27.運命の人
人間が嫌いだった。
勝手に期待されて、落胆されるから。
だから、顔を伏して閉じこもってたんだ。
外の世界を拒絶するかのように。
あの日、強引に私の世界に入ってきた人がいた。
一つの約束だけを携えて。
なんでその手を取ったのかは、今でもわからない。
◇◇◇
人が人生で出会う人数は約三万人らしい。
いつか見た本に書いてあった。
すれ違う人、教室にいる人、全部合わせた人数だ。
私はあまり外に行かないからもっと少ないと思うけど。
夜空に浮かぶ月を眺めながら、そんなことを考えた。
窓を開け、手を伸ばしてみたけど、近づいている気配さえ感じなかった。
私が月になれたら、あなたとずっと一緒にいられるのに。
昼は私で、夜は月になるんだ。
そうしたら、あなたも見つけやすいでしょ?
キラキラ光る星よりも。
新月の日は、私を思い出してほしい。
私もあなたを想って眠りにつくよ。
◇◇◇
胸が苦しいんだ。
あなたを——と、身体が言うことを聞かないの。
心臓の音が早くなって身体が熱くなる。
そして、何故か涙が出るんだ。
今もこうしてる間に——が零れてる。
でも、わからないんだ。
わかるなら、教えてほしい。
◇◇◇
向き合うことにした。
この名前のない感情と。
考えれば考えるほど、心臓が痛くなる。
呼吸が浅くなって、——が保てなくなる。
でも、あと一歩だと思うんだ。
喉の真ん中らへんまで来てるから。
いつからだろう。
きっと、——になった次の日だと思う。
あなたが他の子に優しくしてたのを見たとき。
なんで、私からじゃないの?って思ったんだ。
それから、また違う子と……手を……握ったり。
腕を……抱いて。
やめてほしかった。
あぁ、そうか。これが——なんだね。
フローラが言ってたのはこれか。
とっても、苦しい。
◇◇◇
私は止まらない涙を拭い、四ページしか書かれていないノートを読み直した。
所々涙で滲んでいて、読めなくなっていた。
パタンとノートを閉じ、目を瞑った。
……わかった。
——ようやくわかったよ。
私は、あなたの特別になりたいんだ。
理解すると、苦しみも痛みも何もかも軽くなった。
残るは、水瀬が受け入れてくれるかどうか。
でも、答えは知っていた。
受け入れてくれるに決まってる。
だって、約束もしたし、私をずっと受け入れてくれてるから。
三万人の内の、たった一人。
それがあなただったんだね。
私は、ノートを水色の箱にそっと入れ、
明日伝えようと決意した。
◇◇◇
翌朝、窓の外を眺めていた。
水瀬がいっつも手を振って立っているところだけを。
私はその場所に行くことにした。
雲一つない青空の下で、あなたを待つ。
頭の中で何度も反復し、練習した。
あとは、声に出すだけだ。
甘い香りが柔らかい風に乗り、漂ってきた。
その香りの元へと駆け寄り、全身で水瀬を抱きしめた。
「おはよ。」
水瀬の首元に顔を擦りながら言った。
そして、全身で水瀬の温もりを感じ取る。
胸が満たされていく。
もう少しで満杯になるところだったのに、水瀬に離されてしまった。
「ど、どうしたの?何かあった?」
そうなの!
私、伝えたいことが……
「えと……あの……」
あのね、気付いたんだ!
ずっと、苦しかったの。
「あ、あ……りり……」
いっぱい考えたよ。
私の気持ち、受け取って。
「……」
「変なの。早くいかないと、遅刻しちゃうよ!」
私は口を震わせていたが、それを水瀬が気付くことはなかった。
手を引かれ、教室までの時間は話すことができなかった。
◇◇◇
聞こえなかったのかな?
『口からは何も出ていませんでしたわ。』
あれ?そうだっけ?
『少なくとも、私はそう感じましたわ。』
そっか。でも、時間は無限にあるんだから大丈夫。
今は……誰かと話してるね。
また後にしよっか。
◇◇◇
全然私のところに来てくれない。
ずっと誰かと話してる。
こんなこと今まで一度もなかったのに。
今日に限ってこんなことある?
もう少しで昼休み。
そこで話をしよう。
◇◇◇
やっと昼休み。
水瀬は一人座っている。
急げ。水瀬が私を待ってるはずだ。
「なぎ——」
「あ、ごめん!これから用事あるんだ。ほんとごめんね!」
そう言い残し、足早に教室から出て行ってしまった。
そっか。用事があるなら仕方ないか。
取り残された私は、水瀬が座っていた椅子に腰を下ろした。
ここで、待っててやる。
しばらくすると、水瀬が帰ってきた。
私は勢いよく立ち上がると、ガタン!と、後ろの席に椅子がぶつかってしまった。
ごめんなさいと、謝っていたら水瀬がいなくなっていた。
自分の席に、戻ろう。
腕を枕にして目を瞑っていると、ツンっとわき腹を突かれた。
来た!
「さっき、私の席で座ってたでしょ!」
待ってたの。
水瀬が忘れないように。
「りりって、意外と積極的だよね!」
水瀬が来てくれないからじゃん。
「そんなこと、ない。」
もうどこにも行かないようにしないと。
そう思って、水瀬の手を取ろうとした。
「あ!私行かないと!またね!」
伸ばした手は空を切り、寂しさだけが残った。
水瀬の後ろ姿を追っていくと、教室のドアの方で男の子と話していた。
私より、そっちを選んだってこと?
嫌だよ。
私はゆっくりと立ち上がり、ふらふらと歩き出していた。
何度か机にぶつかった。
そのたびに、ごめんなさいと、謝った。
今、私の前には水瀬と男の子が楽しそうに話している。
なにを話しているのかはわからない。
水瀬が私に気付く前に、水瀬の制服の袖をぎゅっと握りしめた。
水瀬が、ちょっと待っててと、言った。
ちょっとって、どれくらい?いつまで待てばいいの?
聞きたかったけど、喉が閉まってて言えなかった。
流れる涙をそのままにして、自分の席に戻った。
その日は、水瀬が私の元に来ることはなかった。
きっと、今日は忙しくて忘れちゃっただけなんだ。
そう思うことにした。
◇◇◇
翌朝、いつものように窓から外を眺めていた。
雲が空を覆い、窓がガタガタと揺れている。
いつもの時間はとうに過ぎていた。
少し遅れているのかもしれない。
20分経った。
まだ来ない。
30分経った。
まだ来ない。
1時間経った。
もう、来ないだろう。
学校に着くと、2時間目が始まろうとしていた。
先生に何か聞かれた気がしたが、ごめんなさいと伝え、席に着いた。
右斜め前には、水瀬が座っていた。
どうして来なかったの。
一人で先に行っちゃったの?
……昨日の男の子と、待ち合わせしたの?
私のこと、いらなくなったの?
◇◇◇
水瀬が迎えに来なくなってから、何日経ったのかもうわからない。
朝の支度が終わったら、学校に行く。
授業中は教科書に集中し、それ以外の時間は顔を伏して外界を絶った。
放課後、窓を叩きつけるような雨が降っていた。
誰もいなくなった教室を出て、廊下を歩いた。
忘れかけていた声が、どこからか聞こえてきた。
必死に辺りを探し回ったが、その姿は何処にもいなかった。
気のせいかと思い、再び歩き出す。
靴を履き替え、外に出た。
雨に打たれたが、気にすることなく歩き続けた。
あなたは、約束してくれた。
私を傷つけない。私を守ってくれる。いつまでも。
ねえ、私は今傷付いてるよ。
今、何を考えているの。
私のこと、考えてくれているの。
今、誰と何処にいるの……
ずっと側にいてほしいだけなのに。
約束を一つ、足してほしいだけなのに。
私があげられるものなら、なんでもあげる。
嫌なことがあるのなら、直すから。
なんでもするから、側にいて……
——一生のお願いだから、私を側に置かせて。
気付いたら水瀬の家の前にいた。
ずぶ濡れになりながら、ずっと待っていた。
嗚咽を漏らしながら、その姿が見えるまで。
街灯が辺りを照らし、肌寒くなってきたとき、
足音が一つ、近づいてきた。
頭頂部を打っていた雨粒が消えた。
遠くから声が聞こえた気がした。
何処からかはわからなかったけど、確かに聞こえた。
見上げると、そこには水瀬が立っていた。
28話で中学編最終話です。
※28話は精神的に強い負荷を伴う描写があります。苦手な方は絶対に読まないようお願いいたします。




