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修羅の国戦記  作者: 甘木智彬
【AggressiveWorld-黎明の器士-】
21/38

21.休息


 竜を(ほふ)った望月たちは、勝利を祝うより先に、急いでその場から離脱した。

 まだ門の周辺には大量のゴブリンが潜んでおり、それを制圧できるほどの体力が残っていなかったからだ。


 トラックは後輪がパンクして使い物にならなくなっていたので、近くの民家で別の車を調達し、刀根の乗用車と分乗して引き返した。途中で佐京とマユの家やスーパーに寄り、布団その他の物資を回収してから望月建設の事務所に戻る。


 日が傾き、事務所の敷地は夕闇に包まれつつあった。


 事務所は小高い丘の上に位置しており、周囲はフェンスとちょっとした雑木林で囲まれている。拠点として考えれば、なかなかの防御力だ。ちかちかと瞬く冬の星空の下、雑木林の木々が闇夜に濃淡を描き出す。工事用の電灯と火の明かりで照らされた事務所は、まるで夜の海にぽっかりと浮かび上がる小島のようだった。周囲に目を凝らしてみても、木々の他は何も見えない。寂しい風景だ。だからこそ隣人の存在が暖かい。


「いや~……スルトってガチで使えるな」

「おれもびっくりだよ」

「うむ……」


 野外、例の五右衛門風呂に交代で入り、さっぱりと汗を流した望月と多賀、剛田の三人は、地面に突き立てたスルトで暖を取っていた。


 刀身に赤い炎を揺らめかせながら、煌々と明かりを放つ魔剣【スルト】。


 やはり遠赤外線的なものを放射しているのか、離れていてもぽかぽかと暖かい。先ほどからスルトは大活躍だった。五右衛門風呂に汲んだ水に直接刀身を突っ込むことで、即座にお湯を沸かせたのだ。お陰で時間をかけずに水を入れ替えつつ、各自で綺麗な湯で一風呂浴びることができた。さらにはこうして、暖房器具にまで応用できている。鬼切丸より位階が低く切れ味も劣るものの、日常生活における利便性ではスルトの方に軍配が上がりそうだ。


「ってか、多賀もこれで暖かいのか?」


 自分の隣で和む多賀の姿に、ふと違和感を覚える望月。


「ああ、暖かいけど。なんで?」

「いや、多賀って自分に対する炎と熱、無効化するんだろ?」


 思い出すのは、やはり先の戦いだ。スルトの刀身から炎熱を噴き上げても、竜のブレスに飲み込まれても、多賀は火傷はおろか髪や服を焦がすことすらなかった。つまりスルトは多賀にとっては、暖房として機能しないのではないか。


「あー……いや、常時無効化じゃなくて、オンオフ切り替えできるんだ。だから、やろうと思えばおれもスルトで火傷できると思う。やらないけど」

「へーそうなのか。便利だな……」


 納得して頷く望月。


「ううーイテッ! イテテッ……」

「もー、ゆーちゃん動かないの!」


 一方、スルトを挟んで望月たちの対面では、風呂上がりの佐京がマユに手当てを受けている。佐京の痩せた上半身には、胸から腹にかけて痛々しい赤い傷が幾多も走っていた。


 ゴブリンの爪による引っかき傷。皮肉なことに、先ほどの戦闘で怪我らしい怪我をしたのは後衛の佐京だけだった。前衛組の望月と多賀は竜とあれほどの死闘を演じたにもかかわらず、ちょっとした擦り傷の他は怪我もなくピンピンしている。


 顔をしかめて痛みに耐える佐京、マユが優しい手つきでぽんぽんと傷を消毒していき、少し手間取りながらもしっかりと清潔な包帯を巻いていった。


「はい、これでおしまいっ!」

「……ありがとう、マユちゃん」


 ニコニコと笑いながら救急セットを片付けるマユに、小さく礼を言いつつも佐京の顔色は優れないままだ。


「……これ、化膿とかしたら嫌だなぁ」


 佐京が心配するのは、専ら傷が膿んだり感染症にかかったりすることだ。ゴブリンの死体を観察したところ、その爪はお世辞にも清潔とは言えなかった。何かヤバいものが傷を介して体内に入り込んでいる可能性は――残念ながらゼロではない。


 ましてやゴブリンは別の世界から来ているのだ。未知の病原菌などを保有しているかも知れない。もし、何らかの症状が出てしまった場合は、医者のいないこの世界でどうすればいいのか――考えただけで気持ちが落ち込んでくる。


「何かあった場合は、治療の心当たりはあるよ」


 しかしその背後、エプロンをつけた刀根が、バーベキューセットで肉を焼きながら事もなげに言った。ジュージューと音を立てながら、肉汁を溢れさせる和牛のステーキを、刀根はトングで手際よく裏返していく。


「心当たり、ですか?」

「ああ。今朝、接触した器士の一人でね。傷を治し、ある程度病気にも対応可能な癒しの力を持つ器械の使い手だよ。どうするか一晩考える、とは言っていたが高確率で我々の仲間になってくれると思う」

「へえ、いわゆる癒し手(ヒーラー)ポジションですか! そりゃいいや」


 刀根の言葉に、ほっとしたように頬を緩める佐京。


「みなさーん、ご飯が炊けましたよ~」


 と、発電機に繋いだ大型の炊飯器の前で、花柄のエプロンをつけた小牧がお茶碗としゃもじを手にスタンバイしている。


「待ってました!」

「もう飢え死にしそうだ……」

「流石に腹が減ったな!」


 小牧の声にぞろぞろと立ち上がる男衆。戦闘で疲弊した彼らの代わりに、刀根と小牧が食事の用意を進めてくれていたのだ。


 事務所から引っ張り出してきたテーブルと椅子を並べ、スーパーから取ってきた飲み物や惣菜なども手当たり次第に置いていく。紙皿に特大のステーキを載せて配る刀根、小牧が炊飯器から炊きたてホカホカの白米を茶碗によそう。


「さあ、どんどん食べよう。肉も野菜も文字通り腐るほどあるからね」

「「いただきます!」」


 席に着いた望月たちは、手を合わせるや否や凄まじい勢いで食べ始めた。


「ああ……ッ!」


 ナイフとフォークで肉を切り分け、口に放り込んだ望月は思わず唸る。

 流石は特上の和牛フィレステーキだ。停電状態で丸一日放置されていた肉なので、念のためによく火を通した状態(ウェルダン)で頂いているが、それでも素晴らしく柔らかい。味付けはシンプルに塩胡椒と醤油のみだが、普段食べている肉とはうまみの格が違う。舌の上で脂が踊る、即座に茶碗と箸に持ち替え、ご飯とともに頂く。白米と肉汁のハーモニー。


「堪らねえな……ッ!」


 黄金の組み合わせだ。もうこれだけで最強だった。恍惚としながら望月はナイフとフォークに持ち替え、皿の上の肉を一口大に切り分けていく。全部切ってから改めて箸と茶碗に持ち替え、食べるのに専念する作戦だ。


 その隣では、多賀が米には見向きもせず、一心不乱にステーキと格闘している。まだ箸には触れてすらいなかった。どうやら肉を食べるときは肉に集中するタイプらしい。


 佐京とマユは律儀にナイフとフォーク、箸と茶碗に持ち替えながら食べている。しかし佐京はブリューナクの使用で大幅に体力を消耗したこともあって、マユよりも格段に手の動きが速い。


 小牧はあまりナイフとフォークに慣れていないようで、どこかもどかしげにステーキを頬張っていた。剛田は望月と同じく、切り分けてから白米と一緒に頂く派のようだったが、その体格よろしく一口が豪快ですでにご飯をおかわりしつつある。


「一応、野菜もね」


 刀根が追加で肉を焼きつつ、大皿にタレをつけた焼き野菜――パプリカやタマネギ、輪切りのコーンなど――を盛り付けて机に出すが、皆が肉に集中したまま返事もしないので思わずといった様子で苦笑する。


「刀根も食事を摂るといい」


 と、事務所の裏から、のしのしと銀色の人影が歩いてくる。


 ウリエルだ。


 両手には大きなドラム缶をひとつずつ軽々と抱えていた。中には井戸から汲んできたばかりの綺麗な水。例の五右衛門風呂の入れ替え用と、生活用水だ。かなりの重労働である水汲みを、怪力のウリエルが担当していたのだった。


「肉は、我が代わろう」

「おお、助かるよ。ありがとう」


 正直なところ、刀根も空腹だったのでウリエルの申し出は有難かった。ステーキと茶碗を手に席に着いた刀根に代わり、ウリエルが予備のエプロンを装着して肉を焼き始める。バーベキューセットの前で、ピンクのエプロンを身に着けた銀色の甲冑が料理をするという奇妙な光景。


 本来ならば、あの後もウリエルは現場に留まり可能な限り『門』の破壊を試みる予定だった。だが、想定外の竜との交戦のせいで、若干その計画を変更せざるを得なかったのだ。


 理由は、望月たちが精神的・肉体的に疲弊し切っていることだ。望月建設の事務所は門からそれほど離れているわけではないので、見張りなしで眠るのは少々リスキーと言える。そこで不眠不休で活動可能なウリエルが、警戒のために不寝番を買って出てくれたというわけだ。


「長期的な視点に立った場合、多少門を削るよりも、汝らの身の安全の確保を優先すべきと判断した」


 というのが、ウリエルの言だった。


「やっぱり飯はいいなぁ」

「美味い! 美味いなぁ」


 望月は肉・野菜・白米をローテーションしてご満悦。多賀は高級なお肉を好きなだけ食べられるという状況に、感激しているようだった。


「空腹は最高のスパイスって言うけど……本当に美味しいねえ」


 もそ、とご飯を頬張りながら佐京。最初にガツガツと詰め込んだので空腹も少し落ち着いたらしく、じっくりと味わうように咀嚼している。


「ああ……生きててよかった……」


 飲み込んで、佐京が漏らした呟きに、感ずるものがあったのか皆が押し黙る。


 不意に、剛田が席を立ち、後ろに置いてあったスーパーの買い物カゴをゴソゴソと漁る。取り出したのは、500mlの缶ビールだった。


 ステーキを大きく一口頬張り、プシッと缶を開け、ビールを流し込む。


「――くあっ! 堪らんなぁ!」

「私も貰おうかな」

「おう、呑め呑め」


 新しく缶ビールを差し出す剛田、嬉々として受け取った刀根も冬の外気で冷えたビールを一気に呷る。


「ああ~生き返る……」

「刀根もイケるクチだったか」


 グイグイと呑みながら笑い合う二人。

 随分と板についた呑みっぷりだが、二人とも未成年だ。


「お酒かー……ウリエルさん、いいんですか!? 未成年の飲酒ですよ!」


 佐京がからかい交じりに声をかけると、肉を焼く手を止めたウリエルは、トングを握ったままサッと両手をハの字に振り下ろした。


「セーフ」

「あっウリエルさん的にもOKなんですね」

「然り。そもそも法が存在せぬ故」

「じゃあ僕も呑むか」


 剛田から缶ビールを受け取った佐京が、これ見よがしに飲み始める。プハァ~ッくぁ~っとグルメ芸人のようなやたらと美味そうなリアクション。


「や~こういう状況だとビールもイイもんですね!」


 佐京としては、純粋な味としてはジュースの方が好みだったが、今はアルコールを摂取したい気分だった。「じゃあ俺も」「おれも」「わたしも~」と、一同に麻薬のように飲酒が広まっていく。「呑みすぎは推奨しない」とウリエルが一応釘を刺したが、年長の二人が率先して呑んでいる上、望月と多賀もガバガバと呑み始め、マユと小牧すらほろ酔い加減になっている。この流れを止められる者はいなかった。


 特別、酒が美味しいと感じている者は、実はこの場には少ないだろう。


 ただ――気分を変える必要があったのだ。普段は大手を振ってできなかったような、何か特別なことをして。


「ウリエルさん、肉まだあります~?」

「今、焼き上がった。安心して食べよ。まだまだある故」

「あっ、俺もお代わり!」

「おれもおれも!」


 競うようにして、食べて、呑む。特に肉やソーセージを、じっくりと味わうようにして食べた。全員がわかっていた。今あるスーパーの食材が駄目になってしまえば、次にいつ同じものが食べられるかわからない――


 しこたま食って、腹がいっぱいになって動けなくなったところで、全員で事務所に引っ込み、床に敷いた布団に潜り込む。


 外では、ウリエルが一人見張りを担当してくれている。


 皆が疲れ果てていた。明かりを消した後はもう言葉を交わすことすらなく、ずるずると眠りに落ちていく。


 今このひと時は、不安も恐れもなく。


 ただ疲れと満腹感に沈む――そんな眠りだった。




          †††




 それから、特に襲撃を受けることもなく夜が明けて、一同は二手に分かれて行動を開始した。


 片方は、刀根と剛田がコンビを組んだ器士勧誘班。

 もう片方は望月を中心とした門破壊班だ。


 万が一の事態に備えて、勧誘班に多賀かウリエルが護衛につくべきではないか、という意見もあったが、門の破壊に――あるいは市街地の制圧に――多賀とウリエルの存在は欠かせないため、刀根と剛田が二人で行動することとなった。


「まあ、なに。危ない目に遭いそうだったら、無理せずに引き返すさ」


 夕方までには戻る、ひょっとすれば新しいメンバーを連れて帰るかもしれない、と言い残して、刀根と剛田は車で走り去っていった。


 望月は、佐京とともに重機(ユンボ)の油圧ブレーカを改造し、鉄板を溶接して鬼切丸とスルトの鞘を取り付けられるようにした。その間に多賀とマユはAT(オートマ)の車の運転の練習、ウリエルと小牧は昼ご飯のお弁当や食材が腐らないようカレーなどを作っていた。


 全ての準備が終わってから、全員で出撃。竜の襲撃(あんなこと)があった後で、小牧とマユを連れて行くかどうかは意見が分かれたが、二人は確実に逃がせるようにするという前提で、やはり同行することになった。


 重機を積み込んだ運搬車と、新しく調達した車で『門』へと向かう。車を運転するのは多賀で、望月が運搬車の運転に慣れていないこともあり、徐行運転で走っていく。それでも、徒歩で行くよりはよほどスピーディーに移動できた。


 門を見晴す丘で一時停止し、望月・多賀・ウリエルの前衛三人でゴブリンの残党を制圧。改めて重機で乗り入れ、本格的に門を破壊し始める。


 結論から言えば、多賀のアイデア――重機の先端に器械を取り付けて打ち壊す、という狙いは大当たりだった。鬼切丸とスルトの鞘を備え付けた油圧ブレーカ、その威力は圧巻の一言で、時間あたりの効率はウリエルを凌ぐほどだった。


 途中、何度かゴブリンや見たことのないような動物が門から飛び出てくるというハプニングには見舞われたものの、竜のような化け物の襲撃は受けることなく、日が暮れるまでに門を三分の一以上削ることに成功した。



 そうして、三日後。



 津久井町の門を破壊し終えた望月たちは、隣町の牟那方(むなかた)市の図書館に集まっていた。


「――みんな、よく集まってくれた」


 若干の疲れと、達成感を滲ませる声で刀根が皆をねぎらう。


 会議室の中には、望月たちを含め十数名の少年少女。


 十二名の器士と、その親族や知り合いの者たちだ。


 神器【熾天使】の承認の下、今まさにコミュニティが結成されようとしていた。


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