31.拠点
コミュニティを成立させたあと、望月たちは皆で、津久井町の隣に位置する葦屋町の航空自衛隊基地に向かった。空自の基地ではあるが、一応それなりに武装が置いてあるだろう、という期待の下での行動だった。
が。
辿り着いた望月たちを出迎えたのは、グチャグチャに荒らされて、もぬけの殻と化した基地であった。
基地内部の倉庫から格納庫内のヘリの機銃、拳銃、銃弾、鉄帽、防弾チョッキに至るまで、ほぼ全ての装備が何者かに掻っ攫われていた。残されていたのは、使い道のない地対空ミサイルと、操縦しようのないヘリや練習機のみ。
グチャグチャにされてはいたが、倉庫やロッカーなどが重点的に荒らされていたことから、知能の低いモンスターの仕業でないことがわかる。明らかに人の手によるものだった。
それも、かなりの大人数の。
いったいどのような集団がそれを為したのか。望月たちには知りようもなかったが、何も残されていない以上、基地に留まっていても仕方がない。
一抹の不安を感じながらも、その日は望月建設の事務所に戻り、作り置きしていたカレーを夕食にして就寝した。
翌日から始まったのは、牟那方市内での具体的な拠点探しと、怒涛の引越し作業だ。
刀根を中心に、牟那方出身の面子が地図と睨めっこし、最終的に策定されたのは牟那方市の北東部に位置する公民館だった。トイレが汲み取り式で生活用水は浄化槽を経由しての垂れ流し式。それでいて公民館自体は建て直されたばかりで新しく、小規模ながらソーラーパネルも備えている。周囲にはほど良く民家と耕作地が分布しており、また海まで一本道が伸びているため港へもアクセスしやすい。
水道の分布地図、地元民の土地勘、災害マップ、交通の便、全てを勘案して定められた拠点だ。望月は建設会社から重機を運搬する作業を開始し、運転技能のある剛田と刀根は望月のレクチャーを受けた上でクレーン車などの移動を手伝った。
食事や会議などは公民館で、寝泊まりは周囲の民家で各自、という形だ。身の安全や発電機の制限などを鑑みて、数人ごとに共同生活を送る形に落ち着いた。望月と佐京と多賀が大きめの民家を占領、小牧とマユ・ラッキー、そして盲目の少女常盤の組はその隣家に、雨水冴・真の兄妹は別に一軒を、酒寄・鬼塚の女子ペアもまた別に一軒。刀根は公民館に居座ることが多いが、剛田と平屋建ての年季の入った民家をシェアしている。志鎌は共同生活だと馴染めない、落ち着かないということで一人で一軒家を占領した。青木と宮口は、それぞれ高一、高二で年齢が近く気もあったようで、小さな家に同居している。
ちなみにウリエルは、休息は必要ないということで、夜間は法制領域内を見回っているようだ。
その後も、発電機や食料・その他物資の収集、器械の複製、鉄器鋳造の試みや井戸掘りのような土木工事など、やることは山積していた。女子組は兎も角、日々力仕事に狩り出される男子組は、日が暮れる頃にはクタクタに疲れ果て、家に帰ったら泥のように眠る生活がしばらく続いた。
そんなこんなで、牟那方市国の成立から、あっという間に二週間が経過しようとしていた――
冬の真昼間。
トンテンカンと、軽快な金槌の音が響いている。
公民館の傍に、木造の平屋が建てられつつあった。『平屋』といってもバス停のような、柱と屋根だけの簡素なもの。屋根の下にはコンクリートの基礎が広がり、その上にレンガと木材を組み合わせた大きな浴槽が鎮座している。
そう、望月たちが建設中なのは、共同浴場だ。
連日、男衆は力仕事で大汗をかいており、水浴びとドラム缶の五右衛門風呂ではそろそろ限界があった。井戸掘りが完了して清潔な水が供給できるようになったこと、そして女子組からのたっての希望もあり、望月たちは風呂場の整備を始めたのだった。
「そっち終わったかー?」
屋根の上で金槌を振るっていた望月は、タオルで額の汗を拭って声をかける。
「大体終わったー」
下から、佐京の間延びした声が聞こえた。んっ、と背伸びをした望月は、屋根の上から周囲を見回す。田畑が乾いた土を晒す寒々しい冬の景色だが、常緑樹に覆われた山々が遠景に広がっており、寒々しさはそれほど感じられない。年季の入った民家、ピカピカの新築の公民館、無造作に並ぶ重機の数々。
ここに引っ越してから二週間。そろそろ新しい生活にも慣れてきたところだ。
津久井町の門を破壊して以降はモンスターに遭遇することもなく、そして特にトラブルに見舞われることもなく、望月たちは気忙しいながらも穏やかな日々を送っていた。
と、眼下で、リィン! と鈴が鳴るような軽やかな音が響いた。
青白い燐光を伴って、ウリエルが忽然と姿を現す。
「伝言である。『そろそろご飯ができるから男子集合』とのこと」
鉄仮面の奥、蒼い双眸を瞬かせながらウリエル。
「おっ、もうメシの時間か」
「お腹空いたねー」
「休憩にしますか!」
屋根の下で作業をしていた佐京や青木たちが、その言葉にぞろぞろと出てくる。
「OK、俺たちもすぐ行く」
「うむ」
望月の返事に頷き、ウリエルは再びリィンッと青白い燐光を残して消え去った。
コミュニティが成立し、ウリエルはその真価を存分に発揮できるようになった。幸い、『執行力の顕現』を必要とするような事態にはまだ遭遇していないが、法制領域内における無制限の転移能力は大活躍だった。今は専ら領域内での伝令として利用されている。
ちなみに、転移から十七日が経過した現在、『天眼旗』も日数分に増えたので、今や法制領域は公民館を中心に半径四キロの範囲にまで広がっていた。仮に外敵が侵入してきても、ウリエルが迎撃するのに十分な距離だ。そして天眼旗は全て使用されていないので、牟那方市国の体制が整ってくれば更なる拡大を狙える。
「よっしゃ、じゃあ戻るか」
もう一度背伸びをしてから、よっ、と望月は屋根から飛び降りた。
二メートル以上の高さからの跳躍、しかし地面に降り立つ寸前で、まるで見えない手にでも支えられたかのように、ふわりと減速する。
「先輩も板についてきたっすね!」
「おうよ」
イヤミのない青木の笑顔に、自慢げに答える望月。
複製神器【ソロモン】の権能だ。志鎌と多賀の二人に続いて、望月もしばらく前にレプリカを手に入れたのだ。最初は念力を行使してもすぐにバテてしまい、ほとんど使い物にならなかったが、最近では慣れてきたのか運動の補助に使う分には違和感すら感じなくなってきた。
右膝に爆弾を抱えているのは相変わらずだが、いざというとき念力の『腕』で体を支えられるようになったのは、劇的な変化だ。
神器【ブラダマンテ】の使い手、常盤の話によれば、志鎌・多賀・望月の三人は特にソロモンと相性が良いらしい。次いで剛田と女子組の面々がそこそこ相性が良く、佐京その他は良くも悪くも普通、といったところだとか。
「僕も手に入れたけど、なかなかキツいよねえコレ……」
右手にはめた指輪に視線を落とし、佐京がふわりと空中に浮かび上がる。しかしすぐに顔を真っ赤にして、地面に降り立った。
「いやー、やっぱり、キツい!」
「まあ、慣れだろうな」
ぜえぜえと荒く息をつく佐京に、肩をすくめて望月。佐京はまだレプリカを手に入れてから日が浅い。相性の問題もあるのかも知れないが、自分も最初は死ぬほどキツかったので結局は慣れが肝心なのだろう、と望月は結論付けている。
「使い続けて、一週間くらいですけど。それなりに、慣れてきました。習熟が大切みたいです」
建築中の平屋からふわふわと浮かんで出てきた雨水真が、ぽつりと呟く。
コミュニティ結成の当日から、器士となった雨水冴の言動や器械や転移のことなど全般を受け入れられず、グダグダと現実逃避を続けていた彼も、一週間前にレプリカソロモンを完全な『知識』とともに押し付けられて、とうとう観念し現状を理解した。
弱気な態度や暗い性格は相変わらずだが、今は現実逃避に走ることなく、むしろ自分と妹の生存率を上げるため、全力で働いている節がある。ソロモンの訓練もその一環なのだろう。暇なときにはテレキネシスで物を動かしたり、自身を浮き上がらせたりと『筋トレ』に励む姿が目撃されていた。
「よし、じゃあ拠点までテレキネシスで競争しましょう! ビリの人はおかず一品献上ってことで!」
青木がにひひ、と悪戯っ子のように笑い、先んじて浮かび上がり移動し始める。
「おっ、いいぞ! 受けて立つ!」
続いて望月も空を走って追いかけ、間髪入れずに雨水真が続く。
「ちょっと待てよ! それ僕が一番不利じゃないか!!」
佐京も慌てて浮かび上がりその後を追おうとするが、結局すぐにバテてしまい、走って追いかける羽目になった。
「せめてハンデくれよぉ~!」
佐京の情けない声が、冬の空に響いた。
†††
公民館のお座敷では、既に女子組が食事の用意を整えていた。座卓の上の大皿には、消費期限の怪しい卵などをこれでもかと使った玉子焼きや肉じゃが風の煮物、大量のおにぎりなどが並べられている。各自取り皿にお玉ですくって食べるスタイルだろう。それと本来は保存可能だが悪くなりかけたベーコンが、各自の皿に数枚ずつ載せられていた。
「おう、遅かったな」
「先に頂いてるぞ」
お座敷では、志鎌と剛田がむしゃむしゃとおにぎりを頬張っていた。
「おーっす。そっちの調子は?」
桶に貯めた水で手を洗ってから、座敷に上がって望月は問う。
「まあ、上々だ。そろそろ使いモンになるだろ」
ごっくん、とおにぎりを飲み込み、お茶をすすりながら答える志鎌。剛田もうんうんと頷いている。
二人は、複製神器【みずち】を用いた鉄器の鋳造を担当している。
志鎌は転移の少し前から、個人的な趣味でシルバーアクセの自作を始めていたとのことで、その関係で鉄工所勤務の友人より鋳物の手ほどきを受けていたらしい。
といっても、志鎌が知る鋳造は小さなアクセサリーを作成する小規模なものだったので、魔剣【スルト】の条件である『鞘つきの剣』を実物大で再現するには至っていない。今は、新たに溶けた鋼を出せるように複製したレプリカみずちの器士・剛田とともに、工房と化した民家の土間で試行錯誤を繰り返している。
「ノウハウは掴めてきた。型を土に入れて押し固めるのにコツがあったようだ」
玉子焼きをはむ、と頬張りながら剛田。
「さっき試作したヤツは、まあまあの出来だった。そろそろマシなモンが形になってくるんじゃねーか。完成しても、グラインダーなり何なりで研がねーと切れ味もクソもないナマクラだろうがよ」
「だが、みずちのお陰で鋼の質が素晴らしいからな。まあ、期待しておいてくれ」
「そいつは良かった。スルトのレプリカは沢山欲しいからな」
座卓の前に座って、水を飲みながら望月。一応、美術館や博物館を漁って、実戦投入可能な日本刀は何振りか見つけてある。日本刀は神刀【鬼切丸】の条件を満たすと同時に、『鞘つきの剣』というスルトの条件も満たしているので、暴走の危険性がある鬼切丸よりもスルトの依り代として優先的に使われている。
ちなみに、現状でレプリカスルトは三本存在するが、それぞれ剛田、志鎌、青木の順に配備が進んでいる。剛田と志鎌は鋳造で高熱に晒されるため『炎熱無効化』の権能を目当てに、青木は単純に相性が良かったため戦闘力強化のために。
ただ、レプリカの権能はどうしても劣化してしまうため、オリジナル並みの炎熱無効化を獲得するためには、どうやら二振り分の権能がないと厳しいということが判明し、今後どのようにスルトのレプリカを配備していくか、議論がなされているところだ。
「皆さん、お疲れ様です」
エプロンをつけた小牧が、男子組を労ってコップに冷たいお茶を注いで回る。
「おーありがとう」
「いただきまーす。お腹すいたな」
「さ、食べて食べて」
「先輩ビリだったんでベーコンもらいますね」
「そりゃないよ青木くゥん!」
鬼塚と酒寄、目が見えないのでマユに誘導された常盤など女子組も座り、にぎやかな食事が始まる。ちなみに、この場に居ない刀根・多賀・雨水冴、そして仮面騎士ハヤテこと宮口の四人組は、しばらく前に刀根が新たな器士を感知したので、スカウトに出かけてきり、まだ帰ってきていない。
「望月さんも、お疲れさまです」
「おう、ありがとう」
望月がもぐもぐとおにぎりを頬張っていると、隣に小牧が座ってくる。
「あ。お茶注ぎますね」
「ああ、ありがとう」
「ベーコン、いりますか? わたし、あんまりお腹空いてなくって」
「えっ、お、おう。ありがとう……」
「玉子焼き、一杯食べてくださいね。これ、わたしが焼いたんです」
「ああ、えっと」
「あっ、煮物も、どうぞどうぞ」
「あ、ありがとう……」
望月の隣で、甲斐甲斐しくお茶を注いだりおかずをよそったりと世話を焼きたがる小牧。周囲の生暖かい視線が集中する。
特にトラブルもない、拠点での生活だが。
今のところ一番ホットな話題は、望月と小牧の仲だった。
後半へ続く。




