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修羅の国戦記  作者: 甘木智彬
【AggressiveWorld-黎明の器士-】
10/38

10.邂逅


 守谷(もりや)家の庭を挟んで、佐京と片眼鏡(モノクル)の青年は対峙する。


「ええっと、……初めまして?」


 ハッと我に返った佐京は背中にマユを隠し、敢えてあからさまに不信感を滲ませながら、愛想笑いを浮かべて会釈した。「きみは、器士かな?」という問いかけには何も答えない形だ。


「ははっ、いや、こちらが怪しいのは承知の上だ。すまないね」


 苦笑いをしながら片眼鏡の青年。銀のセダンの運転席から降り、改めて佐京たちに向き直る。


 背の高い、細身の青年だ。佐京よりもずっと大人びた雰囲気を持つ。髪をオールバックに撫で付け、濃紺のロングコートを羽織り、右目には近代では珍しい銀色の片眼鏡をかけている。なかなか個性的なファッションだ――知識によれば、この世界にいるのは十九歳未満の青年までなので、青年は佐京の一学年上、あるいはぎりぎり年上といったところだろう。


「自己紹介をしよう。私は刀根怜一郎(とねれいいちろう)という。出身は響ヶ丘(ひびきがおか)高校で、今は大学一年生だ。京都の大学に通っていたんだが、身内に不幸があって帰郷したところ、今回の『転移』に巻き込まれた」


 流れるような口調で語る刀根。いくつか気になるポイントがあったが、佐京が口を挟む暇もなく朗々と言葉を続ける。


「そしてこれが私の器械――神器【エリヤ】だ」


 左手で銀色の片眼鏡に触れてみせる。


「位階Ⅶで、『器士の居場所を示す』力を持つ」


 シンプルな説明は、佐京に衝撃を与えた。位階Ⅶの器械。そしてその権能。


「私は協力者を募っている。現状を打開し、地球へ帰還する『基盤』を作りたい。だからこうして器士に接触して回っているわけだ。取り敢えず話だけでも聞いてくれると嬉しい。――何か質問はあるかな」


 ふっ、と柔らかな笑みを浮かべて首を傾げる刀根。


「先輩、そんな一気に言っても混乱するだけでしょうに……」


 と、セダンの助手席からもう一人、少年が降りてきた。

 その顔を見た佐京は、おや、と首を傾げる。そしてそれは相手も同様だった。


 面長で、実直そうな顔つきをした少年だ。身長は百七十センチ強だろうか、ややがっしりとした身体つき。ダウンジャケットにジーパンという動きやすそうな格好で、腰には金色の装飾が入った黒鞘の長剣を吊るしている。これもまた器械か。


「……やあ」

「あ、どうも」


 互いに会釈する。顔は何度か見かけたことがあるが名前は知らない、という程度の間柄だった。


「知り合いかね?」

「はい、多分同じ学校の」


 面長の少年が刀根に頷いた。佐京も同意見だ。おそらく全校集会か何かで顔を合わせたことがある。


「ああ。なんだ、きみも響ヶ丘(ひびきがおか)だったのか」


 顔を(ほころ)ばせる刀根に、ぽりぽりと頭をかいた佐京は今一度会釈した。


「どうも、佐京悠介(さきょうゆうすけ)といいます――刀根先輩、とお呼びするべきですかね。僕も響ヶ丘高校ですよ」


 響ヶ丘高校は、津久井町の西方、山を挟んで反対側に位置する牟那方(むなかた)市の私立高校だ。特進・進学・看護・体育など多種多様なコースと専門を擁し、生徒数が一学年あたり八百名を超えるので、たとえ同学年でも全員の顔と名前を把握するのは難しい。


「佐京、か。おれは多賀英雄(たがひでお)。よろしく」

「こちらこそ、よろしく」


 他人行儀なぎこちなさは抜けないが、笑い合う二人。佐京から見て、刀根は良くも悪くも個性的だが、多賀は少なくとも悪人面はしていない。同じ学校ということもあって警戒心が薄まる。


「おれは三年C1組だけど、佐京は?」

「へえ、特待組か。僕は三年T3組だよ」


『C』は体育コースの意、その中でも1組は特待生が集まるエリートクラスだ。対して佐京のT3組は特別進学コースのうち文系クラスを示す。


「ああ、やっぱり特進か。勉強できそうな顔してるもんなぁ」


 うんうん、と納得した様子で頷く多賀。


「多賀くんは、部活は何を?」

「サッカー」

「……ああ、思い出した! そういや県大出てたよね、廊下のポスター見たよ」


 ぽん、と手を打って佐京。佐京は万年帰宅部で母校の部活動の実績には疎いが、サッカーは学校を挙げて応援していたので目に留まる機会も多かった。


「佐京くんはT3か。私はT1だったよ」


 二人のやりとりを見守っていた刀根が、どこか懐かしげに呟く。


「ああ、T1……うん?」


 T1組は特進の理系クラスだが――佐京は首を傾げた。


「……そういえば去年、T1で一人京大に合格した人がいましたね」


 京都の大学に通っていた、というのは先ほどの刀根の言だ。佐京がちらりと視線を向けると、小さくお手上げのポーズを取る刀根。


「たまたまだよ、入試でヤマが当たってね」

「おおー、それは……しかし災難ですね、折角県外にいたのに」


 知識によれば、今回の転移に巻き込まれたのは、四箇所の『一部地域』とされている。そしてそれは半径四十キロメートルの範囲なので、京都が当該地域に含まれていなければ、刀根は転移を回避できたはずなのだ。


「全く、その通りだよ……」


 佐京の指摘に、がっくりと肩を落として溜息をつく刀根。


「ほとんど顔も合わせたこともないような、遠い親戚が亡くなってね。大事な講義があるから休めない、とでも言えばよかったものを……私としたことが。しかも私は明日の誕生日で十九歳になるんだ……」

「ああ……」


 色々と運が悪すぎる。佐京も同情を禁じ得なかった。


「……まあ、済んでしまったことは仕方ない。問題はこれからどうするか、だ」


 髪を撫で付けながら、真面目な顔に切り替える。


「私としては、本格的に『敵』がこちらに入植してくる前に、器士のコミュニティを構築したいと考えている。最低限、門の位置や敵の侵攻状況を共有できる程度に連携を――」


 そこまで話した刀根は、ふと佐京の背後で状況を見守るマユに目を留めた。


「……彼女は、大丈夫なのかね? 話しても」


 多賀、刀根、振り返った佐京の視線がマユに集中する。刀根の言葉は『彼女の前でこの話題を続けても大丈夫なのか』という意図を含んでのものだったが、マユは別の解釈をしたようだった。


「あっ。初めまして、守谷真由美(もりやまゆみ)です」


 ぺこり、と頭を下げてマユ。続いて足元のラッキーを抱きかかえ、


「そして、こっちがラッキー2号です」

「……“2号”?」

「変わった名前だ」


 訝しげな刀根、面白がるような多賀。マユはどこか達観したような顔で頷いた。


「今はラッキーって呼んでますけど。――だってこの子、コピーなんでしょ?」


 事もなげに言い放ち。


 刀根と多賀は、顔を見合わせた。


「……信じているのかね? 彼女は」


 ありえないものでも見たかのように、刀根が尋ねる。


「ええ。一応、全てを話しました」

「よく信じてくれたな……」


 感心したような、呆れたような呟きを漏らしたのは多賀だ。


「僕らは固い絆で結ばれてますから。……というのは冗談で、器械を見せました」


 右腕のリストバンドを抜き、ブリューナクをその手に握る。


 起動(スイッチ)


 ジャッ、と空気の()ける音とともに青白い刃が伸びた。「おおっ」と刀根たちが感嘆の声を上げる。


 ――この時点で。


 佐京は目の前の二人をある程度信用すると決めていた。


 人を見る目に特別自信があるわけではない。しかしこの二人、話していて少なくとも()()()()。話が通じて気が合う人間なら、自身に危害が及ばないよう立ち回れるというものだ。善人か悪人かはそれほど重要ではない。一番大切なのは自分――とマユの身の安全なのだから。


 道端の街路樹に目を向け、その頂点にレーザーを照射。


 枝の先端を燃やし尽くし、焼き切る。ぱらぱらと舞い散る灰――


「遅ればせながら僕の器械、神器【ブリューナク】です。位階Ⅲ、『敵を穿ち貫く光の槍』――まあ有体に言えば、射程と威力が調整可能なレーザーガンってトコでしょうか」


 言い終えた佐京は、今度は多賀に視線を向ける。正確には、その腰の長剣に。


 佐京の意図を察した多賀は、おもむろに腰の鞘から長剣を抜いた。


 白日の下、すらりと両刃の刀身が冴える。銀色に見えた刃は見る見るうちに赤熱していき、やがてめらめらと炎を噴き上げ始めた。


「魔剣【スルト】。位階はⅤ、『炎と熱を司る剣』――だ、そうだ。鞘から抜くと刀身が燃え上がる。それに身体能力が上がるオマケつき」


 ひゅんひゅん、と剣を振るい、多賀は不敵な笑みを浮かべる。


 と、同時。


 スルトが輝きを増す。


 熱風が押し寄せ、陽炎が吹き上がる。髪を焦がしそうなほどの熱量に、佐京は思わず一歩二歩と後ずさった。マユが「ひええ」と悲鳴を上げ、ラッキーが激しく吠えかかる。


 が、一番のダメージを受けたのは真横にいた刀根だ。


「アッチイイィィィッッッ!」


 熱波の直撃を受けた刀根は飛び退るようにして転がり、地面でのた打ち回る。


「ああッすいません! まだ上手く制御できなくて!」


 多賀が慌てて距離を取り、(なだめ)めすかすようにスルトの燃える刀身に手をかざす。白熱が収まると同時に熱が嘘のように引いていき、冷たい冬の空気が戻ってきた。


 これは遠赤外線的なものも放射されているのかな、と佐京は根拠もなく思った。そしてその熱は、多賀に悪影響を及ぼしていないように見える。多賀は特に言及していなかったが、ひょっとすると炎や熱から器士を守る力もあるのかも知れない。


(――というか、全ては明かしてない、と考えるべきだろうな)


 かく言う佐京も、『電池切れで動かなくなる』というブリューナクの弱点を伏せている。刀根のエリヤや多賀のスルトにも、明かされていない制限、あるいは力があると考えた方が妥当だ。


「――多賀くんッ! 気をつけてくれッ! 焼け死ぬかと思ったぞ!!」

「すっすいません!!」


 ぺこぺこと平謝りする多賀をよそに、「まったく……」と呟きながら、ぱんぱんと服の埃を払って立ち上がる刀根。危うく丸焼きにされかけたというのに、一喝してそれで全てを済ますのなら、かなり寛容なのではなかろうかと佐京は思う。


(それにしても、流石は位階Ⅴの器械……強そうだ。熱を上手くコントロールできるようになったら、電池の縛りがないだけブリューナクより応用が利くんじゃないかな)


 鞘に納められた魔剣【スルト】に、興味深げな視線を注ぐ佐京。


「へぇ~……それ、暖房の代わりにもなりそうですね。いいなぁー」


 一方、スルトを見ながら、マユはのほほんと呑気(のんき)なコメントをした。


「キミねえ……」


 呆れ顔になった刀根がジト目を向ける。佐京は思わず噴き出しそうになるのを、ぐっと堪えた。やはりこの刀根という青年、嫌いになれそうにない。


「……話を戻そう。守谷さん、だったかな? キミのように、全ての人が我々の話を素直に信じてくれたらいいんだが」

「器械を見せても、全部信じてくれるかは怪しいですよね」


 佐京も相槌を打つ。マユに全てを打ち明けたときは、信じてもらえるか不安で堪らなかった。結果的に幼馴染補正込みの信頼と、器械という物証のお陰でどうにか事実として認めてもらえたわけだが。


「全くだ。かといって敵が出張(でば)ってきて、人的被害が拡大してから結束し始めても遅きに失する。せめて器士だけでも対応できるよう体制を整えておかねば……。というわけで、どうだろう佐京くん、我々に協力してくれないか?」

「そういうことでしたら、僕としても是非」


 むしろ刀根以上の適任はいないだろう。器士を追跡できる神器【エリヤ】を有し、それでいて性格も悪くなく、人徳も兼ね備えているように見える。


(思えば、エリヤは恐ろしい器械だな)


『器士を殺せば器械を奪い取れる』という原則を考えれば――器士に不意打ちを仕掛けるような使い方だってできたはずだ。それをせずに協力者を募るあたり、刀根には非常に好感が持てる。


「良かった。それは助かる」


 佐京の肯定的な反応に、刀根は安堵の色を見せた。


「今まで何人か接触してきたが、遠距離攻撃が可能な器械を持つのはキミだけだ。味方になってくれると心強いよ」

「へえ、そうだったんですか。何人くらいと?」


 言いながら、腕時計を確認する。いつの間にやら午前十一時。刀根が朝一で活動し始めたと想定して、どれだけの人数と接触できたかを考えれば、人口に対する器士の比率がわかりそうだ。


「キミと多賀くんを除いて、四人だ」


 重々しく、刀根は答える。


「うち、返事を保留したのが二人、行動を共にしてくれたのが二人」


 ちらり、と後方に離れて停まる軽自動車を見やって刀根。そこでようやく、佐京は銀色の軽自動車の存在を思い出した。


「そういえばあちらにもお仲間がいらっしゃるんで?」

「ああ。……彼らは、ちょっと強面なんで、待機してもらってるんだ。最初の頃に仲間になってもらったんだが、……何と言うか、威圧感が凄くてね。怖がられてしまってその後の交渉がなかなか……」


 説明しながら、刀根はどんどん渋い顔になっていく。接触した二人が返事を保留した、というのはそういうことなのだろう。


「まあ、彼らも紹介したいから、お()で願おうか」


 ちょいちょい、と刀根が軽自動車の方に手を振る。それに呼応して、運転席から一人の男が降りてきた。


 その姿を見て、ああ、と佐京は納得した。


(こりゃビビるわ)


 姿を現したのは、身長百九十センチを越えようかという、まるでゴリラのような筋肉質の男だった。昭和のスポ根漫画から飛び出てきたような厳つい顔立ちで、冬だというのに厚着もせず、その額にはまっさらな白い鉢巻を締めている。


 が、続いて後部座席から降りてきた人物に、佐京は絶句した。


 それは、銀色の甲冑。


 まるで中世の騎士物語から飛び出てきたような、全身を覆う銀色の装甲。それでいて、何処か近未来的なパワードスーツを思わせる、機能美を兼ね備えた存在。


 だが何よりも異様なのは、その背中。


 燦々と輝きを放つ、一対の白い翼だ。


 輝かしい翼を背に負う姿は、まるで『天使』のようだった。車外に降り立ち腕を組んだ甲冑は、そのままスゥ――ッと滑るような動きで近づいてくる。全く重力を感じさせない、幽霊のような動き。あまりの不気味さに佐京もマユもビクッと身を引いた。


「話は、まとまったか」


 のしのしと歩いてきながら鉢巻の男が問う。


「ああ。協力してくれるそうだ」

「それは重畳(ちょうじょう)


 刀根の答えに満足げに頷き、仁王立ちした鉢巻の男は、しっかと佐京を見据える。


「俺は、牟那方(むなかた)高校出身。空手部元主将、剛田力丸(ごうだりきまる)ッ!」


 ビシッ! と背筋に芯が一本通るような、よく響く声だ。さらにビシィッ! と親指で、額の鉢巻を示してみせる。


「器械はこの鉢巻、神器【一徹(いってつ)】ッ! 位階はⅡ、権能は『自身の、そして周囲の味方の士気を向上する』! ついでに身体能力も少し上がるッ!」


 よろしく頼む、と一礼する剛田。


(や、やばい……この人つよそう)


 名は体を表す、とはよくいったものだ。


「え、ええと、佐京悠介です。よろしく」

「も、守谷真由美です。こっちはラッキー」

「クゥン」

「先ほど、車から佐京くんの器械は見ていた。強力なレーザーだな! 頼もしいぞ、改めて協力に感謝する」

「は、はい……」


 わざとではないのだろうが、やはり威圧感というか、オーラが凄い。引き気味になってしまった佐京たちだが、剛田が沈黙したので、自然とその視線が白銀の甲冑に集中する。


 剛田の自己紹介が終わり、自身に集まる視線を察したのだろう、甲冑はゆっくりと佐京に向き直る。


 その鉄仮面の覗き穴(スリット)の奥、ぼう、と輝く蒼い双眸(そうぼう)が佐京を見据えた。


「――我は、ウリエル」


 厳かな声が、甲冑の中から響いてくる。


「位階Ⅶ、神器【熾天使(してんし)】ウリエル。時の流れより逸脱せし者。法の守護者、かつ執行者にして、公正なる裁定者なり」


 佐京は、適切なリアクションを取れなかった。


「……なんか、凄いの出てきましたね」

「許してやってくれ」


 どうにか言葉を搾り出した、という状態の佐京に、刀根は肩をすくめた。


「彼は器械なんだ」




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