21嫉妬
水の粒が足元を容赦なく叩き続けている。
一歩足を進めると、私の全てを濡らした。
手を差し出すと、雫は塊となって手の平を駆けだした。
ゆっくりと傾けると、塊は抵抗することなく零れ落ちた。
私は、その様を夢中で眺めていた。
「それ、楽しいの?」
目の前には花柄の傘をさした水瀬が立っていた。
私は、咄嗟に手を隠した。
「私も、やろうかな?」
水瀬が手の平に水を溜め、流していた。
何が楽しくて手を濡らしているんだろう。
「んー、よくわかんないや!それより、風邪ひいちゃうよ?」
水瀬に引き寄せられ、タオルで頭を拭かれた。
なんで、水瀬がここにいるんだろう。
「一緒に行く約束してて、正解だったね!面白いりりも見れたし!」
約束……した覚えはないけど、楽しいんだったらいいや。
そんなことよりも、水瀬の記憶を消してやりたい。
「……おもしろく、ない。」
私が腕を掴むと、水瀬が一瞬固まった気がした。
人生初の相合傘をしながら、学校を目指して歩き出した。
◇◇◇
「みんな、怒ってる……よね。」
門をくぐると、急に不安になってきた。
きっと教室に入るなり囲まれて睨まれるに違いない。
「昨日も言ったけど、ありがとうって伝えておいてって言われたくらいだったよ!」
ありがとう?なんで?
「だから大丈夫!あと、あの二人もすっごい怒られてた!私はまだ許してないけど。」
それでも、謝ろう。
何故だか今は、何でも出来る気がする。
「何かあったら、私を頼ってよ!」
そうしよう。今までとあんまり変わらない気がするけど。
「水瀬ちゃん……あ、ありがとう。」
靴を脱ぎながら、少し早口で言った。
こんなことも、出来てしまう自分が恐ろしい。
「水瀬ちゃん!?昨日は凪沙ちゃんって呼んでくれたのに!?」
私はしらんぷりをして、水瀬を置いていくように教室に向かった。
◇◇◇
何故、こんな状況になっているのか。
水瀬は、大丈夫だと言っていた。
それなのに、どうして私はみんなに囲まれ、俯いているのか。
水瀬に助けを求めようにも、私の席を中心とした檻から追い出され、役に立ちそうにない。
私を頼ってよ!と、豪語していたにもかかわらず。
何よりも、なんでも出来そうな気がするというのは、文字通り気がしていただけだった。
「ちょっとー!なんでなのー!」
檻の外からキャンキャン騒いでいる水瀬が煩い。
「星月さん。」
机を挟んで向かい合っている、黒髪ロングの女の子が口を開いた。
多分、この女の子が親玉だ。
「大丈夫?殴られたって、聞いたけど。」
頭の中がはてなで埋まる。
聞き間違いだろうか。
「水瀬が教えてくれたよ。ひどい顔しながらね。」
どうやら、怒ってはいなさそうだ。
ひどい顔の水瀬、見たかったな。
「あ……あの……」
怒っていないのなら、目的を果たせそうだ。
「ご、ごめ——」
「ごめんね。保健室、いくべきだった。」
あれ?私の声、どこいった?
「気を失ったとも、聞いてたし、心配したんだけど。あのあとすぐ競技に出ないとだったし。」
確か、私は水瀬と……
来なくてよかったかもしれない。
「えと……水瀬ちゃん、が……いた。」
「うん。それで、大丈夫かなって思っちゃって。ごめんね。」
その考えに至ったことに感謝したいくらいだった。
「りりも、ごめん……なさい。」
黒髪ロングが水瀬に、言わなかったの?とため息交じりに聞いた。
言ったよ!と返していたが、身に覚えがない。
「あのね、あなたたちのペアが走れなかったから、私のペアが2回走ったの。それも、じゃんけんで勝ち取ってね。」
なんだかわからないが、楽しかったのならよかった。
「だー!!!もう!りりを囲まないでよ!」
一瞬の隙をついて、檻に侵入した水瀬が手を広げて騒いでいる。
その光景が可笑しくて、肩を震わせた。
「初めて、見た。星月さんが、笑ってるところ……」
何を言っているんだろう。私だって、可笑しかったら笑うよ。
「えー!私でさえ見たことないのに!ずるい!」
水瀬の前でも、けっこう笑ってると思うけど。
「えへへ……みんな……ありが、とう。」
大袈裟なくらい水瀬が喜んでいた。
他の子たちも、優しい顔をしていた。
HRのチャイムと共に、それぞれ席に戻っていく。
「あなたたち、随分——だね。」
黒髪ロングの子が手を振って去っていった。
私は、その姿を微笑みながら見ていた。
◇◇◇
すっかり陽が落ち、暗くなった外を眺めていた。
特に理由はないし、余韻に浸っているわけでもない。
相変わらず雨は降っているし、面白いことなど、あるはずもない。
ただ、そこに水瀬が来るような気がして、目を離せなかった。
『初めてですわ。こんな、感情になるのは。』
なにが?
『わかりませんわ。なんなのでしょう。温かい……』
私も……同じ。
『当然ですわ。あなたは、私なのだから。』
私は、あなた……だね。
『夢みたいですわ。りりから、こんなにも……』
水瀬の、おかげだね。
『それは、わかりませんわ。人は変わるものです。』
なにそれ。水瀬は約束を守るよ。絶対。
『純粋なあなたは魅力的ですが……』
『嫉妬です!フローラから、嫉妬の匂いがします!』
嫉妬?なにそれ。
『ティンク。煩いですわ。私はりりが心配なだけです。』
ねえ、嫉妬ってなに?
『……わからない方が、いいですわ。』
りり、わからないの、いや。
『その時が来たら、わかりますわ。』
教えて、くれないんだね。
『りりが取られて嫌になってるみたいです!私には、わかります!』
変なの。あなたは私なのに。
『余計なことは、言わなくていいですわ!』
なんか、必死だね。
『バレバレです!全部、公開中です!』
私は、どこにも行かないよ。
あなたたちも、どこにも行かないでね。
『当り前ですわ!とられたなんて、微塵も思っていませんわ!』
もう、眠たいよ。
今日はずっといい気分だったんだ。
最初から、最後まで。
水瀬は、もう寝たのかな。
水瀬は温かいから、隣で寝てほしいんだ。
そうしたら、寒い日でも好きになれる。
いつか——きっと——いい……よね。
22話も明日19時に投稿されます。




