6.永遠の形
白瀬くんに私のしたことを話した。りりに聞かせる前に、彼に聞いてもらった方がいいと思ったから。りりに黙って男の人と会うのはダメだと思ったけど、私の罪を誰かに聞いてほしかった。そして、お前はダメな人間だ。罪を償えと、言ってほしかった。
「私は、最後の最後で怖くなったんだ。りりを壊し続けて喜んでたのに、自分が壊れることが怖かったの。りりのことなんて、何も考えてなかったんだ」
俯きながら私は言った。喫茶店の中には学生が多く、がやがやと喧騒に満ちていた。私が最低最悪の話をしていても、誰も聞いてないだろう。目の前の、男の子を除いては。
「……急に呼び出されて何事かと思ったら、胸糞悪い話を聞かせるためだったとは」
この男は私が欲しくない言葉を淡々と言ってくる。普通の男の子は、私とお近づきになりたいと、甘やかしてくれるのに。
……そんなことは、もう長いことなかったか。
「こんなこと、あなたしか言えないんだから仕方ないでしょ。りりに言ったら失望されちゃうし、また壊れちゃうかもしれないもん」
彼は少し考える素振りを見せてから、白いカップを持ち上げてコーヒーを啜った。砂糖もミルクも入れてないブラックコーヒーを。
「たしかに、そうなる可能性はある。大いにある。それが分かってるうちは、お前は大丈夫だろ。それより、こんなところ星月に見られたら――」
白瀬くんの目が丸くなった。口もぽかんと開いている。こんな間抜け面もできるのかと感心していると、彼はガラス張りの窓の外を指さした。
「いる……星月が……」
抹茶ラテを飲んでいた私は、その声を聞いた瞬間、吹き出しそうになった。急いで外を見ると、なんとも言えない表情をしたりりが、私たちを見ていた。
「ど、どどどうしたらいいのかな!?」
慌てて立ち上がり、喫茶店を出た。そして、りりの手を取って喫茶店の中に入った。彼女はキョトンとした表情で、状況を飲み込めていないようだった。
「なぎさとエリート君……もしかして……!」
りりが凪沙と名前で呼ぶ度に、私はまだ慣れていない。こんな状況でも、胸がキュンとするんだから。
「るんるんさんなったんだ! ……っ!」
何かに気付いたように、りりは体を震わせた。もしかしたら、嫌な想像をしたのかも知れないと思い、りりの手を強く握りしめた。
――今、白瀬くんの隣に座って手を繋いだらどうなるんだろう……
隣をチラリと見ると、満面の笑みを返してくれる彼女がいた。手を繋いでいる少し冷たい彼女の指が、背中を押すように私の手の甲をトントンと優しく叩いている。
――私だけを見てくれるようになるかも。
抹茶ラテのように甘い誘惑が、私の理性を侵食していく。口の中に溢れる液体を零さないように注意しつつ、立ち上がろうとした。
……りりは喜ぶの?
足に力を入れた時、りりが壊れたときの顔を思い出した。私に縋り、何でもすると言ったときの顔を。吐き出したものを口に入れている光景を。その後に、りりの中で何かが失われたんだ。
――喜ぶに決まってるじゃん。壊して、再構築されるのが好きなんだから。それさえも、幸福に変えるんだから。
呑気に座っている白瀬くんを視界に入れると、相変わらず警戒するように私を見ている。きっと、私が変なことをしないように見張ってるんだ。りりの彼氏でもない癖に。
――りりの耳元で白瀬が好きって言ってみなよ。
どうして私のココロはこんなに惹かれることを思いつくのだろう。
あぁ、ダメなのに。絶対にこんなことしちゃいけないのに。もうやめようって決めたのに……。
どうして私はこんなに弱いんだろう。
「帰る」
浮かれてたんだ。勘違いしてた。りりが大好きって言ってくれたから、何でもできるって思っちゃったんだ。大好きなりりを今度こそちゃんと愛してみせるなんて、私ができるわけなかったんだ。
◇◇◇
私は持ってた小銭をテーブルに置いて席を立った。繋いでいた手を振りほどき、喫茶店から出た。カランカランと耳障りの音が聞こえなくなった後に、聞きたくない声が背後から聞こえた。
「ど……どうして……」
一生懸命言葉を紡ごうとするりりを見ることもなく、先を歩き続けた。少しでも口を開けたら、溢れてしまいそうだから。
……これ以上ココロを刺激しないで。悲しそうな顔を見せないで。
何度も手を取られては、無言で振りほどいた。周りの目を気にすることもなかった。りりが泣いている。また私が、そうさせてしまった。あの時再会しなければ、こんな思いをさせることはなかったのに。私がすぐあの場から離れていれば、りりの笑顔は守られたのに。
……私の存在が、りりの毒なんだ。
私が急に歩くのをやめると、りりの細い身体がドシンと私の背中にぶつかった。
――違うよ。それで完成するんだ。
チラリと高速で走るものを見た。
――今度は一生消えないよ。もう忘れられることもないんだ。
「おい、何をする気だ」
邪魔しないでよ。私はりりの永遠になるんだから。
気付いたら縁石の上にいた。りりは泣いたままその場にへたり込んでいる。そして、異常に気付いた人たちが、私たちをジロジロと見つめていた。
「さようなら。りり、愛してるよ」
泣き叫ぶ声と慌てる声に押されながら、私は嬉々として飛び込んだ。
◇◇◇
体中が痛い。誰かの泣き声が聞こえる。
……あぁ、私はしくじったんだ。




