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こっち向けの魔法だよ!-君を好きになる魔法-  作者: パーシバル田中
大学編序盤

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03.鼻歌

 すっかり見慣れた廊下の掲示板の前。

 星月は新しく貼り替わった張り紙を見上げるようにして、一人佇んでいた。


「ふんふーん」


 ご機嫌な鼻歌を響かせながら、張り紙を眺めていた。


『あらあら、ご機嫌さんね』


 壁一面に斜光が差し込み、紙面を明るく照らしている。

 星月は眩しそうに眼を細め、上から順に視線を滑らせた。


「わくわくさんだからね! 白い鳥さんいっぱいで、たのしー!」


『危険です! 白い鳥さん、チクチクされてます!痛そうです!』


 弾むような笑顔を浮かべた。


「ちくちくさん、痛い? 大丈夫?」


 迷いのない動作で右腕を持ち上げ、画鋲で留められた紙を引きはがそうと指をかけた。


「……何をしているんだ?」


 指先を紙にかけた姿勢のまま、星月は後ろを振り返った。


『うーうー! エリート君です! 再発見です!』


「エリート君! 白い鳥さん、ちくちく痛いって! パタパタしたいよー! って!」


 星月は、白瀬の目の前に距離を詰め、覗くようにじっと視線を合わせた。


「ち、近い! 君にはパーソナルスペースというものが無いのか!」


 視線を泳がせる白瀬を、じっと見つめている。


「白い鳥さん、取っちゃ...だめ?」


 星月は、じりじりと距離を詰めた。


「何故更に寄る!? 取ってはだめだ! まだ見ていない人が困るだろ!」


 星月は肩をうなだれ、残念そうにする。


「白い鳥さん...ダメだって。我慢してね。エリート君が、けちんぼさんだから」


 白瀬の腕を指先で何度もツンツンと突いた。


「頼むから、やめてくれ……周りに人もいるんだ。これではまるで……」


 星月は周りを見渡し、人がいないことを確認した。


『うーうー! 赤いトマトさんまたいました! 真っ赤っかです!』


「エリート君、またトマトさんになってるよ? ふーふーする?」


 口をすぼめ、ふーふーと息を吹きかけた。


「と、トマトさんではない! 君が近いのと、スキンシップに動揺しているだけだ」


 白瀬は数歩距離をとり、深く息を吐きだした。


「星月。約束してくれ。いや、無駄だというのはわかっている。わかっているが……」


 星月は、口角を上げ、ニコッと白瀬に笑いかける。


「エリート君がりりに、なむなむさん! どーぞ!」


 白瀬はぎこちなく視線を逸らした。


「ここは人通りが多い。そして、俺も……その、恥ずかしいという感情がある。わかるか?」


 白瀬の顔が今までで一番赤く染まっている。

 星月は、一歩小さく歩を進め、赤く染まった顔をじっと見つめた。


「君には無いようだが……」


 白瀬は深くため息を吐き、静かに首を振った。それから、ゆっくり星月の目を見つめ返す。


「エリート君、この距離、黒い雲さんって……こと?」


 耳元に顔を近づけ、小声で囁いた。


「……黒い、雲さん。どういう意味だ」


 目を見開いたまま動きを止め、何かを探すように視線を泳がせ、険しい顔で考え込んでいる。


「いや、まて。……くそ、そうだ! 黒い雲さんだ! この距離を保て!」


 白瀬との空間を確認した。


「エリート君」


 視線を戻し、一度瞬きを挟む。


「なんだ」


 一瞬の沈黙の後、壁に掛かったモニターに、人差し指を向けた。


「あっち! ぴかぴかさん、呼んでる!」


 白瀬の手に伸ばしかけた手を途中で止め、そっと引き戻す。


「ど、どうした?」


 白瀬との距離を測るように腕を伸ばした。


「エリート君、黒い雲さんだから! 手、ダメかなって」


 口元をすぼめ、足元へ視線を落とした。


「……急にはだめだが、申告してくれ」


 伏せていた顔を勢いよく上げ、満面の笑みを白瀬に向けた。


「いや……申告されても、承諾できな——」


 白瀬が言い切る前に、星月が距離を潰す。


「エリート君! 手出して! 出発するよ!」


 白瀬の手をがっしり掴み、勢いよく駆けだした。


「うぉ! 急に引っ張るな!」



 モニターの前で足を止め、掴んでいた手とは逆の手を画面に向けた。


「これ! りり、今日休みになった!」


 モニターには、休講情報が表示されている。


「発達心理学。休講……か。そういえば、どこの学部なんだ?」


 星月は、ごそごそと、トートバッグの中身を探る。


「じゃーん! キラキラカード...だよ!」


 小さく胸を張り、ふふんと鼻を鳴らした。


「それは……学生証か。そんなに、自慢気に見せるものではないような気がするが」


 学生証には、教育学部 幼児教育学科 星月 りりと書かれている。


「ちっちゃい子と、たくさん遊ぶんだよ! るんるんさん!」


 弾むような笑みを向けた。

 背筋を伸ばし、学生証を見せつけている。


「そ、そうか。あー……似合ってると、思う」


 白瀬は視線をずらし、星月の手をどけた。


「エリート君は、誰と遊ぶの?」


 白瀬は小さく咳ばらいをしてから、視線を星月に向けた。


「学生証を取り出すのは非効率的だ。口頭で言うぞ。法学部法律学科だ。弁護士を目指している」


 瞬きを数回してから、白瀬の顔をじっと見つめる。


「おっきい子と、お話しするんだね! むーってしながら」


 きゅっと眉根を中央に寄せ、口元をへの字に曲げてみせた。


「そうだな。そんな感じだ」


 白瀬は、肩を震わせながら、笑っている。


「エリート君! にこにこさん! りりも、にこにこさん!えへへー。いっしょ!」


 えへへと笑みをこぼし、しばらくの間、二人の笑い声が響いていた。

 そして、白瀬が時計を見る。


「おっと。もうこんな時間か。悪いが、講義があるんだ。星月は、休講なんだろ? 気を付けて帰るんだぞ。近頃物騒だからな」


 ポカンと口をわずかに開け、目を丸くした。


「じゃあな」


 星月は、手を振り、白瀬の背中を見つめている。何かを閃いたように、歩き出した。


「エリート君! またね!」


 足音を響かせて颯爽と追いかける。

 白瀬の肩口からひょこっと顔を出し、悪戯っぽく目元を緩ませる。


「っ! だから、それをやめろと言っただろ!」


『うーうー! エリート君、笑ってます! 怒ってません!』

「エリート君、たのしーね!」


 白瀬は、頭を抱えているが、口角が上がっているのが見えた。

 星月は、白瀬が行く方とは逆に進む。

 口角が上がり、鼻歌を歌う。


『あらあら。今日は、ご機嫌さんね』

「うん! 一緒だったから!」

ありがとうございました!

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