33.軍勢
ホブゴブリン。
ゴブリンの上位種。通常のゴブリンよりも遥かに高い知能を誇り、体格も一回り大きく、金属器の鍛造・鋳造や加工を可能とする。種の全員が性別を問わず兵士で、一部の個体は魔術も扱い、基本的に短命ではあるが身体能力と繁殖力は非常に高い。特に知能の高い貴種を指揮官とし、身分制度に基づいた厳しい軍制を敷く。弩や弓、投石を中心に遠距離から攻撃する戦術を好む。
――刀根の『特典』である、黒い装丁の本に記されていた情報だ。
「奴らが本格的な侵出を始めたのは、今から一週間ほど前のことだそうだ」
顔を青褪めさせたまま何も話せない越前谷の代わりに、刀根が事情を説明する。
「門の正確な位置は納方市南部の田園地帯で、市中心部からはかなり離れている。最初は、数匹規模の小さなグループで偵察を繰り返していたらしい。出てくるたびに現地の器士たちが対処していたそうだ。……距離が離れすぎていたから、私の片眼鏡では探知できなかった」
淡々と話す刀根――現地の器士たち、という言葉が不気味な響きを孕んでいる。刀根が連れ帰った器士は、越前谷ひとりだけ。
「そして三日前……それが起きた。数百匹の完全武装のホブゴブリンが、一気に攻撃を仕掛けてきたらしい。その時点で現地には三人ほど器士が居たようだが……」
刀根は口をつぐみ、首を横に振った。
「全滅、ですか」
「ああ。……さらに悪いことに、」
空恐ろしげな佐京の呟きに頷いた刀根は、
「その三人の器械は、どうやら奴らに奪われたらしい。私はホブゴブリンの軍勢の中に、三体分の器士の存在を感知した」
シンプルに。
その言葉は、望月たちを打ちのめした。
「敵も器士に……!?」
なれるのか、と口に出そうとして、望月は押し黙る。自身の『知識』を参照しても、器械の使い手となれるのは人間に限る、という情報はなかったからだ。
「おそらくだが。一定の知能を持つ生物なら、器士になれるんだろうね」
その顔に疲労の色を濃く浮かべる刀根だが、望月たちもその理由がわかった。
「最初の三人が、敵に捕らわれてるって可能性はないんですか?!」
「ない」
佐京の問いに刀根は即答する。その隣で越前谷はおにぎりを取り落とし、うっ、と呻き声を上げた。
「うっ、うううっ……」
ガタガタと震える越前谷、その瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちる。
「……目撃者がいる。生存は絶望的だ」
越前谷を見やり、刀根はもう一度頭を振った。望月たちも、それで察さぜるを得なかった。彼女は――おそらくその場に居合わせたのだ。
「越前谷さんは、敵からの攻撃を遮断して、どうにか生き延びたそうだ。その後は市内の自宅に隠れていた、とのこと。私たちが市に到着した時点で……あそこは、ちょっとした地獄になっていたよ。かなりの住人が捕われるか、あるいは殺されるかしている」
能面のような顔で、刀根はゆっくりと話す。同行していた多賀や宮口、雨水の顔つきも非常に険しいものだった。
「よく、……救出できたわね。そんな状況で」
身震いを抑えられない越前谷に視線をやり、鬼塚が感心したように呟く。越前谷が身体強化型の器械を持っていたならば兎も角、神器【ゾリャー】はどう見ても防御特化の器械で、しかも使い手本人もお世辞にも運動が得意なタイプには見えない。
「宮口くんのお陰だ。仮面騎士ハヤテは大活躍だったよ」
刀根に微笑を向けられ、宮口が腰の神器【仮面騎士ハヤテ変身ベルト】を撫でながら、はにかんだような笑みを浮かべる。
刀根によれば、納方市近郊に辿り着いた時点で、少数のホブゴブリンの部隊による攻撃を受けたらしい。
「お陰で車が穴だらけさ。最初の一撃でパンクもせず、我々に怪我人も出なかったのは、奇跡だった」
大慌てで車を反転させ、多賀と雨水の二人で敵戦力を殲滅。二人とも、複製神器【ソロモン】を装備していたため機動力が劇的に向上しており、十匹未満の部隊を皆殺しにするのは、それほど苦労しなかったそうだ。
ただし。
街中に陣取る数百匹のホブゴブリンを全て倒し、あるいはやり過ごし、越前谷の居場所を特定して救出するのは、流石に二人の手に余った。
「だから、宮口くんに陽動で動いて貰った。市内中心部で大暴れして、敵を引き付けてもらったんだ。そして市内が手薄になった隙に、我々が三人で突っ込み救出した、というわけさ」
「……すげえな、宮口。やるじゃん」
「ボ、ボクは、変身すればウリエルさんみたいに、全身器械みたいなものなんで。弓矢とかで攻撃されても、ほとんどダメージは通りませんから……」
志鎌に賛辞を向けられ、どもりながら答える宮口。
「宮口くんは本当に凄まじい活躍だったよ。皆にも見せたかった」
「突撃した刀根さんたちも相当な度胸だと思いますが」
「……まあ、他に選択肢はなかったからね。私も一応、レプリカソロモンの使い手なわけだし……」
佐京に褒められた刀根は、右手の指輪を示しながら、照れ笑いというには少々苦すぎる笑みを浮かべた。
「尤も、私はほとんど戦いの役には立たなかった。援護らしいことはしたけど、ほとんど誘導役で……あとは多賀くんと雨水くんの二人に任せきりだったよ」
「冴を、危ない目にあわせないって! そういう約束だったじゃないですか!」
と、そこで突然、憤懣やる方なしといった様子で、冴の兄である雨水真が声を荒げる。
しかしそれ以上、雨水真が何かを言う前に、妹の雨水冴がその顔面に裏拳を叩き込んだ。ボグゥ、と鈍い音とともに少年は顔を押さえてひっくり返る。
「黙ってろ真人間。そういう問題じゃない」
「……いや、すまなかった。約束を違えたことは謝る」
刀根は真摯に目を伏せて頭を下げた。刀根としても、年下の二人に戦闘を任せきりだったことに、思うところがあるのだろう。
「……ただ、あの時点で、私は越前谷さんの救出を優先するべきだと思ったんだ。すまない」
「でも――」
「おい、真人間」
さらに何かを言い募ろうとする真を、冴はぎろりと爬虫類のような目で睨んで黙らせた。
「そういうことは、あたしより強くなってから言え」
「……ッ!」
顔を赤くして、下唇を噛む真。ここ数日、「自分が守るから戦いには関わるな」と言った真が、冴にコテンパンにしてやられるのがそこかしこで目撃されていた。純粋に妹を心配する真としては、歯痒くて堪らないのだろう。
実際、冴は十四歳の幼い少女だが、魔剣【ナズ】とレプリカソロモンの器士でもあり、望月たちの中でも屈指の戦闘力と身体能力を誇っている。中二病を発症している関係か、相手の生命を奪うことに躊躇いがないのも強い。真があらゆる意味で妹より『強く』なるのは、高位の強力な器械でも手に入れない限り、逆立ちしても無理と言わざるを得ない。
「…………」
雨水兄妹のやり取りで、その場に気まずい空気が流れる。
「それで、どうします」
真面目モードに切り替わった佐京が、クイッと眼鏡をかけ直しながら尋ねた。
「市内にはまだ取り残されている人間もいるし、敵を殲滅し門を早急に潰す必要があるのは、言うまでもない」
固い表情で刀根は告げる。その口調の端々から滲む緊張感に、望月たちも顔を強張らせた。
「……が、はっきり言って、今の我々では厳しい。敵は少なく見積もっても三百。しかも非常に統制が取れている集団で、さらに三体の器士までいる」
「その、敵が手に入れた器械ってのは、どんなものなんだ」
望月の問いかけに、刀根は肩をすくめて越前谷に視線を向ける。
「……越前谷くん。申し訳ないが、教えて欲しいことがある」
ゆっくりと、優しい口調で話しかける刀根に、越前谷はゾリャーのヴェールを頭からかぶって、ガタガタと震えたままだ。
「敵が今持っている器械が、どんなものか……教えて欲しい。とても、大切なことなんだ」
「…………」
刀根の問いかけに、越前谷は答えない。
ところが、これは話にならないか、と皆が諦めかけたところで、「……剣」と、蚊の鳴くような声で答えた。
「剣、です。位階は……Ⅵでした。力は、わかりません。体が強くなる、って。それと、位階Ⅳのナイフと、位階Ⅲの弓でした」
「……ナイフと、弓の権能は?」
「ナイフは……わかりません。弓は、火が出てきて、矢になる、みたいな。そんなもので……それ以外は……」
「わかった。ありがとう」
どうにか声を振り絞った、という様子で話す越前谷に、刀根は頭を下げる。佐京の隣のマユが立ち上がって、そっと越前谷の背中を撫でると、彼女は堪えきれずにおいおいと声を上げて泣き始めた。眼鏡が汚れるのも構わず、マユに抱きついて号泣している。
「……というわけだ」
「どっちかっつーと、ハズレっぽい器械だな」
剣、ナイフ、弓という組み合わせに、志鎌が常盤の神器【ブラダマンテ】や酒寄の神器【みずち】を見ながら、身も蓋もないコメントをした。
「彼女らのような強力な器械は、早々ないだろうからね……我々は運が良い」
「お前の片眼鏡も大概だけどな」
「はは、そうかね」
珍しく褒める志鎌に、苦笑する刀根。
「厳しそうですけど、放置ってわけにもいきませんよね……」
佐京が少々顔を青褪めさせて、吐き気を催したような顔で言う。
「戦いは避けられんだろうな。しかも時間が経てば経つほど敵は増える」
腕組みをした剛田が嘆息した。
「あと、敵なんですけど。魔法使ってくる奴らもいました」
おどおどと、手を挙げながら頭の痛くなるような情報を追加したのは、宮口だ。
「魔法……だと?」
「ファッキンファンタジー……」
「マジかよ……」
望月たちの反応も様々だ。少なくとも歓迎できるようなことではない。
「具体的には、どんな?」
「火の玉みたいなのをぶつけてきました。ぶつかったら爆発するようなやつです、ファイアーボールみたいな感じで。ボクは、喰らっても何ともありませんでしたけど……」
情けない表情で周りを見やりながら、宮口の声が尻すぼみになる。聞いていた皆の顔色も悪くなった。そんなものを生身で喰らえばどうなるかは目に見えている。
「どのくらいいたんだ? 数的な意味で」
「ボクが見たのは、三匹です。全部殺しましたけど」
「っつーか、宮口。お前全部でどれくらい殺したんだよ? ハヤテが全力で暴れたら全滅させられるんじゃねーのか?」
志鎌が若干の期待の色とともに問う。
「いえ……全部で、三十匹くらいです」
「はァ? たったそんだけ!? お前何してたんだよ!」
「いっいや! 派手な格好した指揮官みたいなヤツとか、魔法を使ってくるヤツを重点的に狙ったんです! それに、……連中、見切りつけるのが早くて、弩が効かないってわかったらすぐに逃げ回り始めて……」
どもりながら小さくなって答える宮口だが、口調の割にその戦術はなかなか容赦のないものだ。指揮官クラスや魔法を使う個体を三十匹潰せたのは大きい。
「魔法使いもそうだが……器士になった敵をどう捌くかも問題じゃないか。位階が低かろうが権能がイマイチだろうが、元々身体能力が高いモンスターがさらに強くなったら……ヤバいぞ」
小牧とトラックで逃げたときの、通常のゴブリンたちの凄まじい全力疾走を思い出し、望月も表情を険しくする。
「ああ、それなんだが。ウリエルに頼もうと思う」
刀根はやおら、玄関口に佇むウリエルを見やった。全員の視線が、翼を持つ銀色の甲冑に集中する。
「……ウリエル、現時点での執行可能回数は?」
「十七回である。牟那方市国成立後、我は一度も刑を執行していない。一日あたりの執行可能回数は、現時点で一回。それが十七日分、累積加算された形である」
「ありがとう。……新しく法案を作る。敵性種族で器械を所有するものは、法制領域に『入った』時点で死刑だ」
「……なるほど、それで僕らが現地に旗を持っていく、と」
顔色を取り戻した佐京が、悪い笑みを浮かべる。
「その通り」
「相手からしたら堪ったもんじゃねーな」
真面目くさって頷く刀根に、志鎌が笑う。
「取り敢えず、そういう意味で敵の器士の心配は、いらないと思う。あとは指揮官クラスと魔法使いを、執行回数限界までウリエルに潰して貰う。……だが、それでも弓や弩を扱う、ある程度統制の取れたホブゴブリンが数百匹いるんだ。それらを殲滅した上で納方市を制圧し、さらに門まで壊さなければならない」
とてもではないが、我々では人手が足らない、と刀根は言う。
「そこで皆に相談だ。……私はそろそろ、外部から人を集めるべきだと思う」
顎を撫でながら、刀根。その右手中指で、複製器械がきらりと光を放つ。
「具体的な候補は、響ヶ丘高校の学生寮に居るであろう体育科の生徒、百数十名。交渉役は私と、多賀くんだ」
どうだろう、と刀根は皆の顔を見回した。
「賛成です」
真っ先に答えたのは、佐京だ。
「流石に僕らだけじゃ少なすぎます。相手が数十匹ならまだアレですが……数百となると」
「俺も賛成だ。普通のゴブリンなら三百匹くらい何とかするが、飛び道具で一斉にやられたらな……」
布に包んで壁際に立てかけた神刀【鬼切丸】を見やりながら、望月も頷く。
二人の意見を皮切りに、賛成、賛成と声が相次ぐ。
「オレは、まだ反対だぜ」
が、そこで志鎌が不遜な態度で異議を申し立てた。
「オレたちの中ですら、まだ器械が十分に普及してねえ。特に魔剣【スルト】だ。他を引き込むのは、もうちょっと身内を強化してからにしようぜ」
少数精鋭を貫け、というのが志鎌の理論らしい。そこに我が身可愛さの気持ちが入っている感は否めなかった――だが、だからこそ数人の心を引きとめた。
「そう、ですね。もうちょっと強化してからでも遅くないのでは」
神妙な顔をした青木が、志鎌に同意。
「右に同じく。もうちょっと前衛の防御力を高めた方がいいです、新しい器士さんの器械もあることですし」
健気にも妹を心配げに見やりながら、雨水真。
「でも、越前谷さんの器械って複製したら位階0になるんじゃないの?」
「壊れるようになるってのは……どうなんだ」
「でも防御力は確かに上がりますよね」
「複製の条件がよくわからんが……」
皆、越前谷がかぶる、虹色のヴェールに注目してガヤガヤと話し出す。
「っつーかよォ、質が悪い兵士量産しても意味ねーだろ、中途半端に器械渡して、敵に奪われたらどーすんだよ!」
そこで志鎌が大声を上げ、その核心を突いた一言に皆一瞬押し黙る。
「……それは、ウリエルに頼もう」
「つっても高々十七回だろ? 今いるかも知れねー敵の器士引いたら十四回じゃねーか。あ、今から日数経てば増えるのか……やっぱりもうちょっと力を蓄えるべきだって」
「力を蓄えるのには賛成だ、何も今日明日で仕掛けようという話ではない。しかしそろそろ他者を引き込まないと頭数が……」
「だからそれで器械が中途半端に行き渡っても意味ねーじゃん。器士じゃねー野郎ども連れてっても足手まといにしかならねーだろうしよ、銃もねえんだし」
イラついたようにカンカンカンと箸で皿を叩く志鎌。
「我々の間で器械を行き渡らせるにしても、期間を限らないとキリがないぞ。時間は有限だし、放置すればするほど敵は増える」
「せめて戦闘組の全員にスルトが二本くらい行き渡るようにしようぜ」
「それは流石に時間がかかりすぎる、一日に生産できるスルトは一振りなんだぞ」
その後も、遅くまで話し合いが続いたが、結論が出ないまま夜を迎え、望月たちは頭を冷やすためにも一度解散することとなった。
†††
夜。拠点近くの民家の一室。
望月はまんじりともせずに、暗い部屋の天井を眺めていた。
部屋で布団を敷いて寝転んでいるのは、望月だけだ。大きめの民家、その一階の広い座敷を占領している。二階の部屋には、それぞれ佐京と多賀がいるはずだ。耳を澄ませば、強化された望月の聴覚で、多賀のイビキが微かに拾い取れる。佐京は静かに眠るタイプらしく、流石に寝息までは聞こえなかった。
「……水でも飲むか」
落ち着かないので、静かに布団から抜け出す。ぶるりと寒さに身震いした。時間としては午後九時といったところだが、公民館の点けっぱなしの明かりを除いて外に光はなく、まるで深夜のように感じられる。
乾いた冬の空気のせいで喉が少しイガイガするような感覚もあり、望月は暗い中、最近馴染んできた家の構造を思い浮かべながら台所に向かった。身体強化の恩恵で、夜目も利くようになっている。古びた廊下の床がキシキシと音を立てた。
台所。水桶に貯めていた飲み水をグラスで掬い取り、喉を潤す。
グラスを傾けながら、思い出すのは昼間の話し合いだ。
身内でさらに戦力を充実させるべきか、外から人を引き込むか。
望月としては、そろそろ人を増やしたほうがいいと考えている。志鎌の、個々の戦闘力を上げるべしという論調にも、思うところがないわけではなかったが。
しかしそれでも、拠点の拡充やら何やらの作業で、このところは人手不足の影響が顕著になってきた。年が明ければ、農業なども試みなければならない。しかも現実的な問題として納方市の『門』もどうにかする必要がある。
……望月たちが分身の術でも覚えない限り、とてもではないが対応しきれない。
(響ヶ丘、か……)
刀根が、引き込む候補として挙げていた、響ヶ丘高校の学生寮に住む体育科生徒百余名。その中には、望月の知り合いも何人かいるはずだ。
「…………」
転移の以前、こちらに来る前は、極力彼らと顔を合わせたくないと思っていた。今となっては――わからない。どんな顔をしていいのかわからないのは相変わらずだし、同情の目を向けられれば不愉快なのは一緒だろう。
ぽん、と右膝を叩きながら、望月は暗闇の中で一人肩をすくめる。
今は、鬼切丸とソロモンがあるので、身体能力が変わりすぎていて何とも言えない。仮に今、地球に戻ることができれば、陸上競技の大会で賞を総なめできるだろう。
その事実と確信に、若干の虚しさのようなものもある。
「……はぁ」
溜息をついて、頭を振った。自分は何を考えているのだろうか。
(やっぱ、疲れてんのかな)
精神的な疲れだ。不安なことが多すぎるし、志鎌たちとの議論にも色々と頭を使った。今日はとっとと寝てしまおう、と部屋に戻ろうとしたところで――
「――ん?」
望月は耳を澄ます。
風の音に混ざって――微かな話し声。
外からだ。
「……誰だ?」
この時間なら、皆、寝静まっているはずだが。
訝った望月は、外に出てみることにした。
寝巻きの上に、さらに重ねてジーパンを履き、ジャケットを羽織る。マフラーもすれば防寒対策は完璧。
一階の部屋なので、音を立てないよう窓から外に出る。発電機で充電したスマホをライト代わりにして家の敷地から出れば、話し声の主はすぐに見つかった。
「あっ」
隣家の正面、道端に置かれた古いベンチに腰掛ける少女と、その傍で腕を組んで立つ銀色の甲冑。
小牧と、ウリエルだった。
「も、望月さん……こ、こんばんは」
小牧は、嬉しがるような、若干動揺したような、いずれにせよ挙動不審な様子で望月に頭を下げた。
「……どうしたの、小牧ちゃん。こんな時間に、寒いのに」
近寄りながら、望月。今宵は冷える、なぜわざわざ外に出ているのか。
「……ちょっと、眠れなくって」
望月の問いかけに、小牧は曖昧な笑顔を浮かべて、天を仰いだ。
「……星でも見ようかな、って思ったんです。月もきれいですし」
小牧に釣られるようにして、望月も空を見上げる。
満天の星と、満月の夜。
人工の明かりが存在せぬ世界で、夜の女神は一際美しく、生き生きと輝いているように見えた。
夜の空気は冷たい。だがその身を切るような風の中にいると、何故か星々のきらめきが際立つような錯覚に陥る。
「……ウリエルは?」
「我は見回りの途中であった。現在、領域内に外敵は存在せぬが、念のため小牧の傍についていたのである。斯様に幼き少女が、夜分に一人で外に居るのは好ましくない故」
腕を組んだまま、人間味のない声で淡々と答えるウリエル。
が、ウリエルは両眼の青い光を瞬かせながら、望月と小牧を交互に見やった。
「……しかし、望月、汝が来たのであれば、もはやこちらの少女を、我が守護する必要はなくなったと解釈する」
「……は?」
「我は、巡回に戻るものとする」
リィンッ、と。
鈴が鳴るような涼やかな音と、青白い燐光を残して、ウリエルは消えた。
「あっ……」
「あ……」
あとには、呆気に取られたような、望月と小牧が残される。
「…………」
呆然としたまま目を合わせる二人だったが、不意に小牧が俯いて視線を逸らす。
若干、その耳と頬が、紅くなっているのが見えた気がした。
「えっと……」
ベンチに腰掛ける小牧は、俯いたままそっと右端に詰める。
「……望月さんも、座ります、か?」
上目遣いに、こちらを見る小牧。
潤んだ瞳。
「……お邪魔、しようかな」
一瞬、息を詰まらせた望月は、そっと少女の隣に腰を下ろした。
後半へ続く(意味深)




