ギャルゲー4
PM13:02。
部屋の扉は固く閉じられ、白坂さんは椅子の上に、僕は扉前に立っていた。
何故、と問う必要もないだろう。どういうわけか彼女は僕の秘蔵の場所を知っており、そこから無遠慮に取り出したのだから。
「……へー、ふーん。こういうのが好みなんだ」
精神的優位性は彼女にあるだろう。おそらくここから始まるのは交渉。考えられるのは危ない薬品の製造方法について、だろう。
自白剤ならまだ軽い部類だが、チェルシーのレシピの中には劇薬から媚薬まで何だってある。本当に危険なものを教えるわけにはいかないし、少しでも調合方法を間違えれば死に直結する。
そもそも彼女に渡したレシピは間違いだらけのものだったわけだし。
……彼女次第だ。白坂さんの開口一番が何を言うかによって僕の行動は変わる。
レシピを所望なら最悪この場で消えてもらう。僕自身の何かをねだられたら物による。無いとは思うけどチェルシー関係なら問答無用で死んでもらおう。
少しして、白坂さんはパタンと本を閉じて僕を見上げた。
「そう警戒しなくてもレシピが欲しいとか脅しはしないって。こうでもしないと二人きりにはなれなかったでしょ」
「……何が目的だい?」
白坂さんは薄く微笑み、スマホの画面をこちらに向けてきた。
「正義のヒーロー、ギャラクシー・ガイ。知ってるよね?」
ギャラクシー・ガイ。約一年ほど前に活躍していたヒーローオブヒーロー。だが彼は既に故人であり、今はその志を引き継いだヒーローたちが怪人や魔物討伐をしている。
その名声は外国まで届いており、神代山王国でも一躍人気になったほどだ。
「それは、勿論」
「次にこれ。ギャラクシー・ガイ最後の戦闘の動画。これは有名だよね」
頷く。ヒーロー好きで、その戦いを知らないものはいないとさえ言われる最後の決戦だ。数多くの怪人と戦い、最後は敵の親玉と相打ちになった動画。
「最後にチェルシー。悪いとは思ったんだけど、彼女の机をちょっと漁らせてもらったよ」
そこまで言われて僕は違和感を覚えた。
白坂さんは愛想は悪いし口も悪いけれど勝手に人の家を漁るような真似はしない人だ。それに白坂さんが纏っていた空気は味気ない物が多かったが、目の前にいる彼女は何かもっと粘着性の強いもののような気がする。
「彼女、お兄さんを探しているんだったね。でもね、どこを探したって見つからないよ。だって彼女のお兄さんはギャラクシー・ガイに殺されちゃったんだから」
違う、と確信する。目の前にいるのは白坂さんじゃない。別の何かだ。
「……何が言いたい」
警戒レベルを一気に引き上げて臨戦態勢を取る。対して彼女は大きく肩を竦めただけだった。
「察しが悪いね。私はただ彼女に伝えてあげた方が良いんじゃないかなって思っただけだよ」
それだけなわけない。彼女の目的はもっと違うところにあるだろう。
彼女はじっと僕を見つめ、席を立ちあがった。
「ふむふむ」
ゆっくりとした足取りで近づいてくる。その様子すら不気味に思えて、逃げ出したい衝動に駆られる。が、彼女に腕を取られ、いつの間にかに地面に倒されていた。
「発想は良かったけど、ちょっと面白味が薄かったかな。私としてはもっと凄惨な方が好きなのだけど。おっと、口に出ていたようだね」
何のことだろう? 何が言いたいのだろう。
彼女は僕の腹の上に馬乗りになって両足で腕を抑えつけた。
振りほどこうとしても異常なまでの力に動かせず、振り落とそうにも体が動かなかった。
「この世界はあまりにもこんがらがっている。私でも迂闊に解けないくらいに絡まって、今にも壊れそうになっている。止められるのは君だけだ」
意味はよく分からないが、彼女は僕を指差していた。
――あと両足で押さえつけられているから必然的に白坂さんのスカートが思いっきりめくれあがって水色の可愛らしいショーツが見えてしまっている。太もも白くてスベスベしてそう。
「太ももサンドイッチ」
突如発せられた言葉に僕の身体は正直に驚いていた。
「ふふふ、からかい甲斐がありそうだけど、そろそろ時間だね」
彼女は僕の上から退いて何事もなかったかのように部屋を出て行ってしまった。
……結局なんだったのかは分からないけど嘘は言っていないように思えた。
そう思うと彼女が言っていた言葉が気になりだし、僕は好奇心のままに部屋を飛びだしてチェルシーの私室へと入った。
午後の時間が許す限り、僕はチェルシーの部屋を探し、そして知ってしまった。
白坂さんが言っていた言葉の意味を。チェルシーが見つけられなかった理由を。
――全てを知ったわけじゃない。けれど、間違いなくいえることはある。
チェルシーのお兄さん、『アライン・シェーバー』は確かにギャラクシー・ガイに倒されていた。
約一年前、大田区合同病院事件。500を超える怪人が病院を襲撃し、ギャラクシー・ガイを失った事件であり、同時にヒーローの出現と怪人との闘いが始まった事件でもある。
その首謀者は名前が無かったことから『レス』と名付けられた。
レス。顔も形も髪の色すら変わってしまっていて原型はほとんど留めていなかったが、チェルシーが大事にしていたお兄さんの写真と合致する部分があった。
それは骨格と瞳の色彩だ。試しに照合してみたら合致した。
遺体は既に火葬されて市民病院の離れに埋められているらしい。だけど不可解なのはアライン・シェーバーの顔写真くらいなら警察でも入手出来そうだし、手がかりくらいは得られていてもおかしくはない。日本に在住していた記録もあることだし、判明は出来そうなものだ。
――もし国家そのものが関わっていなければ、の話だ。警察が追跡できないのはそういうことなのだろう。国家ぐるみともなればキナ臭すぎる。
……チェルシーの調べた跡を辿っても関連する情報は一切ない。これは本当に知られていない情報だと確信する。
「……白坂さん、君は一体何者なんだい?」
顔を上げて天井を見て呟く。答えは返ってこないけど、不気味なくらい当たっていることがずっと脳裏に引っかかっている。
ともあれ、この情報はチェルシーが帰ってきてから検証しよう。僕一人では大ごとになりそうだ。
18時を超えると高杉さんも条件をクリアしたようだ。これで僕たち三人は大丈夫だ。
念のため高杉さんには明日の終わりまで眠っていて貰うけど。
夕食を食べ終え、就寝の支度を整えて22時を回った。チェルシーからの連絡を待っているけれど、今だに連絡はない。少し心配だ。
そう思った直後にチェルシーからメールが飛んできた。
チェルシー > 天成様、今夜0時までに添付されている場所まで来ていただけませんか? 説明している時間はありません。大変な状況なのは承知の上でお願い致します。
チェルシー > 来るときに私の部屋の机の引き出しの中にある赤と青の粉が入っている小瓶を持ってきてください。
その短文と共に詳細が記されている地図が送られてきた。場所は八王子の奥地かな。
調べてみると山に入って一時間以上は歩くらしい。野生動物も出るから夜間は立ち入りが禁止されている場所だ。
この中で分かることは、チェルシーはどうやってか東京に侵入できたらしい。行けば会う事は出来るだろう。しかしチェルシーがここまで不躾なお願いをしてきたことは今までにない。
もしかしたらチェルシーは既に死んでおり、僕を誘い出すための罠かもしれない。……それでも僕は行くしかないのだろう。
天成 > 分かった。すぐ行くね。
これでチェルシーは安心してくれただろうか。それとも見知らぬ誰かが嘲笑うだろうか。
荷物を纏めて自宅からの経路を調べ――しかし今からでは電車でもタクシーでも間に合わない時間だということを知る。
……間に合わせるには相応の事をしなければいけないだろう。
父さんと母さんにはしこたま怒られるだろう。兄さんにも呆れられるかもしれない。
「でも、良い」
チェルシーが僕を求めてくれるなら、僕はそれに応じるだけだ。
念のため白坂さんには事情を告げ、僕は自宅を飛びだした。




