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こっち向けの魔法だよ!-君を好きになる魔法-  作者: パーシバル田中
3章

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31.虚室

 身体が重い……

 意識ははっきりしているはずなのに。

 身体が……動かない。


「——ちゃん!」


 高くて可愛らしい声が頭に響いた。


「りりちゃん! 大丈夫!?」


 星月は目を開いたが、ぼやけてよく見えなかった。


『賑やか先輩です! 近いと、思います!』


「賑やか先輩……近いと、思います……」


 ぼんやりと頭の中に聞こえた声をそのまま声に出した。


「ねえ! 汗凄いよ! あと、すごい魘されてたよ! 大丈夫!?」


 えー?と言いながら、星月が自分の額を触った。たしかにびしゃびしゃに濡れていたが、暑かったからだろうなと思った。額だけでなく、身体のあらゆるところが汗で濡れている気がした。


「あつあつさん。りり、びしゃびしゃしてる。いやー」


 奈々が大変だ—!と言いながら、部屋を出ていった。


『騒がしさんです! 今日から、変更です!』


 星月は身体を起こし、部屋を出た。階段を下ってリビングに入った。奈々が白瀬に何かを話している。


「こそこそさんしてるなー!」


 白瀬と奈々の間に星月が入ると、二人とも肩をビクンと跳ね上げた。


「りりちゃん、こっちこっち! 汗だくだからシャワー入んなよ!」


「……星月、それは置いてけよ?」


 星月は手にもっていたものをテーブルに置き、風呂場へ向かった。


 ◇◇◇


 その部屋には本がずらりと並び、整理された机にはパソコンとノートが几帳面に置かれていた。白色のレースカーテンがまるで呼吸しているかのようになびいていた。


「星月。気になることはいくつもあるが、俺が一番確認したいことはあれが今存在するかどうかだ」


 あれが何のことかはわからなかったが、わかってる風を装うことにした。


「どこだろうね! かくれんぼしてるのかなー? わくわくさんかも!」


「これから星月の家に行こう。どこかにあるかもしれない。何かを思い出す可能性がある」


 宝探しかなと思い、白瀬の後を追いかけた。


 ◇◇◇


 星月は慣れた手つきで鍵を開け、廊下を見渡した。左右三つずつドアが並び、その奥にはリビングに繋がっている。


「見せたくないところはいい。部屋を案内してくれないか?」


 ルームツアーというものだろうか。一度やってみたかったんだと、星月は思った。


「エリート君わくわくさんだね! こっちの三つとそっちの二つ、どれがいい?」


 わくわくしながら白瀬の返答を待っていると、「二つ?」と星月に問いかけた。


「星月、ドアは全部でいくつある? 奥のリビングのは抜いて、左右だけでいい」


 まさか白瀬がドアの数を数えられないとは思わなかった。多分、ルームツアーが楽しみで仕方がないのだろうと思った。


「こっちが、三つ! それでー、こっちがここと、ここ! 二つ! わくわくさんぎゅーぎゅーしちゃったね!」


「思ったより早く見つかりそうだな。ドアは左右三つずつだ」


 星月は驚愕した。まさか長く楽しみたいあまり白瀬が幻覚を見ているとは。星月は、白瀬の頭を撫で、慈愛の女神のように微笑みかけた。


「うんうん。るんるんしたいもんね。一回目が終わったら、二回目もしようね?」


 二回目が終わったら、三回目をしてあげようと思った。


『流石に三回はやりすぎだと思いますわ』


 あなたはわかってないねと、思った。白瀬は五回はやりたいと思っているに違いない。


「……左のドアはどこにある? 教えてくれ」


 今までの人生で一日に二回もこんな感情になったことがあっただろうか。否、ない。


「エリート君、あつあつさん? おでこ、ごっつんしよっか?」


 狭い廊下の中が静寂に包まれ、白瀬が頭を抱えた。天井から零れる薄橙色の灯りが、二人の影を作る。


「あつあつさん? 俺が? どういう意味か分からないが、ドアは——」


 片方の影が少しずつ近づき、やがて重なった。


「んー……あつあつのような、きんきんのような……わかんないや!」


 星月は額に神経を集中させるが、判断できないでいた。白瀬が星月を引き離し、口を開く。


「熱はない。確認で言っているだけだ。お願いだから、ドアの場所を教えてくれ」


 星月は首を傾げながら、「ここと、ここ!」と、指をさした。すると、白瀬が「開けてもいいか?」と聞いてきた。本当は自ら開けて驚かせたかったが、仕方なく了承した。


「鬼が出るか、蛇が出るか。そもそも、俺が踏み込んでいい領域なのか……」


 白瀬が壁に手を突いたまま、ぶつぶつと何かを言っている。星月は、知らぬ間に隠し扉でも作ったのかと思い、気持ちが昂った。


「エリート君、くるくるってするやつ、いつ作ったの? りり、知らなかった!」


 星月は白瀬に問いかけたが、返事は返ってこなかった。その代わり、「よし、開けるぞ!」と、彼が壁を引いた。ここに来て三度目の驚愕が来るとは思いもしなかった。


「何も……無い? いや、そんなはずは……」


 また白瀬が独り言を言っている。隠し扉の先には何もない部屋があり、鼻を突くような匂いで満たされていた。彼は部屋を一周し、二周した。五周ほどした後、星月の前で止まった。


「エリート君、ルンルンさんだね! 五回回れてよかったね!」


「楽しくて回っていたわけではない。恐らく、ここにある。見る準備は、いいか?」


 手品でも見せてくれるのかと思い、心臓の音が大きくなった。白瀬が部屋の奥にあるクローゼットのつまみをぎゅっと掴み、深呼吸してから開け放った。

白瀬が中を覗くと、声にならないような音を零しながら両手で目を擦っていた。目尻からは細い水滴が頬を通りやがて床に落ちた。


「エリート君? 手品さん終わったの? りり見逃しちゃった」


 星月は白瀬の脇から顔を出し、クローゼットの中を見渡した。


 星月はその場に倒れこみ、中にあったものの上に、顔を打ち付けた。

次話は17日に投稿されます。

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