33.再々回
どれほどの時間が経っただろうか。彼の早い鼓動に自らの音を重ねてから。たまに鼻を啜る音が混ざることも気にも留めず。
「ねえ……教えて」
星月の高い声が静かに響いた。しかし、心臓は絶えず音を鳴らしているのにもかかわらず、白瀬の口は何も発しなかった。
「りり、知らないの……いや」
震えた声が、白瀬に届いているのかもわからなかった。
「どうやって伝えたらいいのかが、俺にはわからない。伝え方を間違えたら……どうする」
届いていたようで安心した。でも言っている意味はわからない。星月はベッドに寄りかかり、白瀬と向かい合った。彼の目尻からは、絶え間なく水が流れていた。
「俺の間違いは星月を傷付けることになる。君は、どう思う?」
また白瀬の悪い癖が出たと思った。聞いているのに、聞いてくる。
『きっとこの男は気付いていますわ。私たちに、聞いていますわ』
あなたたちは私なんだから、知っていて当然だと思った。どうやらそういうことではなかったらしく、驚愕した。
「先ほども言ったが、俺はもうやめるべきだと思っている。続けるにしても、適切な人間に任せるべきだ」
声が何度か頭に響き、星月は頷いた。白瀬は真っすぐ星月を見つめている。
「いやいやって、言ってる」
白瀬が星月の隣に座り「本当にいいのか」と聞いた。
「しつこいですわ……だって」
彼はため息を吐き、やがて口を開いた。長い間口を動かしているように感じたが、実際に声を発したのは一言だけだった。
「——つまり、ルンルンさんだと、俺は思う」
星月は脳をフル回転させ、彼の言葉を読み解いた。つまり『トモダチ』とは良い言葉らしい。少し違和感があったが、気にしないことにした。
「エリート君も、ルンルンさん?」
ベッドと箱しかない部屋で、星月は聞いた。白瀬は即答せず、迷っているように見えた。
「そうだな」
頬が赤く染まっているのが見えた。星月はそれを指で摘まみ、食べるふりをした。その後、白瀬を見つめ続けたが特に面白いことは起きなかったので、立ち上がった。白瀬が「気分を変えよう」と言ったため、外に出た。
◇◇◇
目の前には機械がズラリと並び、リズミカルな音楽が鳴り響いていた。ある人は喜び、別の人は機械の前で悔しがっている。星月はその様子をただただ眺めていた。
「エリート君、じょーず?」
星月は機械を指さして聞いた。白瀬は「さあな」と短く返事をして、両替をする必要があると言った。機械の前に立つと、一回百円という文字が書かれていた。財布の中を見ると、丁度百円があったため、投入口に入れると、突然機械から「レバーを動かしてね!」という音が聞こえた。
「えええエリート君! どうしたらいいの!?」
星月はレバーをガチャガチャと動かした。爪がゆらゆらと動き、やがて下に動き、何もないところを掴もうとしていた。
「ちゃんと狙いを定めないといけないんだ。ぬいぐるみ本体ではなく、タグなどの引っかかる場所を探せ。これだったら、服に穴があるだろ? そこを狙ってみるといい」
星月は持っている札を全て百円玉に変えた。パンパンに膨らんだ財布を白瀬に見せつけ、先ほどの機械に十枚入れた。
「エリート君、やってみて!」
白瀬が慣れた手つきでレバーを動かし、ぬいぐるみの少し奥に止めた。爪がゆっくりと下がっていき、空を切ると思った。しかし、爪の一本が服の間に入り込み、見事に持ち上げた。ぬいぐるみはぶらぶらと爪と一緒に移動し、やがて獲得口に落ちた。
「エリート君すごい! いっぱい取って!」
期待の眼差しを白瀬へと向け、鼻息を荒くした。
「いいだろう。この店のぬいぐるみは全てくれてやる」
星月は家の中がぬいぐるみで満たされることを想像した。エリート君、賑やか先輩、陽だまりさんなど、名前を付けてあげようと思った。
「この台は……まずは動かした方がよさそうだな……」
白瀬がぶつぶつと独り言を言いながら、レバーを動かしていた。ガコンと音がしたと思ったら、取り出し口から大きな犬のぬいぐるみが出てきた。星月はそれを受け取り、抱きしめた。彼が欲しいものがあるか見てみようと言い、他の台を探した。
すると、一台の機械の中に気になるものがあった。白瀬にこれがいいと言おうとしたが、先客がいた。甘い香りを撒き散らし、茶色の髪を後ろに結い上げている。彼女はレバーを動かし、爪でぬいぐるみを挟んでは落とすを繰り返していた。それを五回程繰り返した後、星月が近づいた。
「ねえねえ! 穴にすーん、くいってすれば取れるんだよ! エリート君やってくれるの見てて!」
丁度彼女が百円玉を入れた直後だった。機械から声がなり、音楽が頭上から鳴り響く。星月はにこにこと微笑み、白瀬は汗を垂らしている。目の前の女性は、時が止まったように星月を見つめていた。
次話は21日に投稿されます。




