12.約束
第二章:中学生編です。
星月一人称に変わります。
中学生になっても相変わらず教室の中は、耳障りな音で満ちている。
何が楽しくて他人と関わるのか。
私にはわからない。
人間が嫌いだ。
勝手に期待されて、落胆される。
外の世界を拒絶するように顔を伏せているのに、声を掛けてくる。
……どうせ一度きりなのに。
『私たちが、ついていますわ』
うん。
あなたたちだけいてくれれば、それでいいの。
さっきの女の子も、次の男の子も、いらない。
「ほしづき、さーん!」
耳元で私を呼ぶ声が聞こえる。
明るくて元気な女の子の声。
一番嫌いな声だ。
「おーい!起きてるでしょー?」
返事を期待しても無駄だよ。
絶対に話してやるもんか。
「起きないと、つんつんしちゃうぞー!」
つんつん、というのが何なのかは、わからない。
でも、無視したほうが身のためのような気がした。
「ほんとーにしちゃうよー!さーん、にー、いーち……えい!」
肩がびくんと跳ね上がり、目の前に立っている女の子を睨みつけた。
目の前には、ニコニコと笑みを浮かべた、美少女が私を見下ろしていた。
そして、なんだか甘い香りを振りまいている。
可愛くて危険な人物、それがこの子の第一印象だった。
「あ!やっと起きた!」
あなたの思い通りになって、よかったね。
なんで放っておいてくれないんだろう。
「そんなに怒らないでー?反省してるからー。」
目の前の女の子が、細くてきれいな指をつんつんさせながら、じーっと私を見つめてくる。
アイドルだけが許される仕草だ。
悔しいが、それを許されるだけの顔が、この女にはある。
どんなに人気が出ても、私は絶対に認めない。
そう心に誓った。
「...お、おこ...怒って、ない」
女がサッと私の横にしゃがみ込んだ。
この女のことだから、また何かを仕掛けてくるに違いない。
私は、バリアを張るように腕を交差させ、顔を隠した。
「ほんと!?よかったー!私、水瀬凪沙っていうの。よろしくね!……なにしてるの?」
交差させていた腕を下ろされ、顔が晒された。
そして、何故か顔を近づけてくる。
急に顔が熱くなった。
『急接近です!危険です!離れるべきです!』
今、お話に集中してるから静かにして!
『うー……わかり、ました!でも……危険です!』
水瀬は、私の返事を待っているようだった。
こんなこと、あり得るのか。
「……べ、べつに、きけん……だから」
だって、危険って言ってたし。
危ないなら、バリアだって張りたくもなる。
「危険じゃないけどなー、私。」
危険な人ほど、そうやって言う。
「星月りりちゃんだよね??」
さっきから顔が異様に近い。
こんなに近くで他人を見たのは初めてだ。
この数分で、私の初めてをいくつも奪い取ってくる。
やっぱり、危険な女だ。
「……」
唇が微かに震えるだけで、声が出ない。
それなのに、水瀬は太陽みたいな笑顔で私を見つめてくる。
不思議な気分だ。
「りりちゃんって、呼んでいいかな?」
呼び方に許可がいることは知らなかった。
好きにすればいいと、言葉にしたかった。
しかし、それが発せられることはなかった。
「ごめんね。最初から下の名前なんてなれなれしかったよね?」
声を出そうとすればするほど、視界が歪んでいく。
水瀬が立ち上がり、後ろを向く。
そのまま立ち去るのかと思ったが、すぐに隣の席に座に腰を下ろした。
「ごめんね?怖がらせるつもりはなかったの。これ、使って?」
水瀬がハンカチを差し出している姿が見える。
どうしてそこまで私に構うんだろう。
何か理由があるんでしょ?
早く教えてよ。
……周りの目が、気になるんだ。そうなんでしょ。
「使わない?それとも、私のじゃ、いや?」
怒られた生徒のように俯いてから、一体どれくらい経ったんだろう。
チラッと水瀬を見ると、リュックの中をごそごそと漁っていた。
「星月さん、ティッシュ使って?」
どうして、私なんかにそこまでしてくれるんだろう。
あなたにあげられるものは、何もないのに。
「あなたが泣くと、私も悲しくなるの。なんでだろう!」
私に聞かないでほしい。
水瀬の感情なんてわからないし。
自分のことさえ、わからないのに。
そんなことを考えていると、ポンポンと優しく涙を拭かれていた。
「私、嫌なことしちゃってたんだよね?ごめんね。次は気を付けるから。」
今、次って言った?
ないに決まってる。
ないなら、何で言うの?
「うそ……だ。次、なんて……ない!」
水瀬が言葉を探すように顎に指を当てている。
言いにくいのなら、私が代わりに言ってあげる。
もう関わらないで、って。
「嘘じゃないよ?びびっときたの。きっと私たち仲良しさんになれるよ!」
この子は、何を考えているの?
もう何もかもが、わからない。
だって、私が水瀬に向けたものは、睨んだことと、泣いたことだけなんだから。
「信じて……くれますか?」
素直に、「はい、信じます!」と言えたらどんなに楽なんだろうか。
「……し、しんじ……ない。」
私は、あなたを信じられない。
でも、本当に明日も来てくれるなら。
その次も会いに来てくれるなら。
図々しいというのは、わかってるけど。
示してほしい。
なんでもいいから、約束をしてほしい。
「約束するよ。私はあなたを絶対に傷付けない。」
……いま、なんていったの?
約束って言った?
ねえ、聞いてたでしょ?
『約束、と。確かにそう言っていたわ。りりを絶対に傷付けないと。』
約束、してくれた。
でも、私は勝手に傷付くよ。すぐ泣くし。
あなたが思ってもいないところで、勝手に。
それでも、いいの?
……我ながら卑屈で、面倒くさい女だ。
「また、ここに来てもいいかな?」
約束、してくれる……
少しだけ、甘えてもいいのかな。
「……うん。」
小さく、そう呟いた。
聞こえているかは、わからなかった。
聞こえてなかったらいいな、と思った。
だって、私が求めているみたいで恥ずかしいから——
◇◇◇
夜、無造作に敷かれた布団の上。
私は寝転びながら、考えていた。
なんで、うん、なんて言っちゃったんだろう。
『りり。あなたはよく頑張りましたわ。』
そんなこと、思ってないくせに。
『りり。私はあなたに嘘を吐けません。わかっているでしょう?』
……わかってる。
いつも、あなたたちは味方になってくれる。
でも、不安になるんだから、仕方ないでしょ?
あの子は、言った。
りりを……傷付けないって。
本当に?
ずっと守ってくれるの?
『危険です!甘い言葉、危ないです!』
でも、絶対って言ってたよ。
それになんだか温かいの。
こんなの、知らない。
『私は、あなたが信じる道を、信じますわ。』
都合よくない?
私が間違えたら、どうするの?
『その時は、私たちがあなたを支えますわ。全力で。この名に誓って、約束ですわ。』
あなたたちだけは、信じられる。
この二人と話していると、とっても心地良い。
『それは、この上なく嬉しい言葉ですわ。』
あなたたちとなら、こんなに素直にお話しできるのに。
『それでは、今日も練習しますか?』
練習は、苦手だ。活かせたことがないから。
『練習!しましょう!楽しいです!』
気楽でいいなと思った。
私は、こんなにも困っているのに。
『まず、一番大事なことを伝えます。コミュニケーションにおいて、大切なのは勢いですわ!』
勢いって、どういうこと?
『例えば、何でもいいですわ。例えば、朝の挨拶や日常会話でも使えますわ。』
それで?
『まず、間髪入れずに、うん!と勢いよく言うのですわ!どんな場面でも、使えますわ!』
そうなの……かな?
そうですわ!と聞こえたが、よくわからなかったから、聞き流すことにした。
次第に瞼が重くなる。
いつぶりだろう。冗談を言い合ったのは。
なんで、こんなにも今日は温かいのだろう。
段々と、意識が薄れていく。
水瀬の言葉を思い出しながら、眠りについた。
読んでいただきありがとうございました!
次回は明日19時に投稿されます。




