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こっち向けの魔法だよ!-君を好きになる魔法-  作者: パーシバル田中
大学編序盤

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08.火照り

7話からの続きです。

 白瀬の視線が自然と星月の瞳へ移動した。先ほどまでの鋭さが消えており、代わりに穏やかな光が宿っていた。


「えへへー。ルンルンさん、もーらい!」


 白瀬の胸元辺りから何かを取る仕草をしてから、パーカーのポケットにしまい込んだ。再度白瀬を見ると、何故か、右下を向いていた。


「もう一回、魔法……する?」


 いたずらに微笑み、小さい両手を白瀬の顔に近づける。


「……いや、いい」


 星月は、真剣が擬人化したような白瀬の顔を見て、笑いを堪えていた。ポンポンと、頭を優しく叩き、勝者の余裕を見せていた。


「……この間は、悪いことを……した」


 予想だにしなかった言葉が白瀬から飛んできて、星月はポカンと口を開け、そのまま首をかくんと傾げた。


「……?」


 時間が止まったかのように、星月の顔と首の角度は固定されていた。


 ——いやいやさん?なんのこと?勝手に、顔さんバイバイゲーム始めたこと?


 もし、それだったのなら、勝ったから、いいよ。むしろ、相手の土俵で勝利をもぎ取れて気持ちがいいから。感謝を伝えたいくらいだった。


「その……俺は……」


 固まっていた星月が動き出し、自分の手を広げ、視界に入れた。違和感は、何も感じなかった。


「思ってもいない……態度を取ってしまった」


 ——今日のエリート君はむずむずさんだ!


 そっと白瀬の手を取り、優しく包み込む。そんなに難しい顔しないで、と伝えているかのようだった。


「星月、すまなかった。そして、謝罪が遅れたことについても……悪かったと思っている」


 図書館の静寂に、白瀬の低い声が落ちる。彼は背中を丸め、潔いほど深く頭を下げていた。星月は手を離すことを忘れ、彼が晒すその姿勢をただ眺めていた。図書館の冷えた空気の中で、星月の手の中にあるものだけが妙に温度を帯びていた。


「……簡単に許されることではないとは、認識している。君が望むなら、俺は——」


 深く曲がった彼の頭頂部を何気なく指で突っついた。ふわっとしゃがみ込み、下がった顔を覗き込む。そして、両頬を冷たい両手で包み、顔を上げさせた。


「やっぱり!エリート君、黒い雲さんもくもくしてるよ!?ふーふーしなきゃ!」


 ポカンと口が開いた白瀬の額を目掛けて、ふーっと息を吹きかけた。


「や、やめろ。俺は、本当に反省を……!」


 白瀬が顔の前に両腕を交差させ、抵抗していたが、何故か、両腕をおろしていた。


「いや……今回は、甘んじて受け入れよう。思う存分、フーフーしてくれ」


 白瀬の覚悟をずしんと受け止め、遠慮なく息を吹きかけ続けた。白瀬の顔は耳まで真っ赤に染まったがどこか楽しげな様子だった。


 一生懸命ふーふー、と息を吐いていたせいか、少しだけよろめいた。目を瞑っていた白瀬には、気付かれていないようだ。


「雲さん、無くなった!良かったね!」


 赤く染まった顔をなぞるように撫で、最後に、耳たぶを少しつねった。赤くなったり、元の色に戻ったりと、忙しい顔だなと、感じた。


「あ、あぁ。よくわからないが、いい気分だ」



「.……星月」


 忙しい顔について考えていると、突然白瀬が口を開いた。ビクンと肩を震わせ、慌てて白瀬に意識を向ける。


「今度、飯を奢らせてくれ。これで帳消しというわけではないが……水でも、おにぎりでも、何でも好きなものを言ってくれ」


 星月は、顎に指を添え、視線を上に向けて少し考える。


 この姿勢、名探偵みたい!と、言いかけたが、心の中に留めておいた。

 少しの沈黙の後、白瀬に視線を戻してから、口を開いた。


「お水さん、りりの家に、だーってして?」


 家の水が少なくなっていたことを思い出した。白瀬がポカンと口を開けて黙っていたので、仕方なく教えてあげることにした。

  腰を折り、何かを持ち上げる動作をする。


「ああ、あぁ。そういうことか。水を運んでほしいということだな?任せてくれ、これでも少しは鍛えているんだ。」


 白瀬の腕を両手で包み込み、硬さを確認する。次に、自分の腕を掴み、その差に愕然とした。


「……ぶにぶにさんじゃ、ない!」


 掴んでいる腕が震えているのを感じる。白瀬を見ると、目を細めて笑っていた。


 ——るんるんさん……?


 少し考え、原因を突き止めた。


「……あ!りりも、ぷにぷにさんじゃ、ないよ!」


 腕を曲げ拳を震わせるほど全身に力を張らせるが、その腕は細くしなやかなままで微動だにしない。沈黙が流れたが、気にする様子もなく、どうだ!と胸を張った。


「...……そ、そうだな。とにかく、水を買うときは声をかけてくれ。何本でも、運ぶことを約束する」


「りり、るんるんさん!エリート君に、あげる!どーぞ!」


 白瀬に向けて両手を差し出す。白瀬は、星月の手の平をつまむふりをした。


「.……これで、いいのか?」


 うんうん、と、首を縦に振った。


 ——今日のエリート君、ふしぎさんだ!


「ところで、俺はまだ図書館で調べものをするが、君はどうする?」


 再び拳を握り、力を込めてみる。やはり柔らかい肌の感触だけだった。それが、何故だか気に食わなかった。


「りり、むきむきさんになってくる!」


 背筋をピンと伸ばし、白瀬をまっすぐ見た。


「……無理せず、頑張れよ。またな」


 出口へ向かいながら空を仰ぐほど大きく腕を振る。それを見送る白瀬の表情は、柔らかな笑みを浮かべ、優しく右手を動かした。


『りり。私が間違っていたわ。ごめんなさい』



 書架の角を曲がる寸前、もう一度視線を白瀬に戻す。まだこちらを見ていた白瀬に向けて、柔らかく微笑んで手を振った。星月の呼びかけに応えるようにして、白瀬の手が控えめながらも柔らかな動作で返してくれた。


 星月はしばらく立ち止まって手を振っていたが、白瀬が早く行け、と言っているかのように顎をくいっと上げる。目を細め、頬を膨らませて不満そうにすると、白瀬から手を振ってくれた。何度か首を縦に振り、満面の笑みを浮かべ、弾むように歩き始めた。


 ふと手を広げてみると、いつもは冷たい指先が何故か熱を帯びていた。その熱が胸の奥へと染み込んでいく。


「なんだこれ!ふーふーしなきゃ!」


 白瀬が見えないところで、星月は慌てて吹き消した。

ありがとうございました!

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