20.決着
「「はあァッ!?」」
突然の佐京のカミングアウトに、全員が目を剥いた。
「ふざけんなよ!」
「このタイミングでそれはない!」
半ばキレ気味なのは前線で身体を張る望月と多賀だ。二人の背後では正気を取り戻した竜が再び牙を剥いている。ただ一人、ウリエルは怒るでも苛立つでもなく、細かく動き回って黙々と囮役に徹していた。
「ま、待ってくれ。そもそもそれは電池で動いてたのかね?」
「はい。まあ、懐中電灯ですから……」
もはや使い物にならないトラックの運転席から降り、当惑する刀根。佐京は悟りの境地に達したかのような顔で首肯した。
「ゆーちゃん……家に電池あったよ……?」
「クゥン」
後部座席で呆れ顔をするマユとラッキーに、「すっかり忘れてたよ……」と瞑目する佐京。剛田は呆れたような、竜を見やって切羽詰まったような、思わず笑ってしまいそうな複雑な表情をしている。
「電池! 電池ですか!」
しかしそんな中、びんっとポニーテールを逆立てて一人反応する小牧。
「電池って、どの電池ですか!?」
「えっ? 単一が四本」
「単一! 単一ならいっぱいあります!!」
「何だって!?」
後部座席に置きっ放しになっていた小さなリュックを引っ張り出し、その中からずるりと新品の電池のパックを取り出す小牧。
そう、今朝東塩田駅から出発する前に、小牧は望月とともに駅前のコンビニで物資を回収していたのだ。そしてその中には、当然のように電池も含まれている。
「あっ、ああ! ああああ――!!」
跳び上がって思わず叫ぶ佐京、
「お嬢さん! それください! 何でもしますから!」
「あっ、は、はい」
テンション爆上げの佐京に若干引きながら、小牧は電池を手渡した。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 望月くーん! 小牧ちゃんが電池持ってたよー!」
「いいから早く詰め替えろ!」
「こっちも長くは保たねえぞ!」
竜のブレスと尻尾の攻撃を回避しながら怒声を張り上げる望月と多賀。
「今交換してる! あと十秒待ってくれ!」
ブリューナクの底部の蓋を開放、使い切った電池を破棄。新品のパックをバリバリと破り新しく電池を取り出す佐京。都合の悪いことに、一つ一つがビニールで包装されているタイプだ。
(落ち着け、気持ちゆっくりでもいいから確実に……!)
震える手を宥めすかしながら、一本一本包装を破いていく。竜の咆哮、ブレスの焼ける音、足の裏から感じる地響き、ギャアギャアと耳障りな鳴き声、その全ての要素が佐京に焦りを強いる。
――ギャアギャアと耳障りな鳴き声?
違和感に気づいた佐京がふと顔を上げると、民家の垣根からこちらを覗く、ぎょろりとした黄色の瞳。
「ゴブリンだ!」
槍を手にした剛田が注意を促す。周囲の民家の陰から、林の中から、緑色の肌の小人がわらわらと姿を現した。竜から逃れて隠れていた群れが、ここにきて佐京たちに目をつけたらしい。
「ギシャア!」
「ギャッギャッ」
「グギギッ!」
数匹ごとに徒党を組んだゴブリンが、総勢で十数匹、武器を振り上げて一斉に襲い掛かってくる。
「女子は車に隠れろ! 俺が引きつける!!」
剛田がベルトに差していた手斧を投擲し、まず一匹仕留めた。さらに横合いから殴りかかってきた一匹を石突で突き飛ばし、「ぬぅん!」と槍を横薙ぎに振るって穂先でまとめて数匹を斬り殺す。
剛田が額に巻いた鉢巻、神器【一徹】が眩く発光している。剛田自身は「微力」と述べていたが、一徹の身体強化の権能は十全に発揮されているようだ。
佐京も必死で電池を装填し、あとは蓋を閉めるだけ――となったところでふっと足元に影が差した。
――直上。
弾かれたように上を見やると、住宅の屋根に登っていたゴブリンが、両手の爪を振り上げて飛び降りてくるところだった。佐京と目が合い、にやりと口の端を歪めて笑う――
「ギギィッ!」
「のわあああッッ!」
ブリューナクを握り締めたまま、転がるようにして回避。ボディプレスの直撃は避けられたが、そのままゴブリンが馬乗りになって襲い掛かってきた。
「ギギィッ、シャアッ!」
「ちょっ、こっち来んなッやめろォ!」
手の爪でダッフルコートが切り裂かれ、胴体に鋭い痛みが走る。噛み付いてこようとするその顔面に、佐京は右手のブリューナクを押し当てた。
ジュゥッ、と。
まるで焼き鏝でも押し付けたかのように、ブリューナクの触れた部分が瞬時に焼け爛れる。拒否反応の『高熱』だ。悲鳴を上げたゴブリンが顔面を押さえてひっくり返り、解放された佐京が這いずって距離を取ろうとしたところで、背後から「ラッキー、GO!」の声。
「オンッ、オォンッ!」
マユに嗾けられたラッキーが、勇ましく吠え掛かりながらゴブリンに飛び掛った。噛み付かれて悲鳴を上げたゴブリンは、遮二無二暴れ回ってどうにかラッキーを振り払う。
「ギシャアア!」
「オンッ、オンオンッ!」
歯を剥き出しに威嚇するゴブリン、それに対抗し凶悪な顔で吠えるラッキー。
そこで突然、タァンッ、と鋭い発砲音が響き、ゴブリンが頭から血を噴き出して倒れた。
「あ、当たった……」
トラックから身を乗り出した小牧が銃口から煙を立ち昇らせた拳銃を手に、どこか呆然と呟いている。
「ゆーちゃん大丈夫!?」
「あ、ありがとう、助かったよマユちゃん、小牧ちゃん」
駆け寄ってきたマユに手伝ってもらいながら、地面に転がった電池を拾い集めて、ブリューナクに装填。蓋を閉めてスイッチを入れた。
レンズから青白い光が迸る。
「――行けます!」
「佐京くん、悪いがこっちも助けてくれ!!」
ブリューナクの光を見て、ゴブリン数匹を槍で必死に牽制していた刀根が上擦った声で叫ぶ。
即座にレーザーを放ち、数匹をまとめて薙ぎ払った。ジャッ! と肉の焼ける音とともに焼き切られるゴブリンの身体。それを見た周囲の生き残りたちは顔を見合わせて、これは敵わないとばかりに先を争って逃げ始めた。
佐京は容赦なく追撃のレーザーを放とうとしたが、
「うおおお待てええええェェッッ!」
背後からの叫び声に手を止める。
見れば、両眼を爛々と金色に輝かせた望月が、鬼切丸を振り上げて走ってくるところだった。竜はウリエルと多賀が足止めしているらしい。
「小鬼は俺に寄越せェェッッ!」
かつてないほど凶暴な笑みを浮かべた望月が、四十メートル以上の距離を一瞬で駆け抜け、壊走するゴブリンに肉薄。
――赤い風が吹き抜けた。
少なくとも、佐京にはそうとしか感じられなかった。銀色の光がきらめいたかと思うと、逃げるゴブリンがばらばらと肉片になって飛び散っていく。吹き荒れる血風の中心で返り血を頭から浴びた望月は、「ハッハッハッハッハァ!」と高らかに哄笑していた。
「ッしゃァ! これで本気で戦えるッ!」
呆気に取られた、あるいは、ドン引きした佐京たちをよそに、矢のような速さで走って戻ろうとする望月であったが、不意に佐京の真横で急停止した。
「いけるか?」
「あ、ああ。うん。大丈夫だよ」
望月の全身からぽたぽたと滴り落ちる鮮血、そして生臭い匂いと気迫に圧倒されながら、佐京は壊れた人形のようにカクカクと頷いた。
「助かる。竜のクソ硬い鱗が、お前のレーザーで焼かれて脆くなってたんだ。攻撃が通るように、満遍なく焼いてくれ」
「なるほど、そういうことか。OK、任せて」
「頼んだ!」
駆け出す望月。改めてブリューナクを構えた佐京は、前方、ウリエルに翻弄されて暴れ回る竜を睨む。
「――まず、目を潰すッ!」
大声で宣言。先ほどまでとは違い、冷静さが頭に戻ってきていた。
竜に向けて、瞬間的に中程度の威力のレーザーを照射。鱗の上でバチバチィッと火花が弾け、痛みと熱さに悶えた竜が首を巡らせて佐京を睨む。
「喰らえッ!」
気合を込めて、佐京はその顔面に新たなレーザーを叩き込む。威力は中程度だが照射範囲を少しだけ拡散させ、輝度を最大限に高めた一撃だ。
まるでカメラのフラッシュのような強烈な光に目を焼かれ、竜が絶叫とともに仰け反った。佐京は時計回りに走って移動しながら、断続的にレーザーを放ち竜を翻弄、胴体の、脚部の、頭部の、首の鱗を次々に焼いていく。
常に、最高出力である必要はなかったのだ。ある程度気合を込めたレーザーであれば、十分に鱗にダメージを与えられている。竜の美しい深紅の鱗に、焼け焦げた醜い曲線が幾筋も走っていた。
「いいぞ佐京!」
好機と見た多賀が追撃するべく接近しようとしたが、野性の勘か、危機を察知した竜が大きく後退。深く息を吸い込んだかと思うと、首をしならせながら広範囲に灼熱の吐息を撒き散らした。
「――いい加減、大人しくしやがれェッッ!」
魔剣から猛炎を噴き上げ、多賀が燃え盛る嵐のような一撃を叩きつける。どす黒い炎と紅蓮の炎がぶつかり合い、相殺し、陽炎を残して消えていく。
「行くぞォ多賀ァ!」
「応ッ!」
その空気の揺らぎを吹き散らして、疾走する望月と多賀。
「脚を叩く!」
「了解!」
それぞれ二手に分かれ、左右から竜の脚部を狙う。佐京のレーザーにより焼け焦げ、脆くなった関節部の鱗。
「ッしゃァッ!」
「おらァッ!」
同時に、横合いからそれぞれの武器を叩きつけた。鬼切丸の鋭い刃が甲高い音を立てて関節を切り裂き、赤熱するスルトの刃が鱗ごと肉を叩き潰す。
「ク゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ッ!」
悲鳴――そうそれは正真正銘、苦痛の叫びだった。両脚から力が抜け、人間が尻餅をつくようにその場に倒れる竜。辛うじて尻尾だけを振り回し、周囲に取り付いているであろう望月と多賀を攻撃しようとしたが、望月は全身のばねで跳躍し軽々とその一撃を回避、逆に刀身を閃かせて尻尾を中ほどから切断する。
痛みと恐怖で跳ね上がる身体、ばさばさと振り回す翼、そこにかつての威厳に満ち溢れた姿はなかった。目に見えなくなった敵に怯え、動かない脚でどうにか逃げようとする様にはむしろ哀れみすら覚える。
もがき苦しむ竜の首に、ウリエルが無慈悲なボディプレスを仕掛けた。打撃力は一切ないが空間にガッチリと固定された全身の甲冑で、万力のように竜の首を拘束してしまう。
ウリエルの、蒼く輝く双眸が、こちらを見た。
無言で頷き、望月は真っ直ぐに鬼切丸を構えて、走る。
斬撃ではない。刺突の構え。
狙うは頭部。ブリューナクに焼かれ、白濁した瞳。
「――トドメだ」
言葉短く、呟いた望月は。
疾走の勢いもそのままに、竜の瞳に刃を突き立てた。
一切の抵抗なく刃が根元まで潜り込む。ズシュッ、と血液が噴き出した。
「――――――ッッ!!」
一拍遅れて、断末魔の叫びを上げた竜は――
ぶるりと大きく痙攣し、そのまま動かなくなった。
望月たちの、勝利であった。




