17.主観
元気な人たちが走り回り、静かな人はベンチで座っている。
小さい人が転ぶと、座っていた大きい人が駆け寄って頭を撫でていた。
大きな声は小さくなって、やがて消えた。
面白くもないその光景を、私は観察するように眺めていた。
間違い探しをするように、隅々まで。
別の声が聞こえる。
さっきまでの耳障りな声ではない。
もっと、優しい声。ずっと聞いていたい声。
隣を見ると、そこには水瀬がいた。
「やるぞー!一番目指して、がんばろうね!」
隣にいる未経験の女の子は、やる気満々だ。
威勢だけは、いい。
「りり!はやく!足、結ぶよ!」
どこからそのやる気が出てくるのか。
私には理解できない。
「ま、まって。準備、運動。しないと。」
紐を取り出し、結ぼうとしている水瀬を制止する。
素人は、これだから困る。
今回だけは、この子に任せるわけにはいかない。
「えー。早く走ってみたいのに!」
なんで走れると思ってるんだろう。
私も、あなたも、”未経験”なんだよ。
「よし!やろう!結ぶよ?」
どうやら結ばないと気が済まない病気にかかってしまったようだ。
結ぶくらいなら……いいか。
「よし!結べたよ!せーの!で、走るからね!」
——え?
「きゅ、急に……だめっ」
水瀬が足を出したのか、私の右足が引っ張られる。
次の瞬間、転倒した。
向こう見ずにも、ほどがある。
「わ!りり、大丈夫?」
隣にいるバカを、睨みつける。
二人三脚というものを、何もわかっていない。
「ど、どっちの……足から、進むか……決めないと。」
これだけは、わかる。
この先は、わからない。
「たしかに!りり、頭いいんだね!」
水瀬と一緒にいて気付いたが、水瀬は勢いで生きている。
正確に言えば、愛嬌と勢い、だ。
「第1回水星作戦会議を……始めます!」
作戦会議という言葉が好きらしい。
きっと、明日以降は出てこないな。
そして、水星と言うのは、実に水瀬らしく、安直だと感じた。
水瀬の中に入れたような気がして気分がいいことは、絶対に言わない。
「まず、右足から、進みます!」
これも多分、右利きだから。
「水瀬……ちゃんの、右足、から?」
こういうことを確認しておかないと、水瀬は危うい。
「そうです!私の右足から!りりは、えーっと、左足から、になるのかな?」
これで、歩くところから始めてくれるのなら、文句はない。
「これで、走れるね!もう一回やってみよう!」
なんで、走りたがるんだろう。
水瀬は、やるぞーっと呟きながら、立ち上がろうとしていた。
慌てて私も立ち上がる。
また急にスタートの合図をしてくると覚悟していたが、なかなかしなかった。
「りりちゃん。私、勘違いしてたかも。」
突然、水瀬が何かを言い出した。
スキップから始めようとか言いだすのだろうか。
「まず、歩くことから始めた方がいいかも。」
珍しくまともな意見で、ほっとした。
水瀬を侮っていたのかもしれない。
「うん。そ、そうだね。」
水瀬が、せーの!と言い、ゆっくり歩く。
「わ!歩けてるよ!すごいすごい!あはは!」
無邪気に笑ってる水瀬を見ようとした瞬間、転んだ。
右足が水瀬と引っ付いているせいで、普通に転ぶより、痛い。
「ちょっと、休憩しよっか?」
願ってもいない提案に安堵する。
水瀬が紐を解き、近くのベンチに腰掛けた。
「二人三脚。思ったより難しいね。もっとびゅーん!って走れるんだと思ってた!」
ごくごくと水を飲み、少し休んだ。
しばらくしてから、水瀬が立ち上がる。
「よし!もう一回歩いてみよう!」
差し出された手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
「足、結ぶよ!」
紐を取り、水瀬が結ぼうとしているのが、見える。
慌てて、足を引き、水瀬を制止した。
「ま、待って……!りりが、やる。」
水瀬から紐を受け取り、紐を足に巻き付ける。
「あははは!くすぐったい!触んないでよ!」
結ぼうとすると、水瀬の足が逃げていく。
仕方なく、押さえつけることにした。
「っ!また、触ったでしょ!ばか!」
バカはお前だ。
こうしないと、結べない。
「もぉー!今度から私が結ぶから!」
そうしてほしい。
水瀬が暴れるから、何度か顔を蹴られたし。
痛い思いをするくらいなら、恥ずかしい方がましだ。
水瀬が、頬を膨らませ、腕を肩に回してくる。
私も、水瀬の背中に腕を回す。
見つめ合い、こくんと頷きあった。
今度こそ、歩けるような気がした。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回も明日19時に投稿します。




