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こっち向けの魔法だよ!-君を好きになる魔法-  作者: パーシバル田中
番外編:水瀬

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7.告白

 入院中、警察の人が話を聞きに来た。人を取り締まることが仕事のくせに、私を怒らなかった。テレビで見る警察とは、大違いだった。手錠でも掛けてくれると思ったのに。

 お母さんとお父さんが来た。お母さんは泣いてたけど、お父さんは呆れていた。いつもはその顔が嫌いだったけど、何故か今は嬉しかった。


「ごめんなさい」


 お母さんがお父さんを帰らせてから、二人きりの部屋でそう言った。色んな人に迷惑を掛けてしまったから。それを、私は何も考えていなかった。警察の人が言っていた。人を悲しませてはいけないよ、と。


「凪沙が無事でよかった。本当に、良かった……」


 私が目を覚ましてからずっとこんな調子だ。理由も聞かずに。私がどんなに身勝手な人間か、理解していないんだ。私が悪い子だって、この人は知らないんだ。


「……女の子が好きなの」


 りりと白瀬くん以外の人に、初めて打ち明けた。七年間秘密にし続けた私の本性を。誰にも知られたくない私の秘密を、初めて私から言った。あぁ、きっと落胆するだろうな。愛した娘が、異常だったんだから。いや、もしかしたら気付いていたのかもしれない。だって、一度も男の影を見せたことが無いんだから。


「……好きな人が苦しむ顔を見るのが好きなの」


 お母さんは「どういうこと?」と、信じられなさそうな声を出した。その顔を私は見ることができない。


「ダメだって、分かってるのに止められないんだ。そうしないと、私は満たされないの」


 涙で枕がびしょびしょに濡れていた。静かな病室に私の嗚咽だけが響いた。


「なんで、何も言わないの。どうして怒らないの?」


 両手で顔を隠しているお母さんに問い掛けた。しくしくと泣くだけで何も言わない。


 ……そうだよね。こんなの、おかしいもん。


 私は病気なんだ。だって、人間は男と女で愛し合うのが普通なんだから。結婚して、子供を産む。それが、女の幸せなんだって、テレビでも言ってたから。


「普通になれなくて、ごめんなさい」


 腕が痛い。足も痛い。心はもっと痛かった。


「……もしかして……あの子なの?」


 お母さんが震えた声で言った。りりを紹介したことは無かったが、どこかで見たのかもしれない。


「随分前のクリスマスで……凪沙があんなに張り切るのは珍しいなって思ってたんだけど。あの子なの?」


 私はこくんと頷いた。お母さんは無理に笑おうとしている。何故そうしているのかが、微塵も理解できなかった。それに、きっともう嫌われたに違いない。目の前であんなことをしたんだから。聖女でもない限り、私を見限るに違いない。


「……付き合ってるの?」


 無言のまま数分経った。そして、私は口を開いた。


「お母さんは、好きな人に避けられたらどう思う? 毎朝迎えに来てた人が来なくなったらどんな顔をする?」


 私が言いたいことを察したんだろう。ひどく歪んだ顔をしている。それ以上は言わないで欲しいと、言っているようにも見えた。


「悲しいよね。寂しいよね。辛いと思う。それは分かってるんだ。分かってる……筈なんだ」


「……でも、一度それをしたいって思っちゃったら、止められないの。……おかしいよね。今だって、りりが苦しんでる顔を想像するだけで……こんなに興奮できるんだ。こんなの……狂ってる……」


 りりが来てくれたら、壊れた者同士で愛し合おう。それで二人が満足するならいいじゃん。周りがなんて言おうと、それが私たちの愛し方なんだから。

 近づいて、近づいて……離れるんだ。そして、また数年後に再会する。何度も依存して、狂おしい程に執着して、完膚なきまでに破壊する。


 ——それが、私たちの純愛なんだ。


 お母さんは言葉を失くしているようだった。面会終了の時間になっても、親だからか帰らされることは無かった。私が帰んなよって言うまでは。

 きっと、私が傷付かない言葉を必死に探してたんだと思う。お母さんはいっつもそうだったから。お父さんのことが嫌いだということも知ってたし、弟たちを好きになれないことも知ってた。そんな母でも、私の異常性には気付けなかった。


 ……私から言ってたら良かったのかな。


 ◇◇◇


 りりが来ないのは、きっと白瀬くんに止められているんだと思う。保護者面したあの男は、最初から私とりりを遠ざけようとしていたから。普通の感覚では、それが正解なんだろう。でも、私たちは普通じゃない。壊すことに快感を覚える女と、壊されることに幸せを見いだせる狂った女だ。どうして常識を身に纏ったような男が、間に入れると思っているんだ。


「……苦しいよ」


 ぽつりと本音を零したその時、ドアが開いた。看護師さんだと思って音の方を見ると、目を腫らして充血してる女の子が立っていた。私があの日強引に渡したパーカーとショートパンツを履いて。


「何年着てるの。それ」


 視界がぼやけて良く見えなかった。傷に染みて痛かった。自分が情けなくて苦しかった。それでも、りりが来てくれたことが、どんなことよりも嬉しかった。

 そして、りりがゆっくりとベッドのそばに置いてある椅子に座った。


「……なぎさ、りり……嫌い?」


 たどたどしい言葉でりりが言った。いつものような明るさは無かった。


「……大好きだよ。愛してる」


 静寂が狭い部屋に訪れた。もしかしたら、りりは別れようとしているのかもしれない。りりを泣かせたのは一回や二回じゃない。もしかしたら、ここにいなかったかもしれないんだから。見切りをつけたとしても、不思議ではない。


「や、約束……覚えてる?」


 そんなものしない方が良かったんだ。守れるはずが無いんだから。重たい約束をする度に、私はそれを自分の欲のために利用する。


「りりを……傷付けないって……言ってくれた」


 知ってるよ。忘れるわけないじゃん。別れたいなら、早く言えばいいのに。


「守れなかった。守ろうと、しなかった。私は、りりを傷付けて笑ってたんだよ。ねえ、知ってる? りりを傷付けて、失望させて、私は——」


 柔らかい感触が唇に伝わった。視界がりりでいっぱいになる。


「や、約束……するよ。りりは絶対に……絶対に、あなたのそばから……離れない……!」


 意味わかんない。私はあなたを苦しめる存在なのに。一緒にいちゃダメな筈なのに……。どうしてあなたはこんな私を求めるの。どうして、私はあなたをこんなにも求めてしまうの。


「えへへ。絶対に……離さないんだから」


 ドアの方から足音が遠ざかる音が聞こえた。正論しか言わなくて、女の子の扱いを知らなくて、とっても嫌な奴。それでも、助けを求めたらすぐに駆け付けてくれるんだろうな。


 ——綺麗事にはならないよ。私の欲は……一生無くならない。


 りりに伝えるのはどうだろう。私はこんな人間だよって。それでも、そばにいてくれるの? って。きっと、白瀬くんは反対するんだろうな。あいつは過保護なまでにりりに甘いから。


「ねえ、ずっと聞きたいことがあったの。答えは分かってるんだけど、りりの口から聞きたいんだ」


 気付いたらりりの顔がはっきり見えるようになっていた。小さい顔に大きい目、少しずつ柔らかくなってきた頬。健康的とは言えない身体からは、甘い香りが漂っている。私が好きな柔軟剤の香り。


「私と白瀬くん、どっちが好きなの?」


 りりは顔を赤くしながら「わ、分かってる……なら……いいでしょ」とそっぽを向いてしまった。そして、小さい声で「なぎさに……決まってるでしょ」と言ってくれた。

 綺麗事にするつもりは無い。私の罪が消えることも無い。

 そして、痛む腕を必死に動かして、りりの膝に乗せた。


「ねえ、聞いて。私のこと……知ってほしいんだ」


 ……これが、今の私の答えだ。

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