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修羅の国戦記  作者: 甘木智彬
【AggressiveWorld-黎明の器士-】
19/38

19.激闘


「がああああああぁぁぁぁァァッッッ!」


 どす黒い炎の中で、多賀が叫ぶ。


 しかし、それは悲鳴ではない。


 雄叫びだ。


 荒れ狂う灼熱の吐息(ブレス)の嵐が、一筋の光によって引き裂かれる。


 多賀の握り締める魔剣【スルト】が――炎と熱を司る刃が、光り輝いていた。


 粘りつくような竜のブレスの中で、スルトの陽炎が渦を巻く。赤熱する刀身――噴き上がる紅蓮の炎が、どす黒いブレスに拮抗している。


「あああアアアァアァァァァッッ!」

「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――ッッ!」


 雄叫びと咆哮が、猛炎と業火がせめぎ合う。周囲の草木が灰と化し、身を焦がすような熱風が吹き荒れた。地表を焼き尽くすが如き根競べ。


「オ゛オ゛オ゛ッ――グオッ、グルルル……」


 先に息が続かなくなったのは、竜の方であった。ボフンッと鼻先から煙を吐いて忌々しげに多賀を睨む。


 一方の多賀も、スルトの炎を沈静化させふらりとよろめいた。大きく肩で息をしながら、スルトを杖のようにして地面に片膝を突く。その額からは大粒の汗が滴り落ちている。


 それを好機と見たか、口の端を吊り上げた竜がぐるりと巨体を巡らせ、長い尾を鞭のようにしならせた。家屋を一撃で粉砕する威力を秘めた尻尾が、(ごう)と唸りを上げ多賀に迫る。多賀が反射的に跳び退って回避しようとするも、致命的に遅い。


「多賀ァ!」


 望月は必死に走るが、遠すぎる、間に合わない――


「――不覚を取った」


 が、あわや直撃というところで銀色の影が滑り込む。


 ウリエルだ。


 純白の翼は土で汚れ、所々に草木が引っかかっている。なりふり構わずに走ってきたという(てい)。その背に多賀を庇ったウリエルは、竜の尾にカウンターを叩き込むことで『戒めの鎖』を()()()()


 ドガンッ、と電柱に車が激突したような音。


 ウリエルが自身を空間に固定し、身体を張って尾を受け止めた。ミシミシと鱗が軋み、銀甲冑の装甲と擦れ合って青い火花を散らす。


 だが、ウリエルはその場からぴくりとも動かない。完全なる防御。


 先ほどウリエルを噛み砕こうとしたとき、竜は何が起こったのか、正確には把握していなかったのかも知れない。こうして目の前で渾身の一撃が受け止められたことに、愕然としているようにも見える。


「汝、小さき者とて侮ることなかれ」


 じゃら、と霧散していく鎖を振り払いウリエルは厳かに告げた。そして背後から体勢を立て直した多賀が、スルトを振り上げて飛び出す。


「ウリエル、助かったッ!」


 地を這うようにして駆け、衝撃覚めやらぬ竜に肉薄した多賀は、その頑強な脚に横殴りの一撃を叩き込んだ。


 しかし。


 赤熱する刃は、ガキィンッと鈍い音を立てて竜の鱗に弾き返された。表情を驚愕の色に染めた多賀は、痺れる手を振りながら思わず叫ぶ。


「ッ何だコイツ、クソ(かて)え!」

「任せろ!!」


 入れ替わるように、望月が前に出る。


 魔剣【スルト】に比べ、神刀【鬼切丸】は位階が高く切れ味も鋭い。どんなに鱗が硬かろうと切り裂けるはず――


 腰だめに鬼切丸を構え、脚の関節部の鱗に狙いを定める。


「シッ!」


 鋭い呼気とともに、銀色の斬撃が伸びた。ギィンッ! と甲高い音を立てて刃が鱗に食い込む。――そう、食い込んだだけだ。完全な切断にまでは至らない。僅かに肉を抉り取ったのみ。


「ク゛オ゛オ゛オ゛ッ!」


 脚部を襲った痛みに竜が跳び上がる。人間で言えば膝小僧に突然針を刺されたようなものか。傷としては軽微だが鋭利な痛み。俄かに恐慌状態に陥った竜は、その場で狂ったように暴れ始める。


「うおおッ!」


 跳ね上がる足、そしてその先の鈍く光る爪に顔面を抉り取られそうになり、望月は鬼切丸を抜いて慌てて跳び退った。圧倒的重量、そして体格。竜の一挙手一投足は全て致命の一撃足りうる。こちらにステップ回避の無敵時間など存在しないのだ、紙一重で吹き抜けていく暴力の嵐にどっと冷や汗が噴き出る。


 脚部の爪、空を切り裂く翼、大蛇のようにうねる尻尾。空気の穿たれる音と砕けて飛び散るアスファルト、服の上からビシビシと身体を打つ破片――望月は転がるようにして暴風の圏内から脱出した。


「クソッ、こいつ暴れ過ぎだろ!」


 同じく竜から距離を取った多賀が、吐き捨てるように毒づいた。傍らの電柱が尻尾の一振りで木っ端微塵に砕け散る。


「あんまり痛い目見たことないんじゃないか?」


 ぱらぱらと飛んでくる破片を避けながら、何せあれだけ硬い鱗に守られているのだから――と望月は肩をすくめる。


 だが、それにしても竜の暴れっぷりは常軌を逸しているように思われた。痛みに極端に弱いのか、あるいは別の要因があるのか。目を細めて考えを巡らした望月はふと気づく。


「……そうか、拒否反応」


 望月の神刀【鬼切丸】。知識を参照すると、拒否反応には『恐怖』とある。器士以外の何者かが触れれば恐怖に襲われるのであろう。おそらく、尋常ならざる恐怖に。今まではゴブリンを斬っても即死か瀕死だったのでその効果が発揮されることはなかったが、竜の惨状を見る限り、あながち的外れでもないはず。


 と、周囲をあらかた破壊尽くした竜が、(かぶり)を振って正気に戻る。周囲の家や道路が爆撃でも受けたように(えぐ)れているが、暴れていた時間はせいぜい十秒といったところだ。改めてその凄まじい破壊力が見て取れる。


「多賀! コイツ拒否反応の『恐怖』でビビってたみたいだ!」

「そうか! 正直戦いにくいな!」

「全くだ!」


 お返しとばかりに叩き込まれた尻尾を転がって避けながら、望月は叫ぶ。


 そう、実際のところ戦いにくい。あるいは相手が人型サイズの敵であれば、恐慌状態に陥られても問題はなかっただろう。しかし竜のような大型の敵に暴れられてしまっては手の打ちようがないのだ。滅茶苦茶に動かれるとその動きが予想できない。灼熱の吐息(ブレス)を除き、狙って攻撃された方が予測して回避できるだけ捌き易いとさえ言える。


(しかし拙い流れだ)


 望月たちはパンチ力不足、決定打に欠けて攻めあぐねている。対して竜は一度刺されたことで、極端に慎重になっているようだ。


 膠着状態。だが長くは続かない。少なくとも竜がスタミナ切れになって望月たちが粘り勝つビジョンは見えない。体格に差がありすぎる、ジリ貧に追い込まれつつあるのは望月たちの方と考えるべきか。


(もう一当てするか……それにしてもただやるだけじゃ歯が立たない)


 弱点はないか、間合いを計りながらじっくりと観察する。竜もまた、望月たちを警戒していた。睨み合いながら、じりじりと円を描くようにして動く。互いに互いの呼吸を計るような流れが、その場に奇妙な静寂を生んだ。


(わかりやすい弱点は、目か口だな)


 望月は結論付ける。鱗で覆われていない目と口が最大の弱点だろう。しかしまず口部はブレスの噴射口であり武器そのものでもあるため、近づきすぎるわけにはいかない。そして体格ゆえに位置が高く、刃を届かせるのも難しい。竜もみすみす攻撃はさせないはずだ。目にも同様のことが言える。


(となればあとは尻の穴くらいか?)


 鱗に覆われておらず、かつ守りも薄い部位となると、思いつくのは肛門くらいのものだった。強いて問題点を挙げるとすれば、腹の下に潜り込むのは多大な危険が伴うということと、竜は多賀よりむしろ望月に優先順位を置いているらしく、せわしなく体の向きを変えて背中を決して見せようとしないことだ。加えて、仮にブッ刺すのに成功しても致命傷足りえない。ある意味、致命的なダメージは与えられるだろうが。


 そんなことを望月が考えていると、竜の口元に炎が宿った。


「ヤバい!」

「望月、下がれッ!」


 咄嗟に後退する望月、逆に燃え盛るスルトを手に前へ出る多賀。


「来いッ!」


 スルトを掲げて立ちはだかる多賀、しかし先ほどまでとは違い、竜は突進しながら地獄の業火を噴きかけてきた。


「うおおおマジかよッ!」

「流石にこれは無理ッ!」


 さながら、炎上する特大のダンプカーがノーブレーキで突っ込んでくるかのようだった。二人で一目散に走って逃げる。純粋な質量の突進は防ぎようがない。多賀が走りながらスルトを燃やし、追い立てる炎を相殺しているが随分と苦しそうだ。


「援護する」


 と、竜の死角から、ウリエルがするりと足元に滑り込む。ヘッドスライディングのように空中に身を投げ出したウリエルは、竜の脚めがけて拳を繰り出し鎖で自身を固定。次の一歩を踏み出そうとした竜の脚が見事にその胴体に引っかかる。


 目を見開いた竜が悲鳴のような困惑の声を上げてつんのめり、顔面から地面に突っ込んだ。ズシンッと大地が揺れ、度重なる破壊でボロボロになっていた民家が倒壊する。ウリエルはそのまま竜の下敷きになった。


「ナイス!」


 多賀が快哉を叫ぶ。ウリエルを押し潰したまま、首を巡らせた竜が再びブレスを放つ。改めてスルトを燃え上がらせ、陽炎と熱波を撒き散らす多賀の背後、望月は爆炎に紛れて駆け出した。


 どうにかして、竜に打撃を与えられないか。再び多賀と根競べを始めた竜を観察しながら、向かって左側に回り込む。


 多賀に集中している今、斜め後ろから接近すれば気づかれずに眼球を攻撃できるのではないか、いやそれは厳しいか、などと考えているうちに、ふと竜の胴体を走る焼け焦げた傷跡に目を留める。


 それは、佐京がブリューナクのレーザーで鱗を焼いた跡だった。


 佐京は「ブリューナクが効かない」と評していたが、やはり無傷では済んでいなかったらしい。よくよく見れば熱線を受けた部分は醜く焼け爛れ鱗が溶解しかけている。


 ぴんと、頭に閃くものがあった。直感と言ってもいい。


 鬼切丸を構えた望月は矢のように疾走する。右膝が地味に痛むため全力ではなかったが、十分な勢いをつけ、焼け焦げた鱗めがけて刃を振り下ろした。


 ビシィッ、と石の割れるような音。


 硬い手応えとともに鱗が砕け、その下の肉が切り裂かれる。ブリューナクが焼き焦がした黒い曲線に沿って、血飛沫が散った。


「オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!?」


 右の胴体に突如として走った刀傷、身をよじって悶え苦しむ竜。ブレスを吐くのも止めて跳び上がり、再び鬼切丸の拒否反応で恐慌状態に陥る。


「弱点見つけたぞ! ブリューナクで焼かれた部分は鱗が脆くなってる!」

「マジか!」


 望月の発見に、多賀が喜色を浮かべた。


「スルトでもいけるか!?」

「……正直わからん! でも普通の鱗よりかなり脆い!」

「試してみる価値はありそうだな――望月ッ! 後ろ!」


 多賀が叫ぶのと、望月の背筋にびりりと悪寒が走るのが同時。


 背後を確認すらせずに望月は身を投げ出した。


 ボヒュッと空気が渦を巻き、竜の尾の先端が望月を掠めていく。当てずっぽうの一撃だ、多賀の注意がなければ危なかった。しかしただ回避するだけでなく、望月は咄嗟に鬼切丸の剣筋を尾の軌道に合わせて振るう。


 望月の腕力に竜の力が加わり、無傷だった尻尾の先端が鱗ごと斬り飛ばされる。滑らかに削ぎ落とすような斬撃だった。この感覚か、と新たな境地を見出しながら、望月は鬼切丸の刀身を撫でる。


「ク゛ア゛オ゛オ゛オ゛!?」


 更なる痛みに竜は狂ったように暴れ回っていた。ウリエルは竜の足元で踏んだり蹴ったりのやられ放題でアスファルトにめり込んでいるが、おそらくいざというときに脚を引っ掛けやすいように、敢えてあの場所から動いていないのだろう。


「クソッ、弱点がわかってもこれじゃ近づけない!」


 駆け寄ってきた多賀が、燃えるスルトを手に口惜しげに言う。覇気に溢れた口調とは裏腹に、その顔は汗まみれでお世辞にも余裕があるようには見えなかった。


「……大丈夫か?」

「正直、けっこうキツい。炎を操るのは体力使うんだ」


 ややげっそりとした顔で多賀。


「ただキツいのは(あっち)も同じだと思う、さっきのブレスも最初ほど勢いがなかったからな」

「そうか……ここらが踏ん張りどころか」

「お互いにな」


 言い合ううちに、竜も狂乱から覚めつつある。この膠着した状況を打開するには――自分たち以外の要素をぶち込むしかない。



「佐京――ッ!」



 望月は振り返り、背後に向かって叫んだ。



「援護頼むッ! コイツにレーザーぶち込んでくれ!」



 その声を遠くに聴いた佐京は――畑から車道に、酷く重く感じられる身体をよろよろと引き摺り上げるところだった。


「……了、解ッ!」


 ぜえぜえと肩で息をしながら、車道に這い上がる。


「大丈夫か!?」


 身体に力が入らず、もたついているところを剛田が引っ張り上げてくれた。


「ありがとうございます、何とか」


 礼を言いつつも、やはりキツい。なったことはないが、貧血とはこういう症状なのではないか。ごっそりと体中から何か大切なものが引き抜かれてしまったような感覚。


「……またデカい一発をぶち込む! 二人とも離れて!」


 佐京が声を張り上げると、多賀がまず離脱し、望月が竜の尾を突いて再び強制的な恐慌状態に陥らせる。暴れ回る竜に向けて、佐京はブリューナクを構えた。


 今一度、先ほどのような強力な一撃を撃ち込めば、自分も尋常ではなく消耗する羽目になる。そんな確信があったが――この際、四の五の言う暇はなかった。


「行くぞ――!」


 望月が距離を取り、竜の足元からウリエルが脱出したのを確認してから、佐京は全身に力を漲らせる。


 意志の力とはすなわち感情の力だ。思い出す。先ほどの一撃を。死への恐怖、化け物への畏怖、泥臭い生への執念、そういったものが全て()い交ぜになった心境を。


「うおおおお……ッッ!」


 胸の内から絞り出すような、腹の底から滲み出るような。


 どろどろとしたものを醸造していく、昂ぶらせていく。


 竜が憎い。死が憎い。自分をこんな状況に追い詰めた理不尽全てが憎い――!


 佐京はカッと目を見開いた。



() () () ()――ッッ!」



 絶叫、ブリューナクを起動する――



 カチッ、とスイッチの音が響いた。



「…………」


 何も起きない。


「……あれ?」


 カチ、カチッとスイッチを切り替えるが、やはり何も起きない。


 不気味な沈黙。何が起きた、とこちらを見やる全員の視線を感じながら、『その可能性』に思い当たった佐京は、さっと顔を青褪めさせる。



「ごめん!」



 佐京は叫んだ。



「電池切れた!」





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