第十四話 帝国を支配したいのなら、まず自分の足で立ちなさい
古代魔法装置の完全停止、そして崩壊する平民街の救援作戦から数日。
エルドラド帝国の最高権力の象徴であった皇宮の「円形大審問の間」は、重苦しい静寂に包まれていた。
雛壇を埋め尽くす帝国の重臣や各地の有力貴族たちは、もはや誰一人として上質な絹の法衣をまとってはいなかった。皆、一様に泥と石粉に汚れた服のまま、ただ呆然と、議場の中央を見つめている。
そこに引き据えられていたのは、かつて傲然と私を断罪した、皇太子ルードヴィヒ殿下とミカの惨めな姿だった。
「皇太子ルードヴィヒ、および聖女ミカ。両名に対し、最高議会および帝国臨時行政局の連名による最終処分を言い渡しますわ」
私はアローザ建築工房の最高責任者として、そしてこの崩壊しかけた帝国の全インフラを物理的に握る「新時代の設計主」として、雛壇の最前列から冷徹な声を響かせた。
「な、何が処分だ! エレーナ、貴様のような罪人が、この偉大なるエルドラド帝国の皇族たる私を裁くだとぉ!」
床に膝を突いたルードヴィヒが、血走った目で私を睨みつけ、裏返った声を張り上げた。衣服はボロボロで、気高き皇太子の権威などどこにも残っていない。
「我がエルドラド帝国の血統を愚弄し、千年の魔法秩序を破壊した貴様こそ、国家反逆の罪で縛り首になるべきなのだ! なぜ、なぜ誰もこの傲慢な女を捕らえんのだ!」
見苦しく叫び続けるルードヴィヒ。しかし、周囲の貴族たちは一様に目線を伏せ、誰一人として彼の言葉に同調しようとはしなかった。彼らは知っているのだ。今、エレーナの引く「アローザの構造図面」と、レイヴン率いる「職人集団」が帝都から引き揚げれば、明日にもこの皇宮が自分たちの頭上に崩れ落ちてくるという厳然たるファクト(現実)を。
「往生際が最悪ですわね、ルードヴィヒ殿下。帝国を支配したいのなら、まずは他人の魔力を搾取するのをやめて、ご自分の足で立ちなさいな」
私は手元に用意していたアローザ建築工房の刻印入りの『帝国建築制度改革要求書』を、ルードヴィヒの目の前の床へと厳かに投げ落とした。
「国家の安全を脅かしていた真の破壊工作員は、他ならぬあなた方ですわ。地方の土地から魔力を強制徴収し、各地を枯渇させていた地下の古代魔法装置を暴走させ、帝都市民数十万の命を未曾有の陥没危機に晒した罪。到底、言葉だけでは償いきれるものではありませんわよ」
「いやよ……嘘よ! 私は神様に選ばれた聖女なのよぉ!」
ルードヴィヒの隣で、床にへたり込んでいたミカが、神官服の裾を振り乱して床を叩いた。可憐だった漆黒の瞳は恐怖に濁り、その本性を隠す丁寧な口調さえ完全に崩壊している。
「私の聖女の魔力は本物よ! 宮殿が壊れたのは、泥を焼いた粉なんかを使ったあの女のせいで、私のせいじゃないわぁぁ!」
「建物は嘘をつきませんわ、聖女様。魔法という不確定な接着剤に甘え、建築の基本たる構造計算(物理法則)を怠ったからこそ、あなた方の『奇跡』は使用期限を迎えて破滅したのです。連れて行きなさい」
私の冷徹な大号令のもと、アローザの白い安全帽を被った職人たち、そして管理局の若手官僚たちが一斉に動き、狂い叫ぶルードヴィヒとミカの身柄を両脇からガッチリと拘束した。
二人はすべての地位と特権を剥奪され、帝国北方の辺境に設けられた開拓労働施設へと送られることが正式に決定した。
かつて私を泥の辺境へ追いやった二人が、今度は自分たちの犯した罪によって、帝国の片隅へと追放されることになる。因果応報というものかしら。
二人が近衛兵に連れられて議場を去ると、先ほどまで響いていた怒号が嘘のように静まり返った。
私は改めて雛壇の貴族たちを見渡した。
ここからが、本当の交渉だった。
私の隣に立つレイヴンが、愛用の大玄能の柄を床にドンと突き立てると、重厚な破壊音がホールに木霊し、並み居る重鎮たちが一斉に肩を震わせた。
「さて、管理局の皆さん。嘘の心臓(古代魔法装置)が停止した以上、これからの新しいグランドデザインの話を始めましょう」
私は手袋をはめた手で、机の上の覚書を厳かに広げた。
「第一。本日この瞬間をもって、貴族および魔法建築管理局による建築技術の独占を全面的に廃止いたします。今後は、魔法の有無や身分制度に関係なく、すべての職人に自由な活動と、その腕前に応じた正当な報酬の権利を保証していただきますわ」
私の突きつけた革新的な新制度に、老貴族たちが一瞬、不満げに顔を歪めた。だが、背後に控えるダリオたちアローザの職人たちの鋭い眼光を前に、ぐうの音も出ずに一斉に頷いた。
「そして第二。我がアローザ建築工房の拠点である『黒土領』を、エルドラド帝国から独立した『アローザ自治都市』として正式に承認していただきますわ。今後、帝国はアローザに対し、一切の法規制、立ち入り、および不当な課税を行う権利を有しません。これが、私がこの崩れかけた帝国を救って差し上げた、正当な『対価』ですわ」
完璧なる論理の罠、そして元公爵令嬢としての凄まじい威圧感の前に、臨時行政局の総裁である老貴族が、震える手で最高権力者の朱印を覚書へと強く押し付けた。
カチリ、と契約(調印)が完了する音が響いた。
「……成立、ですわね」
私はフッと冷徹な笑みを浮かべ、その覚書をしっかりと道具袋(腰袋)へと収めた。
議場の外へ出ると、どこまでも澄み渡る青空が広がっていた。
広場を埋め尽くす無数の平民たちが、アローザの勝利を、そして魔法の搾取から解放された「新しい時代の幕開け」を祝して、地鳴りのような大歓声を上げた。
「完璧な設計(勝利)だったな、エレーナ」
いつの間にか隣に並んでいたレイヴンが、白い歯を見せて笑った。その鷹のような瞳には、私の相棒としての深い感心と、誇らしげな熱が宿っている。
「ええ。ですがレイヴン、これはほんの始まりに過ぎませんわ」
私は道具袋を腰に強く巻き直し、復旧工事の足場が組まれた帝都の街並みをまっすぐに見つめた。
「帝国の古い利権を叩き壊すことはできました。ですが、これからこの新しい技術を、本当に正しく次の世代へと残していかなければなりません。……私たちの引く設計図は、まだまだこれからですわよ、私の最高の相棒」
「おう、どこまでも、世界の果てまで付いていくぜ、俺の最高の設計士」




