15.前哨
話し合いの結果、望月たちが定めた方針は三つ。
ひとつ、無理をしない。
ふたつ、寄ってくるゴブリンを排除する。
みっつ、可能な限り門を削る。
最低限の目標は、ウリエルが門を殴った際、どれほどの効果があるかを確かめることだ。
基本戦術は近接戦闘器械を持つ望月・多賀を前衛に置き、刀根が運転する中型トラックをバックで進ませ、荷台に陣取った佐京がブリューナクで援護する。回収した槍や手斧を用いて剛田がトラックの防御及び佐京のサポートに回り、小牧とマユの二人は車の中で待機。攻撃はできないが攻撃されてもダメージがないウリエルは、陽動・囮役として遊撃に回りつつ、前衛のサポートを受けてひたすら門を殴る予定だ。
「まあ、『いのちだいじに』ってヤツだな」
抜き身の鬼切丸、刃の背で肩をぽんぽんと叩きながら、望月はひとり呟いた。
「また懐かしいものを」
その隣で、静かに刀身を燃やすスルトを手に、多賀が目を細める。
門へと続く、田畑を貫く一本道。ピピーッ、ピピーッと音を立てながらゆるゆると後進するトラックを背に、前衛の二人は油断なく周囲へ視線を向けていた。
と言っても、見晴らしが良いので、ゴブリンが出てくれば一目瞭然なのだが。
「多賀」
「ん?」
「改めてよろしくな」
「ああ。こっちこそ」
望月が差し出した拳に、こつんと拳をぶつけて多賀もにやりと笑う。
二人ともほぼ初対面、共通の知り合いは佐京だけだが、互いに悪い印象は抱かなかった。望月は不良じみた外見だが態度そのものは真面目だし、多賀は見かけからして実直だ。互いに根は体育会系なので、気が合うということもある。現在の状況を鑑みれば肩を並べて戦うには申し分ない相手だった。
ちなみに、多賀も望月建設から持ち出したヘルメットをかぶり、目元は安全ゴーグルでカバーしている。ブーツ型の安全靴は足の形に合わなかったのでスニーカーのままだが、その手には望月と同様にゴツい作業手袋をはめていた。
「多賀も、剣の使い方は頭に入ってるか?」
自分のヘルメットの側頭部を指でとんとんと叩きながら、望月は尋ねる。
「ああ。多分知識に含まれてる」
ひゅんひゅん、と無造作にスルトを振り回す多賀。その剣筋に確かなものを見て取った望月は、「なるほど」と安心したように頷く。
「なら大丈夫だ。ゴブリンぐらい余裕だろ」
「そんなに弱いのか?」
「器械があればな。でもそうじゃなければヤバい。それと連中、割と武器を投げてくるから注意な」
「わかった」
「その、スルト、だっけ? 一緒に戦うなら、何か気をつけることはあるか?」
「気をつけること? そうだな……」
望月に問われ、少し考える多賀。
「実は炎と熱を放射する、みたいな使い方もできる。だけどまだ慣れてなくてな、巻き込んでしまうかも知れんから、あまりおれには近づかないでくれ」
「おう、わかったよ」
「望月は? その刀、何かあるんだろ?」
今度は逆に多賀が尋ねる。
「いや、特にないよ。『霊感を研ぎ澄ます』って効果があるくらいで……勘が良くなるくらいか。後は……」
少し、口ごもる望月。
「『鬼』と戦うと、少しテンションが上がる」
「……何じゃそら」
「なんかこう、ハイになる的な? 勢いで斬っちゃうかもしれないから、戦闘中はあまり俺に近づかないでくれ」
「はっは、OK、OK」
自分と同じようなことを言われて、多賀は「参ったな」と苦笑した。
「……まあ。俺たちが防御の要だからな、仲良くやろうや」
望月の言葉に、多賀がしっかりと頷く。
「ああ。言われるまでもない」
「助かるよ。最低限、トラックはしっかり守らないとな……」
ちらりと振り返れば、荷台でブリューナクを構える佐京と目が合った。かつてないほど真剣な表情だ。流石にこの段になっておちゃらける余裕はないらしい――
「――ん」
と、望月は弾かれたように、前方へ向き直る。
その見開かれた両眼が、ぼう、と仄かに金色の光を帯びていた。
「注意せよ」
ほぼ同時、トラックの横に追随していたウリエルが、声を上げる。
「ゴブリンを確認した」
「どの辺です? ……ああ、いや。出てきましたね」
佐京が聞くまでもなく、住宅の中から陰からわらわらと緑色の小人が飛び出してきた。
「十匹……二十匹……うわぁどんだけいるんだアレ」
自分たちを包囲するように、前面に展開して迫るゴブリンの群れ。
「望月くーん! ブリューナクで削るかい?!」
「いや、俺たちで何とかする、お前は討ち漏らしをやれ! 剛田さん、そしてウリエルも、トラックを頼んだ!」
「了解ー!」
「任せろッ!」
「心得た」
臨戦態勢の佐京たちを尻目に、望月は多賀に向き直る。少年は静かに燃える剣を手に、最前線に身を置きながらむしろ悠然としていた。
「行けるか?」
「ああ」
「俺は右を迎え撃つ」
「なら、おれは左を」
言葉少なに頷き、二人で先行する。
(――右足が動く)
爛々と瞳を輝かせる望月は、痛みを感じない右膝に口の端を吊り上げた。
かたかたと、右手の鬼切丸が歓喜に打ち震えている。力を込めて踏み抜く大地。ゴブリンの群れに引き付けられるようにして加速していく。
「さぁて、お手並み拝見、と……」
一方、パキッ、ポキッと首の骨を鳴らしながら、多賀も駆ける。農道から乾いた畑へと降り立ち左側に突き進む。
走る。
前方、横一列に展開するゴブリンの群れ。緑色の体躯をボロ布で包み、錆びた槍や手斧で武装する異形の集団。
「気持ち悪ぃ……」
ぼそりと呟きながら、多賀は右手の魔剣に意識を集中させる。
赤く燃える刀身が輝きを増していく。
ばらばらと、何匹かのゴブリンが石や手斧、槍を投げつけてきた。僅かに身体を逸らせて直撃弾を回避、足を止めることなく肉薄する。
ぐんぐんと迫る、武器を振り上げるゴブリンの姿――
「ギィイィッ!」
「ギシャアッッ!」
「ギュシィィッ!」
接敵。
「ぜええぁァッ!」
横薙ぎの炎剣を叩き付けた。
刃がゴブリンに直撃、その上半身を呆気なく千切り飛ばす。続けて刀身から解放された火炎が大蛇のようにうねり、灼熱の舌が地表を舐め焼き焦がしていく。
血飛沫は噴き出した先から蒸発し、周囲の枯れ草が一瞬で灰と化した。ゴブリンたちの身体からボゴボゴと不気味な音が響いてくる。
血液が沸騰しているのだ。
至近距離にいた数匹は全身を爛れさせて即死。その外周を取り囲む、辛うじて死を免れた個体も重度の火傷に襲われてのた打ち回っている。
「なるほど」
くるりと手の中でスルトを回して、多賀は呟いた。陽炎が立ち致死の熱風が吹き荒れる中、ひとり涼しげな顔で佇む。
「……たしかに、口ほどにもない」
逆手に持ち直した刃で、サクサクと死に損ないのゴブリンに止めを刺していく。たったの一振り。それだけでゴブリンの集団にぽっかりと大きな穴が開いていた。炎熱に怯え、愕然としたように立ち竦む矮小な怪物たちの姿に、多賀は鼻白んだように首を傾げる。
思った以上にゴブリンが弱かった。もしくはスルトの火力が高すぎるのか。権能の解放に伴う疲労感が心地良くもあったが、次からはもう少し手を抜いてやろう、と決める。
さて望月は、と右へ視線を向けて、多賀は顔を引きつらせた。
「ははははははッッッ!!」
そこには高らかな哄笑とともに縦横無尽に駆け回り、刃を閃かせる望月の姿が。逃げ惑う小鬼たちが面白いように斬り捨てられ、首を刎ね飛ばされていく。周囲にはばらばらになった死体がざっと二十匹分は転がっていた。
「何が『少しテンションが上がる』だよ……狂戦士じゃねえか」
呆れたように呟く多賀。これは自分も負けていられないと、既に及び腰になっていたゴブリンたちに打ちかかっていく。
散らばる死体を見ても何も思わない自分に、違和感を覚えることもなく――
「うひゃぁ……おっかないなぁ」
距離を置いて後方より見守る佐京は、前線で体を張る二人に失礼だとは思いつつも、その戦いぶりにドン引きしていた。特に望月はその笑い声がこちらまで響いてきており、尋常ならざる気迫がびりびりと伝わってくる。
「佐京、来るぞ!」
半ば呆然としていた佐京に、槍を手にした剛田が声をかけた。見れば、多賀から逃れるようにして数匹のゴブリンがこちらに走ってきている。
「了解、やりますね」
逆手に持ったブリューナクを顔の横に構えた佐京は、照準用のレーザーを放つ。射程無制限で危害のない可視光線。自分の胴体に照射される青白い光線に、ゴブリンが不思議がって足を止める。
「最大出力」
ぼそり、と呟き。
ジャッ! と空気の灼ける音。
ゴブリンの胴体が焼き切られる。仲間の突然死に驚いた残り数匹が踵を返して逃げ始めるが、その背中を無慈悲なレーザーが追いかける。照準用と殺傷用に威力を小まめに切り替えつつ、佐京は数秒足らずで敵を殲滅した。
「……俺の出番がないな」
臨戦態勢で構えていた剛田が、思いのほか呆気なく片付いてしまい苦笑する。
「なに、その方がいいさ。私なんてハンドル握ってるだけだぞ」
運転席から顔を出す刀根が、笑いながら小さく肩をすくめた。とはいえ、その目は笑っておらず、あくまで冷静に状況を見守っている。
(……順調だな)
ふむ、と唸って刀根は顎を撫でた。多賀が数匹討ち漏らしたほかは、敵は順調に駆逐されている。特に望月の活躍は目覚しく、彼に近づいたゴブリンは逃げる間もなく斬り捨てられ、今や無残に骸を晒すのみ。ほとんど全滅する勢いだ。
問題があるとすれば、ひとつだけ。他の種族が出てくるかどうか。
(ゴブリンと生活圏がかぶるのは、上位種と豚鬼のみ……)
事前に目を通していた『情報』を、思い起こす。
(それでも、武器の状態が劣悪であることを鑑みるに、ホブゴブリンから供与を受けたのではなくオークから奪ったか、拾ったものと考えるのが妥当か)
助手席の足元に、念のため置いてある錆付いた手斧に視線を落とし、刀根は思考を巡らせる。
(オークならば、まだ何とかなるはずだが……万が一ホブゴブリンが出てくれば、現状の我々には分が悪すぎる。やはり一刻も早く門を潰さねば……)
「…………」
険しい顔でひとり考え込む刀根に、後部座席で身を寄せ合う小牧とマユは、不安の色を濃くしていた。
「刀根、大方終わったようだぞ」
と、外の剛田が声をかけてくる。
「そうか、前衛の二人は……大丈夫そうだな」
運転席から身を乗り出して確認し、心配するまでもなかったか、と刀根は笑う。
ほとんど返り血すら浴びずに、こちらに引き返してくる二人組。見たところ、両人とも全くの無傷だ。決して過小評価していたわけではないが、それでも胸を撫で下ろす。
「さて、先を急ごう」
緩やかにアクセルを踏み込み、トラックを進ませる。
(何事もなければいいが……)
刀根はハンドルを握る手に、じわりと汗が浮かぶのを感じた。
門は、すぐそばまで迫っている。




