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あの日の夢の中で。  作者: たなえび
第一章«夢の初めは»
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第十話《恐怖の残滓》

 その後のことは覚えていない。


 プリスが目覚めた時、そこは王都の病院のベッドだった。


 体を起こして周りを見るも誰もいなかった。


 体を見ても傷はなく、なんで病院にいるのか不思議だった。

 腕には針が刺さっており、その先は点滴だった。

 何なのかわからず、ブチッと抜いてしまう。


 えっと、私どうしたんだっけ。


 んー、と考えるも、思い出せない。


 ふと、壁に掛かっていた服を見る。


 背中にはオシャレに『エル』の文字が書いてあった。



 そうだ、私は【エル】として任務に行ったんだ。


 どこかの国の偉い人とアルテネ大公国の王族の人が話をするとか、それを守る為に、寝将騎士団【エル】の一員として、私も一緒に同行した。


 そこで、―――


 唐突に吐き気を催し、そのままシーツにぶちまけた。


 自分の腹から出た吐瀉物を見ると、胃の内容物がわかる。

 何も無い。空っぽだ。それもそのはず、最近何を食べたか思い出せない。


 フラッシュバックする、悲鳴、嗚咽、叫び。

 脳裏に刷り込まれた、飛び散る血、四肢がバラバラと、床に散乱する。


 必死に救いを懇願する声、涙を流し命乞いをする声を無視してさらに残虐の限りを尽くす、嗜虐心旺盛な声。


 人は恐怖や悲しい、楽しさまでも、感情がふりきれるとあれほどまでに恐ろしくなれるのかと、身をもって実感した。


 いや、本質的にはわかっていなかった。

 弱冠八歳のプリスに、人間の本質的な黒い部分なんて、理解できるはずがなかった。

 故に思う。ただただ怖い、と。


 もし自分がああなっていたら。もし、自分の両親がそうなっていたら、。


 恐怖と同時に襲う安堵に、頭がかき混ぜられ、またさらに吐き気を催す。


 ―――そうだ、両親。


 父と母は、どうしているだろうか。


 二人とも、自分なんて比にならないくらい強いし、勇敢だ。

 きっと、敵をバッタバッタ薙ぎ倒していたに違いない。


 でも何故ここに居ないんだろう。

 両親ならきっと、プリスが目覚めたとなれば、直ぐに駆けつけてくれるはずだ。


 不思議に思いながら吐瀉物でベチャベチャの布団を剥がし、廊下に出る。


 すると、丁度向こうからやってきた看護師らしき女性と目が合う。

 治癒系の魔導の使える、魔導師だろう。


「あ、プリスちゃん、まだ寝てないと」


 変な形の帽子をかぶった、魔導師が駆け寄ってくる。


「安静にしてないとダメよ?」


 優しく頭を撫でられる。ニコッと優しく微笑むその女性に、尋ねようと思った。


「ほら、お部屋戻ろ?」


 そう言ってプリスを部屋に押し込もうとする。


「あの、お姉さん」


 そう呼びかけると、女性はピタリと止まった。背を向けて、立ち尽くす。


「パパと、ママは?」


 どこにいるの?、という意味で言った。

 プリスの目が覚めたんだから、来てくれてもおかしくない。

 早く、会いたかった。頑張ったね、とまた頭を撫でて欲しかった。

 プリスは頭を撫でられるのが好きだった。


 女性はゆっくりと振り返る。表情は、真剣だった。

 下から見上げる形になるプリスは、その無表情が少し、怖かった。

 

 しかしすぐ無表情は笑顔に変り、プリスを優しく包み込んだ。


 表情だけではなく、本当に女性はハグしてきた。


 暖かい。ホッとする。


「プリスちゃん」


 気のせいか、女性の声は震えていた。


 プリスも女性の背中に手を回し、背中をさすってあげる。


「プリスちゃん」


 女性はプリスの名前を繰り返すだけだ。

 声はやはり震えていて、鼻にかかっていた。


「お姉さん、大丈夫?」


 心配だった。私のせいで泣いてるなら、申し訳なかった。

 私はただ、パパとママに会いたくて、聞いただけなのに。

 何か、悲しませることがあったかな。


 背中をさすっていると、ふいにお姉さんがプリスの顔を見るように、肩を持った。


 お姉さんがしゃがんで、プリスと見つめ合う。


「プリスちゃん」


 表情は先程と同じ、至って真剣。

 真っ直ぐな瞳は、自然と逸らすことが拒まれた。


「パパとママはね、いないのよ」


 ...。...?


「昨日も言ったよね、プリスちゃん」


 ...。...え?


「その前も、その前も。その前の日も。プリスちゃん」


 ...分からない。


「パパとママは、もう居ないの」


 瞬間、プリスの意識は何かに抜き取られるように、活動を停止した。



 ☪︎*。꙳



 プリスの両親が死んでから一週間。


 彼女は、ずっと。毎日、私に聞いてくる。


『パパとママは?』


 毎日、朝起きたら廊下に出て、目を輝かせて、両親が来るのを心待ちにしていた。


 人間には防衛本能がある。

 自我を保つため、受け入れ難いことは脳が拒絶する。


 実際、彼女は両親の死を伝える度、気絶してしまう。

 そしてまた次の朝、私に尋ねてくるのだ。


 両親はどうした、と。


 もう限界だった。何度も何度も、あんなに幼い子供に、悲しみを与えるのは。


 子供にとって両親の死なんて、ほとんど死刑宣告も同然じゃないか。


 両親の死因は、未だハッキリしていない。


 というのも、そもそもスーパルト連邦国との会合自体、存在していなかったのだ。


 防衛任務、という名目の捨て駒だったらしい。


 参加したのは寝将騎士【エル】と数名の一般兵。


 護衛任務と言われれば納得の戦力だ。

 しかし、その道中で王族は既に避難していたらしい。


 そして着くや否や戦闘になり、【エル】は壊滅。


 内情を知っているのは王族のみで、捨て駒作戦だったことが発覚したのは結構から四日も後だった。

 取り急ぎ救出作戦が組まれ、現場に行くも、場は凄惨の一言だった。

 

 敵味方区別もつかない死体にどう見てもオーバーキルな傷口。


 留めにいくつかの死体は焦げていた。


 しかしその最中、何も無い部屋で唯一の生存者がいた。


 それがプリスだった。傷一つ無かったと言う。

 返り血は浴びていたものの、全て他人のものだった。


 部屋には死体が三つ。

 一つはプリスの父親ガルプ・エル・フラッテ。

 右腕がなく、おそらく死因は出血多量。

 プリスの治療のおかげか、右腕は完全に止血されていたが、どうやら背中にも大きな傷を負っていたらしく、出血はそこからだったようだ。

 もう一つは恐らくスーパルトの兵士。屈曲な肉体に、大きな名前もわからぬ大剣を携え、立ったまま死んでいたそうだ。

 三つ目が、黒焦げの焼死体。

 もう性別すら判別がつかず、プリスとその父がいた事から、恐らく母親のアリス・エル・フラッテだと、推定された。


 このことが分かったのもついつい先日。


 王族は元より捨て駒として【エル】を派遣していたので、解剖や身元の確認を最後の最後まで渋っていたが、他の寝将騎士団や国民からの弾圧に耐えかね、ようやくgoを出した。


 ...以上が大まかな内容だが、反芻するだけでも、胸が痛い。


 プリスの父親、ガルプの死体はプリスを抱くようにしてあったらしい。


 最後の息絶えるその時まで、自分の娘を守ろうとした。


 なぜそんな人間が死に、捨て駒扱いした王族が生きているんだ。


 自分のような看護兼治癒魔導士ではどうにも出来ないことは知っていた。


 ただ、だからこそ。


 彼等の遺した最後の希望だけは潰えぬよう、プリスだけは絶対に見捨てないと、そう決めたのだった。



 ☪︎*。꙳



 私は遂に立ち直れなかった。


 お姉さんが、幾度となく励ましの言葉をかけてくれた。


 両親の死を理解するのにも、多大な時間がかかった。


 ただ、乗り越えないと、両親に顔向けが出来なかったから。

 両親の死が、無駄になってしまわないように。


 早く、大人になりたかった。だから、髪も伸ばした。母親譲りの、長い、淡いピンク色の、透き通るような長髪を右側に流し、それをひとつに結ぶ。


 私は魔導を学んだ。ロネアを磨いた。より早く、緻密に、正確に。


 今度はどんな傷でも治せるような、治癒魔導を。


 そして、今度は守られる側じゃなくて、守る側でありたい。


 だから、寝将騎士になった。


 でも私は、一人だった。努力した。けれどそのせいか、周りは私を疎んで、近寄ってはくれなかった。


 ただ彼等は。

 彼等だけは私を団に入らないか、と誘ってくれた。

 そして、そこには私なんて遠く及ばない天才が沢山いた。それでも構わなかった。

 ずっと一人だった私に、また仲間ができた。


 でも、こんな私が、【ラノ】は名乗れなかった。


 だってこの心の中の黒い感情だけは、消えなかったから。

 一度、人は感情が振り切れたらどうなるのか、見た事があったから。


 自分を律することは、どうにかできていた。決戦の時のために、牙を研ぎ、眠らせていた。

 今までは。さっきは少し、やり過ぎてしまった。


 反省はしているけど、また同じ場面に遭遇しても、私は動いていたと思う。

 あの幹部の男は悪くないのかもしれない。でも、私にとっての仇はもう死んでしまった。なら、矛先は国に向かうしかないのだ。


 それを止めないでいてくれた彼も、わかった上で止めてくれた彼女も、見守ってくれていた彼等も。


 私にとって、誇りであり、大切な仲間だ。


 両親、仲間、励ましてくれたお姉さんらに、ありがとうを。


 今でも消えないこの黒い感情は、スーパルトへ。


 今はまだ【ラノ】じゃないけれど。

 いつか、私が本当にみんなの仲間になれたら。


【エル】はもう無いけれど、私はまだ。


 私だけはまだ、戦う。






「―い? ――ス? 聞いてるか? 」


 だからまずは、作戦を考えないと。


「おーい、プリス?」


「は、はい!」


 間の抜けた声が、部屋に響いた。


 話をしていた周りの寝将騎士の視線を一身に浴びてしまう。


「ぷりす、きいてた?」


 レノが服の裾を引っ張って僅かながらのいらだちを見せる。


 少し、昔を悔恨して、話を聞いていなかった。


 でも、聞いていなかったとは言えない。


 なんたって、お姉さんですから。私。


「聞いてたわよ? みんなでスーパルト、ぶっ潰しましょう!」


 おー!、と一人だけハイテンションで拳を上に突き出す。


「...あれ? 違った?」


 四人をそれぞれ見ると皆呆れた顔をしていた。


「プリス、お前だけはしっかりしてくれ...」


「あんた、脳みそまで老化してきてんじゃないの?(笑)」


「ガハハハ! 脳筋か? プリスも脳筋になるか?」


「むぅ、しゅうちゅうして」


 四種四様な反応を受ける。


 あぁ、私は。


「もう一回言うから、よく聞いとけよ?」


 この団に入って良かった。

 別の所へ行っていたら、多分こんなこと思わなかったと思う。

 優しい脳筋くんと、ワガママっ娘ちゃんと、生意気な妹分と、頼れるリーダーと。


「うんっ!」


 私だけ、なんかじゃなかった。

 みんなで戦うんだ。



 パパ、ママ。


 私、寝将騎士になって、楽しいよ。

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