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あの日の夢の中で。  作者: たなえび
第一章«夢の初めは»
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第九話《プリス・エル・フラッテ》

 リュネルの言葉を、話半分に聞いていた。

 耳に届く音は、左から右へ。右から左へ。


 ぼーっと、ただプリスは、立っていた。



 ☪︎*。꙳



 プリス・エル・フラッテは幼い少女だ。


 小さい頃から人よりロネアの扱いが少し上手いというだけで周りからチヤホヤされた。


 七歳になる頃には既に属性まで分かっており、しかもそれが分岐属性の光属性だった。


 数多に存在する属性の中で数少ない、回復魔導を使える属性だった。


 プリスは優しい少女だった。


 傷を負う者がいれば〔再生フィアリフ〕で治してやり、〔発光アイト〕で暗い夜道を照らしたり、時には動物退治をしてあげたり。


 自分が誇らしかった。街のみんな、貧しいながらも自分たちで野菜を作り、狩りに出て、と、自給自足の生活に少しでも貢献出来ている気がして、とても嬉しかった。


 彼女の両親も寝将騎士という事があり、ロネアの才能が遺伝的に受け継がれているようだった。


 両親はよくプリスを褒めてくれた。


『お前はすごいぞ、プリス』

『鼻が高いわぁ。頑張るのよ、プリス』


 小さい頃はなんでも出来る気がした。万能感に満たされた。

 それこそ元気で快活な幼少期だからこそ、ロネアの残量や制御なんてしていなかったし、しなくてもなんでも出来ていた。


 しかし。

 ちょうどプリスの八歳の誕生日。

 時にして十年前。


 アルテネ大公国の辺境の地で育ったプリスなど目もくれない、プリス自身も見たことが無い『王族』とやらの仕業で、世界の四カ国が火花を散らす、大戦期に突入した。


 余談だが『王族』がここまで権力を振るうのはアルテネだけだそうだ。

 スーパルトもヘロコーネもコルントも、全て国の象徴的な形で、王族や貴族はその地位をかためている。

 政治や経済には一切関与せず、たまの国民全体の収集時などにスピーチをする程度。



 姿形も見た事がない『王族』によって始まった大戦。


 悲劇はそこで終わらない。


 なんと幼い彼女は、不運なことに出兵命令が出された。寝将騎士として。

 八歳で寝将騎士になるなんて、異例中の異例だった。


 両親は当然反対したが、上からの圧力に、とうとう意見を曲げるしかなかった。

 両親は恨んでいない。最後までプリスを守ろうとしてくれた。

 妥協してくれたのか、プリスの団の配属先は両親と同じだった。

 プリスの両親は同じ団に入ったことで知り合い、結婚したそうな。


 まだ戦争の意味を本質的に理解していない少女は、両親と同じ団ということに酷く喜び、その感情が両親の不安をさらに加速させた。


 プリスの父親も母親も、優しい人柄だった。

 人情味溢れる家庭で育ったプリスも同じく、優しい子供に育った。


『プリス、』


 その小さい背中を呼び止める。

 きっと大きくなったら、お母さんに似て、美人さんになるんだろう、なんて思いながら。


『なぁに?お父さん』


 怖がる様子なんて微塵もなくて、ただ両親と同じ場所にいられることが、とても嬉しいと、目がそう言っていた。だから、言えるはず無かった。


『いや、なんでもないよ』


 俺達が死んだら、なんて。


『お前も、これから【エル】の一員だ』


 少し声が震えていたかもしれない。

 ただプリスは気にする様子もなく、蕾が花を咲かせるように、


『うんっ!』


 両親にとって、最後の希望、大輪の華は美しく笑った。


 父親の隣の母親も、同じく笑いかける。

 続いて自分も笑う。ちゃんも笑えているのかな、。

 きっと下手くそな、笑顔だったに違いない。


 このまま、大戦がそっと終わって、一度も出撃命令が出ないまま、居てくれたら、どれだけいいだろう、と両親は淡い期待を持ち続け―――――――




 任務が出た。

 現状はコルントとヘロコーネが同盟関係になり、スーパルト、そして我らがアルテネが孤立状態に。

 元々大きな戦力を持たないコルントとヘロコーネが同盟を組むことは自明だった。だからもっと早く動くべきだったのだ。

 スーパルトと手を結び、二対二の同盟同士の戦いにもつれこませようと王族は考え、スーパルトのお偉いさんとの会談を設定した。


 そこまでの護衛、並びに警備任務。

 それが、プリス・エル・フラッテの。


 最初で最後の寝将騎士団の任務だった。




 ☪︎*。꙳





『お父さん!』


 悲痛に叫ぶその声は、周りの苦悶の音に、かき消される。しかし、負けじと父親を呼ぶ。


 入ってきた時は金色に輝き、円卓を中心に色んな飾りがついて豪奢だった部屋は、誰のものかもわからない赤黒い血や、今も鳴り響く断末魔、そして魔導で体が削り取られ、内臓が地に落ち、体ごと崩れるベシャッという音が、部屋全体に反響していた。


 プリスは父親に駆け寄り、すぐさま治癒魔導を掛けてやる。


『お父さん!大丈夫だよ!』

 

 何が大丈夫なのか分からなかった。大丈夫な訳ないのに、そんなことしか思いつかなくて。


 円卓の部屋では今だ戦いは収まらない。

 ここはその隣の部屋。誰もいない、何も無い、そこでプリスは隠れていた。


 必死に父親の肩部分、右腕があったはずのボロボロの切り口に、〔再生(フィアリフ)〕をかけるのだった。



『〔再生フィアリフ〕!〔再生フィアリフ〕!フィア』


 扉の向こうでまた、誰かが壊れる音がした。


『っ!!〔再生フィアリフ〕!!〔再生フィアリフ〕!!〔再生フィアリフ〕!!』


 構わず続けた。ただ、なくなった腕が戻るはずもなく、切り口が徐々に綺麗な断面になり、止血されるにとどまった。


『〔再生フィアリフ〕!〔再生フィアリフ〕!〔再生フィアリフ〕!!!』


『プリス』


 ずっと話さなかった父親が、突然口を開く。

 ビクッとして、魔導の手を止め、父親と目を合わせる。


『プリス』


 父親は、もう一度、娘の名前を噛み締めるように呼ぶ。

 〔再生〕の声が止んだ今、耳に届くのは凄惨な悲鳴と、大きく建物が壊れる音、殺意に満ち溢れた、怒号。


『ころせぇ!!そいつをぉおおおおおおおおお』


『やめて、ひゃ、殺さないで、あ、』


 グシャッと、何かが潰れる音と共に、セリフは途切れ、人間の高笑いがあとに続いた。


 耳を塞ぎたくなった。今も聞こえる、この恐ろしい音たちを直ぐに遮断してしまいたかった。

 しかし、ただひたすらにプリスは、父親の続く言葉を待った。

 絶対に聞き逃さない様に、耳をすまして。


『プリ、ス』


 娘を呼ぶ声は、徐々に力を無くしていた。

 目の光も濁っているように見えて、プリスは今まで無意識に抑えていた恐怖感情が一気に、幼い少女を押しつぶす。


 嫌だ。

 お父さんが、死んじゃう。


 涙が、頬を伝う。


『お父さん!ここに居るよ!プリスだよ!!』

 

 まだ沢山話したいことがある。

 まだ沢山遊びたい、一緒にご飯を食べたい、また一緒に、笑いたい。


 これまでの思い出がフラッシュバックする。


 公園で三人で、サンドウィッチを食べた。

 プリスが嫌いな野菜を、お母さんが食べてくれた。

 お父さんも、その野菜が嫌いでお母さんに食べてもらおうとしたら、怒られていた。


 目が熱くなる。違うだろ、プリス。


 だって全然まだまだじゃないか。 これから私は大きくなって、どんどん強くなって、今度は私がお父さんとお母さんを守って、村のみんなも守って、絶対に絶対に幸せになるんだ。




『プリス、』




 プリスの呼び掛けが届いたのか、一瞬、眼差しに命が戻り、真っ直ぐにプリスを射抜き、瞳に愛娘を写す。


『お父さん!ここだよ!!まだ、』


 とても、穏やかで。今も聞こえる、恐ろしい音の数々には、似ても似つかない、全く場違いな、穏やかな声と、笑顔で。



『ありがとうなぁ、プリス。』



 歯を出してニカッと笑い、頬を薄く赤く染まる液体をすくって涙が零れ落ちる。


 血と砂でグチャグチャになった父親の顔は、今何よりも輝いて、眩しくて、愛おしかった。


 もう話さないでくれ、それ以上は。

 もう終わりな気がして、父親と対話ができるのは、これで最後な気がして。


 それでも、声を聞かずにはいられなかった。



『大好きだよ』



 駄目だった。幼い少女が、感情を押し殺すなんて、無理だった。話している途中で既に溢れそうだった感情の渦は、心の防波堤を破って一気におしよせてくる。



『――――――――――!!!』

 


 いたいけな少女の、泣き叫ぶ声が、何も無い部屋に鳴り響く。


 まだ声もキンキンに高く、声変わりなんてしていない、これからもっとたくさん楽しいことがある、未来と希望に満ち溢れた少女が。


 今悲痛に泣き叫んでいた。




 しかし。


 そこに割り込むように、正面の壁が、爆音と共にぶち破られる。


 まるで鉄球を振り回して開けたような、大きな大きな穴が空いた。


 涙にくれる少女の視線が、ぶち破られた壁に向けられる。


 黙々と煙が立ち込め、そこから人一人位の影を見出す。


『プリ、ス?』


 人影はベチャベチャな顔を向けるプリスを呼んだ。


 ようやく煙が晴れ、人物が特定できるまでに至ると、その人物は、プリスに。


 今はもう横たえるだけに留まる、父親に駆け寄る。


『ガルプ、なの?』


 プリスの母親、アリスは、表情を絶望に染めて、自分の愛する夫を抱きかかえる。


『なん、で、』


 未だ驚きが先行するアリスだったが、すぐに次の感情に侵され、先程のプリスのように、涙を流すことしか出来ない自分を呪っていた。


 それにつられて、プリスも大きな声で、もう枯れたと思っていた涙は自然と出てきて、泣き叫んだ。


 父親は。

 プリスの愛するガルプ・エル・フラッテは、もうこの世にいない。


 その妻は、今こうして涙を流す。


 決めた。幼い体と未熟な魔導を持ち合わせたプリスは、ここに決断する。もう守られるだけじゃ嫌だ。

 私は、お母さんを守る。


 涙を強引に腕で拭い、両親から背を向け、立ち上がる。


 もう泣かない。遅いかもしれない決意を固める。それでも、今の自分にはこれしか出来ないから。


 ぜったい―――――






 鮮血が迸る。


 背中に、暖かい液体を被る。

 前を見るその瞳に、突如として壁一面の赤が映る。


 ビシャ、ビシャ。


 未だ地面に落ちるその液体の音が、やけに大きく聞こえた。


 ドチャッ。


 なにか大きめのものが落ちる音がした。


 驚きに目を見開くまま、ゆっくり後ろを振り返ると、



 母親の左腕が、第二関節あたりから、無くなっていた。


 今も血が止まらずにいる。


 『―――』


 地面には切れた腕が転がっていて、母親は正面に、杖を構えていた。


『プリス』


 低い声で、母親に呼ばれた。


 回らない頭でどうにか反応し、母親の背中を見つめる。


『逃げなさい』


 ――――――――


 脳みそが急に空っぽになってしまったかのように、思考がまとまらない。


 が、固まるプリスに、またもや声がかけられる。


『おう、逃げな嬢ちゃん。俺ァ子供は、特に女の子供は殺れねェタチなんでなァ』


 聞いたことも無い声は、母親の奥から、聞こえてきた。


 大きな武器、あれは、ナタ?

 プリスの知識の中にはない、見た事もない刃物がついた武器を掴む大男は、上半身の服がほとんどちぎれ、所々から血が滲み、顔は真っ赤だった。血で。


 男の得物はハルバード。


 武術大国ならではの、扱いすら私は知らない剣。


 アリスは冷静に、分析する。


 扱いを知らないからって、攻撃手段がわからないわけじゃない。


 基本は普通の大剣と同じ。ただ振り回すだけだ。

 なら、全て防いでしまえばいい。いいのだが、


『あんた、片腕が無いのに、どう戦うんだ?』


 私の左腕は使い物にならなくなった。

 間合いに入るまで気づかなかった。

 防御魔導の発動が遅れたか、いやそんなはずはない。

 フルオートで発動する〔鉄壁ターフ〕は、攻撃が届く寸前の0.00000と、小数点の世界で発動し、攻撃を防ぎ、和らげる。


 土属性の中ではこの魔導が得意だ。

 実際、この怪我までは今まで攻撃を受けたことは無い。しかもこの魔導は全身にかかっている。


 なのに、私の腕はなくなった。


『なァ、もう、いいか?』


 はっ、と気づいた時には男は既に目の前まで接近しており、寸での所でハルバードの一閃を回避する。


『あァ?お得意の魔導は、もう使わねェのかよ、』


『私たちが魔導しかないとは、思わない事ね』


 ちっ、と舌打ちをして血塗れたハルバードをぶんっと振るう。


 白い壁に血飛沫が飛んだ。


『まァ、関係ねェけどな』





 幼いプリスには、何が起こったのかすら、わからなかった。


 ただ、目には焼付けておかないといけない気がした。



評価って何ですか?

なんか3点付いてましたけど。5点満点?10点満点?


全く分からないです。なろうムツカシイ。

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