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修羅の国戦記  作者: 甘木智彬
【AggressiveWorld-黎明の器士-】
18/38

18.飛竜

 深紅の竜に睨まれる数秒――それは永遠のようであり、一瞬でもあった。


「……うっ、わああああぁあぁぁッッ!」


 静寂を打ち破ったのは佐京の悲鳴だ。


 トラックの荷台、動転して神器【ブリューナク】を構える。


「あっ馬鹿ッ!」


 望月は叫んで制止しようとするも、遅い。


 ジャッと空気の灼ける音、青白いレーザーが放たれた。


 動揺する佐京の手のブレを忠実にトレースし、灼熱の光線が滅茶苦茶に竜の胴体を撫ぜる。放電に似たバチバチという音とともに青い火花が鱗の表面で弾け、竜が苦しげに身をよじらせた。


 しかし、


「……効いてない!?」


 愕然とする佐京。分厚い鉄板すら容易く焼き切る自信のあった熱線に、竜は――悶え苦しんだが、それだけだ。鱗が多少焼け焦げて見えるが、傷らしい傷はない。


 むしろ、その赤い瞳が爛々と怒りに燃えている。


 興味が、敵意に変わった瞬間であった。


 ――ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッッ!!


 竜が(たけ)る。

 耳を(ろう)する咆哮。

 もはや衝撃波と化したそれに、家々の硝子が砕け散る。


 無論、その程度で竜の怒りが収まるはずもなく、ずらりと牙の生え揃った口腔に真っ赤な炎を揺らめかせ、頑強な後脚でアスファルトを踏み砕きながら、トラックめがけて走り出す。


 ズゥン、ズゥンと大地の鳴動が足元から伝わってくる――


「――飛竜(ワイバーン)だ!! 早く乗れ、逃げるぞ!」


 トラックの運転席から刀根が切羽詰った声で叫ぶ。ハッと我に返った望月と多賀は四の五の言わずに荷台に飛び乗った。


「我が時間を稼ぐ。後退せよ」


 逆に、ウリエルが突出し竜へ向かって駆け出す。「ウリエルッ!」と望月が叫ぶのにも構わず、腕組みを解いての全力疾走。


 翼を生やした甲冑が、銀色の光となって竜へ迫る。


 ――守らねば。


 ウリエルを衝き動かしたのは、そんな義務感と強い意志。


 更なる怒りの咆哮を浴びせかけられようとも、機械じみた冷徹な心は微塵も動揺せず、ただ双眸の蒼い光を強めた。


 激突の寸前、大地を蹴る。


 ビシィッと放射状にひび割れる路面、竜の鼻先へと跳躍するウリエル。


 無造作に拳を振り上げ、目にも留まらぬ打撃を見舞う――


 ――が、ウリエルの背後に青白い魔法陣が幾多も展開し、蛇のように絡みつく鎖がその動きを封じ込めた。『戒めの鎖』――法の番人(ウリエル)は執行力の顕現を除き、他者への干渉を許されない。拳は竜に触れる寸前でぴたりと動きを止め、ガチンッという施錠にも似た音とともに体が空中に縫い止められた。


 しかし、それこそがウリエルの狙い。


 自ら動かずとも、獲物を屠らんと竜の方が突っ込んでくる。大の大人を一飲みにしようかという顎門(あぎと)が横合いからウリエルに喰らいついた。


 金属がひしゃげるような音。凶悪な顎がまるで万力の如くウリエルを挟み込む。が、小さきもの(ウリエル)を噛み砕いてやろうという思惑は外れ、悲鳴を上げたのはむしろ竜の牙であった。不壊の装甲を前に無残にも砕け散る。噛み付いたはいいが鎖を引き千切ることさえ叶わず、勢い余った竜はもんどりうって転倒した。


 竜の巨体がアスファルトを砕き、土煙が舞い上がる。戒めの鎖より解放され地に降り立ったウリエルは、瓦礫と粉塵に紛れてトラックとは反対方向に進み、更なる陽動を行おうとした。


 ところが、それを竜の尾が阻む。


 辺り一面を薙ぎ払うような一撃。めくれ上がるアスファルト、道端の木が木っ端と化し、弾かれたウリエルがまるで人形のように吹き飛んでいく。


 民家の壁を突き破り、畑を数度バウンドして転がったウリエルはそのまま林に突っ込んで見えなくなった。ウリエルが身を挺して稼いだのは僅かに数秒――しかし極めて貴重な数秒だ。その間にトラックは離脱しつつある。


 もうもうと立ち込める土煙を突き破り、怒れる竜が姿を現す。邪魔者に手間取っているうちに不届き者(トラック)が逃げつつあることに気付き、苛立ちの唸り声を上げた。


 トラックを追って、疾走を開始する。とはいえ、エンジンを全開にするトラックに、走って追随するのは難しい。


 ならば、と翼を打ち広げる。


 蝙蝠のそれに似た、しかしそれ以上に凶悪な両翼。


 ――見せつけてやる。元より地を這う虫けらとは格が違うのだ。


 ばさり、ばさりと羽撃(はばた)きながら加速していく。荒れ狂う風に(いざな)われるようにして、竜は大空へと舞い上がった。


 嗚呼――蒼く広がる空に深紅の鱗がきらきらと。


 思わず見惚れる。まるで絵画のような光景に。


 しかし、ぎょろりと、燃える瞳が下界を睥睨(へいげい)した。


 圧倒的強者の風格をまとった竜は、(にわ)かに現実味を取り戻す。


 急降下。一直線に。まるで獲物に狙いを定めた鷹のように。


 速い。


 巨体に見合わぬ速度。感覚が狂いそうになる。


 バックミラーに映る竜の姿に刀根がアクセルを踏み込むが、見る見るうちに彼我の距離が縮まっていく――


「――佐京ッッ!」


 望月は叫んだ。


「ブリューナクでやれ! もう一度だッ!!」


 その声に、呆然としていた佐京が頬を引っ(ぱた)かれたようにハッとした。


「うっ――うおおおおおぉぉッッッ!」


 恐怖とも殺意とも知れぬ情動の光を瞳に揺らし、腹の底から声を絞り出した佐京はブリューナクを起動。


 レンズより、すぅっと細い光が伸びる――


 竜を捉えた。


 不自然な静寂。大いなる鳴動の予感。


 ぱぁんっ、と大気が弾けた。


「――ああああああああァァァァッッッ!」


 佐京の絶叫。光の奔流が世界を白く染め上げる。


 急激な加熱に大気が軋み、裏返るような轟音が鳴り響く。


 佐京が全精力を注ぎ込んだ熱線が、空中の竜に突き刺さった。まるで花火のように盛大な火花が散り、光線が竜の胴体を滅茶苦茶に掻き毟る。さらに大きくブレた光の刃は右翼の皮膜を焼き切り、そこに致命的な大穴を穿った。


 悲鳴のような声、ぐらりと竜がバランスを崩す。


 墜落。空の王者が地に引き摺り落とされる。


 果たして急降下の勢いもそのままに、赤い巨体が地面に激突した。凄まじい質量の衝突、トラックが大きく揺れる。


 刀根が減速し、思わず窓から顔を出して後方を窺った。しかし、おそらくそれは悪手だった。


 何故なら、刀根が目にしたのは折れ曲がった翼を引き摺るようにして起き上がる、瞳に赤い光を滾らせた竜だったから――。


 吠える。


 あまりの轟音に土煙が吹き飛び、トラックの窓ガラスがひび割れた。


 それは、『怒り』を通り越した何かだった。天駆(あまか)ける者としての矜持が、酷く傷つけられたのだ。竜は狂ったように吠え猛る。その慟哭は憤怒の色に燃え上がり、どす黒い業火として喉奥から噴き出した。


 灼熱の吐息(ブレス)


『火炎放射』、いやそんな表現では生温い、まるで噴火のような、渦を巻く猛炎がそびえ立つ壁となって迫る。


 速度を落としたトラックでは、もはや逃れようのない勢いで――


「――まずいッ!!」


 望月たち荷台に乗っていた人間にできたのは、走るトラックからただ飛び降りることだけだった。望月は虚脱した佐京を抱えて、多賀と剛田はそれぞれ、畑へと身を投げ出す。


 身体強化のない佐京を案じ、その痩せっぽちの身体を抱えて背から畑に落ちる。息の詰まる衝撃、そして望月が見たのは、後部から荷台にかけて真っ赤な炎に包まれて走るトラックの姿だった。


 バンッ、バンッと何かが弾けるような音とともに、トラックがふらふらと制御を失う。後輪のタイヤが燃えてパンクしたのだ。そのまま路肩に乗り上げて、走行不能に陥るトラック。


 荷台のマットやタイヤが燃えている他は、致命的な損傷はないらしい。少なくとも車内の乗員――刀根・小牧・マユの三人組は無事に見える。


 ホッと一息つきたいところだったが、そんな余裕はない。地に落ちたとはいえ、竜そのものはまだ健在なのだ。


 そして視線を戻したとき、望月の表情は凍りついた。


 さらに大きく距離を詰めてきた竜が、大きく息を吸い込んでいる。その胸が大量の空気を取り込んで膨れ上がっていく――


「やばい、もう一度火炎放射(アレ)が来るぞ!」


 咄嗟に叫んで注意を喚起するも、トラックの中には、怯える女子二人が後部座席でひしと抱き合っているのが見えた。とてもではないが、すぐに降りられるような状態ではない。竜のブレスが飛んでくるまで、あと数秒の猶予もないはず――


「クソがッ!」


 生気の抜けたような佐京をその場に捨て置き、望月は覚悟を決めた。


 この場でトラックが丸焼きにされるのを回避するとすれば、突撃するしかない。気を引きつけるか、あるいは無視できないレベルの打撃を与えるか。前者は兎も角、後者は望み薄だ。竜までの距離は四十メートルはある、いくら身体能力が上がったとはいえこの間合いを一気に詰めるのは厳しい。鬼切丸を投げつけるか? あるいは大声を上げて囮となるか? いずれにせよ時間はない、こうなれば後先考えずに投擲で――と望月が立ち上がった瞬間。


「おおオオオォォッ!」


 道を隔てた反対側の畑で、自らを鼓舞するような叫び声。


 燃え盛る魔剣【スルト】を掲げた多賀が、道の真ん中に飛び出した。


 そして走る。


 竜めがけて、真っ直ぐに。迷いなく。


 その姿は、深紅の怪物に比してあまりにもちっぽけに見えた。ましてや相対するは怒れる竜。口腔に次なるブレスの火種が燃えている。


 それでも魔剣を振り上げて、多賀は竜の眼前に立ち塞がった。


「かかってこいやああぁぁッッ!」


 半ばヤケクソじみた叫びが冬空に響き渡る。


 その言葉が通じたかどうかは、わからない。


 しかし竜は応えた。これ以上ないほどわかりやすい形で。


 咆哮とともに顎門(あぎと)が開かれる。



 この世の終わりのような音を立てて、どす黒い業火が――



「多賀ァ――――ッッ!」



 望月の叫びも虚しく、多賀が灼熱の吐息(ブレス)に呑み込まれた。





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