13.期待
あの子がいても話しかけてくれる保証はどこにもない。
そんなことは、わかってる。
それでも、早く確かめたかった。
約束が、意味があるのか、を。
『……教室、誰もいないね。』
いつもの喧噪が嘘のように、教室は静寂に包まれていた。
机が乱れることなく並んでおり、深緑の黒板には落書きの跡もない。
なんて落ち着く環境なのだろう。
『誰も、いませんわね』
時計をちらっと見ると、7時30分を指していた。
流石に、早すぎる。
——早く会いたかったの?って思われそう。
『大丈夫よ。りりが言わない限り、わかりませんわ。』
そんなことを考えているうちに、1つの足音が聞こえた。
勢いよく足音の方に身体を向けたが、期待した顔ではなかった。
「おはよー。早いね。」
知らない女の子と一瞬目が合ったが、すぐ外された。
それは、私に向けているのだろうか。
返事をした方が、いいんだよね?
「……」
女の子は教壇を通り過ぎ、窓際の席に座った。
挨拶、しないと。
「あ……えと……」
女の子が振り向き、こちらを見ている。
心臓の音が激しくなるのを感じた。
がんばれ、私の声…
「お、おは……よ。」
顔が熱い。
頬も、額も。
身体も熱くなってきた気がした。
「……おはよ。大丈夫?顔、真っ赤だよ?」
恥ずかしい。
挨拶って、誰が考えたんだろう。
考えた人に問い詰めてやる。
「ない……です。」
自分の机を見つめながら、弱々しい音が出た。
穴があったら入りたい気分だ。
「なんで、敬語なの?同学年なんだから、ため口でいいよ」
どこかに声を出したら褒めてくれるロボットはないのだろうか。
「……」
声が出ない。褒めてくれるはずなのに。
「私、梅田明日香ね。よろしく。」
もう、話しかけないで……
反応しちゃって、ごめんなさい。
上手く話せなくて、ごめんなさい。
無視しちゃって……ごめんなさい。
「……」
静寂が再び空間を支配する。
早く来たせいで、こんなことになるなんて。
目頭が少し熱くなってきた。
瞬きをすると、ポタっと制服のスカートに涙が落ちた。
すると、ドアが慌ただしく開く音が聞こえた。
「あれ?明日香ちゃん、朝早いね!わー、星月さんもいる!おはよ!」
なんで、今なの。
一番に来てよ。
……一番に、気付いてよ。
「あ、なぎちゃんだー、おはよー。」
私は、俯いたまま声を出すことができなかった。
「あれ?星月さんどうしたの?具合悪い?」
視界の端に水瀬の顔が急に現れる。
情けない顔を、これ以上見ないでほしかった。
「わかんないんだー。こんなに顔赤いし、具合悪いのかも?保健室行った方がいいと思うんだよね。」
その後、水瀬と二人でなにやら話していたようだが、聞こえなかった。
恐らく談笑でもしていたのだろう。
「大丈夫!私、長女だから!任せてよ!」
水瀬の声が、静かな教室に響いた。
水瀬って、長女なんだ。
私も、長女なんだよ。
……一人っ子だけど。
「ほんとに大丈夫?無理しないで、行った方がいいよ?一緒に行く?」
水瀬が近くにしゃがみ、優しく語り掛けてくる。
教室が明るくなったような気がした。
「だ……だいじょう、ぶ。ほんとに。」
こんな格好悪いところ、見せたく無かった。
「き、きんちょう……した、だけ。梅田さん。は、初めて……だから。」
こんなはずじゃなかったのに。
教室に入ると、水瀬がいて、すぐ気づいてくれて、それで——
「緊張しちゃうよね。わかるよ。」
わかってないくせに。
あなたに私の気持ちなんか、1mmもわかるはずない。
住む世界が、違うのだから。
「私も、初めてのときは、すっごく緊張しちゃうんだー。だから、昨日は失敗...しちゃいました。あはは。」
「反省中...…です。」
水瀬はしょぼんと落ち込んだ様子を見せた。
あざとさを感じさせるその仕草を、
自然にやってのける姿に、少しだけ感動した。
「り、りりは……あの……えと、う、うれし……かった。」
今、なんて言った?
私が発した言葉を思い出せない。
「ほんと!?今日、一番嬉しいかも!」
嬉しい?
私は水瀬を褒めたのか。
何かを与えていたのか。
それよりも、聞き捨てならないことがある。
「……かも?」
意地悪だったかな、と少し反省した。
というか、まだ今日は始まったばかりだ。
「かもじゃない!一番うれしい!」
水瀬が、がちがちに固まった私の手を握りしめた。
不思議と、嫌だとは思わなかった。
私の中の何かを溶かしていくような感じがした。
今まで感じたことのない不思議な気持ち。
私は逃げるように手を胸元に避難させ、もう一方の手で包み込む。
——これ以上、私の中に入ってこないで。
残った温もりを追い出そうと、心の中で必死に唱え続けた。
読んでいただきありがとうございました!
13話も明日19時に投稿されます。
読んでいただければ嬉しいです!




