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こっち向けの魔法だよ!-君を好きになる魔法-  作者: パーシバル田中
4章

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37.アイノカタチ

 目を覚ますと、水瀬と白瀬が言い合っていた。大きな声で、怒鳴り合っている。何が楽しくてそうしているのか分からなかったが、恐らくどちらが海老みたいに顔を赤くできるかを競っているのだろうと、星月は思った。だからか、星月は今、顔に力を入れて対抗している。


「どうだー! りりの勝ち!?」


 勢いよく立ち上がり、飛ぶようにして白瀬と水瀬の肩を交互に叩いた。すると、二人は同時に「煩い!」と叫んだ。星月は、更に顔を赤く染めた二人を見て、勝てないと悟った。そうか、二人は別の次元に行ってしまったのかと。しかし、それで諦める星月ではなかった。


「ブンブンさんしたらりりの勝ち! はい! ぷんぷんさんなりました! かちー!」


 気をよくした星月は、部屋に設置されていた電話を取り、水とおにぎりを十個頼んだ。


「ねえ、私のこと怒ってないの? 二回も、りりを傷付けたのに」


 星月の肩に寄りかかっている水瀬が、小さい声で言った。何を言っているんだろうと思いながら、彼女の匂いを堪能した。この香りはきっとりりのためにあると、確信に近い感情を抱きながら。


「……あんまり嗅がないで欲しいんだけど」


 だったら、その匂いを発生させなければいいのにと言いかけたが、どうやって消すんだろうと想像しているうちに、声を出すことを忘れてしまった。


「エリート君、物知りさん?」


 白瀬は目を細めながら水瀬を見つめていた。声が届いていないのか、緊張しているのかのどちらかだと確信した星月は、大きな声で再度話しかけた。しかし「そうだな」と言うだけで、視線は水瀬に向けたままだった。そして、星月は納得の答えに辿り着いた。


 ——ねえ! ねえ! そうだよね!?


 『……なにが、そうなのですか?』


 言わないと分からないなんて、まだまだだね。と、ドヤ顔を心の中で披露し終えた星月は、首をゆっくりと縦に二回振った。


「りり……えと……あー…………トイレ!」


 肩に乗っていた水瀬を吹き飛ばし、重たいドアを開けた。すたすたと歩きながら、作戦は完璧だと、鼻を高くした。


 『りり、そのまま帰った方が良いですわ。あそこは危険ですわ』


 星月は唇に指を当てながら、熟考した。あらゆる場面を想定しながら、歩を進めた。そして、女子トイレに入って大きな鏡の前に立つと、自分の他に見知った顔があることに気が付いた。


「……ふわふわさん?」


 危険な香りを振りまく水瀬の顔を鏡越しに見つめながら聞いた。


 ——なぎさちゃんは、エリート君とルンルンしたい筈だったのに!


 そして、星月はあることに気が付いた。トイレに来たのなら、することは一つだろう。


「あー! りり、ぐらぐらさんしたいんだった!」


 一人で騒ぎながら足早にその場を離れ、カラオケ店から出ようとした。すると、何故か水瀬がぴったりとくっついて離れない。頭が混乱した星月は、もしかしたら目の前の女の子はお腹を減らしているのかもしれないという結論に至った。


「二人で、話したいんだけど……いいかな」


 水瀬がそう言うと、星月の顔がパーッと明るくなった。やっぱり予想は合ってたんだと。


「こっち!」


 星月は水瀬の手をグイっと引っ張り、元居た部屋を目指して駆けた。女子トイレを通り過ぎ、角を曲がる。数字が書かれた部屋を何個か通り過ぎた後、立ち止まって振り返った。そして、冷や汗が止まらなくなった。


「エリート君どこいった!?」


 きょろきょろと見渡すが、どれも同じ部屋で見分けがつかない。焦る気持ちを必死で抑え、深く深呼吸を一度挟んだ。もう一度。そして、もう一度。


『呼吸です! 吸ってー、吐いてー。同じです!』


 訳の分からないティンクを無視しながら、深呼吸を続けた。隣にいる水瀬をゆっくりと覗き込むと、ポニーテールを傾けながら眉を上げて立ち尽くしている。その顔を見つめると、何故か身体が震え始め、その場にしゃがみ込んでしまった。


「大丈夫!? 具合悪いの……?」


 水瀬が星月の背中を摩り、困惑していた。すると、彼女がバッグの中から茶色く濁った液体を取り出し、目の前に差し出した。星月はいきなり何をしだしたんだと困惑したが、彼女は飲めと言っている。涙目になりながら、首を勢いよく振っていると、水瀬は何故かクルクルと蓋を開け始めた。


「ご、ごめんね! 蓋開けないと飲めないよねっ!」


 何かの使命に憑りつかれたかのように、せっせと蓋を回している。そして、飲み口が顔を出すと、またしても目の前に悪魔の液体が現れた。低い声で呻き声を上げていると、後ろから更に低い声が聞こえてきた。


「……大丈夫か?」


 バッと勢いよく振り返ると、白瀬が目を腫らして立っていた。部屋が分からなくなったとは口が裂けても言えない星月は、吹けない口笛を吹きながら、何もなかったかのように立ち上がった。そして、水瀬の手をとり、それは早くしまいなさいと、念を送った。すると、水瀬はほっとした様子で液体をバッグの中にしまった。星月が、願いが叶ったと自慢気に鼻を鳴らしていると、白瀬が呆れたように溜息を深く吐いた。


「よく分からないが、こいつは水しか飲まないぞ?」


 白瀬が水瀬に低い声で語り掛けると、彼女は顔を赤くして「知ってるし!」と強い口調で言った。それを受けて白瀬は「そうか」と静かに言ってから、踵を返して星月たちを部屋に案内した。


『戻らない方が良いと思いますわ』


 フローラの声を聞いた星月は、その場に立ち止まり、頭上で光っている蛍光灯を見つめた。無機質に輝いているものを取ろうかと腕を伸ばし、踵を浮かせてみた。しかし、空を切るばかりで一向に届く気配がしない。ブンブンと手を振っていると、先を歩いていた水瀬が寄ってきて、星月を見つめている。


「りりって、一人で遊んでるときあったよね。ほら、雨の時に掌に水を溜めてたりしてたし。……もし、あの時気付いてたら……」


 水瀬の顔が段々沈み込んでいく。星月は、この女の子は笑ったり怒ったり落ち込んだりと、とても忙しい人なんだなと思った。


「えい! こっち向けの魔法だよ!」


 星月は、水瀬の涙で濡れた頬を両手で挟み、自分の方へと向けた。唇がとんがっており、山ができたと、面白がったがそれを口にすることは無かった。実際には、「やま!」とだけ言ったが、それ以降は自重した。

 じっくりと水瀬のことを観察していると、胸のあたりがキュンと締まる様な感覚になり、その感情は何なんだろうと、自問した。しかし、その答えは掴んだと思ったら霧となって消えた。そして、それを考えていたことさえも、水の中に溶けて消えてしまった。


「……なんだっけ」


 顔を真っ赤にしている水瀬を他所に、星月は独り言のように呟いた。つい最近までは気にならなかったこの感覚が、今では不快で仕方がない。大事な感情が勝手に家出していくことが、耐えられない。


「タコさんかな?」


 水瀬の頭から湯気でも出るのかと思って彼女の頭頂部より少し上を見つめ続けたが、特に何か出るような気配はなかった。掌から伝わる熱気に気が移ると、挟まれている水瀬の顔に気付いた。大きい瞳に長いまつ毛。少し濡れた頬に、赤い唇。どこを切り取っても理想の女の子だった。


「あ……あの……」


 可愛らしい口から可愛らしい声が漏れている。星月は右目を彼女の唇に近づけて、何故可愛いのかを突き止めようとした。しかし、白い歯が見えるだけで自分と何も変わらないことにすぐ気付いた。


「あーんしてくださいねー!」


 たまに行く歯を見る人の真似をしながら促したが、開く気配はない。


「……いやですっ」


 水瀬が小さい声で拒否したため、どうしようかと考えていると、またしても低い声で「そろそろやめたらどうだ」と、声がした。そして、周りを見渡すと白瀬の他に知らない男女が星月と水瀬のことをじろじろと見ていた。白瀬は知らない人たちに頭を下げ、何かを伝えているようで、男女はそそくさと早足で歩き始め、角を曲がって姿を消した。


「いまだ!」


 水瀬が両手で顔を隠している隙に、口を開けようとしたが、固く閉ざされていて、開けることは不可能に思えた。


「何を見せられているんだ……」


 白瀬がボソッと呟いてから、二人の手を取ってすぐそこの部屋に入った。

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