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修羅の国戦記  作者: 甘木智彬
【AggressiveWorld-黎明の器士-】
16/38

16.制圧

 ゴブリンの死体の散らばる農道を突っ切り、望月らは野外での掃討戦から、家屋に逃げ込んだ個体の制圧戦に移行した。


 望月と多賀の前衛二人に加え、知覚に優れたウリエルが先行し、道すがらの家屋を一軒一軒虱潰しに調べていく。


 ここで、ウリエルの文字通り機械じみた知覚――主に聴覚と、望月の研ぎ澄まされた霊感が輝いた。ゴブリンが棚の裏や屋根裏、果ては存在さえわからないような地下倉庫に隠れていても、無慈悲に見つけ出す。


 そうして、隠れたゴブリンを血祭りに上げること三十分。じりじりと進むうち、渦を巻く『門』は見上げるほどにまで近づいていた。


「存在感やべえな……」

「ああ……」


 民家を制圧し外へと出た望月と多賀は、そびえ立つ門の威容に圧倒され、しばし言葉を失う。ウリエルは腕を組んだ直立不動の姿勢で、同様に門を眺めていた。


「……疲れたか?」


 ぼんやりと門を見やる二人を気遣って、槍を手にした剛田が声をかける。


「いや」

「全く」


 ところが、二人は気負う風もなく首を振った。実際、疲れはほとんど感じていなかった。鬼と切り結べば()()()()()()()()()望月はもちろんのこと、多賀も度重なる戦闘で血にあてられ若干ハイになっていたのだ。


「さて、ガンガン行こうぜ」

「ああ」


 その手の器械を振り上げて次なる物件へと突撃する望月たちに、腕組みの姿勢のまま直立不動でスゥ――ッと滑るようにウリエルが追随する。


 剛田は黙って見送ったが、その顔から心配げな色は消えなかった。


「……次。多分いるぞ、二匹か三匹」


 道の先の大きな民家を見やって、両眼を薄く金色に光らせた望月は注意を促す。


「その目、便利だなぁ」


 魔剣【スルト】をくるくると回しながら、多賀が感心したように頷いた。望月の瞳はゴブリンの存在に反応して金色に光るのだ。


「ん? 何が?」


 しかし、当の望月はきょとんとして首を傾げる。


「いや……その、望月の目だよ」

「便利ってどういうことだよ」

「いやだってゴブリンが近くにいたら光るじゃん」

「は?」


 左手でぺたぺたと目の周りを触る望月。


「光るのか?」

「光ってるよ! 今も!」

「マジで!?」


 仰天した望月は、慌てて近くの車のサイドミラーを覗き込んだ。


「うおおっマジだ!」

「気付いてなかったのかよ! いや、まあ、そうか。自分の目は見えないもんな」

「いや、でもこれはビビるわ。さっきからみんなの態度がなんか変だと思ってたんだが、これのせいか」

「あー、うん。それは、……そうだな」


 周りの者が引き気味だったのは、ゴブリン狩りに臨む望月が狂戦士(バーサーカー)状態でビビっていたからなのだが、敢えてそれには言及しない多賀であった。


「さぁて、お次はこの家か。デカいなぁ」


 さらりと話題を変え、前方の家に向き直る多賀。


 大きな二階建ての立派な家屋だ。そこそこ年季は入っていそうだが、しっかりとした造りで見たところかなり良い建材を使っている。


「…………」


 しかし多賀の言葉に、望月は何も答えなかった。その顔にほんの僅かな憂愁の影が差す。訝る多賀だったが、ふと門の表札に目を留めて全てを察した。


 そこには、『望月』とあった。


「……お前ん家か」

「おう」


 望月は作業着の胸ポケットからキーホルダーを取り出した。ちゃらっ、と金属の擦れ合う音。門から庭へ、庭から玄関へ。途中、リビングの窓ガラスが割り砕かれているのが見えたが、望月は玄関のドアから中に入った。


 嗅ぎ慣れた我が家の匂い。そしてそれに混じる、つんとした獣臭。近隣の家々が全て荒らされているのだから、ここだけ無事なわけがない。


 わかってはいたのだが――。


「……なあ、多賀。ひとつ頼みがある」

「なんだ?」

「お前がやってくれないか。鬼切丸(おれの)だと……血飛沫が酷いから」

「……わかった。任せろ」


 赤々と灼熱するスルトを手に、多賀がずいと一歩前に出る。スルトは常に刀身が燃えており、傷口を焼くため斬りつけても血が出ない。周囲が血糊で汚れずに済むのだ。


「でも、加減間違えて家が燃えたらごめんな」

「いや、そこは普通に気をつけてくれよ」


 軽口を叩きながら、靴を履いたまま室内に上がり込む。


 望月にとって、そこはあまりに見慣れた空間だった。そして土足で踏み込む感覚は新鮮でもあった。玄関周りに乱雑に置かれた弟の野球道具。いつも母に整理整頓しなさいと怒られていた。壁にかけられたよくわからない風景画。父が気紛れで買ってきたものだ。有名な画家のものだと父は言うが、偽物を掴まされたのではないかと密かに心配していることを望月は知っている。廊下の角、柱に刻まれた横向きの傷をなぞった。自分や姉、弟の身長の変遷。突き当たりに置かれた電話。


「三時の方向に二匹。息遣いを感知した」


 二人の背後、静かに待機していたウリエルが無感情に告げる。


「隠れているものと推測される」

「キッチンか。こっちだ」

「あいよ」


 廊下脇、リビングとキッチンに繋がる扉が僅かに開かれている。


 扉の前で頷き合う望月と多賀。望月がバンッと扉を蹴り開け、そこに多賀が滑り込む。果たして冷蔵庫の前に、うずくまるようにしてゴブリンたちは隠れていた。


「悪く思うなよ」


 ゴブリンがぎょっと目を見開くと同時、目にも留まらぬ速さで多賀の剣が唸る。灼熱した刃が一匹の首を刎ね、もう一匹の首を刺し貫いた。ジュゥッ……と肉が焼け焦げる音、そして匂い。出血もなく、死体がごとりとフローリングの床に倒れる。


 見慣れた我が家の床に、怪物の死体が転がっているという現実感のなさ。望月は乾いた笑みを浮かべた。


「……ありがとう」


 目を伏せる。その両眼に、金色の輝きはない。食い散らかされた冷蔵庫の中身や、ぐしゃぐしゃに荒らされたキッチンの棚に、ただただ空虚なものが、胸のうちに広がっていくのを感じた。


「なに。……死体も片付けておくか」

「ああ」


 この家の中には、もうゴブリンはいない。床に転がるゴブリンの腕を掴み、ずるずると外まで引っ張っていく。


「冷静に考えれば、今まで死体は処理せず放置したまんまだったな」


 家の近くの畑にゴブリンを放り投げながら、望月は呟いた。


「そうだな。……処理しないとまずいか?」

「疫病とかの原因になったら……イヤだよな」

「いやだなぁ。とりあえず、こいつらだけでも燃やそうか?」


 畑に転がる二匹の死体を見下ろして、多賀が手の中のスルトを示す。


「……いや、後でいい。佐京のブリューナクもあるしな。先に『門』だ」


 死体から視線を外し、見やる。


 高さは百メートルはあるだろうか。空を覆うようにそびえ立つ『門』を。


「望月! 多賀! 終わったか?」


 トラックに先立って、剛田が走ってくる。


「ああ。今ので最後だと思う」

「面倒な駆除も終わりっすね」


 二人とも剛田が年上であることはわかっているが、「さん」付けしつつも砕けた口調の望月と、一応は敬語で話す多賀とで態度が分かれている。剛田は望月の口の利き方について、特に気にする風もないが。


「そうか! 何事もなく終わって何よりだ」


 うんうん、と頷く剛田が、表情を引き締めて門を睨む。


「となると、最後は()()だな……」

「ああ。とっととブチ壊そう」


 望月の言葉に賛同するように、手の中の鬼切丸がぶるりと震えた。



 やがて後衛のトラック組も合流し、『門』の下に八名と一匹が集合する。



『門』――真っ赤な炎が渦を巻くような次元の裂け目。少なくとも『地球』ならばまずお目にかかることはないであろう不気味な現象だ。


「改めて見ると凄いですねーこれ!」


 八名の中で最もはしゃいでいるのは佐京だった。次いで、ラッキーがワンワンと吠えながら落ち着きなく辺りをうろついている。ラッキーは興味津々な様子で門に近づいていき、とうとうその鼻先が赤い光に触れようと――


「ラッキー、危ないから近寄っちゃダーメ!」


 そんなラッキーを抱きかかえて、マユが後ろに下がる。ずるずると引き摺られるラッキーはクゥーンと鳴いて上目遣いでマユに抗議したが、解放されることはなかった。


「ウリエルさん、確か器械で殴ればいいんでしたっけ?」

「然り」

「よし、じゃあいっちょやってみますか!」

「ゆーちゃん、気をつけてね!」

「OK、任せて! そいっ!」


 マユの声援を受け、懐中電灯(ブリューナク)の頭を門に叩きつける佐京。


 ゴンッ、と鈍い音を立てて、門の一部が崩壊し燐光となって消滅する。


 ブリューナクで殴打された箇所は、スプーンでくりぬかれたゼリーのように欠落していた。体積としてはバスケットボールほどだろうか。やがて、他の部分がじわじわと侵食してきて、門は傷ひとつなく元通りになった――ように見える。


「コンニャクみたいな感触だな。ウリエルさん、コレを繰り返せば?」

「然り。いずれ体積がゼロとなり、門は消滅する」

「よし、俺もやってみるか」


 右手に鬼切丸を、左手にその鞘を構え、望月も破壊を試みる。鞘も鬼切丸の一部――つまり位階Ⅵの器械なのでそれなりに効果があるはずだ。


「っせイ!」


 気合を入れて鬼切丸を一閃。刃が門の光に触れた瞬間、ギンッと佐京のそれより一段高い音が響き渡り、めくれ上がるようにして門の表面が砕けた。望月の身体を大きく超える体積が、ぼろぼろと崩れ去り散っていく。


「バットで石でも殴ってるみたいだな」


 手に返ってきた硬い感触を確かめるように、望月は不敵な笑みを浮かべて鬼切丸を握り直す。今までは何を斬っても、その凄まじい切れ味のせいで手応えらしい手応えがなかったので逆に新鮮な気分だ。調子に乗って右手の鬼切丸、左手の鞘で交互に殴り、門をガリガリと削っていく。


「これが、位階の差か」

「ブリューナクとは全然違いますねー」


 興味深げな刀根、尤もらしく頷くが、少し悔しげにも見える佐京。


「支援する」


 と、ここで門破壊の大本命、ウリエルが動いた。スゥッと滑るような動きで門に肉薄し、おもむろに腕組みを解いて両の拳を握り締める。


 瞬間。


 掘削機のような轟音が鳴り響き、ウリエルの正面で光が爆発した。


 銀色にブレるウリエルの両手がまるで機関銃(マシンガン)のように門を連打。一発の拳がぶち当たるたびに、門がごっそりと欠けて弾け飛んでいく。


「油圧ブレーカかよ……」

「まるで花火だなこりゃ……」


 望月も佐京も、思わず呆けたように手を止める。後ろで少し離れて見守る小牧が「きれい……」と呟くのが聞こえた。


「じゃあおれも手伝おうか」

「位階は低いが、俺もやってみよう」

「私もやろう。これでも一応位階Ⅶだしな」


 位階Ⅴの魔剣【スルト】、位階Ⅱの神器【一徹】、位階Ⅶの神器【エリヤ】をそれぞれ手に、多賀・剛田・刀根の三人も参加する。右手に一徹(ハチマキ)を巻きつけて門に正拳突きを叩き込む剛田はともかく、片眼鏡を握り込んでドアをノックするように殴る刀根は、第三者から見ると少々滑稽でもあった。


「よっ、ほっ」


 手首のスナップで剣を回すように閃かせ、多賀はテンポ良く門を斬りつける。刃が門に触れるたびガンッ、ギンッと鈍い音が響き、スーツケースほどの大きさの空間が削り取られていく。スルトのお陰で、多賀は比較的効率よく門を破壊できるようだった。


 が、


「手応えがない……まるで綿の塊だ……ッ!」 

「こっちは硬すぎて歯が立たないな……」


 剛田と刀根が、それぞれ違った理由で顔を歪める。剛田は力を込めて殴る割りに、一徹の位階が低いせいで門が手応えを返してこず、ほんの少ししか削れていなかった。逆に刀根はエリヤの位階が高すぎる上、身体能力の補正もないので硬くて手も足も出ない。


「せめて位階Ⅲ以上じゃないと、門の破壊は現実的じゃないということか」

「位階が高いのも考えものだぞ、鉄板にでも手を打ちつけたみたいだ……せめて、望月くんか多賀くん並に身体能力を高めないと、そもそも削れそうにない」


 渋い顔で唸る剛田、片眼鏡をかけ直して痛む右手をプラプラとさせる刀根。


「門の破壊ならウリエルが最強だな」


 ギンッ、ギンッと門を鬼切丸で斬りつけながら、望月は言った。


 しかしふと、額に浮き出た汗を袖で拭い、隣で作業を続けるウリエルと、いまだ高くそびえ立つ門とを見比べる。


「これ……ウリエルは、たしかに凄い速さで削ってるけどさ。全部壊すのに何時間かかるんだ……?」


 その言葉に、思わず全員が門を見上げた。ウリエルは凄まじい効率で門を削っており、既に乗用車数台分に匹敵する体積を吹き飛ばしている。


 が、それでも門は依然として巨大なままだ。


「我の観測するところによると、」


 目にも留まらぬ速さで手を動かしつつも、ウリエルが口を開く。


「作業を開始してからこれまでに、門の高さが約二十センチ縮小した」


 望月は今一度、門を振り仰いだ。


 少なく見積もっても、百メートルは高さがありそうな門を。


「現在と同じ効率を維持した場合」


 不意にウリエルが横を向き、望月を見据えた。


 どうする、とでも問いかけるように――


「――門の破壊まで最低でも四十時間かかるものと推測される」




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