28.誕生
本話には、精神的に強い負荷を伴う描写があります。
苦手な方は、絶対に読まないようお願いいたします。
ずっと待ってたんだ。
雨が冷たくて、身体が震えた。
会えるのかもわからなかったから、怖かった。
それでも、ここを離れるともう会えなくなるような気がしたんだ。
「りり、風邪ひいちゃうよ。」
あなたがいなくならないなら、それでもいい。
「あ、会いたかった……から。」
水瀬がハンカチで、私の顔を拭いてくれた。
その温もりを求めるように、自分から頬を擦り付けた。
すると、水瀬が私を抱きしめてくれた。
今までの苦痛が嘘だったかのように感じた。
「なぎさ、ちゃん……」
水瀬が私を包み込んでくれる。
目を閉じると、水瀬との境界が無くなったように感じた。
「こっちきて。」
水瀬が私の手を引いて、歩き出した。
庭を抜け、ドアを開けた。
玄関は暗く、人の気配はなかった。
身体が硬直しかけていたが、それどころではなかった。
言われるがまま階段を上り、部屋の前にたどり着いた。
「ここ、私の部屋だから、待ってて。」
水瀬がドアを開くと、ふわっと甘い香りが漂い、水色を基調とした部屋が現れた。
中に入ると、水瀬がタオルを一枚くれた。
髪を拭き、靴下を脱いでタオルの上に置いた。
座るのは床が濡れるとまずいと思い、立っていた。
ぽたぽたとスカートから水滴が落ちた時は、雨の中で待っていたことを少し後悔した。
やがて、階段を上がる足音が聞こえ、ドアが開いた。
「座ってもよかったのに。これ、私のだけどいいかな?」
首を縦に振り、服を受け取った。
紺のパーカーに、短パン。
私は制服を脱ぎ、受け取った服を着た。
水瀬の部屋を改めてみると、見たことが無いものばかりだった。
イスぐらいの高さにある布団が目についた。
そこに水瀬が座っている。
私の知っている布団とは、明らかに違う。
水瀬が、こっちきてと、手招きしてくれた。
言われたとおりに隣に座り、水瀬に寄りかかった。
布団は思ったよりもずっとふかふかして柔らかかった。
「何処に行ったのかと思ったよ。まさか、家の前にいるとは思わなかった。」
水瀬が私の肩に腕を回し、頭を撫でながらそう言った。
私はそれが無性に嬉しかった。
「凪沙ちゃんが……いなくて、辛かった……」
そっか、と短く水瀬が返事をした。
「りりの……そばに、いてほしかったの。」
引っ込んでいた涙が頬を濡らした。
「いやなとこ、なおす。してほしいこと……する。」
水瀬を押し倒し、見下ろした。
「もう、どこにも……いかないで。」
私の涙が、水瀬に落ちる。
「お願い……りりを、置いてかないで。」
「りりは、あなたのこと——」
「だめだよ。」
突然肩を掴まれ、視界がぐるんと反転した。
身体が布団に沈み込んだ。
私の上にいる水瀬は、泣いていた。
身体を震わせ、涙が私の顔に落ちてくる。
「私は、あなたが思ってるようないい子じゃない。あなたと、一緒にいる資格が……無い。」
頭の中が真っ白になった。
言っている意味が、分からない。
「資格なら……ある。凪沙ちゃんは、りりの特別。」
私は水瀬の頬を撫で、涙を拭きとった。
ずっと一緒にいよう、そう心の中で唱えながら。
「わ、私、りり、の……こと……」
うん。
「——じゃない……と、とく……べつ、なんか……じゃ、ない。」
「それに。りりの、その、特別は違うよ。ま……間違ってる。」
何が……どう、なって……
「教えてあげる。最後に。」
さいご?
「それは、ね。友達って、いう……言うんだよ。」
なに、それ。トモダチ?
特別……じゃない?トモダチって……なに?
「だ、だか……だから、ほら。もう……帰って。」
水瀬が離れていく。
私は仰向けに倒れたまま、水瀬の枕を濡らした。
布団から立ち上がると、水瀬が部屋のドアを開けた。
何も言わず、前を歩く水瀬についていき、玄関に着く。
制服を受け取り、靴を履いた。
「その服、あげる。あと、傘。これも、あげる。」
袋に入れられた制服と傘を受け取り、水瀬を見た。
「明日……来て、くれる?朝、りりの……ところに。」
もう、これだけでいい。
お願いだから、うんって、言って。
「もう、行かないよ……め、めんどう……だったから。ずっと」
「だから、バイバイ——」
前が見えない。
声も出ない。
「はや、……早く、帰って……くれないかな?」
いやだ。
そんなの……
本当に……ダメなの?
「帰ってよ!!!」
突然の大きな声に身体がビクッと跳ねた。
私は勢いよく反転し、水瀬に背を向けた。
後ろから何か聞こえた気がしたが、もう聞きたくなかった。
ドアを大きく開け、走った。
◇◇◇
家に帰ってから、ずっと泣いていた。
みっともなく声を上げながら。
どこで間違ったの。
何がいけなかったの。
なんで、部屋に入れてくれたの。
なんで、話しかけてきたの。
なんで、クリスマス誘ったの。
どうして、約束破ったの。
もう……いやだ。
——あなたがいない人生なんて。
◇◇◇
声が、聞こえた。
最初はあなたが来てくれたのかもと思って、窓を見た。
でも、違った。
その場に座り込むと、目の前には水色の箱が置かれていた。
腕を伸ばし、箱を開けると、大量の手紙の他に紐が入っていた。
その紐を取り出し、ぎゅっと握りしめた。
——これで、終われる。
ついさっきまで流れていた涙はもう止まっていた。
私は最後に記録ノートを取り出し、少しだけ書いて箱に入れた。
紐を結ぶと、あの子の顔が浮かんだ。
私を呼ぶ声。甘い香り。
細いのに、柔らかい身体。
目を閉じたら、今までの出来事が走馬灯のように蘇った。
——最後に夢を見させてくれて、ありがとう。
心が軽くなった。
最後にあなたが来てくれたと感じたからかな。
苦しいまま終わらないように。
少しでも楽にいけるように。
『——!』
どうしたの?
あなたも、お別れの言葉をくれるの?
『りり!通じましたわね。それは、必要ないでしょ?捨てなさい。』
結んでいた紐を箱に放り投げ、声を待った。
『そんなこと、許しませんわ。そして、あの女も。絶対に。』
もういいんだよ。終わったんだから。
『ダメです!私も、許せません!』
『ですが、生まれてしまったことは、別ですわ。あなたは私。受け入れましょう。』
あぁ、そういうことか。
あなたたちは、私。
私はあなた。
……甘い香りがする。
私が欲しかったものは、これだったんだ。
『あはは!私たち、仲良しさんになれそうだね!』
そうだね。
あなたの名前は……ホイップにしようか。
甘い匂いと一緒に来たから。
『うれしー!りり、私は絶対にあなたを傷つけない!』
うん。
あなたはいなくなったけど、私にはあなたがいる。
私はまだ、生きていけそうだ。
◇◆◇
「休憩だって!」
白瀬が言葉を探すように口を震わせていた。
瞳からは涙が流れ、ズボンに染みを作っていた。
星月は、ずっと我慢していたことを、白瀬に告げた。
「エリート君、金魚さんみたい!パクパクするぞー!」
困惑する白瀬を他所に、星月が腕を広げた。
大袈裟に開閉を繰り返し、白瀬へ迫る。
「星月。これから俺は星月の内面に踏み込むことになる。」
両腕が白瀬を飲み込むまでもう少しだったが、白瀬の言葉が星月を静止させた。
「言葉は選ぶが、何が起こるかがわからない。専門家ではないからだ。君の了承が欲しい。」
——エリート君がリョーショーだって!なんだろう!
『覚悟を見せてもらいますわ。何かあったら、この手で——』
「じーってするって!」
星月は指で輪を作り、目元を覆った。
どこだー!と、白瀬を中心に歩き回った。
「いいか、悪いかが欲しいんだ。ただでさえ理解しがたい話がいくつもある。加えて星月の言葉が難解すぎて頭がパンクしそうだ。」
歩き回る星月を気に留める様子もなく、白瀬が淡々と語った。
予定では白瀬が後ろをついてくるはずだったが、立ち上がる様子もない。
『いいと、私は判断しますわ。決めるのは、りりです。』
「……いいって、言ってる。」
白瀬の背中を突きながら、星月は悔しそうに口を尖らせた。
次は失敗しないと心に誓った。
「今日はもう解散しよう。休息は大事だ。君も疲れただろう。俺も、翻訳作業が必要だ。準備ができたら連絡するから、連絡先を教えてくれ。」
星月はスマホを取り出しロックを解除してから、白瀬に差し出した。
「はてなさんぎゅーぎゅー!」
白瀬は少し固まっていたが、しばらくするとスマホを操作してから星月に返した。
また勝手に遊びを始めたのかと思ったが、そうではなかったみたいで肩を落とした。
白瀬が帰るというので、エントランスまでついて行った。
自動ドアが開き、白瀬が手を振りながら去っていく。
しばらく立ち尽くしていたが、衝動的に走り出し、彼を追いかけた。
やがて追いつき、手を掴んだ。
「えへへ!捕まえた!りりも、いこーっと!」
どこにだ!と、白瀬は叫んだが、星月には聞こえていないようだった。
白瀬の手を引き、いつもより早い足取りで歩き出す。
どこまでも広がる夜空の下、二つの笑い声が響き渡った。
中学編最終話となります。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
お楽しみいただけたでしょうか。
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次回から三人称視点に変わります。




