38.再会と今現在、それから
歩いていって、到着した儀式の間。
「……あ」
立会人、という話は歩いてくる途中で聞いていたけれど、本当にあの人がいるんだ、と思うと私の表情は自然と緩んでしまう。
あちらの世界で、きっと唯一と言っていいくらいの味方でいてくれた、ファリエル様。
「ルクレツィア、いらっしゃい」
穏やかな微笑みを浮かべて、すっと手を差し伸べてくれているその人に、こくりと頷きかけてから私はルーカスを見上げた。
早く行きたい、という思いで目で訴えかければ、ルーカスも穏やかな微笑みを浮かべて頷いてくれる。
「行くか、ルクレツィア」
「……ええ」
微笑んで、お互いに頷き合ってから歩き始める。
とても穏やかな日差しが差し込んでくる部屋の造り、部屋の壁紙は白……というかクリーム色のような白に近い色で整えられている部屋。
きっと、人間界でいうところの教会のような造りをしている部屋の、中央。赤い絨毯が引かれているロードを歩いていきながら、参加してくれている人を視線だけで見る。
勿論ながらダイアナ様、そして宰相を始めとした国の役人たち。
貴族の面々はあまり参加していない。
ルーカスのお父さまやお母さまは参加してくださっているけれど、それは親族になるのだから当たり前のことですものね。
そもそも王族の婚約式だけど、……これは……もしかして。
ちらりと視線をダイアナ様にやれば、いたずらっ子のようにウインクしてくれている。……お母さま、わざと招待する人、少なくしたわねこれは。
「さぁ、いらっしゃいなルクレツィア」
「……はい」
歩いていった先、大神官とダイアナ様二人が建物の中央付近……?っていうところに立っている。人間界の教会で言うところの、ええっと……何ていうのかしら。祭壇?
人間界に居た頃、どこぞのクソ殿下の婚約者になった時に一緒に教会に行って、何かしたような記憶があるけれど、あんなもの廃棄物として捨ててやりたいくらいだわ。不要な記憶、ってどうにかして消去できないものかしら。
……ごほん。
ともかく、祭壇のところに立ってくれているダイアナ様の言うがままに歩いていって、ルーカスと私は並んで、ダイアナ様の前に膝をついた。
「では、始めましょうか。立会人、ファリエル。前へ」
「はい」
にこ、と笑ったファリエル様は言われた通りに前に出てきた。
何をするのだろうか、と思っていたけれどルーカスから目配せをされてすっと頭を下げる。……そうだわ、女王から祝詞をいただく……んだけど、確かその祝詞が古代語だから聞き取れない可能性もあるから、と言われていたんだっけ。
古代語は人間界では全く学んでいないし、こちらに戻って来てからようやく学んだ、と言っても過言ではない。
でも、分かる。
鈴のような声、と表現すれば良いのかしら。
高く、澄んだ声でダイアナ様の宣言が始まる。
内容を要約すればきっと、こんな感じ。
「我が娘ルクレツィア、次期女王としての資格は既に持ち得ていること、ここに我が名において証明する。愛しき神界の子らに、永遠の幸あらんことを」
言葉が終われば、私とルーカス、それぞれに温かな光が降り注ぎ、体を包んでいく。
「(温かい……)」
――思えば、最悪なやり直しばかりだった。
誰も味方がいない中で、何度も何度もやり直しを繰り返して、どうにか逃げようと思って選んだ『死』だったはずなのに。
「(最後の最後で、ルーカスやお母さまは、私のことを見つけ出してくれた)」
「……何だ?」
「……何でもないわ」
横目で見ていたら、それがルーカスにばれてしまったらしい。
小声で問いかけられたけど、私は小さく首を横に振る。
この世界に帰って来たばかりの頃には、色々な人からまがいもの、として敵視もされてきたから……だからこれで心置きなく死ねる、そう思っていたというのに。
どう足掻いてもこの運命は私のことを、『死』にはもっていきたくなかったみたい。
少しずつ、私の考え方も変わっていって、『だったら、最後のこの一回だけを心置きなく生き抜いてやろう』と、思えるようにもなれたけれど……それは。
「ルクレツィア、ルーカス、顔を上げなさい」
「はい」
「はい、陛下」
言われるがままに、私は顔を上げる。
隣のルーカスも、顔を上げて、真っ直ぐにダイアナ様を見つめた。
「おめでとう、これで二人が改めて婚約者同士になったことをここに証明いたします。……皆が、貴女を祝福してくれているのよ、わたくしのルクレツィア」
「……っ」
かゆい。
でも……それも、ほんの少しだけ、ここに帰ってきた直後から考えれば随分とマシなんだろうな、と思っている自分もいる。
幸せアレルギー、とかいう意味の分からないもの。私がかかってしまうだなんて思っていなかったけれど、愛されることに慣れていなかったのだから、そもそもの免疫がなかったのよ。
心にも、体にも。
こちらの世界では確かに、私は愛されていた。でも、あの繰り返しのおかげで……そんな記憶なんかとうの昔に、どこかに捨ててしまっていたのかもしれない。
嫌な記憶しかないし、あの世界で愛されていた、だなんて到底思えない扱いしかされていなかったんだもの、
「ルクレツィア……ああ、よかった。ようやく……貴女が笑えるようになったのね」
「……え」
見れば、ファリエル様の目からは涙が零れている。
「……ええ、と」
「良かった……本当に……っ。ああ、ダイアナ様が貴女を見つけられて……本当に……」
……言えない、最初は探してくれて余計なことしやがって、って思っていただなんて……言えない……!
ああでも、そうよね。
私は、ずっと……必死になっていたから、笑顔を作る余裕なんてなかったんだ。
「貴殿が、我らの婚約の件に関して立会人になってくださったこと、感謝する」
「ルーカス……」
「我が婚約者、ルクレツィアを見失ってしまったのは、この神界全体の責任問題でもある。だが……こうして繰り返しに双方が気付いたことで、ようやく探し当てられたのだ」
「……いいえ、いいえ。ダイアナ様をはじめ、あなた方が諦めなかったことが、最も大きな成果でございます」
「ファリエル様……」
何だろう、胸の奥がじん、となってしまった。
元々ファリエル様自身も『こちら』の世界にかかわりがある方だから、こうして立会人になってくださったのだろうけれど……人間界に居た頃からは比べ物にならないくらいに、私は今、心から満たされていると感じられる。
「おめでとう、ルクレツィア。これからはこちらの世界で、目一杯幸せにおなりなさい」
「……はい」
きっと、ようやく笑えた。人間界に居た頃に、唯一味方をしてくれたうちの一人にこうして、祝ってもらえて……本当に、嬉しい、って思える。
「ルーカス様、此度はご婚約、改めておめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
ファリエル様はルーカスにも、言葉をくれる。そして、もう一度こちらに視線をやったかと思えば、はいこれどうぞ、と手紙を差し出してくれた。
「これは……」
「今見ても良いわよ、皆さまにもきちんと事情は説明しておりますし。ねぇ、陛下?」
「ええそうね、見てごらんなさいなルクレツィア」
「はぁ……」
何だろう、この二人の目が輝いてる時って何かを企んでいる時、のような……。
封蝋はあちらの世界の、恐らくルクレツィアとして嫁ぐ予定だった王家のもの。遠慮なく開けてから中身を確認していく。
国王陛下のとても丁寧な字で、中身はこう書かれていた。
『元気にしているか、ルクレツィア。貴殿が婚約すると聞き、急ぎこうして手紙を書いておるのだ。ああそうだ、君に最後の最後で馬鹿なことをしでかした二人に関してだが、安心しなさい』
「――もういない?」
はて、と首を傾げていると、ダイアナ様がそれはとても素敵な笑顔で、こう告げた。
「言葉の通りよ」
「……へ、へぇ……」
ああそうか、と私は思う。
そもそも、リネーアは何を考えてしまったのか、ルーカスに対して恋心を再燃させてしまった。
人間界に戻ったことで、もうこちらの世界とは一切関係がなくなっているはず。それから、彼女には申し訳ないけれど、ルーカスが興味を持っているのは私だけ……というか。あくまで自分が大事にしてきた婚約者である『ルクレツィア』なのよ。
あの人も私の魂の入れ替えにはいち早く気付いていたみたいだし……認識が甘い、というかなんというか。
ここまで考えてああ、そうか、と私は思った。
「もう、執行されてしまったんですね」
思ったことはするりと口から出てしまっていたけれど、ダイアナ様もファリエル様も、会場の誰も咎めない。
むしろ、人間界に戻って名を変えたはずのリネーアが大騒動を起こした、という醜聞はこちらの世界でもあっという間に広まっている。
良くも悪くも、あの子のことはこちらの世界でも要注意人物として知れ渡ってしまったがために、こういった惨事を招いてしまったわけ、だけど……知らなかった、なんかじゃす済まされないことでもあるのだから。
「……そっか」
呟いた私から、思わず本音も一緒に零れ落ちてしまったけれど、きっと私はこの瞬間のことは決して忘れないのだと思う。
「――馬鹿二人め、ざまぁみろ」




