19.距離
人はこれを、体育祭日和と呼ぶのだろう。
雲一つない晴天の空。
太陽が嬉々として肌を刺激してくる。
この一週間で水瀬に洗脳された私は、この日がくることを心待ちにしていた。
学校中の人々が浮足立っているに違いない。
誰もが一番を目指し、栄誉ある総合優勝を賭けて競争する。
一方が歓喜すると、もう一方は悲哀し、涙する。
世界は、弱肉強食なのだ。
◇◇◇
水瀬が私をやる気にさせるため、そんなことを言っていた。
私が、体育祭が嫌だ、太陽が嫌だ、と駄々をこねると、よくわからない説明を延々と続けた。
さっきからため息しか出ない。水瀬に気付かれないように。
気付かれでもしたら、一番が逃げちゃうとか、一番の魅力についての説明が始まるから。
そんなことを考えながら、二人三脚リレーに参加するため、待機場所に足を進めていた。
グラウンドを見ると、百メートル走が行われている。
何が楽しくて速さを競っているんだろう。
以前、水瀬に聞いたら、楽しいからだと、言っていた。
「どーしたの?」
しまった、気付かれたか。
「い、いや。なんでも……ないよ」
そっか、と短い返事が聞こえた。
ため息は気付かれていないみたいで安心した。
「たのしみだねー!私たちが一番先に、次のペアにバトンを渡そうね!」
一番。
出場を決めてから、水瀬は何度もそれを口にしている。
「一番じゃなきゃ、だめ?」
言わなかった方がよかったと、少し後悔した。
「どうせなら、一番がいいかなー!その方が、楽しいし、嬉しいよ!」
水瀬が喜ぶなら、叶えてあげたい。
力になれるかは、わからないけど。
「そ、そうだね。一番……なろう。」
すると、私たちの前に女の子二人が立ちふさがってきた。
「ねえ、みや。この子たち一番になるとか言ってるよ?」
知らない顔だ。
私より、明らかに強そうな女の子だ。
「そんなに早そうには見えないね?みいも、そう思うでしょ?」
私の前に二人が迫った。
左が小さくてふくよかな女……みやと呼ばれていた。
右が身長が高い女……みい、だと思う。
「特にあんた。弱いくせに目標だけは一丁前な奴、嫌いなんだよね。」
みいと呼ばれた女が、私の額を突く。
私は何も言えず、水瀬の後ろに隠れた。
「ちょっとー。少しは言いかえしてみたら?」
私の腕を握り、水瀬と引きはがそうとしてくる。
私は、水瀬の腕を抱きしめ、抵抗した。
すると、水瀬が女を押し、私の腕が解放された。
女は、尻餅をつき、水瀬を睨んでいる。
「あんたには用はないの。後ろに隠れてるのに話があんの。調子乗んなよ?」
身体がガタガタと震えているのがはっきりわかる。
ただ、一番になろうね、って言ってただけなのに。
どうして、この人たちは目の敵にするんだろう。
「私たちはあなたたちに用はないの。じゃあね。」
水瀬が先を行こうとし、私も後を追いかける。
いつもより、歩幅が大きくて、少し遅れた。
左手を捕まれた。
水瀬は気付いていない。
少しずつ距離が、遠くなる。
「やっと、ゆっくり話せるね?お名前は?」
気味の悪い笑みを浮かべながら、私を見つめた。
助けを呼ぼうにも、声が出ない。
「名前、聞いてるんだけど?」
み、みなせ……ちゃん
たすけて……
「ねえ、さっき押されちゃって、怪我しちゃったんだ。どうしてくれる?」
きづいて……
りり……いない、よ……
「ちょっと、私のりりになにしてんの?」
誰かが私と二人の間に入ってきた。
きっと、水瀬だ。戻って、来てくれたんだ。
「あ……みなせちゃ——」
気を抜きすぎたんだと思う。
水瀬が来てくれたから。
パンっ!と、誰かが私の頬を叩いた。
——え……?
全身の力が抜け、その場に座り込んだ。
私、悪いことしたのかな。
ただ、水瀬と、楽しく——
水瀬が怒鳴っているのが聞こえる。
私の……せいで。
もう、誰が怒鳴っているのかもわからない。
座っているのかどうかも、わからない。
視界が歪む。気持ち悪い。
だめ……もう少し……ににんさ——
身体が揺れている。
それも、本当かどうかはわからない。
誰かが耳元で叫んでいるような気がしたが、やがて消えた。
◇◇◇
今日は、体育祭。
水瀬がずっと楽しみにしていた。
私は、口では嫌と言っていたが、うずうずしている水瀬を見るのが楽しかった。
変な説明も、熱心に話す水瀬が可愛かったから、何度も同じことを言った。
嫌だった練習も、水瀬と一緒だから頑張った。楽しかった。
一番になれたら、楽しいよって。嬉しいんだって。
私達なら、きっとできるよって、水瀬はずっと言っていた。
◇◇◇
夢を見た。
水瀬が私に怒っていて、私は、一人泣いていた。
水瀬がいなくなっても、泣くことしかできなかった夢。
目を開けると、見慣れない天井が見えた。
家じゃないみたいだ。
横を見ると、顔がずぶぬれになっている水瀬がいる。
違う。泣いてたんだ。
意識がはっきりしてくる。
私は、今までのことを思い出した。
全身から血の気が引くのを感じた。
「あ……あ……」
違う……
こんなの……
嘘……だ。
「りり!ごめんね……」
水瀬が顔を上げたと思うと、力なく俯いた。
もう、いやだ——
20話も明日19時に投稿されます。




