11.天使
『彼は器械なんだ』――その言葉の意味を考える。
「……自立型の器械、ってことですか?」
「然り。我は限りなく、それに近い器械である」
佐京の呟きは刀根に向けられたものだったが、代わりにウリエルが答えた。人間味に欠ける、合成音声のような抑揚のない声。
「ということは、この……ウリエル、さん? の器士が別にいらっしゃるってことなんですかね」
「否。我は、神器【熾天使】の器士でもある」
「……うーん?」
いまいち要領が掴めず、助けを求めるように刀根を見やる。
困り顔の刀根、魔剣【スルト】の柄を撫でて素知らぬふりの多賀、腕組みをして瞑目する剛田、ラッキーと戯れるマユ。
「私も完全に理解したわけではないんだが……」
髪を撫で付けながら、刀根が口を開く。
「どうやら彼は、器械と器士が融合した存在らしい」
「融合、ですか」
器械と器士が――人間が、一体化したというのか。佐京がウリエルを見やると、銀色の甲冑は重々しく頷いた。
「然り。我、即ち、神器【熾天使】の器士たる人間は、器械本体に触れるとともに吸収され、自我と記憶を一時的に喪失した。これは人間としての思想の偏りを均し、冷静かつ公正な機械的思考を獲得するために必要な措置である」
息継ぎもなく、とくとくと語られる言葉。吸収され、というのは聞き捨てならない台詞だ。咄嗟には全てを理解できなかったが、兎に角ヤバいことが為された、ということだけはわかった。
「……恐ろしい話ですね。触れただけで自我を奪われかねないなら、今後は器械に対する認識を改めるべきかも知れません」
「否。我は特例であり、他にこのような器械は存在しない」
ウリエルは断言する。佐京はぴくり、と眉を跳ねさせた。
――まるで、他の器械を全て把握しているような言い方。
「ウリエルさん。貴方、『主催者側』の存在ですか?」
「汝の意図を理解しかねる」
「今の貴方を支配する『自我』についてですよ。この巫山戯た状況を設定し、創り出した高位の存在。貴方は、そのお仲間ですか? ということです」
「汝の意図を理解しかねる」
直立不動、腕を組んだまま微動だにしないウリエルに、佐京は苛立ったようにガリガリと頭をかいた。
「……先ほど貴方は、『人間としての自我と記憶を一時的に喪失した』と言った。しかし自我も記憶もなければ物言わぬ人形にしかなれない。こうして会話が成立、あるいは対話が可能ということは、貴方には別の自我と記憶があるはずだ。今現在の器械としての貴方、ウリエルという存在を支配しているのは何者なんですか」
淀みなく紡がれた佐京の問いに、兜の奥、蒼い双眸が微かに明滅する。
「……我は、神器【熾天使】の器士の人格を基に、再構築された自我である。その記憶と思考の大部分は、器械より付与された『知識』に依存する」
「……つまり、何か高位の存在が憑依あるいは支配しているというよりも、持ち主の人格をベースにしたAIに近いものだと?」
「その解釈で構わない」
「ふむ。AIって単語は理解できるんですね」
「我の知識は汝らのそれに準ずる。常識的な範囲において」
「なるほどね……祇園精舎の鐘の声?」
「諸行無常の響きあり」
「もーいーくつ寝ーるーとー?」
「お正月」
「……ふむ。そしてある程度、応用も利くと」
「我の基幹は一般的な人間である故」
腕組みをしたまま、こくりと頷くウリエル。
「……というか、そもそも貴方のベースになったのは誰なんです?」
ふと思いついたかのように、尋ねる。仮に知り合いが得体の知れない器械に自我を奪われているのなら、気味が悪いからだ。その場合は、救出するなり、解放するなり、何らかの策を講じなければならない。
「答えかねる。その記憶は封印されている」
「せめて性別くらいは?」
「肉体的に、男性であるものと推察される」
「なるほど。そういえば、『一時的に』自我を失った、って話でしたけど。いつかは戻るような言い方ですね」
「然り。全ての門が破壊され、地球への門が開かれたとき、我の基幹となった器士は解放される。我は位階Ⅶの器械であり滅多なことでは破壊されず、従って一体化した器士の命も保証される。ある意味では地球への帰還に最も近い人物と言える」
「ふーん、そういう考え方もあるか……」
納得したように頷きながら、顎を撫でた佐京はウリエルに鋭い視線を向ける。
「……この『転移』が誰の手によって、何故引き起こされたのか。貴方の知識に、その答えはありますか?」
核心を突く問い。
「否」
「……そうですか」
ウリエルの返答は簡潔明瞭だった。はぁ、と小さく溜息をついて佐京は観念したように肩をすくめる。
「佐京、……お前、すごいな」
と、そのとき多賀が感心したように呟いた。
「ん? 何が?」
「いや……なんつーか、適応力」
「我々が似たような情報を引き出すのに、キミの倍以上の時間がかかったよ」
これは敵わない、とばかりに苦笑する刀根。
ウリエルは訊けば答えてくれるが、質問者への思いやりに欠ける節がある。問答に、針の先ほどの齟齬が発生してしまうのだ。そして答えの内容がいちいち衝撃的なので、咀嚼して次の質問を考えるのに時間がかかる。佐京の口から間断なくぽんぽんと質問が飛び出る様は、傍から見ていていっそ痛快ですらあった。
「はぁ。……まあ、コミュ力、ってヤツですかね」
佐京は真面目腐って頷いた。問いかければ何かしらの返事が返ってくる分、一部の人間よりはむしろ話し易いとすら感じる。
「というか、剛田さんは、さっきまで彼と車内で二人きりだったんですよね? どんな話してたんです?」
今度は、腕を組んだまま黙りこくる剛田に話題を振る。純粋な好奇心による問いかけだ。あまり饒舌には見えない剛田が、この人間味のないウリエルという存在とどんなトークを繰り広げていたのか。
「何も話さなかった」
剛田は、渋い顔で答えた。
「あ、さいですか……」
それは気まずかったことだろう、と察した佐京は、二の句が継げない。
その場に、何ともいえない沈黙が落ちる。
「……それで、ウリエルの権能についてだが」
刀根が口を開く。
「ああ。そういえば、肝心なウリエルさんの能力を聞いてませんでしたね」
こいつはうっかり、と額を叩いて佐京。ウリエルの『中身』を詮索するのに必死で、機能に関してはすっぽりと意識から抜け落ちていた。
「なんか、法の守護者だか執行者だかって話でしたけど」
それも、位階Ⅶの器械だったはずだ。さぞかし凄まじい権能を持つに違いない、と佐京は期待の眼差しを向ける。
「然り。我は執行者にして裁定者。その権能は『罪の感知』と『法の執行』に焦点が当てられている」
腕組みの姿勢のまま、厳かにウリエルは告げる。
「主な能力は四つ。一つ、『法制領域の展開』。二つ、『法制領域内における罪の感知』。三つ、『法制領域内における制限なしの転移』。四つ、『罪人に対する執行力の顕現』」
「なるほど。……わからん!」
「この辺はややこしいので、私が説明しよう。ウリエルは間違いがあったら指摘を頼む」
「承知した」
ウリエルに代わって、刀根が説明役を買って出る。
「簡単に言うと、彼は一定範囲内で起きた犯罪を探知し、現地に瞬間移動して、それを裁いたり防止したりする力を持っているらしい」
その解釈であってるかな? と尋ねる刀根に、ウリエルは頷いた。
「ほーっ。その一定範囲内、というのが『法制領域』とやらですか」
「そうらしいね」
「外向きというより、内向きの能力ってことですかね?」
「ん、内向きとは?」
首を傾げる刀根は、どこか面白がるような気配を漂わせている。
「敵に対処する能力というより、秩序を乱す味方を処断する、あるいはその抑止力として機能する能力――歩く司法権と警察権みたいな」
「言い得て妙だな、歩く司法権と警察権。犯罪を取り締まり、未然に防止するワンマンポリス、といったところか」
「然り。但し、より正確を期するならば、我は地球で言うところの警察官・裁判官・検察官、時には弁護人をも兼任しうる存在である。また、犯罪の未然防止は、我が権能に含まれない。あくまで我自身の努力と判断に依るものである」
「補足すると、ウリエルは、範囲内ならば犯罪を――『法が犯された瞬間』を確定的に感知できるらしい。裏を返せば罪が確定しない限り感知はできない。ただし彼は知覚が非常に鋭敏で、範囲内の事象や人物のやり取りもある程度把握が可能なため、雲行きの怪しいやり取りを事前に察知できれば、現場に急行して諌めることができる、というわけだ」
「なるほど、なるほど」
刀根の解説に何度も頷く佐京。にやりと意地の悪い笑みを浮かべて、ウリエルを見やる。
「――つまり僕たちは、貴方に嫌われ役を押し付けることができるわけだ」
「然り」
含みのある佐京の言葉に、ウリエルは怒るでも不機嫌になるでもなく、淡々と頷いた。
「嫌われ役、か」
ぽつりと、何処か釈然としない顔で、剛田が呟く。見るからに熱血漢で正義感に溢れていそうな男だ。ウリエルに全てを押し付けることに、あるいは『嫌われ役を強いる』という表現そのものに、煮え切らないものを感じているのかも知れない。
しかし佐京は、それに気付かぬふりで言葉を続ける。
「取り敢えずいくつか、わからないことがあります。まず、『法制領域』とやらはどのように定められるのか、そしてそれはどの程度の広さなのか。次に、ウリエルさんの言う『法』の定義ですね。まさか日本国の法律がそのまま適用されるわけじゃないでしょう? 僕とか多賀くんとか、器械持ってる時点で既に銃刀法違反してますし」
「法制領域は、ウリエルが『旗』を用いて展開する一部領域のことだ。ウリエル」
「うむ」
刀根に視線を向けられ、頷いたウリエルが腕組みを解いた。
ばさりと。
その右手に青い光が翻る。
ウリエルの手から生まれ出でた光は真っ直ぐに伸び、そのまま旗の形を成した。柄の部分はウリエルの装甲に似た白銀、旗本体は半透明で、冷たさを感じさせる青い炎のように揺らめいている。旗の中心には白銀に輝く、瞳を模した紋章。
「これが、我が権能を示す『天眼旗』である。この旗を起点に、およそ半径一キロメートルが『法制領域』として定義される」
「……えっ、たった半径一キロですか?」
ふむふむ、と頷きながら聞いていた佐京が、拍子抜けしたような声を上げる。
「然り。但し、旗一本につき、の意である」
「他に何本も作れると?」
「然り。一日につき一本ずつ生成数が増加する。現時点では合計で一本のみ」
「ほう。となると一年で365本……ん? 一年もかけて1100平方キロ強しかカバーできないんですかね?」
「いや、実際はもう少し増える。旗が三本以上の場合に限るが、円形の法制領域がそれぞれ隣接する場合。隣接する法制領域に取り囲まれた部分も、法制領域になるんだ」
「ん? ん? ……ちょっと待ってください」
刀根の解説に混乱する佐京。そこで躓くのは織り込み済み、とでも言わんばかりに刀根は胸元からメモ帳を取り出し、すらすらと図示してみせた。
「陣取りゲームをイメージして欲しい。三つの丸がそれぞれ外周で隣接している場合、中心にぽっかりと空く領域があるんだ。図に表すとこうなる」
「旗が四本、つまり丸が四つの場合はこうだ」
さらに次のページに書き足す。
「ああ……なるほど。旗が増えれば増えるほど、この中心の領域がデカくなって、広めに法制領域を確保できるようになるわけですか」
「その通りだ。正多角形を描く要領で旗を設置していけば、最大限の効率で領域を拡大していける理屈になる」
「然り。しかし最初期において、我はこの配置を推奨しない」
ウリエルが口を挟む。
「何故ならば、一本でも旗が破壊されてしまった場合、『隣接する法制領域に取り囲まれた領域』という条件を満たせず、内側の余剰領域が全て消失してしまうからである。その『綻び』を補えるよう、保険の旗を用意できるようになってからの配置を推奨する」
「ああ。補足だが、ウリエルの『天眼旗』は位階Ⅰ相当の器械だそうだ。器械を使えば、比較的容易に破壊できるというわけさ。あまり声を大にして言うようなことでもないが」
皆には内緒だぞ、と唇に指を当てて刀根。刀根がどのような『外敵』を想定しているかは想像に任せるほかないが、いずれにせよ「旗は破壊不可能」、あるいは「位階Ⅶ相当」と思われた方が都合がいいのは確かだろう。
「わかりました、ここだけの話ってヤツですね。……そしてウリエルさんて、この領域内なら制限なしに転移できて、かつ事象や会話も把握可能なんでしたっけ?」
「然り」
「じゃあ何かヤバいことが起きそうなときとか、『助けてウリえもん!』って叫んだら、飛んできてくれると?」
「然り。但し、より正確を期するならば飛行ではなく転移である」
茶化すような佐京の問いにも、淡々と頷くウリエル。ネタがスルーされてしまったのは寂しい限りだが、佐京はもたらされた答えを素直に喜んだ。
「ほ~っ! パシるようで申し訳ないですけど、普通に連絡手段としてもイイですね。緊急時とかの」
「構わない。我には疲労が存在せぬ故」
「そのときは是非、ありがたく……例えばの話なんですけど、僕がこの旗を百キロぐらい遠くまで運んでいったら、ウリエルさんは遠方にも転移できるんですか?」
「否。我が転移を可能とするのは、一つの領域内においてのみである。接続しない他領域ヘの転移は不可能である」
「ああ。やっぱりそんなおいしい話はありませんでしたか」
「然り。但し知覚機能は有効である。極めて一方的ではあるが、我に『報告する』という形での通信は可能である」
「なるほど、なるほど。使い道は限定されそうですが、ないよりマシですね。……あれ、待てよ? そもそもウリエルさんが旗を持ち運んで短距離転移を繰り返せば、遠くまで凄い速さで移動できるのでは?」
「否。我の転移に含まれるのは、基本的に『我』のみで旗は含まれない」
「ああ~」
つまり、旗を持って転移しようとしても、旗だけがその場に取り残されてしまうというわけだ。
「なかなか上手くいかないものですね」
「いや、広範囲を監視可能、かつ瞬間移動できるだけでも大したものだよ。さっきの佐京くんの台詞じゃないが、非常時の連絡手段と考えれば相当に優秀だ。特に、携帯やメールが一切使えない現状では、その価値は計り知れない……パシるような言い方で重ね重ねすまないが」
もはや限定的なカメラやメモ帳としてしか使えないスマホをポケットから取り出して、肩をすくめる刀根。
「構わない。法の執行に次いで、汝らを帰還に導くことが我の至上命令である故」
「ありがたい話ですな……というわけで、法制領域に関してはよくわかりました。それで法の定義についてはどうなんです?」
「ウリエルの言う『法』は、彼との『契約者』が属するコミュニティが、こちらの世界で定める法律のことだ。――ちなみに現時点では、私が契約者の任を担う」
「うぅんこの、ひとつを説明して頂くとまた別の用語が出てくる感じプライスレスです」
眉間を押さえて唸る佐京、苦笑する刀根。
ちなみに、多賀は少し距離を置いて魔剣【スルト】の火力調節の練習中で、剛田は目を瞑ったまま腕組み、マユはラッキーと戯れて暇潰しをしていた。
「えーと、まず契約者というのは?」
「単純に、ウリエルと契約を結んだ人物のことだよ。ウリエルは契約者に法の守護を約束し、契約者はウリエルに『地球への帰還に向けて最大限の努力をすること』を宣誓する。それで契約は成立だ」
「……え、宣誓するだけでいいんですか?」
契約、というからには何らかの対価を差し出すものかと思ったが、宣誓するだけでは軽すぎるように思われた。口だけなら何とでも言えるからだ。
「我は器械として、拒否反応『誠実』を持つ。宣誓を欺瞞することはできない」
「……誠実?」
「ウリエルに触れると、あるいはウリエルに触られると嘘がつけなくなるんだよ。文字通り誠実になるってわけさ」
「なんと。嘘発見器まで搭載してるんですか」
ウリエルの高性能・多機能さに驚きを隠せない佐京。
振り返り、庭で暇そうにラッキーとじゃれ合うマユを発見した佐京は、早速その効果を確かめてみることにした。
「ねえねえマユちゃん、ちょっとこっち来て」
「ん? なになに~?」
佐京に呼ばれたマユは、暇を持て余していたこともありトコトコとやってくる。
「なぁに? ゆーちゃん」
「あのさ、昔の話なんだけど。中学生の頃、マユちゃんが僕の家に遊びに来たときのことね」
「うん」
「冷蔵庫にあった、僕と奈々の大好物のプリンが……何者かに食べられてなくなってしまった事件。……憶えてる? 奈々は僕を責め、僕はマユちゃんを疑い、マユちゃんは身の潔白を主張して逆切れ。最後に皆で大喧嘩して、僕が悪いということで決着がついたの」
「う、う~ん。そんなこともあった、かな?」
マユの目が気まずげに泳ぐ。事の発端は実にくだらないが、割とガチで喧嘩になってしまった事件だ。今となっては懐かしい思い出ではあるが。
佐京はおもむろにマユの右手を掴み、モコモコの手袋を外し、素肌をウリエルの装甲に押し当てた。
きょとんとするマユの顔を覗き込み、問う。
「マユちゃん……あのとき、プリン食べた?」
「食べた!」
即答するマユ。しかしすぐにハッとして、ウリエルから手を離しぷるぷると首を振る。
「ちっ違う! 嘘! 今の嘘だよ! わたし食べてないよ!」
慌てて釈明するマユ。佐京はその右手を引っ掴み、再びウリエルに押し当てた。
「マユちゃん、プリン食べた?」
「食べた!」
「やはり御主であったかッこの食いしん坊めがァァッ!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」
両手の握り拳でマユのこめかみをゴリゴリと抉る佐京。割と容赦のない仕置きにマユが悲鳴を上げる。
「痛い痛いッ! 痛いよゆーちゃん!」
「この恨みはらさでおくべきかーッ!」
「しっ、しつこい男は嫌われるよぅ!」
「そんなことを言うのはこの口かー!」
「あ゛あ゛あ゛ッいひゃいいひゃい!」
今度は佐京に両頬をぐいーんと引っ張られ、涙目になるマユ。
刀根はそんな二人を呆れ顔で見ていた。嘘発見器として利用されたウリエルは旗を消し、再び腕組みの姿勢に戻って静観している。
それからしばらくして、マユがごめんなさいをしたので、折檻は終了となった。
「うう……まさか今更バレるなんて……」
「天網恢恢疎にして漏らさず。悪事はいつしか発覚するものなのだよマユちゃん」
真っ赤になった頬っぺたを押さえてぐすりと鼻をすするマユ、真面目腐って講釈を垂れる佐京、そして佐京の足首にガジガジと齧りつくラッキー。マユをいじめたことに対する報復だろう。手加減はしているのか地味に痛い程度だったので、佐京は甘んじて受け入れることにした。
「……で、何の話でしたっけ?」
「契約者と、それに関連してウリエルの拒否反応についてだったかな」
「ああ、そうでしたね。そういえば旗も位階Ⅰの器械と同じ扱いってことでしたが、拒否反応とかあるんです?」
「我と同じく、『誠実』である」
「へえ、そりゃいいや。一日1本のペースで高性能の嘘発見器が量産できるようなものですね」
「確かに、そういう使い方もあるか」
佐京のコメントに、感心したように頷く刀根。
「それで、その『契約者』についてですが……今は、刀根さんって話でしたよね。そして『契約者』が属するコミュニティの法律が、ウリエルさんの守護する『法』の定義でしたか。契約者本人が立法者・主権者じゃなくてもいいんですか?」
「そう、なるのかな。契約者本人が独裁者としてコミュニティの中で認められているならば、本人の定める法を。契約者がとある独裁者のコミュニティに属するならば、独裁者の定める法を。逆に契約者が民主主義的なコミュニティに属するなら、皆の総意で定められた法がウリエルの庇護下に置かれるわけだ」
「……何だか、諸刃の剣な感じもしますね。悪法も守るんでしょう?」
佐京が皮肉な笑みを浮かべて問うと、ウリエルは重々しく頷いた。
「然り。心して我を『運用』せよ」
「……なんだろう、この開き直り感。安全装置になる気持ち皆無みたいな」
「それは我が権能に含まれない。そして我自身が為すべきことでもない」
腕組みをしたウリエルは、突き放すように言う。
「私としては、器士を中心にしたメンバーで合議制のコミュニティを組織したいと考えているがね……私は重々気をつけるつもりだが、何が起こるかはわからない。『安全装置』はいくつか設定しておくべきだろう」
「ですね。その気になれば幾らでも恣意的に利用できるでしょうし……」
真面目な顔で頷き合う刀根と佐京。
「ところで、法ってどのラインまでイケるんです? 仮に『法制領域内に踏み込んだゴブリンは全て死すべし慈悲はない』みたいな法が成立したら、ウリエルさんは情け容赦ない殺戮マシーンと化すんですか?」
「然り」
「ええっ!?」
冗談のつもりで尋ねたのだが、あっさりと頷かれて驚愕する佐京。
「ならウリエルさん一人で敵に対処できるじゃないですか、器士いらねえ!」
「いや。それなら良かったんだが、執行する回数に制限があるんだよこれが」
おそらく同じ発想に至っていたのだろう、刀根が渋い顔で駄目出しする。
「回数に制限……ですか」
「ああ。ウリエルが罪人に裁きを下せるのは、一日につき最少で一人。最大で人口の一万分の一人なんだよ」
「……ええっ!? 少なッ!」
その、想像以上の少なさに佐京は目を剥いた。
「人口って、所属するコミュニティのでしょ? 人口が二万人になってようやく、一日に二人裁けるようになるってことですか?」
「そのようだね。誰も裁かなければその人数を次の日に持ち越せるらしいけど」
「それにしても少なッ! なんでそんな少ないんですか!?」
「私に言われてもな……」
「我の権能にかけられた制限である。致し方なし」
「一応フォローすると、この場合のウリエルの『裁き』とは『執行力の顕現』を示すんだ。事件を防止したり、犯人を特定したり、実力行使せずに尋問したりするのは『執行回数』に含まれない」
「……その、執行力の顕現ってのは?」
うんざりしたように佐京。もはや敬語すら億劫になってきた様子の佐京に、刀根は苦笑するほかなかった。
「説明が後手後手ですまない。ウリエルは死刑を含む体罰を執行する際に、特殊な武器を召喚できるんだよ。『旗』みたいにね」
「罪人に苦痛を与える『炎の鞭』。罪人の動きを拘束する『炎の鎖』。そして罪人の首を刎ねる『炎の剣』。以上の『力』を顕現させる回数が制限されている。執行力の顕現を用いるほか、我は物理的に干渉する方法を持たない」
ウリエルの補足に佐京は口をつぐむ。鞭と鎖は兎も角、『罪人の首を刎ねる剣』とは、穏やかではない。しばらく会話するうちに忘れかけていたが――ウリエルは本質的に人ならざる存在だ。その無機質な冷たさの一端に触れた思いで、すぅっと氷の塊が背筋を這っていくような感覚があった。
「……そんな物騒なもの顕現させなくても、普通に鉄拳制裁とかじゃダメなんですか? 全身位階Ⅶの器械なんですし、ただ殴っても十分痛いでしょうに」
「先ほども言ったが、我は執行力の顕現のほか物理的に干渉する術を持たない――実演して見せよう」
そう言ったウリエルは、やおら腕組みを解く。
瞬間。
バゥッ、と空気が爆ぜる音。
目にも留まらぬ速さで、佐京の顔面に右ストレートを叩き込んだ。
「――っ!?」
声にならない悲鳴を上げた佐京は、腰が抜けたようにその場にへたり込む。が、その顔には傷一つついていない。
ぎりぎりで、拳は届かなかったのだ。
なぜなら――
「――鎖?」
呆然としたように、佐京は呟く。
ウリエルの周囲。空中に展開された、青白い光を放つ魔法陣のようなもの。
そこから燐光を発する鎖が幾条も伸びている。ウリエルの拳は、四肢は、鎖によって、がっちりと拘束されていた。
「――戒めの鎖である。我が他者に、能動的に危害を加えようとするとき、この鎖は顕現し我が行動を制限する」
ウリエルが構えを解いて腕組みの姿勢に戻ると同時、鎖は雲散霧消し、その周囲に展開されていた魔法陣も燐光となって散っていく。
「……な、るほど。じゃあ敵と戦うときは、戦力としてはカウントし辛いと」
「然り」
「だが、『領域内に踏み込んだ○○は死刑』という法は、強敵相手には有効だ。数が少なく、それでいて強力な敵――例えば、竜とか、な」
悪い笑みを浮かべて、刀根。
「……ドラゴンとか、出てくるんですかね?」
立ち上がりながら、佐京は訝しげだ。ゴブリンやオーク、トロールがいるなら、ファンタジーの常連モンスターたるドラゴンがいてもおかしくはないが。
「その辺は、追々説明しよう」
含みのある言葉だ。何かを知っている様子。どうせ後で説明するなら、今すぐにでも、と佐京が言いかけたところで、刀根は手を挙げて制した。
「少し待って欲しい。実はそろそろ移動したいんだ」
「あ、何かご予定が?」
「予定、というわけではないが、それほど離れていない場所に、もう一人器士の反応があってね。その人物にも勧誘をかけたい」
片眼鏡――神器【エリヤ】に触れながら、刀根が東を向いて言う。
「この距離だと……町内じゃないか? 強い反応だ。高位の器械かもしれない」
「ほーそれはそれは。逃がす手はありませんね」
相槌を打ちながら、佐京はちらりと刀根の片眼鏡を見やる。
(『強い反応』、か。器士の位置だけじゃなく、位階も把握してるのかな)
やはり皆、手札を全て見せているわけではないのだ、などと一人納得しつつ。
「それで、佐京くんたちはどうする? 一緒に来るかね?」
「……そう、ですね。僕としても興味ありますし。マユちゃんは?」
「わたしはゆーちゃんについてくよーラッキーもね!」
「よし、じゃあ決まりだ。刀根さん、僕らもご一緒させてください」
「歓迎するよ。では行こうか」
刀根が多賀と剛田に声をかけ、それぞれ車に戻っていく。
佐京とマユは、刀根たちのセダンの後部座席に。剛田が運転する軽自動車には、相変わらずウリエルが同乗する。
走り出す車の窓から、マユが心細そうに、小さくなっていく守谷家を眺めていた。
(もう一人の器士、か)
一体どんな人物なのだろう。
せめて敵対することにだけはならないよう祈りつつ。
佐京は【ブリューナク】を、そっと撫でた。
†††
一方その頃。
「えぇックシ!」
寒空のもと、望月は盛大にくしゃみをした。
「望月さん、大丈夫ですか?」
小牧が心配そうな声で尋ねてくる。即席の支柱、そしてそこに渡した白い天幕により、その姿は見えない。
「ああ、平気平気。ちょっと鼻がムズムズしただけ」
誰かが噂でもしてんのかな、などと呟きながら。
望月は細長い筒を口に当てて、ふぅーっと息を吹き出した。
筒の先、酸素の供給を受けた焚き火が、ぱちぱちと火花を散らす。
昼下がりの、屋外で。
――望月は風呂を沸かしていた。
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