39.思い返してみれば、結局のところあんな奴らはとるに足らない存在だったのだ
ざまぁみろ、だなんてとっても口が悪いことは自覚している。
けれど、私はそれ以外言えなかった。
「ルクレツィア……」
「性格が悪いのなんて、今更じゃなくて?」
「それはそうなんだがな」
ルーカスが気を遣ってなのか、何なのか私のことを呼んでくる。
私は笑いながら、手紙をそっと綺麗に折りたたんで、ぎゅう、と胸元でしっかり抱きしめた。
その様子を見ていたルーカスは、きっと大丈夫だ、と判断したからなのか表情が和らいでいる。
私とルーカス、二人揃ってファリエル様へと改めて向き直って、お辞儀をした。
「ありがとうございました、ファリエル様。あなたや陛下が、私の味方でいてくれたからこそ、私は私でいられたんです」
「俺からも、心から改めてお礼を。我が愛しき妻の、心を守ってくれて」
「気が早い」
言いかけたルーカスの腹部に遠慮なく私は、肘を叩き込んだ。これくらい許してちょうだい。
だって私たちまだ結婚していないんだから。
だからまだ、そう、まだ!妻じゃ!ないの!
「……いってぇ……」
「だって事実でしょ」
「そうですねぇ……!」
そんなに肘が決まったの、痛かったかしら。ああでも、とっても力を込めた感覚はあった、ような。
「ふふ、ルクレツィアったら小さい頃から相変わらず照れ屋さんなんだから!」
「微笑ましいお二人ですなぁ」
はっはっは、と招待された人たちは微笑んでくれているし結果オーライじゃないかしら、って思うのよ。そういう意味を込めて将来の旦那様を見上げれば、ルーカスとばっちり視線があって、覚えてろ、と口パクで釘を刺されてしまった。
いやねぇ、忘れることは得意なんだから舐めてもらっちゃ困るわ?
「何考えてるかめっちゃ分かるんだけどなぁ?」
「まぁ素敵な将来の旦那様ですこと」
「いやぁめでたい!! これでようやく元に戻った、というわけだな!」
ルーカスのお父様が朗らかに笑っている。
どうやらこのお方も、リネーアのことが大層お嫌いだったらしくて、少し前にルーカスのお父様とお母様にご挨拶に伺った時に、あれこれ暴露されてしまったわ。
その時に、とびきりの笑顔で『私も、あんな馬鹿は大っ嫌いです!』と断言したものだから、改めてご夫妻のお気に入りになったみたい。
そこからは色々早かったのよね。
何せルーカスのお父様はこの神界において、とてつもない権力を持っている公爵様なんだもの。
そんなお父様が私のことを大層気に入っている、とありとあらゆる場で公言なさったものだから、さぁ大変。今までこちらを蔑ろにしてきた相手がどうにかしてお目通りを!!と懇願してくる様子はなんともまぁ滑稽で……嫌だ、笑いが。うふふ。
「悪い顔になってんぞお前」
「気のせいですわ」
「はっはっは!! 愛らしい我が義娘だ!!」
「ええ本当に! 貴女のことは、我が公爵家がしかとお守りいたしますからね」
笑っているけれど、私に何かしたら殺してやるからな、と言わんばかりの凶暴性を持っているのは、さすがというかなんというか。
そんなところも大好きな義父と義母なの。自慢の新しい家族だわ。
そう思えるようにしてくれたルーカスには、ほんとうに感謝をしてもしたりない、というか。
「俺の両親がこんなだ、って誰が思うよ」
「思わないんじゃないかしら。お義母様もお義父様も、私はとっても大好きだけど……他の人たちが知らない一面を知っているのって、結構優越感に浸れるものよ?」
にこ、と笑いながら言えば、ルーカスが頭を抱えている。いやだわ失礼ね。
「ルーカス、どうしたのだ」
「まぁ、ルクレツィアちゃんとの正式婚約に何かあるの?」
「そうじゃないけど、お二人ともコイツを甘やかす方向性間違ってません?」
首を傾げた公爵ご夫妻は、にこりと笑ってからこう断言した。
「「いいえ?(いいや?)」」
見事なまでにお二人の台詞はハモっていたし、それを聞いたルーカスがまた頭を抱えているようだけれど、仕方ないわよね。
「……なぁ、ルクレツィア」
「なぁに?」
どことなくげっそりしているような雰囲気のルーカスに呼ばれ、私はじっと彼のことを見上げた。
「あいつらの終わりとか、気にならないのか」
「……そうねぇ……」
問われて、ようやく私は彼女たちのことを考えてみた。
だってそもそも、私の人生にあの人たちって要らないわけだし。ああ、それでも……。
「惨めな終わりを迎えて、ごくろうさま……っていう感じ?どうせあんな奴らの結末なんて、悲惨なもの一択じゃない。……違う?」
「……違わない、が」
「私、未練とかそういうのとか、この人生が始まってからとっくの昔に捨て去ってるわ」
きっと、ルーカスは優しいから……私が気にしていると思ったのかもしれない。
でも、ごめんなさい。
私は、貴方が思っている以上に冷たくて、自分が興味を持っていない人に対しては、生きていようが死んでいようが、問題にすらならない。
もしも、私が少しでも気持ちを入れてしまった人だったら。
もしも……私が少しでも心を預けてしまって、心を開いてしまっていたら。
私はきっと、あの人たちの結末を教えてくれ、って泣くでしょう。そしてきっと、ごめんなさい、って泣いていたかもしれない。
でもそれは、繰り返しが1回目か2回目の私だから、できることであって、『今』の私には到底できない。
「……それに……私、ここに帰ってきて、色々あってからね、自分の大事にしてるものだけ、大事にしよう、って決めちゃったの」
「……ん?」
「…………ん?」
しまった。
言ってから気付いちゃったけど、つまり、私はルーカスのことをとっても大事に思っている、っていう告白めいたことをしてしまった、のでは……?
ハッと我に返ってから周囲を見ると、何ともまぁ微笑ましいものを見る眼差しを向けられている。
「ルクレツィア……貴女、そんな風に思っていてくれているのね……!」
「いやあの、お母様」
「何て優しい子……!」
「ファリエル様まで!?」
ぎょっとしていると、この婚約式に参加している他の面々も、にこにこしている。
「いやいや、次期陛下がそのようにお考えとは」
「待ちなさい!わたくしはそれはそれ、これはこれで公務と私事は分けますからね!?」
「分かっておりますとも」
「その辺はルーカス様が適宜補ってくださることでしょう、はっはっは!」
「~~っ」
きっともう既に、私とルーカスがおしどり夫婦的なものになるんだろうなぁ、という予想の元で話してくれているのは理解できる、んだけど……は、恥ずかしい……!
「言っとくけど、俺は悪くないからな」
「完全に私の失言よ……」
儀式が終わって、きっと私もルーカスも、知らず知らずの内にホッとしていたのかもしれない。
だからこうやって、皆の輪の中で、あれこれ話してしまったんだ。
そして、もう一つ。
こうやって話してしまった、ということはフェレラー公爵ご夫妻によって、私とルーカスの仲の良さ(?)は確実に広められてしまうだろうし、きっともう、リネーアの名前や存在なんか忘れられてしまってから、『私』としての、今後が皆に見られていくんだろうな、と。
「……諦めなくて、良かった、のかしら」
「当たり前だ、ばーか」
こつん、と軽く額を小突かれてしまったけれど、何だろう。それすら別の意味でむず痒くて、嫌ではないと思えてしまうほどに……うん、私は、ルーカスのことを頼って、心の支えにしてしまっているんだろうな、と思い知らされてしまうこととなってしまった。
この後、和気藹々とした雰囲気のまま、婚約式後のお披露目会が行われ、ルーカスに対して第二夫人を、とか申し出てくるお馬鹿さんたちは、お義母様とお義父様に徹底的に締めあげられてしまうことになるのだけれど……。
「……それも全部引っ括めて、ざまぁみろ、かしら」
「何か言ったかルクレツィア」
「いいえ、なーんにも」
歩いている私たちの手は、自然と繋がれている。
その温度は、心地良くて、出来ることならば離したくはなかった。
ずっと、ずっと、いつまでも。




