38.君を好きになる魔法
戻ってきた部屋のモニターには、音楽ランキングの映像が映っていた。星月が配信で歌って踊っていた曲もいくつか流れた。
そして今、部屋の中にいる三人は座る場所で揉めていた。星月は水瀬の隣に座りたいと駄々をこね、白瀬がやめた方が良いと止めた。水瀬も星月の隣が良いと言い、白瀬が同じく止めた。結局、白瀬が二人に睨まれながらも、間に座ることとなった。
「りり、プンプンさんです!」
頬を膨らませた星月が、白瀬の耳元で叫んだ。彼は右耳を急いで塞ぎ「お前たちが並んで座ったら良いことが起きない」と静かに言った。どうやってどかそうかと考え込んでいたとき、テーブルの上に乗っているおにぎりが目に入った。
目を輝かせながらそれを頬張り、あまりの美味しさに夢中になった。
◇◇◇
思い出したかのように、水瀬を見ると、白瀬とまた何かを話しているようだった。
「だから、私はりりが『ダイスキ』なの! 邪魔しないでよ!」
美味しそうな言葉を口にしている水瀬を横目に、二つ目のおにぎりを口に入れた。ここの店のおにぎりは小さいなと、批評しながら続きを聞いた。
「お前の気持ちは分かったが、それは星月を——んだ。中学、高校でお前は星月に何をした。まだ分からないのか?」
よく分からない話を延々と続ける二人に、星月はうんざりしていた。そして、四つ目のおにぎりをもぐもぐと食べ進めた。
「分かってるけど、そうしちゃうんだもん! ダメだと分かってるけど……なんであなたにこんなこと言わないといけないの!」
——何の話なんだろうね? もしかして、りりのことなのかな?
『逆になんだと思っているのですか?』
星月は目を丸くした。そして、持っていたおにぎりをそっと皿の上に戻した。
◇◇◇
目を閉じて、二人の話をよく聞いてみた。今まで経験したことが無いくらい、集中して、耳を傾けた。すると、たまにノイズのような、外国語のような音が聞こえた。それを突き止めようと考えてみるが、少し経つと何を考えていたのかも分からなくなっていた。
この部屋に入ってから、何度も経験した現象に心当たりがあった。水のように零れ落ちていく感情を、水瀬が教えてくれた。そんな気がした。
「あなたはりりのなんなの!?」
ガタンと大きな音に驚いた星月は、急いで目を開き、視線を白瀬の向こう側にいる水瀬へと向けた。
「りりのことスキなんでしょ! だから、私とりりを遠ざけようとするんだ。そうなんでしょ!」
喉の奥から何かが出そうな感覚になり、口を両手で覆った。また、水瀬に汚い姿を見せたくなかった星月は、二人の逆を向いて水をごくごくと飲みこんだ。
「何度も言っているが、そういう感情は無い。お前の思い込みだ。ただの友達だ」
次は、胸の奥から何かが出てきそうな感覚になった。むかむかして気持ち悪かったから、水を飲んで落ち着かせた。
『……りり、私は……良いと思う』
ホイップに、何がいいのかと聞くと、フローラが反対した。水瀬と白瀬はまだ話を続けている。そして、ある単語が耳に入ってくると、決まって何かが喉から出ていきそうになった。
——わかっちゃった……りりは……
『いけませんわ。何故あんな女なんか……』
——りりはあなたのものじゃない!
『……私は……あなたですわ。そして……』
——じゃあ、同じだね!
『……違いますわ』
その後もごちゃごちゃと言っていたが、視界を外側に戻した。言葉は何度も聞いた。あっているかは分からなかったが、きっとそうだと信じた。まだその意味を理解していなかったが、その言葉を言うことに意味があるんだと、理解した。
「——分かった。俺も言い方を変えよう。仮にそうなったとして、お前はその癖をやめられるのか? 欲を止められるのか?」
何かを言っている白瀬の前を通り過ぎ、水瀬の前に立った。白瀬が「おい!」と慌てているが、気にしなかった。水瀬は興奮しているのか、いつもより息が荒かった。
「り、りり……私——」
水瀬が言い切るより前に、彼女の柔らかい唇を塞いだ。
「え…………」
戸惑う水瀬を、星月は容赦なく抱きしめた。
「えへへ……なぎさをスキになる魔法、だよ」
水瀬だけに聞こえるように、小さい声で囁いた。星月の耳元では声を殺して泣いている音が聞こえる。そして、少し離れた場所で大きな溜息が聞こえた。
『何故……そっちは、茨の道ですわ』
水瀬の甘い香りで肺が満たされ、心さえも満たされたような気がした。
——りりは……それでもいい。
「好き……大好き……」
まるで白瀬などいないかのように、二人はその言葉を言い合った。心に刻み込む様に、何度も、何度も言った。
◇◇◇
モニターから流れているアイドルの歌は、星月の恋を映しているようだった。俺が星月から逃げた直後に配信で歌っていたあの歌だ。彼女が配信活動をしていると知った後に、見たその歌が、何故か頭から離れなかったんだ。
その配信のアーカイブには、何故泣いているのか、というコメントが残っていた。当時はそこまで深く考えていなかった。しかし、過去を知った今では、星月が苦しんでいたとはっきりわかる。……そう思いたいだけかもしれない。余計なお世話なのかもしれない。しかし、何もしないわけにはいかない。
大切な友が傷付いて壊れてしまわないように、俺はできることをしよう。何があっても、俺は絶対に星月を見捨てないことを、勝手に約束しよう。
本編完結です!
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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明日からは、水瀬編が始まります。
あと少し、お付き合いいただけますと幸いです。




