24.騎士
仮面騎士ハヤテ。
それは七年ほど前、毎週日曜日の朝に放映されていた子供向けの特撮番組だ。
鳥類をモチーフにした流線型の甲冑風コスチュームと、騎士道を思わせるクサい言動で一世を風靡した変身ヒーロー。内容は、主人公の青年が『ハヤテ』と呼ばれる仮面騎士に変身し、日本平和のために悪の秘密結社から派遣される怪人と激闘を繰り広げるというオーソドックスなものだったが、従来の変身ヒーローとは一線を画す、CGとワイヤーアクションを駆使したド派手なアクションに、当時の小学生たちはハートを鷲掴みにされたのだ。
町の玩具屋にはハヤテの変身グッズが溢れ、大きなお友達を含めて熱狂的なムーブメントを引き起こした。そして望月たち、現在の高校生がちょうどその直撃世代にあたるわけだが――
「やっぱりハヤテか!」
「うわぁー懐かしいなぁ!」
「そんな器械もあるのか!」
「マジか……!」
望月、佐京、多賀、そして不良青年に至るまで宮口の器械に感心しきりだった。笑われることを覚悟していた宮口は、男子組の思わぬ感嘆っぷりに肩透かしを食らったような顔をしている。
「それって……やっぱり、『ハヤテ』に変身できるのか?」
真剣な表情で、望月は問う。宮口は気圧されたようにコクコクと頷いた。
「は、はい。できます」
「……やべえな。絶対強いだろ」
ぺし、と額を叩いて改めて感嘆する望月。
実際、ハヤテは強い。
まず異様に切れ味の鋭い近接武器、ロックオン&ホーミング機能を持つ遠隔武器などの武装もさることながら、全身が西洋甲冑風の装甲で覆われており、ライフルで撃たれても平気な程度に防御力が高い。そしてスラスターを用いた高速移動、マントを翼に変容させての限定的な飛行など、機動力だけでも従来の等身大ヒーローを凌駕する能力を持つ。
「待って欲しい。テレビ版ハヤテか劇場版ハヤテかで随分変わってくると思う」
と、こちらも真面目くさって佐京が口を挟む。
「あ、えっと、ボクのは、テレビ版にしか変身できないみたいです。流石に劇場版は強すぎる、っていうか……」
「ああ、ですよね~。流石に黒騎士阿修羅モードは無理か……」
「待ってくれ! じゃあ『マッハスクーター』はどうなんだ!」
机から身を乗り出して、多賀。
『マッハスクーター』とは、仮面騎士ハヤテが長距離移動の際に用いる移動手段の総称だ。近年の変身ヒーローとしては珍しく、ハヤテは専用の乗り物を持たない。その代わりにバイク、あるいはそれに類する乗り物に触れると、ハヤテとお揃いの銀・緑・青の爽やかな色調の装甲を持つ『マッハスクーター』というバイク的な何かに変容させられるのだ。
マッハスクーターは原型となった乗り物に近い形状を取るが、あらゆる空気力学的な要素を無視して音速で走行できる。ただし衝撃波も普通に発生するため、街中や民間人の近くでは使用できないという欠点を持つ。
「あっ、マッハスクーターは、大丈夫です。試してみましたが、できました」
「うおおマジか! いいなぁ、おれマッハスクーター自転車もってたんだよね……誕生日に買ってもらってさ」
「あ、それボクも持ってました」
てへへ、と後頭部に手を当てて互いに照れる多賀と宮口。
「僕も本当は欲しかったけど、周りがみんな持ってるから、かぶるのがなんかイヤだったんだよねー懐かしい」
「そういや俺も欲しかったな……もう自転車持ってたから、我慢しなさいって叱られたんだっけか……」
苦笑する佐京、望月も遠い目で過去を懐かしむ。やいのやいのと盛り上がる男子連中をよそに、マユや小牧を初めとした女子組はつまらなそうな顔をしている。
「っていうか、それより早く変身見せてくれよ! できるんだろ?」
不良青年が、揶揄するようなニヤニヤとした笑みを浮かべて言う。
「……そうね。アタシも見てみたいかも」
頬杖を突いて退屈そうにしていた鬼塚も、それに同調して隣の宮口を見やる。
「えっ……」
至近距離から美人に見つめられ、ドギマギした宮口は、
「あ、あの……すいません。今はちょっと……ムリです」
赤くなって、俯いてしまう。
「はァ? 今更恥ずかしがってンじゃねーよ」
「いっいや。そうじゃなくって……その……」
不良青年にビクッとしながらも、少し迷う様子を見せた宮口は観念したように、
「実は……制限があるんです」
そっと、腰の変身ベルトを撫でた。
「制限?」
「はい。一度変身を解除したら、それから二十四時間は使えないんです。……昨日試しに使って解除してから、まだ二十四時間経ってないんで、今はムリです。あと……五時間くらいは」
腕時計を確認しながら宮口。
「そんな制限が……変身時間にも、制限があったり?」
興味深げな佐京、無害そうな顔をして弱点を聞き出すことにも余念がない。
「制限は、ないです。体力が続く限り、変身できます」
「……体力が尽きたら?」
「解除、ですね。多分。けっこう、体力を消耗するんです。全力で戦ったら、三十分くらいしかもたないと思います……」
ただ変身してジッとするだけなら、数時間はもつかもしれないですけど、と宮口は付け足した。
「なるほど……変身さえすりゃ無敵ってワケでもないんだな」
もう全部宮口一人でいいんじゃないかな、と考えていた望月は、予想を裏切られて溜息をつく。
「はい……。あと……こんな、狭いところじゃ危ないです」
「……危ない? と言うと?」
訝しげに訊き返す佐京に、宮口は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「……爆発が起きるんです。変身したら」
爆発。
「ほら、その、テレビでも……ハヤテが変身したら、背後で爆発が起きるじゃないですか。ドカーンって」
確かに、テレビ版・劇場版を問わず、ハヤテの変身場面には背後での派手な爆発がつき物だった。それは演出の一環だったが――
「それが……そのベルトでも、起きると?」
「……はい。器械を手に入れたとき、ボク、その、テンションが上がっちゃって。自分の部屋で変身、してみたんですけど……」
ぐす、と話しながら半泣きになる宮口。
「……家が……」
その悔恨にまみれた表情を見て、全員が「あっ……」と察した。
「……昨日我々が接触したとき、宮口くんは……瓦礫の山を前に呆然としていた。相当な規模の爆発だと思う」
黙って話を聞いていた刀根が、重々しい口調で補足する。
「……そりゃあ、おいそれとは使えないな」
「それそのものが凶器ですね……」
「敵に肉薄して変身、爆破って手もあるな。いや生身で接近はちょっと危ないか」
唸る望月、恐れる佐京、マイペースに応用方法を考える多賀。
「……まあ、そんなわけで、今は変身できません。ごめんなさい」
「いや……そりゃァ……仕方ねーよ」
ぺこりと頭を下げる宮口に、不良青年も少しばかり気まずげだ。
力尽きたように、しょんぼりと席に座り直す宮口。
その場に、なんともいえない空気が流れる。
「……それでは、次はわたくしでしょうか」
宮口の隣にちょこんと座っていた少女が、しゃなりと立ち上がった。
宮口に続き、こちらも新顔だ。背はそれほど高くなく、高校の制服と思しきセーラー服を着ている。髪型はショートカットだが、その物静かな雰囲気も相まって、見る者に日本人形のような印象を抱かせた。
「初めまして。酒寄笹乃と申します。平成学院高校の二年生です」
しっとりとした穏やかな声で、上品に一礼する少女――酒寄。平成学院は、かなり格式の高い私立高校だ。お嬢様ということか。
「そして、こちらがわたくしの器械です」
酒寄は足元に置いていた鞄から、陶器製――に見える白い壷を取り出す。
「位階Ⅴ、神器【みずち】。権能は、『任意の液体を湧出する』。一日に出せる量に制限がありますが」
「……任意の液体、ってのは、液体なら何でもって意味ですか?」
「はい、そうなります。わたくしが実在を知る液体に限りますが」
佐京の質問に、こくりと頷く酒寄。
「その温度に制限はないんですか? 冷たい水も熱いお湯も出せる感じで?」
「はい、どちらも出せます」
「お薬とかも? 麻酔とか、化学物質を溶け込ませた溶液とか……」
「液体、の範疇であれば問題はないはずです」
「じゃあ、水銀とか、溶けた鉛なんかは……?」
続いて投げかけられた佐京の問いに、酒寄は一瞬、みずちを撫でて考える。さらりと頬にかかる、艶やかな黒い髪。
「……できる、と思います」
「えっ……何それ凄い。量はどれくらいなんですか?」
「今のところ、一日あたり二十リットル程度でしょうか。使い込めばもっと増えると思います」
「えっ……凄い。その器械めちゃくちゃ有能じゃないですか!」
「水銀なんて何に使うんだ? 温度計かよ」
「いやいやいや。注目するポイント違うでしょ」
不良青年の声に、佐京は「何言ってんだ」という目を向ける。
「溶けた鉛がイケるってことは、溶けた鉄も、金も――金属全般がイケるってことじゃないですか」
「……あ~、そうか」
佐京の説明に、納得したように頷く不良青年。
「それ、使えるな。金属の部品とかイロイロ作れんじゃんよ」
「……できるのでしょうか?」
「イケるイケる。型作ればよゆーよ」
曖昧な笑顔で首を傾げる酒寄に、不良青年は事もなげに頷いた。
「っと、次はオレか」
奇しくも、次は不良青年の番だった。椅子に座ったまま、ふんぞり返って周囲の面子を見回す。
「乙幡第二高校卒の志鎌恭平だ。今は自動車整備とかやってる」
「……ふん」
先ほど、名前を笑われた多賀が意趣返しのように鼻で笑ったが、青年――志鎌は気付かず腰のポケットに手を伸ばす。
「……で、器械がコレな」
志鎌が無造作に抜き出した『それ』に――望月たちは、「ほう」と感嘆の声を上げた。
銀色の、シンプルなデザインの拳銃だ。タイプとしては警察官がよく持っている回転式拳銃ではなく、銃把に弾倉を納めるタイプの自動式拳銃。
「見慣れない銃だな」
「いや、銃じゃねえ」
望月の一言に頭を振った志鎌は、カチリと何の躊躇いもなく頭上に向けて引き金を引いた。
思わず一同が身構えるが、予想された発砲音はない。ただ、ポシュッ、と可愛らしい音を立てて、銃口に赤い火が点る。
「ライターなんだわ、これ。いや、正確にはライターだった」
志鎌の言葉とともに、徐々にその炎が勢いを増し、噴き上がる。
「あっやべェ、火事になる」
天井が黒く焼け焦げたのを見て、慌てて銀色の銃型ライターを引っ込める志鎌。ごとり、と無造作に机の上にそれを置く。
「位階Ⅲ、神器【アグニ】。……ノリとしては、まあ火炎放射器だ。ただし、そのメガネの持ってる懐中電灯……名前なんだっけ? 忘れた。まあアレとは違って、ガス欠はしねえ。気合次第でいくらでも炎が出せる」
「へえ、それはいいですね!」
志鎌は張り合うようなニュアンスを匂わせていたが、佐京は厭味を抜きにして、純粋に羨望の声を上げた。ブリューナクの電池切れのせいで、ちょっとしたピンチを招いてしまったのは記憶に新しい。火炎放射の威力がどれほどのものかは謎だが、それにしてもガス欠しないというのは大きなメリットだろう。
「火炎放射、か」
腕組みをした多賀が、ぼそりと呟いた。無表情だが、口の端が僅かに吊り上っている。何処か侮るような空気。
多賀の魔剣【スルト】もまた、炎と熱を司る器械だ。そして、当たり前だが燃料切れも起こさない。
「……ンだよ。本気出したら威力はこんなモンじゃねーぞ」
「いや、別に。ただ位階が控えめだなって思っただけさ」
「あァ?」
真っ直ぐに視線をぶつけ、険悪な空気を漂わせる二人。おいおい、と望月は呆れたように肩をすくめた。こんな下らない争いは勘弁して欲しい。
「ちょっとー! そんなこと言い出したら! 位階Ⅲでガス欠までする僕の立場はどーなるんですかーッやだーッ!」
佐京がおどけて声を張り上げ、椅子の上でばたばたと駄々をこねるように暴れてみせる。その姿を見て、ハッとした多賀が、気まずげにぽりぽりと頬をかいた。
「いや、すまん。そういうことが言いたかったわけじゃないんだ」
では何を言いたかったのか、というツッコミは誰もが心に思い浮かべたが、幸い指摘を受けることなく、多賀は目を閉じて黙る。
「テメ――」
「えーと、じゃあ、次はぼくでいいですかね!」
志鎌が口を開いて何かを言いかけたが、隣に座っていた少年がそれを遮って立ち上がる。
フレッシュな印象の少年だ。こちらも新顔で、高校一年か中学三年といったところだろうか。あどけなさの抜けない幼い顔立ちをしているが、ハキハキとした話し方も相まって、とても爽やかな雰囲気を漂わせていた。
「どうも! 響ヶ丘高校一年、青木操です。佐京先輩と多賀先輩の後輩ってなワケですね! よろしくお願いします!」
「あっ、そうなんだ。よろしくー」
「よろしく」
元気いっぱいに愛想を振りまく青木に、気さくに答える佐京、自重したように静かに目礼する多賀。
「それで、ぼくの器械はコレ! この指輪です」
青木が掲げる右手、その中指には銀色の指輪が嵌っていた。
――不思議な指輪だ。絡みつく蔓草のような模様が彫り込まれているほかは、特に派手な装飾もないのに、異様な存在感がある。
「位階Ⅳの、神器【ソロモン】です! ……ちょっとねー、権能については、実はぼく自身もよくわかってないんですよ! でも、まあ――」
ぶわりと。
部屋に、風が吹いたかのような錯覚。
青木の黒髪が逆立ち、その服がばさばさとはためいている。
指揮者のように腕を掲げた青木がゆっくりと右手を振るうと、窓際に積み上げられていた机や椅子が、音もなくふわりと浮かび上がった。
「――強いて言うなら、超能力が使える指輪ってトコですかね!」
瞳を蒼く輝かせ、青木はニカッと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。




