り出した。
(この異空間は高度な魔法で構築されているから、酩酊したヴィオさんには出られない筈……ヴィオさんを閉じ込めている隙に、アイツにちょっかいを……!)
「ほいっ!」
「!?」
アパートの廊下を移動する中、顔を赤くしたヴィオはルキを掴んで持ち上げた。
「ヴィオさん……!?」
「出発進行!」
ヴィオは元気よく宣言すると、ルキを小脇に抱えたまま全速力で駆け出した。
「は……?」
とんでもない速度でマンションから飛び出し、あっという間に団地を抜けて街を走り去る。
「うぎゃぁあっ!?」
世界が目まぐるしく変化する光景にルキは目を白黒させる。
「こっちの方が早いですよぉ〜!」
「あ、あの……止まっ……て……!」
「え〜? もっと速くていいんですかぁ〜? じゃあ遠慮なく〜!」
「ち、違…………っ!?」
勘違いしたヴィオは更に加速。常人では耐えられない速度で道路を駆け、ヴィオの脚力に耐えられずに地面が抉れて空を舞う。
遅れて周囲の壁は崩壊し、建物にヒビが入り窓ガラスは派手に爆発した。
(こ、これでもまだ手加減している方だ……! もしヴィオさんが本気で走ったら、この土地一帯は既に……!)
「ルキさん、久しぶりのお散歩楽しいですねぇ〜!」
(やばい……! ヴィオさんの実力を制御するブレーキが僅かにイカれてしまっている……! 下手な関わり方をしたら、オレの命は無い……!)
命の危機を察知しながらも、ルキはただヴィオの地獄のランニングに静かに身を任せるしかなかった。
(とりあえずまずはヴィオさんから離れないと……!)




