09.応援
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約束をしてから、ひと月ほど経とうとしていた。等間隔に並んだ天井の明かりが、整然と並ぶ商品の足元に空々しい影を落としている。移り変わる商品の列や店内の冷気には目もくれず、飲料コーナーへと一直線に向かう星月の背中を白瀬が追っていた。
「このお水さん! りりのお家に来たがってる!」
陳列された水の山を見つけると、口角を上げてその箱を指さした。白瀬をじっと見つめ、反応を待つように首を傾げている。
「……まさか、箱だったとは」
白瀬は水の箱の前に立ち尽くしたまま、視線を星月と箱を交互に見比べ、肩を落とした。
「エリート君、ムキムキさん! グイって、だー! ってできる!すごい!」
白瀬の腕をツンツンつついてから、目を細めて微笑んだ。そして、腕を軽く曲げ、自らの力こぶを見せつけるように曲げた。しかし、あるはずの山は、そこにはなかった。
「君の家は、ここから近いのか?」
数秒間、白瀬に見せつけるように腕を強調するが、期待した反応は返ってこなかった。
「だーって行けば、すぐ!」
駆け出す動作を小さく見せると、軽やかなステップで数歩進んだ。やがてぴたりと静止し、振り返る。
「君の感覚が、俺と同じだったらいいのだが……」
白瀬が箱の底に指を掛け、グイっと持ち上げた。星月はパチパチと称賛の拍手を白瀬に贈る。
「はやく……レジに行こう」
軽やかに駆ける星月はレジへと続く通路を駆け抜けた。ふと振り向くと、置き去りにされた白瀬が重苦しく床を踏みしめていた。
「ま……待て!」
白瀬の元に一度戻り、フレーフレーと応援するように腕を振る。
「エリート君! ふれーふれーだよ!」
箱が少し揺れていた。どうしたんだろう、と、少し不安になったが、白瀬の筋肉を信じることにした。
白瀬の歩幅に合わせてレジに向かい、順番を待つ。店員のレジ捌きが素晴らしく、あっという間に順番が来た。スマホを取り出し、バーコードを表示させる。どや顔でスマホを差し出したが、スキャンされる様子がない。
「何しているんだ。いくぞ」
白瀬が箱を持ち上げ、歩き出す。星月はなにがなんだかわからないまま、後ろを歩いた。
「この前言っただろう。水でも何でも払わせてくれ、とな」
星月は何を言うこともせず、白瀬の袖をぎゅっと握りしめた。
「星月……今、袖を捕まれるのは困る!」
白瀬の腕がぷるぷる震えていた。やっぱり重くて大変なのかと思い、袖を上に持ち上げた。
「星月、何をしているんだ……」
白瀬の腕がものすごい速さで振動している。
「一旦、話し合いをさせてくれ……」
白瀬が箱を置き、星月と向き合った。
「どういうつもりなんだ?」
白瀬が子供に話しかけるように、問いかけた。
「ふれーふれーの魔法……だよ?」
瞳を潤わせ、白瀬を見つめた。
「なるほど。つまり、裾を持ち上げたら俺が楽になると思ったというわけか——」
「……そんなわけがないだろう。君は、前を歩いて、道案内をしてくれ」
しょぼんと肩を落とし、小さな歩幅で前を歩く。後ろを振り向き、白瀬を見た。既に箱を持ち上げていたが、やはり腕が小刻みに震えている。
「ふれっふれっ! エリート君!」
星月が大きな声で白瀬を応援した。白瀬の腕の震えが止まったような気がした。
———魔法……みたい
一気に気分が上がり、パタパタと両腕を伸ばし、前後に小さく振った
「エリート君、こっちだよ!」
冷えた店内の喧騒を抜け出し、星月は星空の下で小さく歩く。重い荷物を抱えた白瀬に向き直り、無邪気に笑って見せた。
見上げるほど高い建物の入り口で、両手を広げて深く息を吸い込んだ。振り向くと水の箱を抱えた白瀬が荒い息を吐き出しながら星月を見上げていた。
「エリート君! ぱちぱちさんだね! お家、着いたよ!」
————エリート君、つよつよさんだったね!
『たいした男ですわ』
感心したかのような声が聞こえた。その声が、何故だか自分のように嬉しく感じた。
「君は……こんなところに住んでいるのか? 何階まであるんだ……」
空にも届きそうな建物を見上げ、白瀬が言う。
「お空に近いところ!」
雲を突くような高層の頂を指さし、口角を上げた。
「君は、知れば知るほど……いや、それよりも……」
白瀬が深いため息を出し、姿勢を立て直した。
「すごいところに住んでいるんだな……」
夜風にあたり、ふわりと柔らかい髪が星月を包み、小さく微笑んだ。
「お空近くて、るんるんなの! 早くいこ! お水さん待ってるよ!」
白瀬の汗で濡れた背中を押し、入口へと急いだ。
「待ってるというか、これから、水が行くんだが……」
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10話は明日19時に投稿されます!




