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修羅の国戦記  作者: 甘木智彬
【AggressiveWorld-黎明の器士-】
35/38

35.相談


 翌日、小牧が熱を出したと知ったのは、朝食の席であった。


「え、小牧ちゃん風邪引いたの?」


 茶碗片手に箸を口に突っ込んだまま、望月はマユから話を聞いて呆然とした。


「うん。熱計ったら38度くらいだった」

「……マジか」


 痛恨の表情で、ぱしりと額を叩く望月。

 やはり昨夜は外に長居しすぎた。鬼切丸の権能で身体が強化されている自分とは違い、小牧は普通の幼い少女なのだ。夜風に長く当たりすぎたに違いない。年長の自分がそれをしっかり意識して早めに切り上げるべきだった……と後悔の念に苛まれる。


 が、望月の表情をどう解釈したのか、マユは呆れたように笑った。


「大丈夫だって、そんなに心配しなくても。起き出そうとしてたのを寝かせてきたくらいなんだから」

「……あんまり、大したことない?」

「うん、全然。熱がある以外は元気だよー、ちょっとダルそうだったけどね。あっそうだ、杏奈(あんな)ちゃん、あとで玲奈(れな)ちゃんの風邪診てあげてくれない?」


 長机の端で味噌汁を飲んでいた神器【アスクレピオス】の使い手・鬼塚杏奈に、マユが声をかける。


「風邪? いいけど、アタシの器械、病気にはあんまり効かないわよ」

「うん、それでもお願いー」

「わかったわかった。じゃ食べ終わったら行きましょ」


 パクパクと、漬物と白米と玉子焼きの朝食を心なしか急いで食べ始める鬼塚。


「ありがと、杏奈ちゃん」

「それにしても小牧ちゃん、なんで風邪なんか引いちゃったんだろね。そっちの家って、ひょっとして寒い?」


 ポリポリと漬物を齧りながら、マユに問いかける佐京。


「ううん、そんなに寒くないよ。小牧ちゃん昨日の夜、外で星見てたんだって」


 マユの言葉に、一瞬硬直する望月。


「え、星? 夜に一人で?」

「うん、一人で」


 しかし更なる佐京とマユの問答に、「!?」という顔で固まった。


「……どうしたの望月くん」

「ん、ああ、……いや」


 佐京とマユに怪訝な顔で見られ、一瞬挙動不審に陥った望月は、玄関口で腕を組み直立不動の姿勢を保つウリエルを見やる。


「…………」


 ウリエルは黙したままだったが――ごく僅かに肩をすくめるような動きを見せ、そっぽを向いた。


 小牧が一人だと言い、ウリエルが黙しているということは、つまりそういうことなのだ。三人だけの秘密というヤツだ。


「いや、何でもない」


 望月は澄まし顔で味噌汁をすすった。


 それから朝食を終えて、本来ならば小休憩を挟んで共同浴場の仕上げ作業に入るところを、望月は公民館で刀根に相談を持ちかけた。


「刀根さん、話があるんだが」

「うん?」


 公民館の奥の事務室で、電気関係の本を開いて図面と睨めっこしていた刀根は、生真面目な態度の望月にぱたりと本を閉じる。


「珍しいね、キミから話とは」

「……そういやそうだな」


 こうして望月の方から刀根に何かを相談するのは、思えば初めてのことだ。佐京や志鎌と違って普段からあれこれ言わない望月だけに、刀根も若干かしこまった様子だった。


「……聞こう」

「いや、それほど深刻な話じゃないんだ。小牧ちゃんのことで」


 望月が切り出すと、首を傾げる刀根。


「小牧くんか。風邪を引いたらしいが……症状が重いのかい?」

「そういうことじゃない」


 (かぶり)を振って刀根の前で椅子を引いた望月は、表情を曇らせる。


「……俺たちの中で、あの娘だけ家に一度も帰ってないし、私物も持ってきてないだろ?」

「……ああ。やはり、落ち込んでいるのかな」


 望月の切り出し方で、刀根は話の趣旨を理解したらしい。それを小牧の体調不良と結びつけたかはわからないが。


「彼女は、織尾(おりお)に家があるんだったね」

「一応、これまでは刀根さんの意見を尊重して近寄らないことにしてたんだが……荷物とか、色々取りに行こうと思うんだ。小牧ちゃんにもソロモンとか器械を上げてから、さ」


 相談を持ちかける上で、望月は「織尾には行くつもりだ」という意思を最初から前面に押し出すことにした。「行ってもいいか」と許可を取る方向で話を切り出すと、反対されたときに抗弁しづらいと考えたからだ。


「ふむ……そうだね。頃合いかな」


 しかし望月の思惑に反して、刀根は否定的な雰囲気を滲ませなかった。


「実は私も、そろそろ様子を見に行ってもいいと考えていた」


 顎を撫でながら、意外にも賛同する刀根。


「……反対しないのか」

「ん、まあ危ないんじゃないかという気はするがね……いつまでもこのままというわけにはいかないだろうし。この二週間、織尾方面にも器士の反応が増えてきた」


 拍子抜けしたような望月に、片眼鏡(エリヤ)に触れながら刀根は頷く。きらりと輝くレンズ、器士の現在位置を探知しているのか。


「ここしばらく、我々も小さくまとまって活動してきたからね。ちょうど人を集めようとしている時分だし、『外』の情報も収集しなければならないと考えていたんだよ」

「なるほど……つまり?」

「むしろ、こちらからお願いしたいくらいだ。少々危険だとは思うが、織尾周辺の様子を探ってきてもらいたい」


 刀根の申し出に、望月は頷いた。願ってもないことだ。


「わかった、問題ない」

「ありがとう。キミならソロモンにも習熟してきてるし、万が一のことがあっても大丈夫だろう」

「確約はできないけどな、まあ善処する。最低限生きて帰れるくらいには」


 真面目くさって言いながらも、流石に大袈裟かな、などと考える望月。不良に絡まれるとは言っても、竜と激闘を繰り広げたのに比べればどうということはない、という思いがあった。


 しかし、不安要素がないわけではない。


「小牧ちゃんにもそろそろ器械を渡して欲しい。ソロモンとかスルトとか」

「ソロモンに関しては、今日にでも複製しようか。小牧くん本人が病気なのがなんだけども。スルトは――志鎌くんと剛田の頑張り次第だね。しかしソロモンは渡してもすぐには使いこなせないだろうから、少しは訓練してから行くんだろう?」

「もちろん。最低でも四日は様子を見たい」


 望月がソロモンを、極端に疲労せず扱えるようになったのは三日後からだった。もちろん、浮遊して全力で移動するのは今でもキツいし長続きしないが、三、四日の期間を置いて念力に慣れれば、劇的に使い方の幅が広がってくる。


 少なくとも、何かトラブルが起きた際、小牧単独で素早く逃げられるようにするのが目標だ。小牧自身は体重が軽く、それでいてソロモンの『腕力』は肉体に比例しないので、念力を応用した移動では小牧はむしろ有利かも知れない。それにそれくらいまで習熟すれば、ナイフを持った普通の暴漢ならば、二、三人は軽く制圧できてしまうだろう。


「よろしい。ならば、後で常磐くんにお願いしよう。それと念の為に、越後谷くんの神器【ゾリャー】も複製を検討してみようか」

「いいのか?」


 一日に複製できる器械の数には限りがある。役に立つかはっきりしない器械に、その枠を割いていいものなのか。


 神器【ゾリャー】――位階Ⅰの虹色に輝くヴェールだ。熱や炎、衝撃などを遮断する効果があるが、複製すると位階0になってしまい、器械特有の『不壊性』を失ってしまう。複製すると権能が若干劣化することも相まって、レプリカゾリャーが有用であるか否かは、望月たちの間でも予想がわかれている。


「破損の可能性があるのは頂けないが、実験の意味も兼ねて、ね。器械を持ってても生身の人間であることには変わらないんだ、防御力は上げておくに越したことはない。特に、小牧くんは少しでも身の安全を確保した方がいいだろう? キミにとっても」

「そうだな、助かる」

「うむ。……ところで、風呂場の方はどうかな?」

「明日には完成すると思う。まだスルトのボイラーとかパイプとか設置しないといけないんだが……」


 その後、刀根と簡単に共同浴場の建設状況や、スルトを利用したボイラーの設置場所などについて話し合い、望月は公民館を後にした。


(思ったより軽く許可出たなぁ)


 公民館の玄関の引き戸を閉めながら、何とも拍子抜けした気分だ。

 あるいは刀根も、納方(のうがた)市での激戦を直に経験した影響で、町中をうろつく不良如きには脅威を感じなくなったのかも知れない。修羅場を潜り抜けたことで、相対的に警戒レベルが下がったというわけだ。


(まあ、どうってことはねえだろ)


 望月には鬼斬丸もソロモンもあるし、そもそも悪質な絡まれ方をしないように立ち回ることもできる。以前、【暴朧剄騎(ボルケイノ)】の構成員に遭遇したときのように。


 そういえば、あの時に出会った海藤(かいどう)直人(なおと)――知人の弟――は今頃どうしているのだろう、と望月はふと空を見上げた。


 と、望月が公民館から出ると、ちょうど鬼塚とマユが戻ってくるところだった。


「どうだった? 小牧ちゃんは」

「おかゆ食べて、今は寝てるよ!」


 空っぽになったお椀とスプーンを手に、マユ。


「一応、アスクレピオスで治癒力を活性化しといたわ。一日寝込んで、いっぱい汗かいたら治るでしょ」


 ぽんぽんと、特殊警棒の形をした象牙色の器械――神器【アスクレピオス】で肩を叩きながら、鬼塚が答える。


「それより、アンタたちの方はどうなの? お風呂作り始めて随分経つけど」


 逆に、望月の胸をつんつんと突きながら、じろりと睨むようにして鬼塚は問う。遅れてたら承知しないわよ、とでも言わんばかりの顔だ。


「明日にはできると思う。今日は浴槽の仕上げと配管だな」

「そりゃ良かったわ、頼んだわよ」

「五右衛門風呂だと、身体洗いにくいもんね」


 たはは、と困ったように笑うマユ。五右衛門風呂を用意した望月の手前、今まで口には出していなかったが、やはり不便さを感じていたのだろう。望月自身もアレが最高の露天風呂だとは思わない。


「そーね、アタシもドラム缶にはウンザリ。頑張ってね、アンタのかわいい『カノジョ』のためにもさ!」


 ニシシ、とからかうような笑みを浮かべ、ぱんぱんと望月の肩を叩いた鬼塚はそのままさっさと公民館に入っていった。


『カノジョ』というのが、誰を指しているかなど考えるまでもないだろう。否定もできずに、望月は肩をすくめた。


「夕方あたり、玲奈(れな)ちゃんの様子、見に行ってあげたら喜ぶかもだよ望月クン!」


 マユもそれに便乗して、フフフンと何故かお姉さんぶった態度を取る。


「ご助言痛み入るよ」

「ふふーん、お姉ちゃんは恋する乙女の味方なのですよー」


 ふりふりと後ろでまとめた艶やかな黒髪を揺らしながら、マユは公民館の裏手に消えていく。水場で食器を洗うのだろう。


 その場に取り残された望月は、「はー」と溜息をついた。


「……なんだかなぁ」


 外堀が埋まってる気がする。何のとは言わないが。


 それから、望月が作業着に着替えて共同浴場に向かうと、佐京たちが既に作業を始めていた。今日は、多賀や宮口の姿もある。


「おーっす、すまんちょっと遅れた」

「ああ、もう始めてるよ望月くん。遅かったね、どうかしたの?」


 ソロモンのテレキネシスで、パイプをまとめて運ぶ佐京が尋ねてくる。昨日の今日だが、随分と念力の扱いにも慣れてきたようだ。


「いや、ちょっと刀根さんに相談がな」


 浄化槽まで配管を伸ばす作業を進めながら、近いうち織尾に偵察へ出ることなどを話す。


「あー小牧ちゃんね、そういえば私物らしい私物何もないもんね……」

「流石に、寂しいだろ? ちょっと可愛そうだな、って思ってさ……」

「ンーフヒョヒョォ、お優しいことですなぁ望月殿ォ~!」

「……はぁ?」


 気持ちの悪い動きとともにニヨニヨと笑う佐京に、少し頬を赤らめて「からかうなよ」と手をひらひらさせる望月。しかし周囲で手を動かす他のメンツも、ニヤニヤとした笑みを向けてきていた。


「……そういえば、常磐が新しいソロモンの使い方を見つけたみたいだぞ」


 形勢不利を悟った望月は、話題を変える。


「ほう! どんなのですか!?」


 真っ先に食いついてきたのは、本家神器(オリジナル)【ソロモン】の器士たる青木(あおき)(みさお)だ。実際は高校生だが中学生にしか見えない童顔、その瞳にはきらきらと好奇心の光が踊っている。


「周りをレーダーみたいにスキャンして何があるか把握できるんだとか……」

「へえー!」

「面白いね」

「おれもできるかなぁ?」

「それ凄いですね、ご本人から聞かれたんですか!?」


 感心する一同。そして好奇心全開で訊いてくる青木に、望月は一瞬答えに詰まった。常磐本人から聞いたわけではない。


「……小牧ちゃんが言っててな」

「…………へぇ~~~」


 一気に生暖かくなる皆の視線に、墓穴を掘ったかと望月は頭を抱えた。


「……でもね、実は僕も、新しい使い方は見つけたよ」


 渋い顔の望月を不憫に思ったわけではないだろうが、ここで佐京が胸を張る。


「おっ、どんなのだよ」

「これさ」


 佐京のジャケットの袖から、しゅるりと蛇のようにワイヤーが飛び出した。


「ソロモンでただイメージして『腕』を伸ばすより、ワイヤーを『芯』にしてアレコレした方が、力が込めやすいことがわかったんだよ」


 これもイメージの問題かもしれないけど、と言いながら、佐京はワイヤーを近くの電信柱に伸ばし、しゅるりと巻き取るような動きでよじ登った。さらにワイヤーを上に伸ばし、アメコミの某蜘蛛男のような動きで天辺まで移動していく。


「おお~」


 これには、望月たちも感心の声を上げた。佐京は、それほどソロモンの扱いに長けているわけではない。もちろん、『慣れ』が足りないということもあっただろうが、そもそも素早い動きを可能とする『出力』を苦手としている節があったのだ。


 そんな佐京が、比較的素早い動きで電柱に登っている。劇的な変化であった。


「よっ、と」


 電柱から飛び降り、今度は地面にワイヤーを伸ばして、ふわりと減速し着地する佐京。まるで見えない蛇に身体を支えられているかのようだった。


「もう一つ、これのいいところはね。実はこのワイヤー、僕のソロモンの有効範囲と同じ長さにしてあるんだ。具体的には3.8メートル」


 ぴん、と限界までワイヤーを伸ばす佐京。


「自分の射程距離(リーチ)を視覚化できるから、いざってときに念力使って、『腕が届かない!』ってことで焦りにくくなる」


 以前鉄塔によじ登ろうとして、スタミナ切れと目測の誤りから落下死しかけた、佐京らしいアイデアだ。


「なるほど」

「それいいですね」

「ワイヤー、借りてみてもいいか?」


 佐京からワイヤーを貸してもらい、何人かが試し始める。


「……うん。これはイメージしやすいわ」


 まるで蛇使いのように、目の前でワイヤーを揺らしながら多賀。


「これ、どこにあった? ワイヤー」

「志鎌さんと剛田さんが持ってたよ。まだ何十メートルもあると思う」

「俺も後でもらってくるか」


 これは、イメージがかなり楽になるのでいい。望月も自分で試してみたが、イメージが強固になる分、念力の出力――『腕』の力も心なしか上がっているような印象を受けた。


「ただ、これ敵にも自分のリーチがバレますね」


 興味深げな青木が、欠点を指摘する。


「そうだなぁ……わざと短めにしておくとか?」

「ああ、それだったら逆に油断を誘えるかもです」

「まあ油断させるより斬り倒した方が早いけどな」

「またまた望月くんはバーサーカーなんだから……」


 やいのやいのと賑やかに作業は続く。


 昨日と違い、出かけていた多賀や宮口たちの補助もあるので、比較的スムーズに配管工事は進んだ。大型の浄化槽にパイプを繋ぎ、井戸水を一旦貯めるタンクと、それを沸騰させてお湯を供給するボイラーを設置する。


「よし、後はボイラーとか浴槽とか繋ぐだけだな」


 予想より早く進んだ工事に、望月は満足げだ。明日の昼には完成するだろう。


 公民館の方からは、夕飯の用意が整いつつあるとみえ、醤油系のいい匂いが漂ってくる。


 小牧は起きてるかな、と夕焼け空を見上げた望月は、刀根と相談した結果報告も兼ねて、夕飯の前に会いに行こうと思い立つ。


 流石に汚れた作業着のまま面会するわけにもいかないので、家に戻ってタオルで汗を拭き着替えたあと、望月は隣の家へと向かった。



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