5.裏側
いつか好きな人ができたら、したいと思っていたことがある。好きな人の家に迎えに行って、一緒に学校に行くことに憧れていた。だから、昨日りりと保健室で約束をした。家の場所も聞いた。何度もスマホで場所を調べて、迷わないようにシミュレーションしてから、眠りについた。
朝目が覚めると、人生で一番の日になると思ってたのに、大粒の雨が降っていた。私はガクンと肩を下げながら、いつもより入念に朝の準備をした。りりには完璧な私を見てほしいから。見えないところまで、全てを可愛くした。
そして、お母さんに買ってもらったお気に入りの花柄の傘を片手に、愛しの人が待つ家へと、歩を進めた。
◇◇◇
何度も確認して覚えた道を間違えずに進んだ。この角を曲がれば、りりの家が見える筈だ。雨模様とは裏腹に私の心は浮足立っていた。
角を曲がると、不思議な光景が視界に映った。こんなにすごい雨なのに、傘も差さないで掌に水を溜めている女の子がいる。そして、何故かそれを見つめて微笑んでいた。その時、私はりりの家庭環境のことを思い出した。直接聞いたわけじゃないし、助けを求められたわけでもない。それに、私に解決できる問題でもないと思う。
そんなことを考えながら、りりの近くに寄った。
「それ、楽しいの?」
私がそう言うと、りりは顔を赤くして、バッと手を隠した。少し考えた後、私もやってみたが、特に何も感じなかった。
髪が雨に濡れてぐしゃぐしゃだったから、体育のために持ってきたタオルで頭を拭いてあげた。そして、少し話してから憧れの一つでもあった相合傘をして学校へと向かった。
◇◇◇
りりに好きだと言ったらどうなるんだろう。そう思いながら、隣の席に座る彼女を見つめた。そうしていると、決まってりりは「な……なに」と、顔を赤くして聞いてくる。私が「可愛いね」と言うと、そっぽを向いて「煩い」と、もごもごと口にする。
じゃあ、好きだよって言ったらどうなる? 「りりも」っていうのかな。それとも、拒絶されるだろうか。いや、どこに行くにもついてくるような子が、そんなことをするだろうか。するわけがないだろう。
◇◇◇
日が進むにつれ、りりが私に依存していることを実感する。少しずつ距離が近くなってきて、今では腕をがっしりと抱かれている。まるで離れないでと言っているかのように。私は、それが嬉しくて頭を撫で、りりが好きそうなことをたくさんした。夏は小型の扇風機をりりに貸し、冬は家を出る時にカイロを袋から出してりりの家に着くころに温かくなるようにポケットに入れた。
カイロは効果抜群だったみたいで、「入れてみてよ!」というと、最初は警戒していたものの、温かいカイロに気付くととても嬉しそうにしていた。その日から、すぐポケットに手を入れてくるようになった。
◇◇◇
私が席を立つと、不安げな顔をして早く帰ってきてという空気を全力で放ってくる。私が、誰かと話していると、嫉妬の目を向けてくる。その目が私を狂わせる。もっとその表情を引き出そうという思考に蝕まれる。
家に帰ると、次はどんな顔をしてくれるのかな。どうやって私を満たしてくれるのかなと、考えるようになっていた。
……良いこと思い浮かんじゃった。
我ながら最高のアイディアだと思った。りりの顔を想像したら、興奮が止まらなかった。机の上に顔を伏して、しばらくその余韻に浸る。
——あぁ、だめだ。こんなこと、絶対にダメなのに。
上がった口角が元に戻らない。ココロがそれを肯定する。りりは私のものなんだから、と。何をしてもりりは私を求め続けるんだから。
更に呼吸が荒くなり、感じたことの無いものが込み上げてくる。
——壊して、壊して、壊し続けて、最後に甘い蜜をあげよう。
机に置いてあった鏡を見ると、恍惚とした表情で、涎を垂らしている顔が映っていた。
◇◇◇
これで、最後と思いながら迎えに行った。すると、いつものりりと少し違うような気がした。私を見つけると、目を輝かせて走っていた。ドアから出てくるりりの表情は希望に溢れていて、空に浮かんでいる太陽のように眩しかった。
そして、いつもは腕にしがみつくだけなのに、今日は全身で抱きついて来た。そして、何かを伝えようとしている。
この感じ……何度も経験したやつだ……。
……りりが言おうとしてる。私が一番欲しかった言葉を。
——ダメだよ。まだ舞台は整ってないんだから。
「変なの。早くいかないと、遅刻しちゃうよ!」
ココロに従い、りりの気持ちを無視し続けることを決めた。
◇◇◇
家に帰ってきた私は、今までにないくらいココロが満たされていた。足早に自室へと向かい、昂る気持ちを落ち着かせた。
「あ……あはは……最高だった……」
今日一日であれだ。一日突き放しただけで、あんなに人は絶望できるものなんだ。まるで人生が終わったかのような表情が、できるものなんだ。
……これが愛なんだ。狂おしいほどに……あなたが欲しい。
明日……明日だ。朝、迎えに来ない私を健気に待っている姿を想像しながら、夜を過ごした。
◇◇◇
もうだめだよ。もうだめ。本当に無理だ。我慢できない。ねえ、いま私どんな顔してるの? 人に見せられる顔してるのかな。いや、絶対していない。だって……あぁ、こんなに気持ちの良いことがこの世に存在したんだ。
迎えに行かなくなってから、二週間。りりはどんどん塞ぎ込んでいった。私の狙い通りに。まるで、一年生の時に初めて会った頃のように。
でもね、でもね。初めに戻ろうとしても無理なんだよ。だって、もう私という存在を知ってしまったんだから。だから、殻に籠ったつもりでも、腕の隙間から私を見ていることも知ってるんだ。授業中も、私を見ないように意識しているのも、知ってるんだよ。
私が見逃すわけないじゃん。その顔を、壊れていく顔を見るために、こんなひどいことをしてるんだから。
——ほんとにひどすぎる。よくあんなことして興奮できるよね。
◇◇◇
翌日、しつこく絡まれていた男の子に告白された。りりを壊すために関わってただけなのに、何を勘違いしてるんだろう。私の心はりりだけのものなのに。だけど、あなたのおかげで最高のりりが見れたと思うと、少しは感謝しようと思った。
そのせいで帰りが遅くなってしまった。
……家の前に誰かいる。
薄暗くて良く見えなかったが、距離が近づくにつれて理解した。雨なのに傘を差さない女の子。私の大好きな女の子。今こそ、彼女に幸せをあげよう。とっておきの、最高級の幸せを。そして、私たちは一緒になるんだ。
私はだらしなく崩れた表情をしながら、その子に少し離れたところから声を掛けた。「りり、待ってたよ」と。




