26.複製
複製器械を作成する――
常盤の言葉を咀嚼し、飲み込むのには、幾らかの時を要した。
「複製!?」
「器械をいくらでも作れるってことか!?」
その分、理解したときの望月たちの食いつきは、凄まじいものがあった。
「っ、いくらでも作れるわけでは、ありません。制限や条件はあります」
いきなり大声で訊き返され、常盤は少々面食らったようだが、落ち着いた声音で答える。
「まず、大前提として条件がひとつ。複製は、神器【ブラダマンテ】より下の位階――即ち位階Ⅵ以下の器械を対象とします」
つまり、刀根の神器【エリヤ】、ウリエルの神器【熾天使】、宮口の神器【仮面騎士ハヤテ変身ベルト】、そして鬼塚の神器【アスクレピオス】はこの時点で除外される。
「次に、複製された器械、以降『レプリカ』と呼びますが、レプリカはオリジナルより一段階、位階が下がり、なおかつオリジナルの五割から七割程度の力しか持ちません。いわゆる劣化コピーです。どの程度の力を持たせられるかは、オリジナルの位階や権能に依りますね」
常盤の説明に、皆「まあそうだろうな」という顔で頷いた。流石にオリジナルと同程度の性能で器械が量産可能では、話がうますぎる。
「そして肝心の複製方法ですが――最初に、ブラダマンテをオリジナルの器械に、直接接触させます。これにより権能を一時的に『コピー』した状態となります。そのままブラダマンテを複製器械の『依り代』となる物体に接触させれば、コピーされた権能が依り代に移り、器械化します。このとき依り代は、オリジナルの器械と相似的な形状であることが求められます」
「ん?」
「相似的?」
前半までは良かったが、後半の説明で何人かが首を傾げる。
「はい、相似的、です。たとえば青木さんの神器【ソロモン】は、指輪ですよね。従って依り代、すなわちレプリカのベースになる物体も、指輪の形をしている必要があります。佐京さんの神器【ブリューナク】なら懐中電灯――電力の供給を受けて光を放つ機能を持つ物体。望月さんの神刀【鬼切丸】なら鞘に収まった刀、雨水さんの魔剣【ナズ】なら普通に一振りの剣、といった風に」
「なるほど、わかりやすいですね……ん?」
佐京はそのまま納得しかけたが、ふと違和感を覚える。
少し考えて、その『不気味さ』に気付いたとき、佐京は肌が粟立つのを感じた。
「……常盤さんって、目が見えないんだよね。……なんで望月くんの鬼切丸が鞘つきの刀で、雨水さんの魔剣【ナズ】はただの剣だ、ってはっきりわかるの……?」
佐京のブリューナクは、自己紹介の際に『ライト』と言い、電池の存在にも言及したので、常盤が懐中電灯であると気付けてもおかしくはない。しかし、望月の鬼切丸を『鞘つきの刀』、雨水のナズを『一振りの剣』、とはっきり指定できたのは不自然だ。鬼切丸は、名前から日本刀であることを類推できるかも知れないが、ナズが鞘のない細剣であることを、視覚情報抜きでどのように把握したというのか。
佐京の指摘に、常盤はふわりと微笑んだ。
「鋭いご指摘ですね。正直に申し上げますと、ブラダマンテの権能によって、近くにある器械を感じ取れるのです。『視える』わけではありませんが、形状ならばわかります――手に取るように」
パントマイムのように、目を閉じたまま眼前で手を動かす常盤。何か細長いものを握り、そっと撫でているかのようだ。佐京はその手が描き出す輪郭の中に、鞘に収まった一振りの刀を見た――気がした。
「といっても、刀根さんのエリヤほど感知範囲は広くないので、器械を探すのにはあまりお役に立てそうにありません。……ちなみにブラダマンテを接触させた際、わたしはその器械の権能、位階、拒否反応も把握できます。一応、事前にお伝えしておきます」
つまり、複製を試みるならば、オリジナルの性能は常盤に対し丸裸になってしまう、ということだ。
「……まあ、問題ないだろ。どっちにせよ複製すれば権能はバレる」
スルトの柄をいじりながら、多賀が肩をすくめる。
「条件は大体わかったけど、数はどうなんだ? 流石にいくらでも複製できる……ってワケじゃないんだろ?」
「そうですね」
望月の問いかけに、小さく頷いて常盤。
「一日あたり、複製できる器械には限りがあります。具体的には、レプリカとして複製した器械の位階が、合計7になるまで可能です。たとえば、ソロモンを複製すればレプリカの位階はⅢ、スルトを複製すればレプリカの位階はⅣ。合わせて7といった具合ですね」
「……つまり剛田さんの神器【一徹】なら、レプリカは位階Ⅰになるので、一日に合計7つ複製可能と?」
「そうなります」
「あれ? じゃあ元々位階Ⅰの器械はどうなるんですか? レプリカにしたら位階0ですけど……」
「……それもそうですね」
存外クリティカルな質問。佐京とともに首を傾げた常盤が、手の中のロザリオを撫でる。
「……ああ。どうやら、位階0も1とカウントされるみたいですね。いずれにせよ7つまでです」
「なるほど」
位階Ⅰの劣化版なら無条件に量産できるかと期待したが、そうは問屋が卸さなかったようだ。尤も、現在のメンバーの中に位階Ⅰの器械を持つ者はいないが。
「それと位階0は、どうやら器械としての権能は持つようですが、代わりに物理的な不変性を失うようです。有体に言えば、普通の物のように壊れます」
「あらら、それは厄介ですね。……裏を返せば、位階Ⅰ以上のレプリカは、オリジナルの器械と同様に物理的には破壊不可、と」
ふーむ、と顎を撫でた佐京は、さらに思いついたように、
「レプリカをさらに複製することはできるんですか?」
「できません。『複製元』にできるのはオリジナルの器械のみです。尚、複製元になったオリジナルの器械は、レプリカに対して一定の支配力を持ちます。権能を差し止めたり、拒否反応を無効化したりすることが可能です」
常盤がさらりと重要なことを付け足す。
「へえ……じゃあオリジナルの器士は、レプリカの器士に一定の影響力を持つことになるな……」
ぽつりと、多賀が呟く。その言葉は何処か不吉な響きを孕んでいた。
「しかし、『依り代』を用意しなきゃならないのは、結構なネックだな。ソロモンみたいな指輪なら兎も角、剣とか刀は……」
ぱん、と腰の鞘を叩きながら、望月は唸る。
「刀は、博物館とか探せば見つかるんじゃないか? 剣は……ちとアレだが」
自分のスルトと、望月の鬼切丸を見比べながら、多賀。
「っつーか、剣なんて普通に造ればよくね?」
気だるげに口を挟んだのは、意外なことに話半分に聞いているように見えた志鎌だった。煙草を咥えたままぞんざいに、神器【みずち】を抱えた酒寄を顎で示す。
「アイツの壷、液体なら何でも出せて、溶けた金属とかでもイケるんだろ? なら剣でも鞘でも好きに造りゃいいじゃねーか」
「鋳造ってことですか? でもそれだと強度が……って思ったけど、そうか、元々みずちなら純度の高い金属出せるし、器械化すれば物理的強度も関係ないのか」
佐京が感心したように言う。紙のような薄い刃を持つ剣でも、器械化してしまえば岩を切りつけようが鉄の柱に叩きつけようが壊れることはない。
「ソロモンなら、テレキネシスで熱いモノにも干渉できますしね……色々と作業が捗りそうだ」
「複製って、やろうと思えば今からでもできるのか?」
「はい、できます」
思わず机から身を乗り出す多賀に、常盤は事もなげに頷いた。
その場の空気が、徐々に熱を帯びていく。
「凄いな……」
「指輪さえあればソロモンのレプリカできるんですよね? ……僕も欲しいなぁ」
「というか、そもそも器械って一人で複数持てるのか?」
感動する望月と羨ましがる佐京をよそに、望月は根本的な疑問を呈する。
「持てる」
それに対し、刀根が即答した。
「私の知識によれば、同時に複数の器械の使い手になることは、可能だ」
「マジっすか」
ぴぅっ、と口笛を吹く多賀。
「皆も聞いての通り、一日に複製できる器械は数に限りがある。私としては、多くの人間に器械をひとつずつ分け与えるより、『少数精鋭』――少ない人数に多数の器械を集中させて、個々の戦闘力と生存能力を高めた方がいいと思う」
首を巡らせた刀根は、佐京、多賀、青木と順に目を留める。
「佐京くんの神器【ブリューナク】、多賀くんの魔剣【スルト】、青木くんの神器【ソロモン】……戦闘において有力なのは、この辺りじゃないかな。生活面では、酒寄くんの神器【みずち】も強力だろう。どれを優先的に複製し、どのような順で分配するかはおいおい決めるとしても、まず我々の戦力を拡充するべきだと思うんだが……皆はどう思う?」
そう言って、部屋の面々を見回す刀根。
「はン! 小難しい理屈コネて良い子ちゃんぶりやがって。要は他のヤツらに恵んでやる前に、オレたちで甘い汁を吸っとこうって話だろ?」
頭の後ろで手を組んだ志鎌が、へらへらとした態度で口の端を吊り上げる。
「――それなら、異議なし! オレは元の世界に帰る前に、モンスターとやりあって犬死なんざゴメンだぜ。楽に器械が手に入って、生き残る確率が上がるなら文句はねーよ」
オレには自前の器械もあることだし他にも器械が手に入れば百人力だぜ、と手の中でくるくると拳銃の形をした神器【アグニ】を回しながら、志鎌は上機嫌で笑っている。
「おれも、異存はないですね。……もちろん、我が身可愛さもあるのは否定はしませんけど。正直ソロモンの指輪は、おれも欲しい」
「僕もですね。器士の『質』を追求するのは正しい選択だと思います。敵が全部で何匹いるのかわからないのに対して、僕ら『人間』は、……少なくとも福岡県一帯には、せいぜい二十万人くらいしかいませんし。戦略的な観点からも、『兵士』の命は大切にするべきだと思います」
多賀と佐京も、真っ先に賛同する。
「……反対する理由がないな」
望月も、重々しく頷く。
小牧やマユ、話を聞いていた鬼塚たちも、口々に賛同の意を示した。
「よし。まあ、慈善事業を始める前に、自分たちがある程度豊かになっておこう、って話さ。罰は当たるまい」
最初から反対されるとも思っていなかっただろうが、少しばかり安心した様子で刀根はおどけたように肩をすくめる。
「それで、だ。器械の量産を始める前に、私としては極力早くコミュニティを結成しておきたいんだ。十二人の器士が揃えばウリエルが真価を発揮できるからね」
刀根に名を呼ばれ、窓の外を眺めていたウリエルが振り返る。
「ウリエルって……アレか? ケーサツの代わりとか言ってたヤツだろ? 正直、ンなもんクッソダリィんだけど」
「まあまあ、キミの気持ちはわかる。しかしそう悪いことばかりじゃないよ」
警察、法律、規則、ルール、そういったもの全てに拒否反応を示す志鎌に、刀根が宥めすかすようにして言う。
「コミュニティ内部での物騒な殺し合い・器械の奪い合いを抑制する、という意図も勿論あるけどね。私はむしろ『竜』みたいな、単体で強力な敵に対する法律を、できるだけ早めにまとめてしまいたいんだよ」
「はァ? 『竜』?」
嘆息するような刀根の言葉を、オウム返しにする志鎌。
「ああ、竜の対策ですか」
「ウリエルを使う下準備だな。賛成」
「おれも賛成」
実際に竜と戦い、その脅威を身をもって体験した望月たちは次々にその意見を支持する。
「おいおい、マジで竜とかいんのかよ?」
「死体でよけりゃ写メあるぞ。ほら」
望月はポケットからスマホを取り出し、フォトアルバムを開いて志鎌に放り投げる。慌てて空中で掴み取った志鎌は、画面いっぱいにずらずらと並ぶ巨大な怪物の死体画像に目を丸くした。
「うっおマジかよ、すげえ……これCGとかじゃねーよな?」
「んなわけあるか。全部本物だ」
「マジかよ……半端ねーな……これとかもろモ○ハンじゃねーか。リ○レウスかよ」
竜の背中によじ登った望月たちの写真を見て、「はぁーッ」と圧倒されたような声を上げる志鎌。鬼塚や雨水、宮口がぞろぞろと集まって画面を覗き込み、「えーヤバッ」「すごい」「うわぁ……」とそれぞれ感嘆の声を上げている。ひとり、澄ました様子で座っていた酒寄も、流石に興味を抑えられなかったらしく、いそいそと席を立って画面を覗き始めた。
「こ、こんなの、よく倒せましたね。メチャクチャ大きいじゃないですか」
竜の背中に望月がよじ登った画像は、サイズの対比が明らかで特に強烈なインパクトがある。宮口は落ち着きなく変身ベルトに触れながら、呆れたような感心したような顔をしていた。
「苦労したよ。誰かさんのお陰でな」
「あの件はすまんかった」
意地悪にニヤリと笑う多賀に、渋い顔で佐京が返す。
「あれ、怖かったよね……」
ぽつりと、ラッキーを抱きかかえたマユが静かに呟いた。小さな声だが、会議室によく響いた。ゲームの報酬画面でも眺めているような気分だった新顔の面子は、その言葉に込められた真実味に、はっと冷や水を浴びせられたような顔になる。
「……でも、ウリエルさんが本気を出せば、もっと楽に倒せたんだよ、ね?」
マユが、縋るような目でウリエルを見やると、黙って話を聞いていた銀色の甲冑の天使は、力強く頷いた。
「然り。執行力の顕現が許されていれば、我単独でも片付く相手である」
「とりあえず、ウリエルについての資料を配るから、知らない人はよく目を通してくれ。コミュニティが成立すれば、彼は一定領域内で自由に瞬間移動でき、鞭打ちや死刑などの刑罰を執行するために『炎の鞭』や『炎の剣』を顕現できるんだ。仮にも位階Ⅶの器械だから、限定的とはいえその戦闘力は計り知れない。力を行使できる回数に限りはあるけど、手に負えないような敵が出てきたときのために、対外的な法律だけでも決めてしまいたいのさ」
一息に言い終えた刀根は、足元の鞄からA4の紙の束を取り出した。
「さあ、これがウリエルの権能についてまとめた資料だ」
びっしりと紙面上に文字が書き連ねられた資料に、志鎌を始めとして「うへぇ」とげんなりした様子を見せる面々。
「それで、これが私がウリエルと協議して練り上げた基本的な法律の草案だ」
そんな彼らに構わず、刀根はさらに分厚い資料を鞄から取り出した。
「コミュニティ内部での構成員の殺し合い・器械の奪い合いの禁止。暴行・殺傷・誘拐・監禁などの犯罪に対し、度合いに応じた鞭打ちの回数や、死刑と判断されるラインの取り決め。またコミュニティ外から何者かの手によって構成員に害が及んだ際のウリエルの挙動。念のため、コミュニティの構成員が構成員以外の人間・動物に危害を加えた場合は、違法とならないような枠組みにしてある。部外者の攻撃に対する『自衛』の意味合いも兼ねてね。物騒な話だが、こればっかりは私たちが気をつけても、必ずしも回避できることとは限らないからね……」
長机の上にドンッと重い音を立てて載せられる紙の束。
「さあ、目を通してくれたまえ」
ぽん、と分厚い紙の資料に手を置いて、刀根は一仕事を終えたかのような、晴れ晴れとした顔をしていた。
「……こりゃキツそうだ……」
皆を代表して、頬を引きつらせた佐京が、乾いた笑みを浮かべる。
「何か温かいものでも飲まれますか。コーヒー、紅茶、緑茶……お好きなものを」
液体なら何でも出せる神器【みずち】を手に、酒寄が諦めたように微笑んだ。
「かなりの長丁場になりそうですし……」
酒寄の言葉に、刀根とウリエル以外の全員が思わず溜息をついた。




