表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
修羅の国戦記  作者: 甘木智彬
【AggressiveWorld-黎明の器士-】
13/38

13.引金

 机の上には拳銃が二挺。


 ひとつは最初に東塩田(ひがししおだ)町で回収した方で、弾丸が切れて一度捨てたのを拾い直したものだ。もうひとつは先ほど津久井町の交番で発見したもので、実包が五発装填されていた。


「これは、小牧ちゃんが持っといた方がいいと思う。俺は鬼切丸(これ)があるし」


 ぽん、と腰の鞘を叩いて望月は笑ってみせたが、小牧はあくまで不安げだ。


「……でも、わたし、うまく使えるか……」

「今から教えよう」


 食後の腹ごなしにちょうどいい――とまでは流石に思わないが、望月はおもむろに拳銃を手に取った。初心者のレクチャーなので、暴発の危険性がない弾切れしている方を小牧に差し出す。


「取り敢えず、手に取って慣れることから始めてみよう。……こっちは弾丸入ってない方だから安心して」

「は、はいっ」


 おっかなびっくりで拳銃を受け取る小牧。引き金(トリガー)撃鉄(ハンマー)弾倉(マガジン)安全装置(セイフティー)などの用語とともに、基本的な仕組みや使い方をレクチャーしていく。


「……意外と、軽いんですね」


 拳銃を構えながら、小牧は呟いた。


「そうかな? 鉄の塊だし、結構重いと思うけど」

「確かに、重くはあるんですけど。ドラマとかで『凄く重い……』みたいな台詞をよく聞くんで、もっとずっと重いものかと思ってました」

「ああ……逆に、ね」


 望月は納得したように頷いた。このタイプの拳銃は700g近い重量があり、ひとつの物体としてみれば大きさの割りに重たく感じられる。しかし殺傷能力のある武器と考えた場合、それは確かに軽すぎるかもしれない。


「じゃあ撃鉄を起こしてみようか」

「はい」


 弾丸は入っていない、とわかっていても、緊張した顔で小牧は撃鉄を起こした。かちり、と冷たい音が響く。


「軽く足を開いて。肩幅くらいで。実際に撃つと反動があるから、肘の関節は伸ばしきらない方がいい。狙いをつけるときは、銃口の照星(フロントサイト)照門(リアサイト)が組み合わさって見えるように……そう、こんな感じ」


 背後に回った望月が真剣な顔で、手取り足取り小牧の姿勢を修正していく。後ろから覆いかぶさるように密着してくる望月。その体温と息遣いを間近に感じ、小牧はどぎまぎして顔が赤くなった。


「引き金を引くときは、指の腹で引くように。指先や第一関節で引いちゃうと左右にブレるかもしれないから。……よし、じゃあ引き金を引いてみよう」

「…………」

「……小牧ちゃん?」

「あっ、ひゃい!」


 望月の息が耳にかかって、飛び上がりそうになった小牧の指が引き絞られる。


 カチッ、と音を立てて撃鉄が倒れた。


「うん。これで弾丸が装填されていたら、発砲となるわけだ」


 満足げに頷いて身体を離す望月。「あ……」と小牧は、逆に残念そうだ。しかし望月が真面目なのはわかっていたので、すぐに表情を改める。


「これで大体わかったかな?」

「はい、多分。感覚は掴めました」

「……撃つ必要がないのが一番なんだけど、仮に発砲することになった場合。それも牽制じゃなくて実際に『当てたい』ときは、かなり目標に近づかないと難しい」


 望月は厳しい表情で腕を組み、講釈を垂れる。


「たとえば、ゴブリンと戦うときね。相手が複数いるときは、逃げることを最優先に考えよう。もし相手が一匹だけだったら、怖いだろうけどギリギリまで引き付けて、胴体を狙って撃つといい。流石に弾丸をもろに食らったら動けなくなるから」

「……わかりました。頑張ります」


 神妙な顔で頷く小牧。今朝のゴブリンとの戦闘で、望月がゴブリンを引き付けてから発砲したのを見ていた。自分が落ち着いてアレをできるか、と問われると全く自信がなかったが、せめてそのことを頭の片隅に留めておきたい、とは思う。


「よし。というわけで、次は外で一発、小牧ちゃんも撃ってみようか」

「えっ!」


 が、事もなげに告げられた突然の実弾演習に驚きを隠せない。


「い、いいんですか? っていうか、弾丸もったいなくないですか?」

「たしかに、ちょっともったいないけど、慣れることはそれ以上に大事だと思う。俺なんかタイに行ったときしこたま撃ちまくったから、いざ戦いになっても咄嗟に身体が動いたけど……実際に『戦う』のも『撃つ』のも全部初めてだったら、命中させるどころか発砲できてたかもわからない。取り敢えず『体験』しておくのは大切だよ」

「そ、そうですか……」


 とくとくと説明する望月に、気圧されるような小牧。しかし言っていること自体は至極尤もだったので、そのまま外に出て発砲してみることになった。


 まずは、右腰のホルスターから弾丸が入っていない拳銃を取り出し、安全装置を解除、構えて撃鉄を引き起こし、引き金を引く、そして仕舞う、という一連の流れを練習をする。次に、振り出し(スイングアウト)た弾倉に実際に弾丸を込める練習。望月はその間に木の板にマジックで黒い丸を描いただけの雑な標的を準備する。


「よし、じゃあ準備はいいかな!?」

「はいっ!」


 大きな声で問いかける望月、弾丸が一発だけ入った拳銃を手に、緊張した面持ちで頷く小牧。二人とも、念のため『安全第一』のヘルメットをかぶり、(あくまで気休めではあるが)目を守る安全保護ゴーグルをかけ、耳には湿らせたティッシュで作った即席の耳栓を詰めている。望月が声を張り上げているのはそのせいだ。


 標的までの距離は三メートルほど。望月は少し離れて、背後から小牧を見守る。


「反動は、その拳銃だとそれほど強くないから! あまり身体をガチガチに緊張させない方がいいよ! むしろ音に気をつけて!」

「わかりました!」


 最後に弾倉と安全装置を確認してから、小牧は拳銃を一旦ホルスターに戻す。


 深呼吸を繰り返し、ホルスターから拳銃を抜き取る。安全装置を解除し、構え、撃鉄を引き起こしてから慎重に狙いを定める。


「……いきます!」


 発砲。


 タァンッ、という音とともに小牧の手が跳ね上がった。


 反動と音に驚いて思わず「きゃっ」と声を上げる小牧。


「よしよし。上出来だよ」


 望月はまず、小牧が何の問題もなく発砲できたことを喜んだ。一方、感慨深げな小牧は、ほんの少しだけ軽くなった拳銃の重みを確かめるように、何度も拳銃のグリップを握り直している。


「さて、ちゃんと当たったかな?」

「一応真ん中を狙ったんですけど……」


 二人で標的を確認。小牧は中心部を狙ったようだが、着弾点はかなり上にずれていた。むー、と不満げな顔をする小牧に、「最初はこんなもんさ」と望月は笑う。


「じゃあ、残りの弾丸も小牧ちゃんに預けよう」


 右腰のホルスターから拳銃を抜き、弾倉から四発の弾丸を抜き取って小牧に差し出す。少し不安げに、それでも(うやうや)しく受け取った小牧は、自分の拳銃に慎重に装填し始めた。これで望月の手持ちの銃は弾切れとなったわけだが、右腰に銃の収まったホルスターがあれば人間相手にはハッタリを利かせられるので、このままつけておくことにする。


 小牧が弾丸の装填を終え、安全装置をかけた拳銃をホルスターに無事仕舞うのを見届けてから、望月は口を開いた。


「……やっぱり、練習しておくと違うだろ? イメージできるようになる」

「そう、ですね」


 頷く小牧。今となっては納得だった。身をもって「発砲とはどういうものか」を経験できたので、次に撃つときは余計なことを考えずに済むだろう。


「……でも、やっぱり、ちょっと弾丸がもったいない気もします」

「気持ちはわかるよ。もっと弾丸に余裕があったらいいんだが、」


 そこまで言って望月は、ふと口をつぐんだ。


「……小牧ちゃんって、乙幡(おとば)西区の織尾(おりお)に家があるんだっけ」

「そうです」

「織尾ってたしか、大きな警察署あったよね」

「あります、駅の近くに。……ああ」


 小牧も望月の意図を察したようだ。


「警察署なら……もっと銃やら弾丸やらを集められかもしれない」

「でも、弾薬って、金庫みたいなので保管されてるんじゃ……?」

鬼切丸(これ)があれば切り裂ける」


 ぽん、と吊り下げた鞘を叩いて望月。石畳さえも豆腐のように切り裂く切れ味、そして物理的には絶対破壊されないという特性。これほど金庫破りに向いた道具もないだろう。


「なるほど……じゃあ」

「……あとで行ってみる? 小牧ちゃんの家を見に行きがてら」


 尋ねながらも、望月は既に頭の中で検討し始めていた。道中で他の人間に会えるかも知れないし、運が良ければ他の器士と巡り会えるかも知れない。また、自分と同じような考えを持つ者が警察署に集まる可能性もある。その場合は銃や弾薬を巡ってトラブルになる危険性もあるが――


「――ん?」


 ぴくり、と眉をひそめた望月は、思考を中断して振り返る。


 事務所の敷地の外。フェンスの向こう側。


「……望月さん?」

「シッ」


 手で小牧を制す。しんしんと冷える冬の空気、微かに聴こえてくる――


「……車の音だ。誰か来る」

「えっ?」


 小牧も慌てて耳をそばだてた。最初は何も聴こえなかったが、しばらくするとエンジン音が微かに響いてくる。


「……近づいてきてません?」


 空恐ろしげに、小牧。他の人がいた、と喜んでみれば、それが暴走族だったのは記憶に新しい。望月も厳しい顔で頷く。


「まっすぐこっちに来てるな……」


 それも、二台だ。エンジンの音がそれぞれ違う。彼らが意図的に接近しつつあるのを、望月は明確に()()()()()


「……小牧ちゃんは、一応事務所の中に戻っておいて」

「望月さんは?」

「俺は、ここで待つよ」

「……一緒に隠れた方がよくないですか?」


 言いつけ通り素直に事務所へ避難しつつも、小牧は心配げに振り返る。だが望月は首を横に振った。


「いや。多分隠れても無駄だ。連中、わかっててこっちに来てる……気がする」


 事務所の敷地と公道を隔てるゲートを睨む。道の果てに二台の車が姿を現した。緑色のセダンと、銀色の軽自動車。


 小牧は心配そうなままだったが、大人しく事務所の中に引っ込んだ。鬼切丸の柄に手を置いた望月は、そのまま敷地の中心にて仁王立ちで待ち構える。


 果たして、二台の車は、何の遠慮もなく敷地内まで乗り込んできた。


 緑色のセダン。ブロロロン、とエンジンを切って、運転席から一人の青年が降りてくる。前時代的な片眼鏡をかけた、細身の男――さらに助手席からは、実直そうな顔つきの少年が降り立つ。その腰に吊り下げられた豪奢な金と黒の装飾の長剣に、警戒心を高めた望月の表情が険しくなる。


「――やあ。キミは、器士かな?」


 にこやかな笑みを浮かべながら、片眼鏡の青年が数十歩の距離を置いて問いかけてくる。ここにきて、望月の警戒心は最大に高まった。明確な意志をもってここに来たことは察していたが、この男も器士なのか。どう答えたものか迷う。


 だが。


 そのとき。


 さらに後部座席のドアが開いて、そこからウネウネと妙な動きをしながら、一人の少年が姿を現した。


 中肉中背、坊ちゃん刈りに近い髪型で野暮ったい黒縁の眼鏡をかけ、紺色のダッフルコートを着た少年――


「ヘイヘイヘ~イ!」


 少年は、リンボーダンスのような、それでいてある種の虫を連想させるカサカサとした動きで、一気に前面へと躍り出る。


 呆気に取られる片眼鏡の青年と長剣の少年をよそに、その場でギュルンと回転。


 ビシィッ……と無駄に洗練されたポーズ。


「久しいな! 友よ!!」


 そう――それは佐京悠介(さきょうゆうすけ)、その人であった。


 散々見知った顔ではあるが、思わず「誰だよお前……」という言葉が口を衝いて出る。


「……知り合いかね?」


 困惑の表情のまま、片眼鏡の青年が佐京に尋ねる。洗練されたポーズを解除した佐京は、深々と頷いた。


「ええ! 親友です。義兄弟の契りを交わした仲でもあります」

「……親友でもないし義兄弟でもない」


 本当か、と問いかけるような視線を受けて、望月は容疑を否認した。


「まあ実際のところは、小中学校時代の友人です。最近は疎遠になってましたが、ちょくちょく連絡は取ってました」


 不意に真顔になって静かに解説する佐京。そのあまりのテンションの落差に、他二人は「お、おう……」という感じになっているが、望月からすれば見慣れたものだ。


「やーそれにしても、こんなところで会うなんて奇遇だね。なんか望月くん、凄い格好してるけど」

「……そうか?」


 自分の身体を見下ろして、望月。作業服にハーネスとフックで吊り下げた太刀、右腰にはホルスター、首元はマフラー代わりに巻いたタオル。両手は革製の頑丈な作業手袋をはめ、足は鉄板仕込みの安全靴で固めている。目はゴーグルで防護し、頭を守るのは『安全第一』と書かれた現場用のヘルメットだ。


「うん……ぱっと見、凄く『活動的』っていうか……ゲバルトとかしてそう」

「意味わかんねえよ」

「それはそうと昨日の夜、望月くんに電話かけたんだけど、気付いた?」

「ああ、留守電に入ってたよ。……で? 佐京。何でお前がここに?」


 腕を組み、うんざりしたように望月が問い返すと、佐京は、片眼鏡の青年を確認するように見やった。


「……彼が?」

「そうだ」

「そうですか。うん。望月くん、結論から言うと僕も器士なんだ」


 佐京の右手に懐中電灯。そのレンズから、ジャッと音を立てて光の刃が伸びる。望月はその光景を、新鮮な驚きとともに受け止めた。


「……マジかよ。ってことは、アンタらも」

「ああ、そうだ。私は刀根怜一郎(とねれいいちろう)という。器械はこの片眼鏡、神器【エリヤ】。位階Ⅶで『器士の居場所を示す』という権能を持つ」

「おれは、多賀英雄(たがひでお)だ。器械はこの魔剣【スルト】。位階Ⅴ、『炎と熱を司る剣』――だそうだ」


 口々に自己紹介をする、刀根と多賀。


「……俺は、望月望(もちづきのぞむ)。器械はこの刀、神刀【鬼切丸】。位階はⅥ。すげえ、三人も、三人とも! 器士なのか!」

「いや。あと二人いる」


 俄かに興奮する望月に、追い討ちをかけるように刀根。背後の軽自動車にちょいちょいと合図を送ると、運転席と後部座席からそれぞれゴツい男と白銀の甲冑が降りてくる。


 続々と姿を現す器士たちに望月が呆然としていると、まるで自分のことのように誇らしげにドヤ顔をする佐京が目に入った。


 佐京は。


 変な奴だが、望月はその『人を見る目』に一定の信頼を置いている。彼は自身が不快に思う人間とは絶対に行動を共にしない。


 裏を返せば、この場にいるのは、それなりに信用できる面子(メンツ)ということ。



 ――いける。これならいける。



 望月は高揚で、全身が鳥肌立つのを感じた。



「頼みがある」



 気付けば、口が動いていた。



「『門』を、ブチ壊したい。力を貸してくれ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ