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修羅の国戦記  作者: 甘木智彬
【AggressiveWorld-黎明の器士-】
30/38

30.集会

毎日更新はできなかったよ……遅れました。



 話は数日前に遡る。



=福岡県東部=乙幡市=港湾部=


 ドルルンドルルンと、幾多のアイドリング音が響く。


 日が傾き、夕暮れが近づきつつある港の倉庫街。


 コンテナやフォークリフトが無造作に並ぶ傍ら、ドラム缶に突っ込まれて燃え上がる角材の炎が、錆付いた倉庫の扉を照らし出している。巨大クレーンを臨むだだっ広い空間には、百数十台にも及ぶ単車の群れが集結していた。


 ガラの悪い不良少年がエンジンをふかし、その筋の者にしか見えない厳つい顔の青年が煙草を燻らせる。男たちの中には、ちらほらと派手な格好をした少女たちの姿もあった。大抵は彼氏持ちらしく、単車に相乗りして、冬の寒さから逃れるようにして相方にくっついている。


 彼らに共通するのは、その単車やジャケットに貼り付けられたワッペンだった。


 炎を噴き上げる、髑髏のマーク。


 そう――暴走族【暴朧剄騎(ボルケイノ)】のシンボル。この場所は彼らの集会場だ。ざわざわとした構成員たちの話し声、単車のエンジンの唸り、ドラム缶の中で燃える角材がぱちぱちと火の粉を散らす音。集会場は、大人数の青少年たちの息遣いと、不穏な熱気で満ち溢れていた。しかしその外側、徐々に闇を濃くしつつある街並みは、どこまでも不気味で静かだ。


 彼らは――待っていた。


 ここ数日、突然大人が消え去り、幼い子供が消え去り、降って湧いた自由に翻弄されるようにして過ごしていたが――そんな彼らに、召集がかかったのだった。あまりの自由さに時間を持て余し、空恐ろしいような気分すら抱いていた少年少女たちは、吸い寄せられるようにしてこの場に集った。


 そして、待っている。


 彼らを召集した人物が、姿を現すのを。


 落ち着きのない、そして何かへの期待が滲み出すような、そんな空気――


 しかし何処か浮ついた空気の中で、少年――海藤(かいどう)直人(なおと)は不安げな様子を隠せなかった。側頭部に剃り込みを入れ、ワルぶった格好はしているものの、顔つきはまだまだ幼く、不良ファッションに逆に着られているような印象が否めない。


 直人がこの界隈に足を踏み入れてから、まだ日が浅かった。ボルケイノも、本来ならば仮構成員に過ぎない直人は、集会には参加できないはずだったのだが――


「どうしたー、ナオ。そんな顔してよぉ」


 直人がちょこんとシートに腰掛ける単車の傍ら、煙草をふかしていた特攻服姿の青年が声をかける。


「いや……何でもないっす、テツさん」


 ふるふると首を横に振って、直人。この特攻服姿の青年は、皆に『テツさん』と呼ばれる年長で、数年前、ボルケイノがまだ弱小暴走族だった頃から加入していた古参のメンバーだ。ちなみに、直人をこの道に誘った張本人でもある。『テツさん』という呼び名で通しているが、本名を呼ばれるのを嫌うらしく、直人は彼の本名を知らなかった。


「嘘つけ、不安で堪らねえって顔してっぞ」


 短くなった煙草を靴底で踏み消し、新しい一本を咥えながら、テツは笑う。


「そっ、そんなことないっすよ」

「フフッ、そうか。まあ肩の力は抜いとけ、こんな時だからな、本構成員だろうが仮だろうが、誰も気にしねえよ」


 強がっても、直人が場違い感を抱いて気まずく感じているのはお見通しなのだろう、テツは口の端を吊り上げた。


「はい……」


 渋々、という感じで頷きながら直人は考える。


 何故、自分はこんなところにいるのか。


 数日前――大人が全て消え去ったとわかったときは、それはテンションが上がったものだった。半ば家出気味だったこともあり、息が詰まるような家にもう帰らなくて済む、と思ったのだ。

 が、高揚感に満たされ、気ままに自由を謳歌できたのは、最初の二日間くらいのものだった。インフラの完全な停止、明かりの点らない夜の街の不気味さ、そしてネットや電気、水道が使えない苛立ちも相まって、徐々にタガが外れつつある周囲の不良たちに――直人は、怖気づいたのだ。


 しかし彼らと四六時中一緒に行動し、それでいて自力の移動手段を持たない直人に、今更『離脱する』という選択肢はなかった。だから、街中で食料を漁っていた折、他のボルケイノの構成員に遭遇し、集会に召集されても、テツを始めとした『仲間』にノコノコとついてきてしまった。


 これからどうなるのだろう――と、考える。数日前までは、イヤだイヤだと思っていた家庭の温かみが、今となっては懐かしく感じられた。それらがすっかり消え去ってしまったのだろうか、と思うと寒気が走る。ひょっとすれば、家に帰れば父と母が心配しているのかも知れない。だが実家から遠く離れて乙幡市にまで出張ってきてしまった今、すぐに自力で引き返す手段が直人にはない。あるいは、と兄の顔も思い起こす。高校三年生の兄。周囲の年上の不良を見るに、同じような年代の兄はやはり消えていないのだろうか――


 と。


 倉庫街に新たな単車の排気音と、トラックのエンジン音が響く。


 夕闇を眩いハイビームの光で追い散らしながら、集会場に単車とトラックが乗り入れてきた。


「お出ましだ」


 凄みのある笑みを浮かべたテツが、吸いかけの煙草を放り捨てる。おお、と周囲の不良たちが沸き立っていた。単車やトラックから降り立ったメンバーが、テレビの中でしか見たことのないような銃火器で武装していたからだ。


 一体何が始まるのだろう――と、直人は、空恐ろしい気持ちを新たにした。



          †††



「――ふン、まあ集まった方か」


 集会場に会した構成員たちを一瞥し、安っぽい金髪の青年はおもむろに単車から降りる。


 モデルのような整った顔立ちの青年――ザキアだ。


 服装は、数日前とさして変わらない、ジーパンにジャケットというシンプルな出で立ち。ただし右腰には堂々と拳銃のホルスターを下げ、太股部分にはベルトでナイフ――魔刃【ゼラ】を固定している。さらに、肩からはベルトで自動小銃(カラシニコフ)まで吊り下げていた。


 物騒すぎる格好に、集まった不良たちの視線が突き刺さる。だが、重武装なのはザキアだけではなかった。ザキアの取り巻きの不良たちも、ライフルやサブマシンガン、拳銃など、何かしらの銃器を装備している。


「全部で……百五十、ってトコか」

「タイムリミットが二日っすからね、こんなもんスよ」

「だろうな。まあ悪くはねえ」


 傍らの不良の声を受けて、真顔で頷くザキア。


 ボルケイノの本構成員は、総勢で三百余名。忠誠を誓い、傘下に加わった暴走族も加味すれば、おそらくもっといくだろう。

 しかしこの場に集まっているのは、多く見積もっても百五十前後。単純に考えて本構成員の半分だ。しかも実際には女や仮メンバーとしか思えないような半端なチンピラも混ざっている。『兵隊』の頭数と思うと不満はあったが――ケータイもロクに繋がらず相互の連絡も取れない現状、急造の面子と考えれば及第点だ。


 あのあと――名も知らぬ少年を射殺し、魔刃【ゼラ】を手に入れたあと。


 器械の『知識』で全てを把握したザキアは、すぐに行動を開始していた。

 まず、兵隊としてメンバーを集める傍らで、ボルケイノの上位組織たる暴力団の事務所を漁った。場所は知っていたが、組員にしか立ち入りを許されていなかった『倉庫』を、片っ端から暴いていったのだ。


 すると、出るわ出るわ。


 中国製(コピー)自動小銃(カラシニコフ)が数十挺、その弾丸がおよそ二千発。さらに拳銃――マカロフやトカレフといったロシア製の有名どころから、警察採用のニューナンブに至るまで――が数十挺、弾丸は正確に数え切れていないがおそらく三千発超。米国製のM4自動小銃や狩猟用の散弾銃、ライフル、そしてその弾丸。日本刀や長ドスといった刃物、極めつけに手榴弾、RPGなどの携帯対戦車火器、旧式の迫撃砲まで。


 ザキアたちはそれらを我が物とし装備、残ったものはザキアが定めた拠点に厳重に保管している。いくつかは、トラックに積載してこの場に運んできた。


 ――勿論、『兵隊』に武器として供与するために。


「よう。よく集まったなお前ら」


 肩で風を切り、集会場の真ん中に立ったザキアは、周囲を取り囲む不良たちの顔を見回した。


 不安げな顔。恐れるような顔。憧れるような顔。そして――何かを期待する顔。


「お前らもわかってると思うが――大人は全部消え去った」


 良く通る声でザキアは語る。


「オレたちを縛るものは、もう何もねえ。何もだ!」


 自由だ! という言葉とともに、不良たちの中から歓声が上がる。

 それにつられて、わああ、という声が波及していく。

 沸き立つ不良たち(オーディエンス)に視線を彷徨わせ、ザキアはニヤリと笑った。最初に声をあげたのは、紛れ込んでいたザキアの取り巻きたちだ。


警察(サツ)もいねえ、先公もいねえ、何でもオレたちの好きにやれる! ……だが、こんなときでも、ひとつだけ大切なものがある。わかるか?」


 薄ら笑いを浮かべ、どこかおどろおどろしい口調で問いかけるザキアに――観衆は押し黙った。


 沈黙が完全に降りてくる直前、ザキアは突然カラシニコフを掲げる。


 空に向けて、ぶっ放す。


 耳を(ろう)するやかましい銃声が響き渡り、発砲炎が暗い倉庫街を照らした。観衆のどよめきが、少女の悲鳴が銃声に塗り潰される。炸裂の残響が果てまで続く中で、からんからん、と薬莢がコンクリートに跳ね返る澄んだ音。


「――ンなもん決まってンだろ! 力だ! 力がなきゃ話にならねえ。そして(コイツ)は、世界で一番手っ取り早い力だ!」


 さっと、観衆を今一度、素早く見回したザキアは、


清水(しみず)! 大場(おおば)! 関谷(せきや)! コウジ! 前田(まえだ)! 里中(さとなか)! 後藤(ごとう)! マオ! 糸山(いとやま)! テツ! 来い!」


 目に留まった顔から順に、その名を呼んでいく。ザキアは、ボルケイノ正規メンバーであれば全ての顔と名前を憶えている。勿論、各自の族内での立ち位置も。呼び出されたのは全員、仲間内である程度の人望を集めているメンバーだ。


 ザキアの前に走って出てきた面子は、急に呼ばれた理由がわからず少し腰が引けている。


「なーにシケた面してんだよ。別に取って食おうってワケじゃねえんだ。……お前らに、渡したいモンがある」


 くい、と親指で背後を示してみせる。呼び出された面々はそれに釣られて視線をやり――目を丸くした。ザキアの背後、トラックの荷台から、ザキアの手下たちが銃器を降ろしている。


「各自、AK(カラシニコフ)一挺、その弾丸を三十発。拳銃を二挺、弾丸を四十発。それぞれくれてやる」


 突然言われて、彼らは面食らった。嬉しいと言えば嬉しいが、その意図が――


「――その上で、命令する」


 ザキアの薄ら笑いが、凄みのある真剣な表情に切り替わった。びりびりと空気が震えるような迫力に、呼び出された全員の背筋がびしりと伸びる。


「武器だ。兵隊まとめて、武器を集めて来い! 銃は『力』だが、こんなモンじゃ到底足りねえ。警察署、自衛隊、何でもいい、片っ端から漁れ」


 呼び寄せた十人の顔を、ひとりずつ――まるで睨みつけるようにじっくりと見据える。


「わかったか」

「「はいッ!」」

「よし、なら銃を取りに行け! あんまりハシャギすぎんなよ!」


 笑顔に戻ったザキアは、一人ひとりの肩を「任せたぞ」「頼りにしてるからな」などと言いながら叩いて、銃を取りに行かせる。トラックの元で待機していた手下たちが、手際よく自動小銃とライフル、弾丸の詰まった箱を手渡していった。そして周囲は――特に男連中は、そんな十人に羨望の眼差しを注いでいる。


「うおお、すげえ! カラシニコフだ!」

「一発撃ってみましょうよ!」

「かっけー! なあ、触らせろよ! な!?」

「テツさん、オレも触っていいっすか!」

「いいなあ!」


 銃を手にした十人が集団に戻ると、蜂の巣を突いたような騒ぎが起こる。押し合いへし合いで銃に群がる不良たち――しばし、笑顔でそれを眺めていたザキアは、再び空に向かってカラシニコフをぶっ放した。


 弾倉が空になるまで、撃ち続ける。


 観衆は、再び静かになった。


「……だが、ひとつだけ、お前らに忠告しておく」


 ザキアがトラックに向かって手を振ると、手下たちが何本かのロープを思い切り引っ張った。


 ズル、ズル……と重い音を立てて、荷台から『それ』が引き摺りだされる。


「うわッ!?」

「なんだありゃ!」


 どよめく観衆。


 それは、赤黒い肌を持った――巨人、としか言いようのない何かだった。


 その背丈は、少なく見積もっても三メートル近い。筋骨隆々の体からは、今や、ぐったりと力が抜けており、全身には細かい赤い穴が穿たれている。頭部はぼさぼさの黒い毛で覆われ、ぎょろりとした血走った目が見開かれていた。大きく開いた口からずらずらと鋭い牙が覗き、額には大きな角が二本生えている。


 鬼。


 観衆は、即座にその単語を、連想した。


「こっから東、クルマ飛ばして一時間ってトコだ!」


 観衆を見回しながら、ザキアは声を張り上げる。


「そこにでかい光の柱がある! いいか、そこには近づくな。こんな化け物がウヨウヨしてんぞ!」


 事実だ。乙幡市のさらに東に大きな警察署があるので、ザキアたちが武器回収に向かった際、『門』を発見したのだ。


 そしてその周辺地域は、大鬼(オーガ)の群生地帯と化していた。


「銃がありゃ何とかなるが、数が多い! 死にたくなきゃ今は近づくな!」


 ザキアの剣幕に気圧されて、こくこくと頷く周囲の面々。下手に近づかれて貴重な兵隊に死なれては困るし、弾丸の浪費はもっと困る。あの死体を見せ付けたあとで、わざわざ近づこうと思うヤツは、居たとしてもせいぜい十数名だろう。


 よし、と頷いたザキアは、言葉を続ける。


「そして、これが最後だが――『器士』って言葉に、聞き覚えのあるやつはオレのところに来い。それ以外のヤツは武器の調達だ! それなりにかき集めたら『本部』に戻って来い! 解散!」


 ザキアが呼び寄せ、銃を供与した十人を中心として、単車の群れが三々五々に散っていく。


 夕闇の街に、ヘッドライトが火の玉のようにして消えていく――



 残ったのはザキアと、その手下たち。



 そして――数人の人影。



 ゆっくりと歩み寄ってくる、あるいは単車のエンジンをドッドッドッと轟かせながら近づいてくる面子に、ザキアは笑みを濃くした。


「ほう……なかなかの顔ぶれじゃねえか」


 集まったのは、四人。


 肩にゴツい棍棒を乗せ、真冬だというのにノースリーブ姿の大男。

 真っ赤な単車に跨り、その髪を炎のような赤色に染め上げた青年。

 全身黒ずくめでシルバーアクセを身につけ、髪に金メッシュを入れた優男。

 そして、散弾銃を肩に吊り下げ、迷彩柄のコートに身を包んだ細身の男だ。


「お前も器士だったとはなぁ、ザキア」


 そのうち、棍棒を担いだ大男が、地の底から響いてくるような低い声で笑った。


 基本的に、ザキアは族内で恐れられている。畏怖されている、と言ってもいい。肩書きこそは副長だが、年齢をかさにきて威張り散らすだけのリーダー――二歳年上なので『この世界』には居ない――よりは、よほど皆に尊敬されている。


 しかしボルケイノ内部には、極僅かにザキアと対等に口を利ける者もいる。それは下っ端時代からの仲間であったり、ボルケイノに吸収された別グループの元リーダーであったり、様々だ。


 そして今回、ザキアの元に集まった四人は、奇しくもその『対等な』存在ばかりであった。


「クソ生意気なガキが絡んできてな。ブチ殺したらそいつが器械持ってたんだよ」


 ハッ、と吐き捨てるようにしてザキアは答える。太股に固定した鞘から、さっとナイフを抜き取った。


「位階Ⅵ、魔刃【ゼラ】だ。身体を大幅に強化する」


 クルクルと手の中でゼラを回し、流れるような動作で鞘に戻す。


「ハッハッ、可愛い器械じゃないか。ええ?」


 愉快そうに笑った大男は、担いでいた棍棒の先で何気なく地面を突いた。ズシンッ、と重々しい音とともに、コンクリートがひび割れる。


「お前のは偉く仰々しいじゃねーか、『ハッサン』」


 ニヤリと笑うザキアの問いに、「ハッハッハ!」と豪快な笑いで返す大男。


 その名を、大山(おおやま)発発発(はっさん)という。


 今はボルケイノに吸収されたが、かつて有力なグループを仕切っていた男だ。


「俺様の器械は、棍棒(コレ)よ。魔棍【グルーダ】!!」


 ブゥン、と棍棒を振り回す。


 凄まじい重量を感じさせるが、それでいて『軽い』動きだ。


「位階はⅣ。権能は、身体の大幅な強化と、硬化ッ! 試しに、走るクルマにぶつかってみたがな。逆にクルマの方がひしゃげたわ!」


 ガッハッハ、と山賊のようにハッサンは笑った。


「……で、お前は? 『マッハ』」


 ザキアは、ハッサンの隣の赤毛の青年に視線を移す。


 青年――吉岡(よしおか)抹破(まっは)。彼は、族内でも随一の走り屋として知られており、そのスピードと走りに対する執念は他の追随を許さない。スピード違反でパトカーや白バイに追われ、壮絶なカーチェイスの末、振り切ったこともある猛者だ。


 ニッと笑ったマッハは、単車のエンジンを盛大にふかす。


 ドルルルンッ! といななきのような音とともに、単車の前輪と後輪が勢い良く燃え上がった。


「位階Ⅴ、神器【アイトーン】だ。コイツァとんだ暴れ馬だぜ」


 愛しげに、単車(アイトーン)の真っ赤なボディを撫でるマッハ。


「なんだァ? タイヤが焚き火にでもなるのか、ハッハッハ!」

「ちげーよタコ」


 からかうハッサンに、愛車を悪く言われたかのように気分を害するマッハ。


「聞いて驚くなよ。コイツの権能は『空を走る』だ。……飛べるんだよ、こんな風になァ!!」


 車体を回転させ、ギャリイィィッ! と突如として加速したマッハは、そのままエンジン全開で爆走していく。そしてあっという間に集会場を突っ切り、あわや海に落ちるというところで、車体がガクンと跳ね上がった。


 まるで、天空を駆ける一頭の馬だ。前後輪から炎を噴き上げ、アイトーンがぐんぐんと空に駆け上っていく。流石のザキアも感心してピゥッと口笛を吹いた。


「はっはァ! 見たかァ!! これがアイトーンの権能(チカラ)ッ! 今のオレに走れない空はねええェ――ッッ! ハッハハハハハァ――ッッ!」


 いななきのような爆音とともに、マッハの声が徐々に小さくなっていく。


 夜空に浮かぶ炎の光が、遠ざかっていき、見えなくなった。


「……まあ、走り屋バカは放っておくとしてだ。お前は? 『カオス』」


 ザキアに視線を向けられ、じゃらじゃらとシルバーアクセを身に着けた優男は、気だるげに(こうべ)を巡らせた。ザキアも十分に『イケメン』の部類だが、こちらは特に甘いマスクの男だ。


 彼の名は、相沢(あいざわ)禍王栖(かおす)。ザキアの下っ端時代からの仲間であり、見た目を裏切る腕っ節の強さで恐れられる喧嘩狂だ。その鼻っ柱をへし折ろうとして、ノされた男は数知れない。また族内で指折りの寝取り男として、彼女持ちの構成員からは警戒されている。


「おれの器械は、これだ」


 おもむろに、右腕にはめた真っ黒な腕輪を示して、カオス。


「神器【カドモス】、位階Ⅲ。……権能は、殺した怪物の姿を模倣できる」

「……なんだ? そりゃ」


 眉をひそめるザキアに、カオスはトラックから引きずり出された大鬼(オーガ)の死体を顎でしゃくってみせる。


「たとえば、あのオーガをおれが殺したとする。……そうすれば、おれはオーガに変身できるようになる。そしてオリジナルよりも少し能力が上がる」

「……つまり、今は?」

「残念ながら、クソの役にも立たない。あとで門の正確な場所を教えてくれ。殺しに行く」

「心配しなくても、教えるどころか引っ張ってでも連れてってやるよ」


 相変わらずの好戦的なカオスの姿勢にザキアは満足そうに笑った。


「……ふん。さっきから聞いてりゃ、地味な器械ばっかだな」


 一番端で黙っていた迷彩柄ファッションの男が、鼻で笑って言う。


「そう言うからには」

「それなりのものなんだろうな。ええ? 『デューク』」


 ピリッ、と喧嘩っ早い空気を漂わせるカオス、面白がるように低い声で問うハッサン。


 迷彩柄の男――田中(たなか)出勇玖(でゅーく)は、自信満々に頷いた。


「おうよ。俺の器械――魔銃【ナガン】だ」


 やはりというべきか、デュークの器械は彼が肩から提げていた散弾銃だった。


 一見、何の変哲もない、猟銃としても普及しているようなポンプアクション式の散弾銃。


「位階Ⅴ、こいつの権能は至ってシンプルだ。見てろよ」


 ジャコン、と銃身下部のハンドグリップをスライドさせるデューク。排莢口――空薬莢を排出する部分――から赤色の(ショットシェル)が吐き出される。


 ジャコン、ジャコン、ジャコンとデュークがハンドグリップを引くたびに、排莢口から次々と飛び出す弾。


 かつん、ころんと地面に転がるそれらは、デュークの手の動きに合わせて、見る見る増えていく――


「…………」


 ザキアは、無言でそのひとつを手に取った。


 ずっしりと、重い。


 空薬莢ではない。


 炸薬と弾丸がみっちりと詰まった、実包だった。


「……まさかと思うが」

「ああ、そうさ」



 今度こそ驚愕で目を見開いたザキアに、デュークは笑ってみせた。



「こいつは弾丸が切れねェ」




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