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修羅の国戦記  作者: 甘木智彬
【AggressiveWorld-黎明の器士-】
12/38

12.風呂

お風呂回です。

 それは、即席の五右衛門風呂だ。


 レンガとコンクリートブロックを組み合わせた土台に、ドラム缶を載せただけのシンプルな構造。周囲にはカーテンを天幕のように張り巡らせて、プライベートな空間を演出している。燃料はバーベキュー用の煙が少ない木炭を用い、お湯は望月建設お墨付きの簡易井戸から汲み上げてきた、『どうにか飲用に耐える』レベルの綺麗な水だ。


 火の番を担当する望月は、カーテンの内側が見えないぎりぎり外で、火力が強くなりすぎないように絶えず調節している。


「湯加減はどうかな?」

「あ、はい。ちょうどいいです、ありがとうございます」


 カーテンの内側、風呂に浸かる小牧(こまき)がリラックスした柔らかな声で返す。時折頭まで浸かっているのだろう、ちゃぷちゃぷ、ぶくぶくと水音が聞こえる。



 あの後――ゴブリンとの交戦を終えて。



 望月たちは、『光の柱』――『門』から見て町の反対側に位置する、望月実家の建設会社の事務所へと避難していた。


 事務所は小さな丘の上に建っており、フェンスの内側には様々な重機や建築資材が所狭しと並べられている。望月が避難先としてこの場所を選んだのには、いくつか理由があった。まず物資が豊富であること。次にいざというときのために隠されていた扉の鍵の在り処を知っていたこと。そして、勝手知ったる第二の我が家のような場所なので、そこに行けばひとまず『安心できる』ということ。


 移動に使ったのは、ゴブリンとの戦闘でボロボロになってしまったトラックだ。脱輪して走行不能になっていたが、神刀【鬼切丸】により身体を強化された望月は自力で車両を道に押し戻すことができた。


 そうして津久井町を突っ切り――ついでに見かけた交番で新たに拳銃を手に入れ――事務所までやってきた。そして小牧が、ガラスの破片を浴びたせいか「身体がイガイガする」と言ったので、どうにか風呂を工面したというわけだ。


「…………」


 ぱちぱちと木炭の燃える音。火を見る望月と、湯に浸かる小牧。二人の間には、脱力感にまみれた沈黙が横たわっていた。


 ちらりと、望月は、傍らに視線を向ける。


 天幕の支柱に立てかけた、一振りの太刀――鬼切丸。


 実はトラックを運転する最中に、望月は自身の『知識』について説明した。転移のこと、器械のこと、門のこと、異界の住人たる怪物たちのこと。


 小牧は――当初、半信半疑だったが、最終的には大方信じてくれた。


 あくまで、表面的に、ではあるが。


(しかし、これからどうしたもんかな……)


 ふぅ、と小牧に気取られないよう、望月は溜息をつく。


 知識によれば、あの『光の柱』は異界に繋がる門で、化け物(ゴブリン)の群れはそこから湧き出てきた。位階Ⅵという比較的高位の器械・神刀【鬼切丸】を持つ望月は、本来ならば全力であの門の破壊を試みるべきだったのだが。


 実際のところ、憔悴し切った小牧をあの場に放り出すわけにもいかず、撤退する以外の選択肢はなかった。鬼切丸のある今、小鬼(ゴブリン)の十匹や二十匹程度に遅れを取るとも思わないが、仮に相手が百匹ともなるとどう転ぶかはわからない。また、ゴブリン以外のモンスターが出てきた場合、確実に対処できる保証もない。何より『小牧を守りながら』という条件を踏まえると、どう考えても一人で門の破壊に挑むのは無謀だった。


 そう、『ひとり』で挑むのは――。


(せめて仲間がいれば、な)


 何度考えても、同じ結論に至る。この際、器士でなくてもいい。一、二匹程度のゴブリンと戦えて、車で逃げる足を確保できて、信頼の置ける仲間が欲しい。


(……贅沢な話だ)


 そこまで考えて、思わず苦笑してしまう。まず自分の知り合いの中に、命の危険がある状況で信頼が置けて、車が運転でき、戦える者が何人いるだろうか。


 望月は神刀【鬼切丸】のない状態でも何匹かのゴブリンと戦い、これを仕留めたが、それはたまたま手に入った拳銃のお陰だ。銃の火力を抜きに、近接武器だけで戦えていたかと問われると怪しい。


(……俺、運が良かったんだなぁ)


 ゴブリンの群れとの戦いを振り返り、しみじみとそう思う。


 もし拳銃がなかったら。


 もし鬼切丸を見つけていなかったら。


 望月は今、ここにいない。


 特に鬼切丸の存在は圧倒的な幸運だった。ゴブリンの群れから逃げる際、神社に立て篭って戦おうとはしていたが、手槍一本を頼りにあのまま抗戦していればどうなっていたかは想像に(かた)くない。あえなくゴブリンの胃袋に収まっていたはずだ。


 器械を見つけるという幸運がなければ、死んでいた。その事実に改めてぞくりと背筋が震える。


 しかし。


『もしも』を想像して空恐ろしくはなっても。


『戦い』そのものへの恐れは、驚くほど感じない。


 自分でも違和感があるほどに、落ち着いている。神社でゴブリンの群れを斬り、鬼切丸を鞘に収めて以来、ずっとこの調子だった。


 心が凪いでいる。あの素晴らしい高揚感の反動のように。


「……器械、か」


 シンプルな拵えの太刀に視線を落とし、望月はぽつりと呟く。


 器械。物理的に破壊することは叶わず、使い手に異能をもたらし、『門』の破壊を可能とする人知を超えた“何か”。


 何故こんなものが存在するのか、とか。

 誰がこんなものを創り出したのか、とか。

 疑念は尽きないが、考えを巡らせるだけ虚しくなる。何の手がかりもなしに推論だけを重ねても、絶対に答えには辿り着けないのが目に見えているからだ。


 ただひとつだけ確かなことはある。


 この刀は――いや、この刀のもたらした『知識』は、明らかに望月を変容させた。その肉体と精神を、完膚なきまでに。 


 冷静に考えてみるとおかしいのだ。神社でゴブリンと戦ったとき、自在に刀を振り回せる自分に何の疑問も抱かなかった。せいぜいが、鬼切丸の権能で身体が強化され、重さを感じなくなったお陰で無理なく扱えているのだろう、と。


 その程度にしか考えていなかった。


 が、こうして静かな環境で、自身の内面を見つめていると気付く。この刀の扱い方が四肢の末端までしっかりと根付いていることに。


 人型生物の何処に弱点があるのか、どの関節が脆いのか、主要な動脈は何処に位置するのか。そんな細かい知識。

 そして刀を振るった際に、刃がどのような軌跡を描くのか、はっきりとイメージできる。長年それを使い込んできたかのように。


 もはや自分に馴染みすぎていて、鬼切丸から与えられたものなのか、元から知っていたものなのか、その判断すら曖昧になりつつある。と同時に、望月は不安にもなるのだ。


 本当にこれで全部か? と。


 もっと根本的な部分にも、何かが刷り込まれてしまったのではないか。望月は、飛び散ったゴブリンの臓物を眺めても何も感じなかった。茫然自失から我に返った小牧などは、血を見ただけで吐いてしまったというのに。


「……望月さん。……望月さん?」

「んっ? ああ」


 気がつけば、天幕から小牧が顔を出していた。いつの間にか風呂から上がっていたらしい。火照って微かに赤らんだ頬に、しっとりと水気を含んだ髪がはりついている。


「……大丈夫ですか?」

「……ごめん、ちょっとボーっとしてた」


 誤魔化すように笑みを浮かべる望月を見て、小牧は、やっぱり疲れてるのかな、と顔を曇らせた。


「あっ小牧ちゃん、髪が……ドライヤー忘れてた」


 そんな小牧をよそに、水気の抜けていない茶髪に気付いた望月は「しまった」という顔で額を押さえる。即席の五右衛門風呂に目隠しのカーテン、タオルと着替えまでは用意していたのだが、ドライヤーにまでは気が回っていなかった。


「どうしよっか。発電機はあるけどドライヤーそのものがなぁ……ちょっと待ってて、ひとっ走りそこらへんの家を漁れば……」

「あっ、大丈夫です! 大丈夫ですよ!」


 鬼切丸を引っ掴んで今にも走っていきそうな望月を、小牧が慌てて止める。


「事務所に入ればあったかいですし……」


 小牧が風呂上がりに風邪を引かぬよう、望月が石油ストーブで事務所を暖めてくれているので、髪は自然乾燥に任せれば事足りる。小牧としては、これ以上くだらないことで望月に負担をかけたくなかった。


「……そっか? じゃあ早く事務所に戻った方がいいよ、風邪引いたら大変だし」

「あ、はいっ」


 すっかりボロボロになってしまった自前の服を抱えて、小牧は風呂場の天幕から出る。今、小牧が着ているのは、サイズの合っていない作業着だ。事務所に置いてあった新品のうち一番小さなものを失敬したのだが、それでも小柄な小牧には大きすぎて袖がぶかぶかになっている。


 小牧が天幕から顔だけ出していたのは、これが原因だ。だぼだぼの作業着を着ていると、自分の貧相な体格が浮き彫りにされてしまうようで恥ずかしい。小牧の姉は、年相応というべきか、かなり豊満なボディの持ち主であった。姉に比べると平らな体つきが、小牧の密かなコンプレックスだった。


 対して、そんな小牧を見る望月の目は優しげだ。ぶかぶかの服を着る女の子は、なかなかどうして可愛らしい。特に小牧自身がまだ幼く、着ている服も作業着というミスマッチ感も相まって、微笑ましい雰囲気を漂わせていた。強いてタイトルをつけるなら、『職業体験で何故か建設会社に振り当てられてしまった女子中学生』といったところだろうか。


「ストーブでお湯沸かしてるから、喉渇いたらお茶でも飲んでて。……じゃあ俺も一風呂浴びようかな」


 革ジャンを脱ぎながら、望月。ゴブリンとの戦闘で浴びた返り血が、いい加減鬱陶しかった。早く湯で洗い流してしまいたい。


「あっ、わたしが、火を見たほうがいいですか?」

「いやいや、大丈夫。もうほとんど燃料も燃え尽きたし」


 だから事務所で休んでていいよ、と言いながら本格的に服を脱ぎ始める。黒革のジャケットと厚手のシャツは、お気に入りだったがもう使い物にならないだろう。返り血がべっとりと完全に染み付いてしまっている。


 後で燃やしてしまおう、とその場で上半身の服をすべて脱ぎ去ったが、それを見た小牧は顔を赤らめて、小走りで事務所へと引っ込んでしまった。流石に男の上半身程度で照れることはないだろう、と思う望月だったが、そのとき、負傷していた左肩が問題なく動くことに気付く。


「おおっ?」


 血の滲む包帯――返り血ではなく自前のもの――をぺたぺたと触り、首を傾げる望月。昨日の列車事故で手酷くやられた傷だ、本来ならばこんなに早く治癒するはずがない。


「もう治ったのか……?」


『・身体を強化する』という鬼切丸の恩恵だろうか。肩を回してみても関節の痛みは全くない。こそぎ落とされてしまった皮膚はまだ治っていないようだが、それにしても鬼切丸を入手してからまだ数時間と経っていないことを考えると、驚異的な自然治癒力の向上だ。嬉しいような戸惑うような複雑な表情を浮かべた望月は、右膝に視線を落とす。


「お前も早く治ってくれるといいんだがなぁ」


 ぺし、と膝小僧を叩いて溜息ひとつ、支柱に立てかけてあった鬼切丸を引っ掴み風呂場に入る。五右衛門風呂の傍に鬼切丸を置いて手早く服を脱いだ。左肩の包帯が濡れないよう気をつけながら桶で湯をかぶり、身を切るような冬の寒さから逃れるように、ブロックで組んだ足場から湯に浸かった。


「ふぅ……」


 じんわりと湯の温かさが身に沁みる。錘をつけた板を沈めてあるので、底に足をつけても熱くはない。包帯のせいで肩まで浸かれないのが残念だった。

 左腕だけ上げた妙な姿勢のまま、湯に頭を突っ込んでかけ湯では落とせなかった汚れを洗い落とす。手拭いでごしごしと身体を擦ると、透明だった湯があっという間に汚れていく――ここらで湯を入れ替えてもう人心地つきたいところだったが、五右衛門風呂ではそうもいかない。


 諦めて、どす黒い湯に半身を浸した望月は、空を見上げる。


 晴れ渡った冬の空。一点の曇りもない、澄んだ天球。


 こうして血と汗に塗れていると、空から見下ろされている、という感じがした。


「…………」


 ぱしゃ、と右手で濁った湯をかき混ぜる。お湯の感覚はいまだ心地良いが、その色合いを見ると顔を洗おうという気が失せた。あまり寛げる風呂ではない。

 返り血を落とす、という目的は達成できたので、望月は湯が冷める前にさっさと上がってしまうことにした。


 ざばりと湯から抜け出し、望月の引き締まった裸身が冬の外気に曝される。


「……タオルが汚れるな」


 全身から滴り落ちる黒い湯に顔をしかめる。最後に綺麗なかけ湯でも別に用意していれば、まだマシだったのだが。ドライヤーといい気が回らないことが多いな、と思う。世の中、やってみなければわからないことは多分にあるものだ。


 小牧と同様に、望月も新しく作業着に着替える。ついでにハーネスと革のベルトを駆使し、左太股辺りに鬼切丸を佩いた。リングとフックで鞘紐を吊り下げる形にしたので、いざというときは素早く鞘を取り外し、武器として活用できる。


「……よし」


 黒ずんだタオルでゴシゴシと頭を拭きながら、事務所に戻る。後になればなるほど片付けが面倒になるので、勢いで残り湯の処理や風呂の掃除もしてしまおうかと思ったのだが、髪が濡れたまま外で作業をして風邪を引いても馬鹿らしい。一旦ストーブにあたることにしたのだ。


 望月が事務所に入ると、小牧はストーブの前にいた。パイプ椅子の上で体操座りをしたまま、揺れるストーブの火を見つめている。


 一瞬、声をかけるのを躊躇った。死んだ魚のような眼をした小牧。その身体は、まるで寒さに凍えているかのように、微かに震えている。


「……小牧ちゃん、寒いの?」


 声をかけると、小牧はそこで初めて望月の存在に気付いたようでビクッと身体を跳ねさせた。


「あっ、望月、さん?」

「……大丈夫?」

「……えっと。ちょっと、ボーっとしてました」


 そう答えてから、小牧が「あはは」と困ったように笑う。自分が先ほど物思いに沈んでいた望月と、全く同じことを言っていると気付いたからだ。


「……本当に大丈夫?」


 別のパイプ椅子を引っ張ってきて小牧の対面に座りながら、望月は心配の色を隠さない。


「……色々と、考えてました」


 視線を逸らして、ストーブに向き直った小牧がぽつりと答える。


「……そっか」


 その一言で、察するには十分だった。


 ゴブリンに追われて、死に物狂いで逃げて、追い詰められて殺されかけて――。あれだけ怖い思いをしたのだ、トラウマになっても無理はない。自分があの場所に連れてさえいかなければ、こんなことにはならなかったのに。そう考えると胸の奥がじくりと痛む。


 門を目指して突き進んだからこそ、神刀【鬼切丸】を手に入れ状況を把握することができた、と考えることもできるが、あくまで結果論に過ぎない。何をどうすれば良かったというのか。今となってはわからなかった。


 いずれにせよ、一度『こういう状態』になってしまったら、他人にとやかく言われたところですぐに気分は切り替えられない。ストーブの熱にあたりながら髪をタオルで念入りに拭いた望月は、小牧が手鍋に沸かしたお湯をそのまま放置していることに気付き、事務所の奥の戸棚から茶葉の入った箱を取ってきた。


「……小牧ちゃん、緑茶と紅茶どっちがいい? インスタントならコーヒーもあるけど」


 虚ろな表情の小牧は、問われてぼんやりと望月の顔を眺める。


「……。紅茶がいいです」


 心ここにあらず、といった様子だ。望月は無言で頷いて、お湯を注いだカップにティーバッグを浸す。ついでに棚から取ってきたチョコレート味のマフィンを小牧に手渡した。


「これ。お茶請けにどうぞ」


 甘いものは心を落ち着ける。せめて気を紛らわすことができればいいのだが。

 もそもそとマフィンを頬張る小牧を尻目に、自分のカップにもティーバッグを放り込み、手鍋にペットボトルの水を追加する。時計を見ればいつの間にか正午になろうとしていた。朝食以来何も口にしていないので流石にお腹が空いてきている。幸いなことにコンビニから拝借してきた食料に加え、事務所の戸棚にはカップ麺やお菓子の類も備え置いてある。食べるものには比較的余裕があった。


 小牧を見れば、早くもマフィンを食べ終わり、カップを両手で握り込んで静かに紅茶をすすっている。雰囲気が仄暗いのは相変わらずだが、死んだ魚のようだった瞳に少しばかり輝きが戻っていた。やはり栄養補給は大切だ。


 うむ、と頷いた望月は再び事務所の奥に行き、今度はカップ麺やお菓子の入った箱を引っ張ってくる。


「小牧ちゃん、何か食べる? カップ麺とかお菓子とか、色々あるよ」


 スタンダードなカップラーメンを始め、焼きそば、うどん、春雨ヌードルに至るまで、無駄にバラエティに富んだ品揃えだ。お菓子も先ほどのマフィンに加えて、チョコレートや激甘エナジーバーのようなカロリーの塊も取り揃えてある。


「えっと……」


 食料の山を前に、釘付けになりながらも思考停止する小牧。しかし彼女が答えるより先に、そのお腹が「グウゥゥ……」と盛大に音を立てた。


「……。っ!」


 最初は何の音なのか自分でもわかっていなかったようだが、理解するや否やお腹を押さえて真っ赤になり、小牧は口をぱくぱくとさせながら泣きそうな顔で望月を見やる。「聞こえましたか!?」とでも言わんばかりの様子。残念ながら丸聞こえであった。しかし朝はあまり沢山食べていなかった上、先ほどゴブリンに追われて走りに走ったのだから腹が減って当然だろう。男としては腹が鳴るくらい恥ずかしくも何ともないと思うのだが、女子が恥ずかしがっているのを見ると、こっちまで恥ずかしい気持ちになってくるから困る。


「えぇっと……俺は、焼きそばにしようかな」


 何事もなかったかのように、箱からカップ焼きそばを取り出す望月。小牧はしばらく沈黙していたが、やがて「わたしはうどんにします……」と蚊の鳴くような声で言った。


 お湯を沸かし直し、二人してモリモリと食料を腹に詰め込む。一度食べ始めると、自分が思ったより腹を空かせていたことに気付いた。小牧も開き直ったのか、終始無言でうどんをすすり焼き菓子類を頬張っている。先ほどの気まずい空気は、食べているうちにすっかり霧散してしまった。


「ふぅ……」

「おなかいっぱい……」


 食事の時間は、長いようで短かった。ぽっこりと膨れたお腹を抱えて一息つく二人。食べ散らかしたカップ麺やインスタント食品、お菓子の包装紙などを見ながら、望月は(野菜か果物が食いてえ)としみじみ思った。


「……なんか飲む? 食後のコーヒーでも飲もうかと思うんだけど」

「あ、じゃあわたしも、コーヒーを……」

「ミルクいる?」

「お願いします」


 インスタントコーヒーで一服。腹いっぱいに食べ物を詰め込んだお陰か、小牧も元気が出てきたらしい。


「……これから、どうします?」


 自分から話を振ってきた。


「そうだなぁ」


 仲間を集めたい、他の器士とコンタクトを取りたい、そして門を破壊したい――やりたいこと、やらなければならないことは多々ある。だがそれよりもまず先に、と望月は近くの机に置きっ放しにしていた『それ』に目を留めた。


「取り敢えずは、これかな」

「……それって」

「うん。さっき交番で回収したヤツ」


 それは、黒々とした鋼の塊。


 津久井(つくい)町の交番で回収した、実包が装填済みの拳銃だった。




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