29.家族
「どうするべきか……」
星月の自宅から二十分程歩いた頃、白瀬が口を開いた。
突然足を止めたかと思うと、頭を抱え始めた。
星月は、歩き疲れたことを伝えたかったが、そんな隙は見当たらなかった。
「俺は実家暮らしなんだ。星月とは違って。当然、人がいる。」
だから何だと思ったが、星月は大げさなくらい首を縦に振った。
「二人いる。ただそこら辺にいる人間だと思ってくれればいい。」
白瀬がスマホを取り出し、耳に当てた。
少しの間沈黙していたが、やがて口を開けた。
「後で事情は説明するが、あと三十分程で帰る。夕飯を一人分追加してほしい。」
あと三十分も歩く事実に肩を落とした。
手早くスマホを取り出し、いつも使っているタクシー呼び出しアプリを開いた。
現在地に呼び出しをタップし、画面が呼び出し中に変わった。
「あぁ。頼む。ありがとう。」
白瀬が電話を終えると同時に、星月はスマホの画面を彼の鼻先に押し付けた。
「りり、ぐでぐでさん!てくてく、いや!」
『りり、それでは画面が見えませんわ。』
たしかに!と、言いながら、スマホを少し離した。
白瀬がタクシーなんか使うな!とか騒いでいたが、耳を塞いで聞こえないふりをした。
白瀬から逃げるように早足で歩いていると、目の前にタクシーが停まった。
スマホに表示されたナンバーを確認し、一致したため白瀬を呼んでから乗り込んだ。
まだ隣でぐちぐち何かを言っていたが、窓の外を眺めながら聞き流した。
『エリート君、見直したよ!りりが、るんるんさんだ!』
星月の顔が窓に反射しているのに気づいた。
その顔は、口角が上がり、目元が緩んでいた。
そして、少しだけ赤く染まっているように見えた。
◇◇◇
星月は少し困惑していた。
白瀬の家に着いたのは良いが、そのあとのことを考えていなかった。
タクシーが二階建ての一軒家の前で止まり、降りたまではよかった。
支払いはアプリ内で完結するため、白瀬に遅れをとることはあり得ない。
しかし、白瀬は言っていた。
—二人いる。—
どんな人なのか、白瀬とどんな関係なのか。
気になって仕方がなかった。
白瀬の袖を掴みながら、玄関に入った。
そこには、二人の女性が立っていた。
一人は、星月と同じくらいの背の高さで、腕を後ろで組みながら頬を膨らましている。
髪を明るめの茶色に染めており、緩く巻かれていた。
もう一人は、優しそうにニコニコしている。
綺麗な黒髪で、肩にかかるくらいの長さだ。
「怜央くん!?どういうこと!?」
茶髪の女の子が白瀬の目の前に立ち塞がった。
白瀬はため息をつき、煩い、と、小さく言った。
「女の子連れてきて、煩い!?だれが!?」
お前だ。と、言いながら靴を脱ぎ、スリッパを履いた。
どうぞ、と言いながら、星月の前にスリッパを黒髪の女性が置いてくれた。
「怜央から話は聞きましたよ。りりちゃんって言うんでしょ?疲れたでしょう。自分の家だと思ってゆっくりしてくださいね。」
星月は、あまりの包容力に絶句した。
靴を揃え、スリッパを履いたが、家で靴を履くのは嫌だなと思った。
『うーうー!ポカポカします、お布団さんです!認定します!』
『あらあら、お布団さんは人間を呼ぶのには適しませんわ。』
『陽だまりさんです!決まりです!』
「陽だまりさん!」
白瀬が、”ひなこ”という名前を教えてくれた。
「あだ名を付けてくれるなんて、いつ以来かしら。少し照れ臭いわね。」
こっちにいらっしゃい、と言われ、リビングに移動した。
リビングには、見慣れないものがたくさんあった。
星月にわかるものは、やたら大きなテレビ、五人は並んで座れるであろうテーブル、フカフカそうなソファくらいだった。
「りりちゃん!」
リビングを眺めていると、目の前に茶髪の女の子が現れた。
『うーうー!賑やかさん、認定です!』
「賑やかさん!よろしくね!」
賑やかさん!?と、騒いでいたが、白瀬に煩い、と言われていた。
「あたしは奈々っていうの!奈々先輩って呼んで!」
これでも二歳年上だ、と教えてくれた。
「怜央くん!?正真正銘おね——」
白瀬が奈々の口を塞いだ。
星月はその光景を微笑みながら見ていたが、白瀬が奈々の耳元で何かを言っているように感じた。
「……賑やか先輩。」
「バカにしてる!?怜央くん!黙ってないであたしの凄さ教えてあげてよ!」
白瀬はあきれた様子で、無い、と呟いた。
『温かいですわね。』
——なに?
「ほら、あなたたち。遊んでないで手伝ってちょうだい。りりちゃんは、ここに座ってね。」
ひなこが椅子を優しく叩き、星月を手招きした。
星月は、引き寄せられるようにひなこの元へ歩いた。
「りり、お手伝いする!」
星月は、手を高く上げながら言った。
「あらあら、それじゃ、お言葉に甘えさせてもらいますね。こっちよ。」
星月はスマホをテーブルに置いてから、ひなこを追ってキッチンに移動した。
そこには、大きな皿の上に所狭しとおにぎりが並んでいた。
「わぁー!ころころさんぎゅーぎゅーしてる!にぎにぎさんなの?」
一瞬、ひなこがコップに水を注いでいた手が止まった。
その後、何事も無く動き出した。
「それ、テーブルに運んでくれる?」
おにぎりが乗った皿を指さしながら、ひなこが言った。
星月はパーカーの袖を捲り、そーっと皿を持ち上げた。
思ったよりも重く感じたが、期待に応えるために歩き出した。
途中で白瀬とすれ違った。
悪いな、とすれ違い様にぼそっと話しかけられた。
奈々ともすれ違い、わーい!と、おにぎりを一つ持ち上げ、口に放り込んでいた。
星月以外の三人は、キッチンでなにやら作業をしていた。
ひなこは水の入ったコップをお盆にのせ、白瀬は皿を洗っている。
奈々はひなこと白瀬の間を巡回しているようだった。
……あっ。
ガシャン!と、大きな音がどこからか聞こえた。
三人が慌てた様子で星月を見た。
白瀬が近づき、その後奈々が寄ってきた。
何が起きたのかわからなかったが、二人とも心配しているように見えた。
キッチンの奥にはひなこが立ち尽くしていた。
そちらに行こうと足を踏み出すと、足の裏で温かくて柔らかいものがぐしゃっと潰れた。
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