2.葛藤
放課後、話し掛けようと思っていたが、明日香ちゃんと話している間に、そそくさと星月さんが帰ってしまった。まだ中学校生活は始まったばかりだ。焦ることは無いと、自分に言い聞かせた。
「ごめんね! もう帰らなきゃ!」
そう思っていた筈なのに、口からは別の言葉が出た。急いで帰る支度をして、教室を出た。階段を下って靴箱から乱暴に靴を取り出して中靴と履き替えた。急いで外に出て辺りを見渡したが、彼女の姿は見当たらなかった。
そして、私は肩を落としながら、帰路に就いた。
◇◇◇
家に帰ると、弟二人がお父さんと笑いながらゲームをしていた。お母さんはその様子を微笑みながら見ていて、いつもの光景が広がっていた。この抑えられない感情を誰かに聞いて欲しかったが、その隙はどこにもなかった。
「お帰りなさい。中学はどうだった?」
私に気付いたお母さんが、話し掛けてきた。私は「普通だよ」と返し、椅子に座った。何が面白いのか分からないゲームの画面を見つめながら、テーブルに置かれたチョコを口に運んだ。
「あんまり食べすぎないでよ? ご馳走あるんだから」
話を聞くと、始業式だからという名目で出前を取ったとのことだった。きっと弟たちにせがまれたんだろうと思った。
「お母さん、あのね……」
私がそう言うと、ひどく心配しているような顔が向けられた。その瞬間『女の子が好き』なんて言ってしまったら、空気が最悪になる想像をしてしまった。
「友達いっぱいできたよ。今度連れてくるね」
咄嗟に別の話題を出すと、お母さんは明るい顔になって「いつでも連れておいで」と優しい声で言った。
もやもやする心にごめんね、と謝りながら、もう一つチョコを頬張った。
◇◇◇
目の前には、想像以上に豪華な夕食が並んでいた。お寿司だけでもお腹いっぱいになりそうなのに、ハンバーグや唐揚げなどが乗ったオードブルがある。そして、何故かカレーがあった。
「瞬が食べたいんだって」
お母さんがため息交じりの声で言った。お父さんは弟たちに甘い。小さい頃に私がお人形がほしいといった時は我慢しなさいと言ったくせに。
「あっそ」
そう言ってから、一番高そうなお寿司を食べた。
◇◇◇
お風呂を済ませてから、自室で日記を書いた。この中だけでは、素直になれる。星月りりを好きになったこと。約束をしてしまったこと。名前で呼び合いたいこと。
一通り書き終わってから、ベッドの上で仰向けになった。白い天井を見つめていると、何故だか少し苦しくなる。自分の性格が良くないことは知っている。皆に好かれるように振る舞ってるから。それをやめたら、きっと私の周りから人がいなくなるだろう。
星月さんのことを思い出したら胸がキュンとする。こんなに他人を想うのは初めてだ。小学生の時に、皆が格好良いと言ってる男の子から告白された時でもこんな感情にならなかった。
目を瞑ると、可愛らしい顔が浮かんでくる。睨みつけている星月さん、震えてる星月さん、泣いてる星月さん。どれをとっても、愛おしい。恋ってすごいなと、心から思った。
◇◇◇
次の日、早く学校に行きたくて急いで準備した。お母さんから「まだ出るのは早いんじゃない?」と言われたが、待ちきれなかった。お父さんと出る時間が被りそうだったから、少しずらして家を出た。
教室に入ると、星月さんが泣いている姿が目に入った。なんで!? と、声が出そうになったが、取り敢えず挨拶から始めた。
話を聞くと、明日香ちゃんは挨拶をしただけだと言う。そんなので泣くのかなと、少し考えたが、昨日の感じだとあり得るなと思った。
「体調悪いのかな?」
小さい声で聞くと「うーん、聞いたんだけど、答えてくれなくて。顔赤いから熱あるのかも?」と、明日香ちゃんが答えた。
「私が聞いてみる! もう少しで仲良しになれそうなんだ!」
そう言って星月さんのところに向かおうとすると、明日香ちゃんが私の袖を掴んで少し視線をずらしながら、口を開いた。
「……言いにくいんだけど、あんまり星月さんと仲良くしないほうがいいかもよ? 聞いちゃったんだけど、小学校の時に色々あったんだって」
私が「知ってるよ?」と言うと、明日香ちゃんは、少し驚いたような表情を見せた。少し間が空いて、彼女は「じゃあ、任せるね」と言った。
◇◇◇
家に帰ると、騒がしい弟がいた。いつもドンドンと床を鳴らしながら走り回っている。煩いと言っても聞かないし、少し怒ったら、逆に私がお父さんに怒られる。
だから、もう何も言わない。前までやってたお世話もしない。この家で、私の味方はお母さんだけなんだから。




