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婚約破棄された一級建築士令嬢は、魔法帝国の欠陥を見抜く~追放先の泥だらけの辺境で、魔法不要の都市開発を始めます~  作者: 明石竜


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第七話 崩れかけた帝都を、私たちの技術で救います

「あれが、千年続いたエルドラド帝国の王都ですのね。前世の言葉で言うなら、じつに悪趣味な『砂上の楼閣』だわ」

 帝都へと続く緩やかな丘陵の頂。私は愛馬の綱を厳かに引き、眼下に広がる巨大な都市の全景を冷ややかに見下ろした。

 私の隣には、かつて帝国建築局の制服だったボロボロの外套を誇らしげに羽織ったレイヴンが、愛用の大玄能を肩に担いで不敵な笑みを浮かべている。そして私たちの背後には、白い安全帽(ヘルメット)を被り、最新の測量機器や製図筒を背負ったアローザ建築工房の精鋭技術者たち。総勢二百名に及ぶ「工兵集団」が、整然と隊列を組んで控えていた。

 遠くに見える帝都は、かつての華麗な輝きを完全に失っていた。

 王都を囲む白亜の城壁には、遠目からでもはっきりと分かるほど無数の網の目のような亀裂が走り、宙に浮いていたはずの美しい魔導空中回廊は、魔力の供給低下に耐えかねて無残にへし折れ、地上の平民街へと瓦礫となって墜落していた。街のあちこちから不穏な黒煙が立ち上り、民衆の悲鳴と怒号が風に乗ってここまで響いてくる。

「ひどいもんだな。魔法の接着剤(魔力)が切れた途端、千年の栄光がただの巨大な瓦礫の山に逆戻りだ」

 レイヴンが吐き捨てるように言った。彼の鷹のような瞳は、帝都の至る所で発生している構造崩壊のメカニズムを、すでに正確に見抜いていた。

「当然の帰結ですわ、レイヴン。基礎の地盤改良もせず、構造計算も無視して、ただ魔力に頼り切ってきた結果ですもの。これほど大きな都市を、魔法だけで維持し続けること自体に無理があったのですわ」

 私が冷徹に言い放ったその時、帝都の重厚な城門から、数頭の痩せ細った馬に跨った男たちが、命からがらといった様子でこちらへ向かって走ってきた。

 彼らは帝国建築局の幹部たちだった。かつてレイヴンを「魔法の権威を汚した危険思想の持ち主」として追放し、私を「実務を知らない机上の空論お嬢様」と見下していた老人たちだ。彼らは馬から転げ落ちると、私のブーツの前の泥の中に這いつくばった。

「エ、エレーナ様……! いや、アローザ工房長殿! よくぞ、よくぞお越しくださいました! すでに皇宮の東翼は崩壊し、現在は王都市民の全生活用水を支える『エルドラド巨大魔法水道橋』が今にも決壊しかけております! あれが崩れれば、王都の半分が鉄砲水に呑まれ、数万の民が溺れ死ぬことに……! どうか、アローザのその『魔法のいらない技術』で、帝国を救ってくださいませ!」

 額を泥に擦り付け、涙と鼻水で顔を汚しながら懇願する元上司たち。

 その後ろに控えていたダリオたちアローザの職人たちから、「ざまぁみろ!」「どの口が言ってやがる!」という激しい罵声が飛ぶ。

「静かになさい、ダリオさん」

 私は片手を軽く挙げ、職人たちを制した。私は傷つき這いつくばる管理局の幹部を冷ややかに見下ろし、その顎を扇の先端でくいと持ち上げた。

「勘違いしないでちょうだい、管理局の皆さん。私はあなた方無能な官僚や、自業自得で怯えているルードヴィヒ殿下を助けに来たのではありませんわ。私は、あそこで泣き叫んでいる罪のない平民たちの命と、これからの新しい時代の『建築の尊厳』を守るために来たのです」

 私は使者の顔を突き放すように扇を引くと、背後のアローザの技術者たちに向かって、高らかに大号令を下した。

「アローザ建築工房、全員に告げます! これより我が工房は帝都へ入城し、直ちに『エルドラド水道橋救援作戦』を開始しますわよ! さあ、私たちの本物の技術(かがく)で、あの傲慢な魔法帝国をお黙らせなさい!」

「おう!!!」「アローザに続け!!!」

 地鳴りのような勝鬨が響き渡り、白い安全帽の集団が、崩壊寸前の帝都へと威風堂々と進撃を始めた。

 ☆

 帝都の西側にそびえ立つ「エルドラド巨大魔法水道橋」の現場は、まさにこの世の終わりを体現していた。

 全長二キロメートル、高さ三十メートルに及ぶその壮大な石造りの水道橋は、かつては宮廷魔導士たちの強力な「浮遊・硬化魔法」によって、その自重を無視した細い支柱だけで支えられていた。だが今や魔法は完全に消失し、上部を流れる膨大な水圧と石材の重量が、一気に生身の支柱へと襲いかかっていた。

 ――ミシシシシ、バリバリバリッ!

 水道橋の中央部、最も負荷がかかる巨大なアーチの基部から、悍ましい破壊音が響き、拳大の石の破片が雨のように平民街の路地へと降り注いでいる。周囲を取り囲んでいた帝国の建築士たちは、青ざめた顔で「魔力を込めろ!」「もっと結界を張れ!」と無駄な絶叫を繰り返すだけで、物理的な補強の手段を何一つ持ち合わせていなかった。

「退きなさい! 算術(すうじ)も読めない無能な魔導士どもは、現場の邪魔ですわ!」

 民衆の悲鳴を切り裂いて、私の鋭い声が現場に響き渡った。

 アローザの工兵部隊が、制止しようとする帝国兵たちを押しのけ、水道橋の基部へと突入する。私は即座に三脚を立てさせ、最新の「光学式測量儀(前世のトランシットを模したもの)」を覗き込んだ。

「レイヴン、構造的歪み(変位)の速度を計測してちょうだい!」

「応! 中央第三橋脚、一分間に約三ミリの速度で東側に傾斜(スライド)してる! このままだとあと十五分でアーチの推力バランスが崩壊して、水道橋全体がドミノ倒しに街へ降ってくるぞ!」

 レイヴンが泥まみれになりながら、測定用のスタッフ(標尺)を掲げて叫ぶ。残り時間は十五分。

 帝国の建築士たちは「やはり魔法なしでの補強など不可能だ!」と絶望の悲鳴を上げたが、私とレイヴンの頭脳は、極限状態の中で完璧に同調していた。

「十五分あればじゅうぶんですわ! ダリオさん、第一、第二工区の職人たちを率いて、我が工房がアローザから持参した『鉄樺の超強度積層支保工(プレハブトラス材)』を、第三橋脚の東西に直角に配置しなさい!」

「合点がいったぜ、お嬢様! 野郎ども、アローザ特製の『硬い木(アイアンバーチ)』の力、帝都のヘタレどもに見せつけてやれ!」

 ダリオの号令のもと、アローザの職人たちが一斉に動き出した。彼らが馬車から運び出したのは、試験で必要な引張強度を確認した「鉄樺の圧縮積層材」で作られた、三角形を組み合わせた頑強な骨組み(トラス構造)のブロックだった。

 魔法の接着剤とは違い、トラス構造は上からの圧倒的な荷重を、数学的に最も安定した三角形の各辺へと完璧に分散させる。職人たちは命綱を水道橋の壁に叩き込み、激しい石の雨の中、一寸の狂いもない手つきでトラスの骨組みを橋脚の基部へと組み上げていった。

「バカな……! あんなただの木の棒を組み合わせただけで、数万トンの石の重さが止まるわけがない!」

 帝国の主席建築士が嘲笑の声を上げたが、その言葉は数分後、完全に喉の奥へと突き戻されることになる。

 ――ガツン!!!

 傾きかけていた巨大な石の橋脚が、アローザの組み上げた鉄樺のトラス骨組みへと物理的に衝突した。

 凄まじい荷重の衝撃。だが、鉄樺のトラス材はギチリと一度だけ強固な音を立てただけで、その圧倒的な荷重を完璧に受け止め、地中深くへと受け流してみせた。

 傾斜速度、ゼロ。

 水道橋の崩壊が、魔法を一切使わない「物理の力」によって、完全にその場で凍結されたのだ。

「……と、止まった……。魔法の光もないのに、本当にあの巨大な水道橋の崩落が止まったぞ……!」

 避難が遅れ、死を覚悟して通りにへたり込んでいた無数の帝都の平民たちが、呆然と水道橋を見上げ、それから一斉に大歓声を上げた。

「アローザの職人たちだ! あの白い帽子を被った奴らが、俺たちの街を救ってくれたんだ!」

「エレーナ様万歳! 魔法管理局の奴らなんかより、あのお方の方が遥かに偉大だ!」

 通りを埋め尽くす民衆から、嵐のような拍手とエレーナコールが沸き起こる。

 だが、私はまだ測量儀から目を離さなかった。

「喜ぶのは早いですわ、民衆の皆さん。これはあくまで応急処置(応急架設)に過ぎません。レイヴン、第二段階へ移行しますわよ。橋脚の亀裂の根本的な治療を始めますわ」

「分かってる。ダリオ、アローザから運んできた『超高強度ポゾランセメント』のミキサー(攪拌機)を回せ! 橋脚の内部に開けた注入孔から、高圧で一気に流し込むぞ!」

 レイヴンの指揮のもと、職人たちは橋脚の損傷部分に、アローザ工房で開発した補修用の注入材を送り込んでいった。

 この材料がじゅうぶんな強度を発揮するまでには、まだ時間がかかる。

 だが、鉄樺のトラス骨組みによって橋脚を仮支持したことで、少なくとも今すぐ崩壊する危険は抑えられていた。


 数時間後、崩壊寸前だったエルドラド巨大水道橋は、鉄樺の強固な仮設補強によって、ひとまず倒壊を免れた。補修材がじゅうぶんな強度を発揮するまで、職人たちによる監視と補強作業は続けられることになった。

 上部を流れる清らかな水が、何事もなかったかのように王都の全域へと再び供給され始める。

 その見事な、そして一人の犠牲者も出さなかった完璧な施工を前に、現場に取り残されていた帝国の建築士や魔導士たちは、完全にプライドを粉砕され、その場に力なく膝を突いた。

「これがいま、世界の最先端を行く『アローザの建築力学』ですわ」

 私は安全帽を軽く直し、帝国の主席建築士たちを冷ややかに見下ろした。

「魔法という不確定な力に甘え、構造の勉強を怠り、民を危険に晒し続けたあなた方の罪は重いですわ。許可が欲しければ、まずは私の引いたこの図面の数式を、一からすべて読み解いてみせなさい」

 私は彼らの前に、水道橋の構造計算書を叩きつけた。彼らはそれを震える手で拾い上げたが、そこに並ぶ高度な微積分と力学の数式を理解できる者は、誰一人としていなかった。

 水道橋の救済劇の噂は、瞬く間に帝都の全域へと広がり、エレーナとアローザ建築工房の権威は、もはや皇帝をも凌ぐほどに跳ね上がっていた。

       ☆

 私は水道橋を見上げた。

 応急処置は成功した。少なくとも、今すぐ崩れる危険はない。

 けれど、奇妙だった。

 これほど巨大な構造物を維持する魔力が、いったいどこから供給されているのだろう。

「……レイヴン。帝国建築局に残っている、古い魔力供給の記録を調べられるかしら?」

「ああ。だが、どうしてだ?」

「この街には、設計図に描かれていない何かがある気がしますの」

 私は遠くにそびえる皇宮を見つめた。

 あの白い宮殿の地下に、いったい何が隠されているのだろう。

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