デスゲーム3
時間を戻して図書室。目の前には真面目な顔をして神代山がいる。
その質問になら私も真摯に答えよう。
「実際、行われるよ。ゲームはもう始まってる」
「……やっぱりそう思うよね」
神代山の様子がいつもと違う。いつものようにへらへらチャラチャラしていないとどうにも違和感があるけど、彼なりに何か思うところがあるんだろう。
それに私も気になることがある。
「――神代山。あんたもデスゲームやったことあるの?」
あるかないか、これだけでこの状況に対しての危機意識が違ってくる。
しかし神代山は首を横に振って否定した。
「ないよ。でも、白坂さんは前の学校で行われたデスゲームの唯一の帰還者だ。その意見を参考にさせてもらおうと思ってね」
その言葉に他意は無さそうだ。
「ねえ、白坂さん。僕と組まない?」
彼は身を乗り出して急にそんなことを言ってきた。
「は?」
割とガチトーンでの返答をしてしまったため、神代山はそっと身を戻して座りなおした。……悪いことしちゃったかな。
いや、敵かもしれない以上、同情や情けは無用だ。
「神代山、先に行っておくけどお互いがどちらの陣営かわからない以上、そういうことを迂闊に言うのは危険だよ」
もし私が狼だった場合、人間と偽って神代山を利用することも出来る。ルール上、昼に吊るす宣言が出来る奴は人間、夜に吊るす宣言が出来る奴は人狼だ。しかし人狼側が『呪術師』とCOして適当な人間を『人間』と言ってしまえばそこで共通関係が生まれる。
――でも残念なことに私は『人間』だ。通学途中に適当な通行人相手に試したから自分の役職を理解している。勿論、解除はしておいたけど。
確証がないまま無駄玉打ってもしょうがないし。……ま、あと2時間しかないから今日はもう適当に決めるしかなさそうだけど。
「ううん、大丈夫。僕が今知る中で安全圏なのは君しかいない。何故って? 今日の通学中に君が通行人を吊るしかけてるを見たからね」
……言い逃れできないや。役職がばれないように周囲に誰もいないことは確認して声は抑えたんだけどなぁ。
「悪いけど私はそんなことしてな――」
ペタッと机の上に隠し撮りしたらしき写真が置かれる。
「盗撮しちゃった。ごめんね」
……こいつ、結構手段選ばないなぁ……。犯罪だよ、それ?
「あと君が安全だって確信したのは君が直接言っているところを視たからだよ。読唇術でね」
「……チートか」
全部鵜呑みには出来ないけどもし本当に使えるならかなり危険だ。敵にしても味方にしても厄介なのは間違いない。
「それと一番の確証は君を直接『鑑定』したことかな。それにもし君が人狼なら僕は別の人に行って吊ってもらっていたところだよ。デスゲーム経験者なんて真っ先に味方にするか吊るすかしないと危ないからね」
「……なるほどね」
一理ある。神代山の言う通り、私が人狼の場合、彼はわざわざそれを私にCOする必要がない。ただ、これでも彼が人狼でないと確定は出来ないんだけど。
私の肯定を見て、神代山はやはり真面目な顔で告げた。
「僕はチェルシーを残して死ぬわけにはいかない。協力してほしい。代わりと言っては何だけど、君の信用を確実に得るための方法もある」
神代山はブレザーの内ポケットから白い液体の入った小瓶を取り出した。
「それは?」
「自白剤」
うっわぁ……。
人狼ゲームにおいて最も極悪非道とも言える手段を持ってきた。確かにそれを飲ませたら確定だろうね。
「これを僕が飲んで君からの質問を全て答えよう。それで白黒はっきりする」
でも、それは確実じゃない。そのボトルが実はただの小麦粉を混ぜただけの物だったら意味がない。
「自作自演もあり得る。それにあんたが飲まなくても他の適当な奴らに飲ませて白黒ハッキリさせる方法もある」
「方法は君に任せるよ。なんなら作り方もあげるよ」
そう言って神代山は『チェルシー印』と書かれた自白剤の作り方を渡してくれた。
私はそれを受け取って、内容物はスーパーでも買えるものばかりだということを確認して胸ポケットに仕舞う。
そして小瓶を手に取ってキャップを開けて中の臭いを嗅いでみる。
「うっ……おえっ」
強烈な酸のような下水のような臭い。こんなゲロみたいなのを大人しく飲んでくれる奴はいないだろうと思わせる。
「……こ、これ飲むの?」
「うん」
と言いつつも神代山も眉を八の字にして目尻に涙を浮かべ、鼻を摘まんでいる。
「……飲んで。本当に自白剤だって言うなら、確認できる必殺の問いがあるから」
「へぇ、それはとても興味あるなぁ」
小瓶を置いて神代山に渡す。彼はためらうこともなくそれを手に取って一気に口に流し込んだ。
「うっ! ――っ! ――ぉぇっ!? ――ェッッ! んぐっ! オォッェェッ!!」
ぐいっ、と煽って内容物を流し込んでいく。何とか飲んで、吐きそうなのを両手で無理やり抑えて飲み干していく。あれは流石に演技じゃないと思う。演技だったらきっと世界を狙える。
「――ッ! ッッ!! ――ぁっ……」
か細い悲鳴が終わり、神代山の眼が虚ろになっている。口からは白くてねっとりとして液体が少し零れてちょっと卑猥だ。
さて、神代山の覚悟に報いるためにも質問しよう。
「神代山、私の質問に答えて貰う」
「……ああ」
虚ろなまま顔面の筋肉をぴくぴくさせて肯定する。
「質問1、あんたのエロ本の隠し場所は?」
「本棚の裏にある本が数冊だけ入る隠し収納の中。板が二枚入っているから分かり辛い」
へー……。
「質問2、好きなエロ本のタイトルは?」
「『至高・完全無欠メイドとのラブラブ新性活 ~ご主人様、夜は寝かせませんよ~』」
へぇー。
「質問3、あんたの役職は?」
「呪術師」
「質問4、私を鑑定したのは事実?」
「白坂は人間だった」
「質問5、チェルシーのことは異性としてどう思ってる?」
「大好き」
「質問6、一緒に生活して襲いたくならないの?」
「なる。頑張って抑えてる」
偉い。見直したよ。
「質問7、あんたが考えているデスゲーム攻略法について教えて」
「既にクラスメイト全員に声をかけて人間、狼、呪術師は吐いて貰ったよ。絶対ルールとしてクラスメイトは殺さないことを約束して、呪術師は他クラスの人か狼かを占ってもらったよ。呪術師は人間と全員ペアになってもらい、一人だけを集中して狙うようにさせた。狼は同族が分かるらしいからその要領で適当に狩ってもらう。あと説得できてないのは白坂さんだけってことさ」
……見下げたよ。
でもこの自白剤の効力は間違いなさそうだし、信用しても良いと思う。
「質問8、この自白剤はどのくらいで効果が切れるの?」
「10回質問したら切れる」
じゃあ、あと二回かぁ。せっかくだしプライバシーなことも聞いちゃおうかな。
「質問9、家族構成を教えて」
「父、母、義母、義母2、義母3、義姉、義姉、義姉、義姉、義兄、義兄、兄、自分、義妹、義妹、義弟、義弟、義弟、養子、狼のロンゲーとイグアナのサラマン。メイドは200人。警備兵300人。王国軍80万、武器豊富」
――……これ本当に効いているのかちょっと怪しくなった。思ってたより変な情報が出たからだろう。ってかそんな家族がいるわけない。
……いない、よね?
さてと、最後の一回かぁ。聞きたいことも聞いたし、最後は適当でいいか。
「じゃ、最後に自己紹介でもしてくれる? チェルシーのことも交えてね」
「僕は神代山天成。神代山王国第七王子、継承権第七位。好きなものはチェルシーと母さんと兄さん。父さんはよく分からない。チェルシーは幼馴染で僕の専属メイド。日本に来日した理由はチェルシーが読んでいた漫画に影響されて」
……あれ……? もしかして私結構ヤバいこと聞いた?
神代山王国って確か元アメリカ一帯に近年建国した世界第一位の大国だよね。今月のニュースではイタリアとフランスも併合したって書いてあったような……。
その国の王子? チェルシーは専属メイド?
――聞かなかったことにしよう。それが私のためだ。
「う、うん? ああ、終わった? どうだったかな?」
神代山が起きた。私は何も聞かなかったことにして優し気な笑みを浮かべた。
「オッケー。手を組みましょうか」
しかし微妙に私の笑みが引き攣っていたのか神代山は不思議そうに首を傾げた。
「……ねぇ、白坂さん。顔、めっちゃ引き攣ってるよ」
私は思ったよりポーカーフェイスが下手くそらしい。