諡号賜りし老翁
軍師・マグネスとはウシル大陸の英雄、かつて勇者たちと共に、その智計をもって魔王軍と戦った人物である。
彼の戦略の基礎は、敵の思考や癖を読み取ることにある。敵の将の戦歴を徹底的に洗い出し、そこから相手の出方や傾向を予測、そして対抗策を練ることで彼は数々の戦を勝利に導いた。
ウシルの民と魔王軍との一大決戦、歴史に名高い「熱砂の謀戦」。魔王軍きっての将、不敗を誇った恐将・カレンが初の敗北を喫した合戦として有名だが、この戦を主導したのが彼となる。
彼は戦の初動、ザイオニアから渡って来たばかりの勇者たちに魔王軍の要人を捕らえるよう嘱託した。剣士については当時あまり実力がなかった所為かそこまでの言及はないが、彼は勇者と魔道士の実力を逸早く見抜き、必ずや捕らえられると踏んだようである。
勇者たちが期待に応え、敵陣に侵入して恐将の側近を捕らえる。すると彼は、その側近を人質とし、魔王軍を不慣れな砂漠に誘き寄せる作戦を展開した。
敵は人質を見捨てるのではないか。もちろんそう懸念する声も上がっていた。しかし彼は、必ずや無視しないと踏み、恐将はその通りに要人を救出すべく、一軍を率いて砂漠の奥深くまで進入した。
彼は恐将の履歴を分析していた。だからこそ恐将が助けに向かうことを分かっていた。こうして計はいみじくも的中、疲弊した魔王軍をウシルの民と勇者たちは討ち取り、彼は当時誰も敵わなかった恐将に初めて勝利、歴史に名を残すこととなった。
恐将はこの戦いで左腕を失う重傷を負った。なお、それほど駆け引きに長けた人物ながら、彼はこの国を除くと知名度が低い。これは彼が、六十過ぎの高齢であったため、勇者たちに帯同できなかったことによる。
また、彼は勇者たちの魔王打倒後、間もなくして亡くなった。そのため剣士統べるザイオニアが侵略戦争を仕掛けた後の時代を知らないでいる。
「軍師マグネスは軍神としても崇められる人物。この子のために、祈ろうかと思って」
シスイが妹に目を向けながらあなたとジュリアに言った。
前述した軍師マグネスの墓が、この町より更に南へ二日ほど歩いた所にある。
軍師マグネスは後の世において軍神として崇められた。魔王の軍勢を退け、ウシル大陸に平和をもたらした英雄の彼は、死後に自然と奉じられるようになった。
更に、武勇で名を馳せた勇者たちとは対照的な知恵で、魔王軍に対抗した事がウシルの民のアイデンティティを呼び覚ました。彼が軍師と呼ばれるようになったのはこの事に所以する。
今では軍神としての他に、商売繁盛の神としても崇められており、実に様々なヒトが墓へ祈願しに訪れる。そんな彼をウシルの民は誇りし、ザイオニアと一触即発の事態に陥ったときも、彼の霊知からなる加護を頼みにしていた節がある。
なお、彼には諡が贈られ、この国の人々には「忠慎公」と呼ばれている。
「うーん、お祈りかあ。そりゃーワラビのために行ってやりたいけど、……アンタ」
ジュリアがあなたに訊いた。
懸念はもっともだ。あなたたちはいま外道を捜している最中、祈祷をしている場合ではない。
しかし、ワラビが復調するのなら、今は何にでも縋りたい。ワラビさえ健在であれば、先のキツネとの戦いでもあなたは噛まれずに難なく撃退できただろう。
シスイはワラビを連れて帰る、と前に言った。ジュリアは「姐さん」と慕うシスイの手前、反対を示しておらず、ふとあなたがワラビと会い、ユーダリールに訪れたことを思い出した。
だがワラビが、
「お姉ちゃん。私のために、なんてやめて」
姉の提案を止める。
「今はそんなことしてる場合じゃないでしょ? あいつ、早く捜さないと」
「でも、私は、貴方が心配」
「祈ったくらいで治るわけないじゃない。私だって今優先すべきことくらい分かってるし。それにお姉ちゃん、私のためにお祈りなんてどーせ建前なんでしょ?」
「えっ?」
建前、と言ったワラビに、ジュリアが訊き返した。
「おいワラビ、建前ってなんだよ」
「ジュリア、お姉ちゃんってね、ドロボーなの」
「泥棒!?」
「人聞きが悪い。せめてトレジャーハンターと言いなさい」
シスイが妹の中傷を訂正した。
トレジャーハンター。財宝を探し出す冒険家のことを指すが、この姉の発言を妹が補足する。
「お姉ちゃんね、まあ決してプーちゃんって訳じゃなくってね、四年前から遺跡とかそういう所めぐって、お宝探しして稼いでるの」
「へー。なんだ姐さん、ちゃんとした職に就いてんじゃん」
「職って言えるかビミョーじゃない?」
同意を求めるワラビに、ジュリアが「トレジャーハンターなんてカッコイイじゃん」と返した。
格好いいと言われてシスイが照れ、この姉との過去をワラビが溜め息まじりに話し始める。
「もうね、お姉ちゃんって昔っから変なの。同い年の女のヒトがおままごととかして遊んでる中、独りで“この下に埋蔵金がある”って言って穴掘ってるし」
「ふっ、懐かしい」
「それだけならまだしも私を付き合わせるし。うちの国にね、蒼樹ヶ愿樹海っていう、一歩入ったら出られないって言われてる森があるんだけど、そこに八つだった私を、どこで手に入れたんだか分かんない眉唾物の地図片手に連れ回したのよ?」
「樹海の中で食べたおにぎり美味しかったわね」
「なに暢気に浸ってるのよ! イノシシやクマに追っかけ回されたじゃない。ねえジュリア、キミ、信じられる? 樹海の中で遭難して、死ぬかと思ったもん」
ワラビが大きな溜め息を吐いた。
この嘆息に親友が笑う。確かこの姉妹、一応良家の子女のはずだ。
「あははっ。おまえお姫様のくせに、ハードな子供の頃を過ごしてんな」
「生きているのが不思議くらいよ。ねえお姉ちゃん、まだ“トクガーマイゾウキン”諦めてないの?」
「無粋ね。私の夢はあれを手に入れること」
「あれ散々ないよ、って言われてるじゃない」
シスイが胸を張って言い、これにワラビが肩を落として答えた。
この姉は、妹を捜して三千里、という訳ではなく、ハンターとして生計を立てているようだ。
忍者という職は存在しない。それにしてもこの姉妹、子供の頃から冒険を重ねているようで、良家のお姫様であるワラビが逞しい理由は、ここら辺にルーツがあるようだ。
「元々はアシュタルト・グラスを求めてこの大陸に来たの。でもワラビ、貴方を見つけたからやめた」
「そうだったんだ」
「だから行きましょう、マグネスの墓に」
「それはイヤ。お姉ちゃん、なし崩しに私たちをお宝探しに付き合わせる気でしょ?」
「…………」
「答えてよ!」
「一石二鳥」
「バカじゃないのお姉ちゃん、私たちに墓荒らしさせる気なの!? チンケな宝探しとは違うよ!? 軍師マグネスの墓なんだからね!?」
ワラビの反対によってマグネスの墓へ行くことはなくなった。
しかし、姉に向かって騒ぐ元気なワラビを見て、あなたとジュリアは暫しあの外道を忘れることができた。
キツネと戦ってからのワラビの落ち込みは酷かった。それにしても、この姉も色々と冒険している模様。
こうして日が暮れ、あなたたちは宿に一泊した。だが翌日、ワラビが反対したマグネスの墓へ、結局あなたたちは向かうことになる。
「ああ。黒い格好した若い男なら、墓の方に向かって行ったのを見た事あるぜ」
この情報を街の男から聞いたあなたたちは、軍師マグネスの墓へ行くことに決めた。




