15.良い言葉
行きたくない。体が重い。
頭も痛くなってきた。風邪を引いたのかも。
熱、計った方がいいかな。
『先ほども、計っていましたわ。』
『健康です!36.3℃、いたって健康です!』
分かってるよ。
でも、行きたくないんだもん。
絶対みんな……怒ってる。
玄関と自室を往復するのは、これで何回目だろうか。
……吐き気もしてきたかもしれない。
『りり。大丈夫よ。私たちがいますわ。』
昨日は、いなくなったくせに。
『……それは、ずるいですわ。それに、その件はもう話し合ったでしょう?』
『うー……ごめんなさい、難しかったです……!』
うん。
あなたたちだけは、信じてる。
ずっと一緒にいるんだもん。
わかってるよ。
それよりも……時間が、やばい。
そろそろ行かないと、遅刻しちゃう。
重い体を持ち上げ、玄関まで走った。
靴を履き、重たいドアを押し開ける。
初夏の日差しが痛い。
雨、降らないかな。
雷が鳴るくらいの。
危険だから登校中止になるかもしれない。
『なりません!徒歩なので!お水さん大量発生すれば、別ですが!』
……知ってるよ。
それに、雨は嫌い。
私は、小さい歩幅で歩き始めた。
◇◇◇
道中、教室に入るときの作戦を立てる時間にした。
ドアをさっと開けて、何事もなかったかのように、自席に座る。
できれば、昨日のメンバーに、ごめんねと言う。
怒ってそうだったら……どうしよう。
そうだ。気付かれる前に確認してみよう。
怒ってそうか、ニコニコしているか。
考えを巡らせているうちに、学校に着いてしまった。
靴を脱ぎ、靴箱に入れる。
重い足取りで、廊下を抜ける。
何故重力に逆らわないといけないのかと階段を睨んだが、何も返ってこなかった。
そうして、目の前には大きなドアがある。
……こんなに、大きかったっけ。
いつもより二倍は大きく見えるし、十倍は重く感じる。
頭が痛くなってきた。
保健室、行こうかな。
「遅刻しちゃうー!」
遠くから騒がしい声が聞こえてくる。
「あー!りりちゃん!おはよー!今日も可愛いね!」
じーっと水瀬の全身を撫でるように観察した。
体調は、悪そうに見えない。
もう大丈夫なのだろうか。
「昨日はごめんね!急に早退しちゃって。」
元気そうに見える。
でも、昨日もそうだった。
「し、心配……した。」
また、今日も早退するかもしれない。
明日も、明後日も。
「大丈夫!いっぱい寝たら、治ったよ!それより、入らないの?」
水瀬は、こんなに重たいドアを開けられるというのか。
いや、開けられないはずだ。
「ドア、重たいの。」
代わりに開けてほしい。
そして、前を歩いてほしい。
「重たい?壊れてるのかな?」
えい!と言いながら、水瀬が勢いよくドアを開けた。
ガシャン!と、大きな音が廊下の奥まで響いた。
「りりちゃん?ドア、軽かったよ?引っかかってたのかな?」
水瀬が私の手を取った。
緊張で、手がびっしゃり濡れてるから、今は触らないでほしかった。
教室に入ると、全ての目がこちらを向いているようで、怖かった。
私は誰にも見つからないように、水瀬に隠れるように歩いた。
水瀬は、誰かと通り過ぎるたびに、挨拶を交わしている。
一番後ろの席にようやくたどり着き、自分の席に座った。
水瀬は、いつも通り私の隣の席に座っていた。
「あのー。ちょっとだけ言いにくいんだけど……」
急に鼓動が早くなる。
きっと、あの話に違いない。
「昨日、大変だったみたい、だね?」
心配そうに私を見つめている。
これは、怖くない顔だ。
「私が、早退しちゃったから。」
水瀬がいなかったからではない。
私が、うまくできなかった……だけ。
「体調、悪いなら、言ってくれれば……良かった……のに」
私の口は、いつも言うことを聞いてくれない。
水瀬が悪いところなんて、一つもない。
「急にお腹痛くなって保健室行ったの。そしたら、後は体育祭の練習だけだから、帰りなさいって言われちゃって。ごめんね?不安だったよね。」
うん、不安だった。
いなくならないでほしかった。
ずっと、私を守ってほしかった。
なんて言葉が、私から外に出るはずがない。
「それでね?私いっぱい考えたんだ。途中で寝ちゃったんだけど。あはは……」
体調悪かったのに、考えてくれてたんだ。
私は、自分のことでいっぱいだったのに。
「でも、りりちゃんの気持ちが知りたいなって。」
私は……どうしたいんだろう。
答えが、出ない。
「このまま、暗ーい雰囲気は、私は嫌だな。」
水瀬が嫌なのなら、私も嫌だ。
考えることがいっぱいで、ぐちゃぐちゃだ。
「いい方法が思いつく前に、寝ちゃったんだけど。あはは……」
HRのチャイムが鳴った。
教室の声が一斉になくなったが、私の頭の中は煩いままだ。
「でもね、私は何があっても、りりちゃんの味方だよ。」
教室のドアが開き、先生が入ってくる。
教壇の前で、体育祭について話していた。
私は、どうしたらいいんだろう。
誰かに、決めてほしかった。
◇◇◇
4時間目の終了のチャイムが鳴り響く。
これまでの時間で、色々なことを考えた。
考えたけど、答えは出なかった。
でも、これだけははっきりしている。
みんなに謝った方がいい。
「りり!私、いいこと思いついちゃった!」
水瀬が急に顔を近づけてくる。
「昼休み、みんなで話し合おうよ!」
話し合い。私が最も苦手なことだ。
でも、私もそれしか思い浮かばなかった。
「で、でも……みんな——」
もう、みんなは私と関わりたくないと、思っているに違いない。
水瀬の力を借りても、聞いてくれるだろうか。
「大丈夫だよ。みんな、誤解してるだけ。ちゃんとわかってくれると思う!」
私が、がんばらなくちゃ。
昨日は……ごめんなさいって。
それに今日は、水瀬がいる。
だから、うまくいくはずだ。
そう考えると、一気に心が軽くなった。
「それで、いっぱい練習するの!一番になれるように!」
水瀬は、一番になりたいんだ。
私は、なんでもいい。
「一番!いい言葉だと思わない?私たちならできるよ!」
何故だろう。一番がいい言葉に思えてきた。
「うん。そ、そうだ……ね。」
でも、運動苦手だよ?
水瀬は得意かもしれないけど。
「みんな呼んでくる!ちょっと待ってて!」
水瀬が同種目の子の元に颯爽と駆けていった。
そして、すぐ戻ってくる。
「給食食べなきゃなの忘れてたよ!あはは!食べ終わったら、話そうねだって!」
体調不良は、治ってないんじゃないかと思った。
ただ、悪いのはお腹ではなく、頭だ。
お読みいただきありがとうございました!
15話も明日19時に投稿されます。




