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修羅の国戦記  作者: 甘木智彬
【AggressiveWorld-黎明の器士-】
32/38

32.変化


 小牧が積極的になったのは、拠点に引っ越してきてからだ。


 最初は作業の休憩時間、男子全員に飲み物を持ってきたり、おやつを作ったり、替えのタオルを用意したりと、『他の男子の分もまとめてやって、望月はあくまでその中の一人』という体を保っていた。もちろん、その時点で望月ばかりを目で追っていたので、望月を含めた周りの者にはバレバレだったわけだが。


 そして引越し作業諸々が終わり、生活がひと段落してからは、望月一人に対するアタックがより顕著になった。


 食事のときも今までは多賀・望月・佐京という順番で並んで座っていたのだが、ある日、小牧はわざわざ多賀が一人になったところを見計らって、「次のとき、望月さんの隣に座っていいですか……?」ともじもじしながら尋ねてきたというのだから、アレだ。


 無論、多賀が断れるわけもなく、それから望月の右隣は小牧の定位置となった。今日は多賀が刀根と一緒に勧誘(スカウト)に出かけていることもあり、小牧は何の遠慮もなくその席を占有することができていた。


「どう、ですか?」


 もぐもぐと玉子焼きを頬張る望月を、横から心配げに見守る小牧。


 望月は目を閉じ、しっかりと味わった。卵の風味と隠し味程度に加えられた砂糖が絶妙なうまみを生んでいる。望月好みの味付けだ。思えば今朝、「望月さんって玉子焼きはどんな味付けが好きなんですか?」と訊いてきたのは、このためだったのだろう。


「うん。美味しいよ」


 お世辞抜きに、にっこりと笑って答える。ぱぁっ、と小牧の顔が明るくなった。


「えへへ、よかったです……」


 かすかに頬を赤らめて、自分も玉子焼きに箸をつけ始める小牧。望月も少し気恥ずかしげな笑みを浮かべ、モリモリと玉子焼きを頬張り始める。


「フヒョォ……」


 その左隣、望月と小牧を横目で眺めていた佐京は、ひょっとこのような顔をしていた。キモい笑みが浮かぶのを無理やり堪えようとした結果、もっと残念なことになってしまったパターンだ。


「うわぁもう、完全に恋する乙女だよーマユちゃん」

「ねー!」


 佐京のささやきに、こちらも声を潜めて隣のマユが頷く。


「あの玉子焼きもね、焼くときすっごいニコニコしててね、絶対愛情入ってるよ」

「オゥフ、隠し味、堪りませんなぁ~。それにしても最近、えらく積極的だねえ」

「ふふふ、おねーちゃんはなぜなのかわかってるのですよ」


 フッフッフ、と不敵な笑みで胸を張るマユ。ちなみに平らだ。


「ほうほう。お聞きしてもよろしいですかな」

「えっへん。ズバリ、杏奈(あんな)ちゃんの登場に危機感を覚えているのですよー」


 マユの言葉に、佐京は座卓の端、おにぎりをぱくつく少女の姿を見やった。


 鬼塚(おにづか)杏奈(あんな)。癒しの力を持つ神器【アスクレピオス】の使い手だ。南方系の顔立ちをした気の強そうな美人であり、そのスタイルは周囲のお年頃な男子を悩殺し得るグラマラスなもの。今は冬なので色気もクソもない暖かそうな格好をしているが、これは暑くなって薄着をし始めたらどうなるかわからんな、と佐京は思った。


「ほ~う。なるほどね」


 頷いて佐京。わざわざ口に出しはしなかったが――鬼塚は確かに、望月が過去に漏らしていた好みのタイプとも合致する。勿論、佐京は望月の好みなど吹聴していないし、望月自身も好き好んで広めていないだろう。『鬼塚の容姿が望月のドストライクである』という事実を小牧が掴んでいるかは謎だが、あるいは本能レベルで警戒心を抱いているのかも知れない。


 ちなみに小牧も相当な美人だが、やはり中学二年生なので、歳相応な体つきだ。鬼塚と真正面から勝負しようとすれば、装甲の差で惨敗するだろう。マユもだが。


「いやぁ……コレは、今後が楽しみですなマユちゃん!」

「ですな~ゆーちゃん!」


 グヒョヒョヒョ、と気持ち悪い笑い声を押し殺せない佐京とマユに、周囲が胡乱な目を向ける。


 ちなみに佐京とマユもとりわけ仲の良い少年少女の組み合わせなわけだが、男女の仲というより顔が全然似てない兄妹、あるいは姉弟のような二人なので、周りからは「そういうもの」と目されており、恋愛方面では注目されていない。『恋する佐京』という文面が『爽やかなゴキブリ』と同レベルの違和感しか生まない、ということもあるが。


 一方で、皆の注目を浴びる望月は、少々困っていた。


 隣で、甲斐甲斐しく煮物のお代わりをついでくれたり、新しくおにぎりを取ってくれたりする小牧。


 望月も朴念仁ではない。小牧の好意には気付いているし、はっきり言って満更でもない気分だ。可愛い子に好意を寄せられてイヤに思う男は居ないだろう。微笑ましい気持ちになって、思わず頭を撫でたい欲求に駆られてしまうのだが――何というか、これは、『妹』に向けるような感情だった。


 電車で小牧を助けて以来、一緒に行動して二週間以上が経過しているが、望月の中での小牧のイメージは、どちらかというと庇護対象だ。

 幼い頃は可愛かったが段々とクソガキと化していく弟を見ながら、「ああ、妹が欲しかったなあ」と想像した、そんな存在に小牧はぴったりと合致するのだった。よく佐京が妹の自慢話でデレデレと気持ちの悪い面を晒していたが、今となってはちょっぴりその気持ちもわかる。「あ~可愛いなあ」とひたすら和む。


 ただ。


 やはり、今のところ、それ以上でも以下でもない。


 小牧をひとりの女性として見れるか――と問われると、微妙なラインだ。新しい生活にも慣れて、悶々とした欲求が内側に蓄積されている自覚はある。日々体を動かしているお陰でどうにか誤魔化せているが――望月も十七歳、そろそろ誕生日を迎えるので十八歳になる少年だ。むしろ、保護者が居ない状況で、年頃の男女が共同生活をし、何も起きない方が不自然ではあるだろう。


 ただそれでも、小牧に手を出してどうこうしよう、という気は起きなかった。何と言うか、罪悪感の方が大きい。小牧の好意に応えなければならない、という義務感のようなものも微妙にあるが、やっぱりそれもどちらかというと妹に付き合ってあげているような感覚だ。


(何だか、なぁ)


 そもそも、小牧も好意を寄せてくれているが、今の段階で彼女が何を求めているのかは望月にもわからない。ここはゆっくりと行こう、と思う。正直なところ、小牧には、今のような立ち位置で居て貰いたい、という気持ちもあるのだった。


 男女の仲、という方向で考えを巡らせると、どうしても胸にちくりと突き刺さるものがある。今となっては遠く感じるが、それでも残響のように何かを訴えかける思い出が――。


 このつっかえを、どうにかしないことには。


 新しい一歩など、踏み出せそうにない。


「ふぅ」


 胸に去来した想いを振り払い、望月は、最後の一個の玉子焼きを頬張った。


 美味い。望月の好みの味付けだ。


「……うん、美味しかったよ。ありがとう小牧ちゃん」

「はいっ」


 ニコッと笑う小牧を見て、やっぱり可愛いなあ、と望月は頬を緩めた。




           †††




 それから食事を終えて、皆で茶を飲みながらまったりとしていると、外から車の音が聞こえてきた。


 リィンッ、と鈴のような音とともに、公民館の玄関にウリエルが出現する。


「刀根たちが、帰ってきたようである」

「おう、もう全部食っちまったけどな」


 ズズ、と緑茶をすすりながら悪びれる風もなく志鎌。


「一応、ちょっとくらいは残してあるわよ。四人分には少し足りないかも知れないけど。何か作ろうかしら」

「外で食べてきたかもだよー。様子見てからにしよ」

「……それもそうね」


 席を立とうとした鬼塚を、マユが呼び止める。座り直して、酒寄から注いでもらったカフェオレを口にする鬼塚。


 果たして、公民館の前に緑色の乗用車(セダン)が停まり、刀根たちが降りてきた。


「ただいま……」


 半透明なガラスの引き戸を引いて、刀根たちが公民館に入ってくる。


 皆、随分と疲れた顔だ。特にこの頃の刀根は、蒸気機関及び発電装置の研究から器士の勧誘、新たな法案の作成、器械の量産計画の練り込み、新たに『天眼旗』を設置する場所の選定、拠点の拡充方針の模索など、頭脳労働的な激務で疲れ気味だったが、今はさらにゲッソリとしているように見える。


「良いニュースと、悪いニュースがある」


 入ってくるなり、刀根は洋画のようなことを言った。


「……良い方から聞こうか」


 調子に乗った佐京が、低い声で答える。本人としてはハードボイルドなキメ顔をしているつもりなのだろうが、腹痛を堪えたしかめ面にしか見えなかった。


「良いニュースは、新しい器士の勧誘に成功した。こちらだ」


 刀根が、背後に居た一人の少女を示す。


 ほっそりと痩せ気味で、少し背の高い少女だ。髪型は編み目の大きな三つ編みで眼鏡をかけており、文化系少女といった雰囲気だった。図書室で静かに本を読んでいそうなイメージ。

 しかしその格好は少々奇抜で、明らかに普通ではない虹色の輝きを持つ、スカーフのようなものを頭からかぶっていた。何かに怯えているような様子もあり、顔色は悪い。


「……は、初めまして、越前谷(えちぜんや)君江(きみえ)です。……納方(のうがた)市から来ました」


 おどおどとした様子で頭を下げる少女――越前谷。


「まあ、立ち話もなんだし、上がって上がって」


 鬼塚に促され、新しい器士の少女とともに、刀根や多賀、雨水冴に宮口も座敷に上がってくる。


「なんか食べた?」

「いや。正直腹ペコだ」

「おにぎりくらいはあるわよ」

「助かる、ありがとう」


 鬼塚からおにぎりを受け取り、美味しそうに頬張る刀根。多賀たちもモリモリと食べ始める。が、おにぎりを渡された越前谷は、「あ、ありがとうございます」と頭を下げたものの、食欲はないようで、青い顔のままぼんやりとしていた。


「……それで?」


 ある程度、刀根たちがおにぎりを食べ、人心地ついたところで続きを促す鬼塚。


「うむ、それで越前谷くんの器械だが、それだ。彼女がかぶっている布だね」


 刀根が、越前谷の頭の虹色の大きな布を示して言う。


「位階Ⅰ、神器【ゾリャー】。拒否反応はなし、衝撃や炎、熱などを遮断する力があるらしい。位階は低いが、権能そのものはかなり強力で、彼女はこれのお陰で命拾いした」

「……命拾い?」


 刀根の穏やかでない言葉に、皆が眉をひそめる。


「ああ、そうさ。悪いニュースの方だ」


 刀根は溜息混じりに頷いた。


「ここから南。納方市に、新しい『門』がある」


 門が、発見された。それ自体は喜ばしいことだが――


「そして、その門から、モンスターが出現している。悪いことに、知能の高いやつらだ」


 刀根は、皆を見回した。


「納方市は、ホブゴブリンの軍勢に占拠された」




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